第二節一章
その闘いは、世界と世界の狭間で行われていた。
超次元ゲートあるいは異界通行坑。
呼び方は複数あれど、それが世界と世界を繋ぐ通路である事実は唯一無二。
この世界と世界を繋ぐ回廊の内部は、通常の物理法則の垣根を越えた極彩色の空間が広がっている。
その空間内で、激しい攻防戦が繰り広げられていた。
攻め手は追い、守り手はそれを振り切ろうと空間内を貫く飛翔体同士の移動速度が天井知らずに跳ね上がる。
「ええい、鬱陶しい!!」
背後に迫る追跡者に向けて、その少女は自らの竜の翼をより強く羽ばたかせる。
「いい加減になさい!! 私はただ急ぎたいだけですのよ!?」
少女には一刻も早く回廊を通り抜ける必要があった。
その為に色々な規則や順序を無視して現在追われている身の真っ最中なのだが、そこには清々しいほど悪びれる様子が見当たらない。
「私が通るのだから、そこは喜んで道を空けるのが道理ですわよ!!」
自分自身にしか通用しないような自分ルールを叫びながら、しかし彼女の人生において殆どがその言葉の通りに進行した事実が少女の強行を後押しする。
極彩色の空間を最大加速で突破しようとする少女だったが、今回の相手は悪すぎた。
少女の普段通りは通用しない。
──カッ!!!! と少女の背後の空間から強烈な光が刺す。
そして、
「う──きゃああああああ!!!!」
爆発。
轟音。
強烈な光の魔力による攻撃で炎上しながら、竜の少女は超次元ゲートの終わりの“坑”へ向けて落下していく。
「よろしいのですか、パシパエ様」
追跡者は、強化魔法外骨格【牡牛】を纏いながら引き連れた部下に帰還の指示を出した。
疑義を口にする部下に対しては、自分達の役目はあくまでこちら側での逮捕摘発であると付け加えた。
向こう側へ落ちた相手は、その世界の人間に任せるべしと。
自分達の暮らす世界とは別の異世界に通じる“坑”を横目に追跡者達は元来た回廊を魔力の噴射光を撒き散らしながら戻っていく。
その刹那。
「……それにしても、よくわからないわ」
追跡者の長にして【ラ・グース】において五指に入る実力者である金牛女王パシパエはふと沸いた疑問を口にする。
「子供って、そんなに親の伴侶が気になるモノなのかしら」
その声は、異次元の回廊の狭間へ吸い込まれて消えていった。
◆
季節は春。
開花を迎えた桜の木々の下を学生達が行き交う。
学生達が和気藹々(わきあいあい)とする花吹雪散る下校風景。
その風景の一角で、晶子は鞄を片手に桜の香りを胸いっぱいに吸った。
開花宣言から間もない春の訪れは、自然と晶子や他の学生の足取りを軽やかにする。
晶子は、以前の出来事で負った傷をすっかり治していた。
下手をすれば一生物の負傷になりかねない重傷も、今の黄金の長髪に変化した晶子の肉体は完全治癒が可能であり、更に外部に備わった刀装や超能力因子による細胞の活性化も加えればその効能は跳ね上がる。それでも一定期間は病床で過ごすことを強いられたがそれも数ヶ月前の話。
時は過ぎて、晶子は無事に二年生へ進級を果たした。
これはある意味、肉体を改造してくれた人達に感謝すべきかと、どちらかと言うと被害者寄りの立場でありながら生真面目な晶子はふと考えにふける。
今はのんびりと思考に労力を割ける幸いの時間と晶子は昇降口から校舎を離れながら認識する。
そんな無防備な晶子の背中を、軽くタップするように触れる相手は、
「兵ちゃん。伊織くん」
「やっほ~~一緒に帰ろう、晶ちん!!」
平穏な日々を満喫する晶子と同じように、楽しげに学生ライフを満喫する審神者ギャルこと兵庫が彼女へ駆け寄り肩を寄せる。
その後に、彼女達と同様に進級した不良ヤンキーの少年が近付いてくる。
更にその後に、
「ジークフリート先輩」
数ヶ月前から見慣れた姿がそこにはあった。
褐色肌の肉体に竜の瞳。
そして銀色の白髪まじりの黒髪の少年。
かつての戦いで、ジークフリートは晶子のもたらした一撃によって竜としての因子を抑制されて人間としての肉体が戻っていた。
無論、抑制されてもジークフリートの竜の騎士王としての力は衰えていない。
ただ、自然災害の如き暴力性はすっかりと鳴りを潜めている。以前のジークフリートと比べたら、もしかしたら劣っていると勘違いするものもいるかもしれないが、
「やあ、遅くなってすまない。少し喧嘩を売られて、その対応をしていた」
そんな荒事を爽やかな笑顔で受け答えする少年に陰りは見えない。
むしろ秘めていた陰の部分が薄まったように感じられる。
それでも心配な人間はいるようで、
「この数ヶ月、見た目が変わったからかともに不安を抱かせてしまったようでね」
「けっ!! 誰がお前のダチだよ」
晶子としては伊織もジークフリートも十分に仲が良いように感じるが、そんな金髪ヤンキーの悪態の言葉は尽きない。
そんな二人を見て苦笑を浮かべながら兵庫は、
「まあまあ、喧嘩するほどって奴ですな」
左様に男子二人を表現する。
その台詞に対してジークフリートは頭をかきながら、
「僕はそれでも構わない。それと、まあ、その」
そこで晶子の顔を見ながら何故かジークフリートが、
「最近、元気ですか晶子さん」
「ええ、元気です。けど?」
見るからに心がここにない台詞をジークフリートは口にしながら、その瞳の奥に一抹の寂しさを忍ばせていた。
さらに付け加えると、微かな恥ずかしさが指先で頬をかくジークフリートの仕草から読み取れる。
親しい間柄なら一瞬でわかる。
一体、何故?
どうしたのだろうと晶子が首を傾げていると、ニシシっと兵庫が口に手を当てて含み笑いしながらこのように言った。
「ジクっちはさ、一人だけ愛称じゃないのが寂しいんだよん」
それを聞いて、晶子は暫し沈黙した。
そして晶子は、チラリと視線を隣のジークフリートへ向ける。
そのジークフリートの表情は堅く引き締められていた。
鉄壁の鉄面皮。
しかしそれは照れ隠しの、明らかに兵庫の台詞から動揺をひた隠したポーカーフェイスのように晶子には見えた。
──以外に可愛い。
そんな表向きの恋人の様子に、晶子もなんとなく恥ずかしさが込み上げながら、
「じゃ、じゃあ」
晶子は頬をほんのりと赤らめながら、その名を口にする。
「ジーク、先輩」
「ノンノン、晶ちんそこはさ、一応恋人なんだから」
ポンポンと晶子の両肩を叩きながら、兵庫は一歩踏み込んだ提案する。
「よ・び・す・て。言ってみYOかな?」
すると恥ずかしさで顔を完全に真っ赤にした晶子が、
「兵ちゃあああん」
あわあわと逃げ場を失って助けを求めるが兵庫はむしろ晶子を断崖絶壁に突き落とす小悪魔の笑みを浮かべて晶子の背を押す。
「にししっ、ほらほら、さあ」
精神的に追い詰められた晶子の取るべき道は一つ。
「じ、ジーク、さん」
「だから呼び捨てだってのに。ねえジクっち、おーい」
その直後。
一瞬のことである。
ズサアアアアアン!!! とジークフリートが背中から倒れた。
あまりの事態に、晶子が息を飲む中でオーイと軽い調子で兵庫が倒れているジークフリートの両頬をペチペチと掌で叩く。
「ふむふむ、これは」
「コイツ、死んでいる」
「喜び過ぎて立ったまま気絶してるね。これ」
「ど、どうしよう、兵ちゃん」
「まーとりあえず起きるまで待ってよっか。置いていくのはなんかアレだし。イッチーもそれでいいよねん?」
「無論だ。それにしてもこの幸せで弛緩しきった気絶顔と来たら……ふん、俺の宿敵ともあろうものが情けない」
「言ってやるなよん。Dボーイには刺激が強かったのさ。ちなみにDはドラゴンのDなのだよ。他の意味は特にないさね」
かつてあった死闘の陰も形もない日々。
それこそが若者たちが手にした、騒がしくもありふれた毎日。
「──ふふふ」
ふと晶子の口の端から笑みが溢れる。
何かと兵庫が視線を送ると、兵庫のその疑問を汲み取った晶子が己の思いを口にする。
「こんな時間が、ずっと続けばいいなって」
晶子が、兵庫と伊織とジークフリートと過ごす何気ない平穏な日々。
それが永遠に続くことを晶子は儚く願った。
普通ならずっと続いていく幸福などあり得ない。
だったらこの一瞬でも。
神様、お願いしますと晶子はどこかにいる万物の創造主へ願掛けした。
その晶子の願いは叶う。
この後の、一瞬の平穏の後に、
ドガアアアアアアアアアアアアン!! と鳴り響く轟音と地揺れによって彼女たちの束の間の平穏は終わりを告げた。
「──え」
「何よー、何さー?」
「ふん、敵か?」
気絶真っ最中のジークフリートを除いた3人それぞれが平穏の終わりを告げる破音に反応を見せた。
見ると、学園の正門から通じる道路の一部が噴煙を巻き上げながら粉砕されていた。
まるで天空から隕石でも落下したような有り様で、爆心地の中央には、
「──ふおおおおおおっ!!」
尻があった。
お尻が喋っていた。
何やら叫んでいる尻が一つ。
いや、正確には瓦礫に埋もれた状態からお尻だけ外部へ突き出す形で露出している。
どうやら落下の際に上半身がコンクリートの地面を貫通して埋没し、残った尻の部分が高々と突き上がって、力んではお尻をフルフルと震わせていた。
「おののののれえええ異郷の大地め!! この私の鮮やかな異界デビューを阻むのか!! ふん!! ふんふんふん!! うわああああん抜けないでありますわああああ!!?」
「えっと、誰、ですか?」
喋り続ける尻の主に、ある意味勇敢に晶子が恐る恐る話しかけると、
「そこにいるのは現地民ですのね!? これは僥倖ですわ!! そこの貴方あ!!」
「ひゃ、ひゃい」
「取るに足らない一般人の貴方に、この高貴なる私を手助けする栄誉を与えてあげますわ!!」
「へいよー、つまりどうすればええのー?」
「そこの現地民その2もよく聞きなさいな!! ─私の、この愛らしいお尻を」
「めんどくせえから爆ぜろ」
色々な手順を飛び越えて、めんどくさそうな伊織が手元のコインを磁力で亜音速に加速させてコンクリートに埋まっている尻の主を吹き飛ばした。
「うきゃああああああああ!?」
吹っ飛ばされた尻の主が悲鳴を上げながら空中を錐揉み回転する。
「ちょっと男子ぃ~~電磁砲を撃つなら先に言ってよお」
「そうじゃないよ兵ちゃん!? あああ、大丈夫ですか!?」
晶子が慌てて黒こげになった尻の主へ駆け寄ると、爆炎の煤で汚れた美貌が露になる。
(うわあああ、凄い綺麗。お人形さんみたい。あれ、でも──)
美しい黄金比の姿形に、晶子は見惚れながらも既視感を抱く。
見たところ幼い少女の姿をしている。
「ねえ、貴女もしかして」
「ううううう、なんですのを~~ってえ!?」
黄昏の戦乙女と白銀の皇女がそこで出会う。
だが、白銀の皇女が瞳を見開いたのは目の前の晶子ではなく、
「──おおお、お父様あああ!!?」
飛び跳ねるように少女がすがり付いたのは先ほどから気絶したままのジークフリート。
仰向けに倒れているジークフリートのりょうかたを揺さぶりながら少女が涙ぐむ。
「いやああああああ、お父様っ死んじゃ嫌あああああ!!!!」
「えっと、お父さんって」
すると少女の嗚咽に意識を揺り動かされたように、
「うーん……おや、その声は」
ゆっくりとジークフリートが瞼を上げた。
少女の声に呼び覚まされて、気絶から上体を地面より起き上がらせながらジークフリートは言葉を吐いた。
「クリームヒルト、どうしてこんなところに」
「そんなのお父様を探してに決まってますわ!!」
「おーい、ご両人」
困惑する状況を切り開くように、兵庫が問題の核心を貫く。
「お二人とも、どう言ったご関係で?」
この場の疑問を的確に形にした兵庫の言葉に、ジークフリートは傍らで膝を着く少女の頭を撫で下ろしながら言った。
「この子は僕の娘、クリームヒルトなんだ」
「ほう、娘と」
「うん」
「つまり、父親と」
「そうだね」
「ふむふむ、なるほど」
一人で納得したような表情を浮かべながら兵庫は唖然とする晶子の肩を叩き、
「一時の母だね、晶ちん」
「聞いてないよ! そんなの!?」
晶子は突然現れた子供に対して、天を仰いで絶叫した。




