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吸血鬼ですが、何か? 第1部 復活編  作者: とみなが けい
9/9

吸血鬼を復活させたが…思わぬ展開になってしまった汗

スーツは俺が知っている銀座の洋品店でオーダーメイドの物を作ることに決めている。

普段着るものは新宿のデパートで一挙に揃えるのが良いと言う事で車を新宿に向けて走らせた。


靴屋の人出どころでないくらいに沢山の人が充満している新宿の街並みに四郎はかなり圧倒されている様子だった。


「彩斗君、今の日本はこんなに人がいるのか…もっともわれが覚えている日本は下総の田舎の漁村だったからな。

 それにしても凄い人出だな…」

「具合はどう?

 気分が悪くなったら教えてね。」

「わかった。」


俺達は新宿通り沿いのデパートに入り、初めて見るエスカレーターにちょっと戸惑いながら乗った四郎とともに紳士服売り場に行った。

真鈴は店員に頼み、四郎のウエストと着丈を図ってもらった。

ウエストは76センチ、サイズはLが妥当だろうと言う事で真鈴はまずメンズのパンツを数本持ってきてカウンターに置いて靴との相性を考えた末にワンタックスラックスやデニム、カーゴパンツなどを選んだ。

そしてシャツを半袖長袖のポロシャツ、ダンガリーシャツ、リネンシャツ等選んだパンツとコーディネイトして選び、そしてそれらに遭うソックスを何点か選んだ。その間俺は下着を選んで数点づつ買い込んだ。


史郎は真鈴が選んだパンツとシャツを着せ替え着せ替えされてそのたびに真鈴はじっと四郎の姿を見据えて、四郎が倒れそうになる頃、やっと買い物を済ませた。

ほっとした四郎と俺に、真鈴は「ジャケット選ぶよ」と絶望的な宣言をした。

そして真鈴の宣言後40分。

やっと夏向けと春秋用のジャケットを数枚決めて買い物は完了した。

会計を済ませて大きな買い物袋を手にした俺達が店を出ようとした時に真鈴は財布!お財布いるでしょう!と叫んで小物コーナーに小走りに走っていった。

俺と四郎は大きなため息をついて真鈴の後ろ姿を見た。


真鈴は金運が上がるからと渋い黄色の長財布を選んだ。

財布を買い、デパートを出た時にはさすがに俺と四郎、そして真鈴もが肩で息をしていた。


「…もう…帰りたいのだが…」

 

 昨日徹夜をしていた四郎が弱音を吐いた。

 俺も今日一日で買い物と言うものがこんなにきつい事だとしみじみ思い知らされた。


「あとスーツでしょ…」


真鈴は顔をげっそりとさせながらも呟いた。


「そうだね、スーツを揃えれば買い物は完了だな…四郎君、あと少しの我慢だよ…」


四郎はじっと俺と真鈴の顔を見てから、頷いた。


俺達は銀座5丁目にある老舗のテーラーに向かった。

ここは俺が宝くじを当てた時にスーツを数着作った店で腕の確かな職人がいて、接客も丁寧な事で定評がある店だ。


落ち着いた店内に入り、俺達が四郎の為にスーツを頼む事を告げると、古いイギリス風のインテリアで居心地が良いサロンに案内されコーヒーのもてなしを受けた。

これには3人共ほっと一息をついた。


「ここなら、一息付けるな。

 それにわれがポール様のお供で行った仕立て屋の雰囲気がする。

 職人の香りがして心が和むぞ。」

「それを聞いて安心したよ。」


四郎が頷いてコーヒーを一口飲んだ。


「それにコーヒーが良いな。

 すまないが彩斗君のところのコーヒーとは段違いにおいしいぞ。」


四郎の言葉に真鈴も頷いた。


「そうね、彩斗君のコーヒー、ちゃんとドリップしているようだけど…豆の選択が少しね~。」


二人の言葉に俺は凹んでしまった。

確かに俺は数か月前まではコーヒーと言えば缶コーヒー。

食事もコンビニ弁当やファミリーレストランか牛丼屋で済ましていた。

真鈴はともかく、四郎の食生活は南部アメリカ上流階級の物を多少は食していただろう。

味に関する感受性などいきなり金持ちの端くれ、しかもかなり金持ちの間でも底辺の部類に数か月前に参加した俺なんかは絶対にかなわない。

真鈴にしてもひょっとしたらお金持ちの育ちが良い女性でそれなりに洗練された生活を送っていたかも知れない。

落ち込む俺を見て四郎が慌てて言った。


「でも、彩斗が茹でたパスタはなかなか良い茹で加減だったぞ。」

「そうそう、ちょっと塩味強かったけど、まぁまぁおいしかったわよ。」


四郎と真鈴が口々に褒めた。


チーフと呼ばれる初老の男がやって来て、スーツの様式、スタイル、生地の好みなどを聞き取り一旦下がると生地の見本を抱えて戻ってくるとサロンに置いてある大きなテーブルに広げた。

シャツはどうするのか聞かれて、シャツはこの店で選んだ生地に合わせてコーディネートしたい旨告げるとチーフは四郎の体を簡単に採寸してまた下がると何枚かのワイシャツを持ってきてカラーの様式をどうするか尋ねて来た。

さすがに真鈴はこういうタイプの買い物をしたことが無い様でまたもや元気を取り戻し、高揚した顔でチーフとあれこれ話し始めた。

チーフはにこやかに真鈴に対応して結局ワイシャツはレギュラーカラー、ワイドカラー、ボタンダウン、クレリック、ホリゾンタルカラー、四郎が最もなじみ深いウィングカラーの物を数枚ずつホワイト以外にもライトブルーやブラウンの物を購入することにした。

とりあえずシャツはこのレディーメードの物にすることにした。

そしてそれらに合わせたネクタイも決め、数本購入した。


チーフは改めて四郎の体を念入りに採寸し、スーツは基本的にシングルのスリーピース、ノッチドラベル、バックはセンターベントとし、スタイルはかなりブリティッシュスタイル寄りのアメリカスタイルに決めた。

パンツのすそは四郎のこだわりなのかダブルにして、色は濃いネイビーとスモークが少しだけ入ったブラウンのシャークスキンと無地の物を夏用の薄地の物を1点づつ、スリーシーズン着れる少し厚手の物を1点づつ頼むことにした。

真鈴がカフスとタイピンがいるよと言いだして、さすがに俺達は真鈴の選択に任せると言って椅子から動かなかった。

真鈴はさほど気にせずに小物コーナーに行って、すっかり打ち解けたチーフとあれこれと選んでいた。

スーツは急ぎで1週間で仕上げてくれると言う事でほっとした。

オーダーメイドが出来るまでの間にスーツを着る機会があった時の為に、オーダーメイドスーツと同じスタイルのレディーメイドのスーツを2着買い、裾を直した。

やっと買い物が、長い一日が終わったのだ。

買い物袋がランドクルーザーの荷室に山積みとなった。


「ふ~、やっと終わったか。

 四郎君も真鈴さんもお疲れ様~。」

「しかし、あれから別の悪鬼に会わなくて良かったね~」


真鈴が言うと四郎は苦笑いを浮かべた。


「いや、何人かいたよ。吸血鬼だけじゃなく何種類かの悪鬼が、何人かどころじゃなくてかなりいたな。」

「え…」

「はぁ…」

「奴らはわれに気が付いたものもいれば遠くにいたのでわれを特定できなかった者もいた。

 中には遠くからわれを威嚇する者もいたが、大抵は大してわれに興味を示さなかったが…」

「…」

「…」

「まぁ、あからさまに獲物を横取りしようとしたりこちらが積極的に何かを仕掛けたりしない限りいざこざは起きないと思うがな…それに町の中にあれだけの人間がいた。

 君達が悪鬼に出くわす可能性、ましてや悪鬼に襲われる可能性はかなり低いだろう。」

「…」

「…」

「君達もあまり人ごみに出ないように夜の闇は気を付けるように怪しいと思った人間には近づかないように用心すれば、たぶん大丈夫だと思うぞ。」

「…」

「…」


車内は静まり返った。

夕方近くの道路をランドクルーザーは俺のマンションに向かって走っていた。


「…駄目だよ…駄目だよこれじゃ!」


真鈴が突然叫んだ。


「悪鬼を皆殺しは無理として、質の悪い悪鬼で人殺しをするような奴は野放しにしたら駄目だよ!

 彩斗君!まだお金余裕あるでしょ!

 ここに寄ってよ!」


真鈴がスマホを見ながら俺にある店の住所を告げた。


「見殺しって言葉判る?

 こういう事を知った私達が何もしないのは、人を見殺しにすることと同じなのよ!」


真鈴が断固として言い放った。

俺は車を脇に寄せて止めた。

午後も4時30分を回り、そろそろ下校時の学生やサラリーマンOL、子供連れの主婦や老人、作業員、配達員などの様々な人が車の横の歩道を通り過ぎて行く。


俺はその人達を眺めていた。

この人達の命…ごく普通にそれなりに楽しみそれなりに苦しみ生活をしている。

そして何らかの病気や事故や事件災害で命を落とすか大事な人を失うか、また、悪鬼の餌食になる…俺達が、四郎を加えた俺達が動けば少なくとも悪鬼に命を奪われる人は少なくなるだろうか…


「四郎さんがポールさんと質の悪い悪鬼退治をしたのは確かに自分達にあらぬ疑いがかかるのを食い止めるためだったと言う事だけど…あくまで自分の身を守るためだったと言うけれど…だけど何故?

何故ポールさんは最後に自分の農園や農園の人たちを守るためにただ一人戦いを挑んだの?

 なぜポールさんは絶対勝ち目がない戦いにたった一人で…ポールさんには、守るべき大事な人達がいたと言う事よ。」


そこまで言うと真鈴は俯いた。


「四郎さんは私と彩斗君を悪鬼から守ってくれると言った。

 だけど…だけど私達は四郎さんに守られて他の人たちが犠牲になるのを黙って見ていろと…そんな人生を送ったら…自分だけの平安で満足して他の人の災難を眺めているだけの人生を送ったら…」

「…」

「…」

「…魂が地獄に落ちるわよ…」

「…じゃあ…じゃあどうしろと…」

「私達も四郎さんと協力して身の回りだけじゃなくて、少なくとも手が届く範囲の質の悪い悪鬼を始末するのよ!」

「…」

「…」

「そのために私達もある程度の装備を揃えて、悪鬼の知識も蓄えて、悪鬼退治の訓練もして、罪の無い人達の犠牲を減らすのよ。」


俺は真鈴の話を聞きながら歩道を行き交う人達を見ていた。

そして四郎の横顔を見た。

四郎も黙って道行く人たちを見ていた。


「…確かに真鈴さんの言う通りかもしれない…けれど、そのためには四郎君の…四郎君も危ない橋を渡る事になるけど…」


四郎がため息をついた。


「やれやれ、勇敢なお嬢さんだな、勇敢すぎるぞ。

 彩斗君もやるつもりになっているようだがな…君達は質の悪い悪鬼の恐ろしさを知らんのだ。」

「…」

「…」

「われがその気になった顔の恐ろしさなどでは済まないくらい恐ろしい物なんだぞ。」

「…」

「…」

「われでさえ、悪鬼退治で死に損ねた事が何度もあるのだ…お二人がどんな準備、装備でやるのか判らんが、返り討ちになって悪鬼の餌食になるのが関の山だ。」

「…」

「…」

「いざその場でやっぱり怖いからと逃げようとしても、その時は完全に手遅れだぞ。

 泣き叫び命の懇願をしながら笑う悪鬼に生きたまま引き裂かれて…死ぬよりも酷い目に遭うだろうな。

 その場を何とか逃げ延びても、一度命を狙われた悪鬼はどこまでも追ってくるぞ。

 そいつを退治しない限り、そいつの息の根を絶たない限り決して安心できないのだ。」

「…」

「…」

「この世には死ぬよりも酷い目に遭う事があるのだ。」

「…」

「…」


押し黙った俺の顔を四郎はじっと見た。

そして後部席に座る真鈴の顔も、四郎はじっと見つめた。

四郎が歩道を歩く人達に顔を向けた。


「われはそんな悪鬼どもを100体近く始末した。

 だから、われが二人についていないと危険この上ないな。」


真鈴が顔を上げ、四郎を見た。


「じゃ…じゃあ四郎さん。」

「われは真鈴さんと彩斗君を守ると約束したぞ。

 どんな時でもだ。」


真鈴の顔がほころび、一筋の涙が流れた。


話は決まった。


「真鈴さん、さっきの住所をもう一度教えてよ。」


俺はカーナビに真鈴の言う住所を入力し、おそらく日本で一番、防犯警護用品が揃っているセキュリティショップに向けて車を走らせた。





第1部終了








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