現と夢の物語
―――僕は夢を見る。
―――いつの夢かも分からない。
―――どこの夢なのかも分からない。
―――誰の夢かも分からない。
―――何の夢かも分からない。
―――どんな夢なのかも分からない。
―*―*―*―*―*―*―*―
「――っ!起きてっ!」
誰かの声が響く。まどろみの中。懐かしい声が響く。
―――誰の声だったかな?
俺は深く沈んだままの意識の中、その声の主を記憶の中から探した。
「起きないとダイブするぞ!」
また声が響いた。その時、私の頭の中に赤髪の女の子の後ろ姿が映る。
―――この子の声なのかな?
夢と現の間をさまよって、夢から現へかえろうと僕は⋯⋯。
「うげっ!」
「やっと起きたねルイ!」
「なにするんだよメイ!?」
僕が夢から覚めるのと、彼女――幼馴染みのメイが僕にダイブしたのはほぼ同時のことだった。
「私は先に言ったよ?起きなかったらダイブするって!」
ふんすっ!と幼馴染のメイはドヤ顔で僕に言ってくる。
彼女とは生まれて十八年ともに過ごしてきた腐れ縁のある幼馴染だ。
一日違いで僕達は、隣の家同士で生まれた。ちなみに僕の方が一日速い。
「メイ⋯自分の歳を考えて行動しろよ?」
「え、なんで?」
僕は呆れた表情をし、身体を起こしながら、未だダイブしたままのメイをどかそうとしながらそういうと、メイはキョトンとした顔で聞き返してくる。
ダイブした状態―――つまりうつ伏せの状態から、上半身を起こした僕を見るということは要するに上目遣いになるということで、不覚にもその顔にドキッとしてしまった。
僕がメイにこういうことをやめて欲しい理由の一つがこれだ。十八年共にいたといっても僕達はもう、お互いに年頃な男女なわけだ。
「貞操、というものを考えるべきだと僕は思う、よっ!」
「うわーっ!」
僕はメイをころがすように力を加えると、彼女はその力に逆らうことなく、転がっていった。
キャッキャッとたのしそうに笑う彼女を見ると、変に考えている自分が馬鹿らしく感じてしまう。
「でも、そんなの気にしなくていいじゃん!私がこんなことしても、ルイは手をださないチキンだし!」
「チキンじゃなくて紳士なんだ!幼馴染に手を出すわけないだろ!」
「意気地なしっ!そんな風にされると、ちょっと自信なくしちゃうな⋯⋯」
「なんだって?」
「何でもないですぅ!」
最後の言葉が小さくて聞こえなかったから聞き返したら、急にメイは頬を脹らませて怒ってしまった。
「はぁ⋯⋯。一体なんなんだよ⋯⋯」
僕はそういって頭を掻き毟った。
「ん⋯⋯?」
「どうしたの?」
掻き毟った際に、チラリと見えた自分の髪の色に何故か違和感を覚えた。
いや、十八年間ずっと黒い髪だったわけだから髪の色に違和感を覚えるなんてバカバカしい。
けど、そう笑って流せないような違和感を感じてしまう。僕の根本的な部分、それこそ魂、なんて言われる存在から違和感を感じた。
「ど!う!し!た!の!」
つい違和感がなにかを考え込んでしまったら、メイが前のめりになって怒りながら聞き返してきた。
先程の言葉に返して無かったから、かなり御立腹だ⋯⋯。それにしても、近い。しかも、着ている服が緩めだから、前のめりになられると⋯⋯。
「っ!ルイどこを見てるの!エッチ!」
「ち、違うわ!メイがその体勢で来たんだろ!」
「ガルルルル⋯⋯ッ」
「なんで威嚇するんだよ!」
顔を真っ赤にして、僕から飛ぶように離れて、メイはこっちを睨みつける。
メイの茶色の髪の毛も相まって、山猫のような印象を感じる。
「あれ⋯⋯」
また違和感を感じる。今度はメイからだ。彼女は茶色の髪をしていたか?いや、十八年間ずっと茶髪だった。
「メイ、髪を茶色に染めた?」
自分でさえ、バカバカしく感じることを本人に聞いてしまう。
「なに、馬鹿な事言ってるの?そんな話題転換で許す訳ないでしょ!」
案の定、メイに呆れられられた上にまだ威嚇は続く。
そういわれてもやはり違和感を感じてしまう。
先程見た夢の所為だろうか?
「あれっ?僕はどんな夢を見てたんだ?」
―*―*―*―*―*―*―*―
「って感じにルイがおかしくなったんですよ!」
「うるさいな!自分でも変だって分かってるよ!」
食卓を囲んで、朝ごはんを食べようとしているのに、メイが寝起きの話題を出してくる。
「はははっ!たしかに十八年間一緒にいた幼馴染に『髪染めた?』なんてバカバカしいな!」
「それに加えて、『僕はどんな夢を見てたんだ?』なんて、本人じゃないから分かるわけないじゃないの」
「兄さん頭大丈夫なの?」
父さんに大声で笑われ、母さんには呆れられた顔をされた。終いには、五つしたの十三歳の妹に辛辣な言葉をあびせられる。
「あーっ。穴があったら入りたい」
僕は両手で顔を覆って、テーブルに突っ伏した。
「そういえば!今日の約束覚えてる?」
「約束って?」
テーブルに突っ伏したまま、顔だけをメイに向けると、メイが信じられないという顔を向けてくる。
「今日は裏山の『精霊の泉』に行くって約束じゃん!」
「そういえばそうだったな」
「そういえばって⋯⋯」
メイが呆れた顔を向けてくるのを横目に、僕は朝食を食べ始めた。
「そういえばメイちゃん、御両親はいつごろ帰ってくるの?」
「とりあえず今週末には帰れそうだって手紙が来てました」
メイと母さんの言葉を聞いて、メイがここにいる理由を思い出した。あまりにも当たり前の様にいるため、違和感なんて感じなかった。⋯⋯⋯メイの茶髪には感じたのに。
現在メイの両親は、ここから離れた王都で、仕事をしている。仕事、と言ってもお偉いさんの仕事ではなく、ただの行商だ。
この辺境の村ならではの食物などを売りにいき、王都ならではの物品を買って帰ってくる、ということをしている行商隊の一員として、メイの両親は今、この村を離れている。
そのため、幼馴染のウチの家に泊まっているというわけだ。
そして、メイの言っていた『精霊の泉』というのは、その名の通り精霊が住んでいるとされる泉だ。
星の巡り合わせにより、その泉には精霊が表れるとされている。そして、今日がその巡り合わせの日だ。
「さぁ、食べたなら仕事仕事!」
「少しはやすませてくれよ⋯⋯」
「仕事を早く終わらせて見に行こ!!」
メイに急かされるように僕は立ち上がって食卓を後にした。
―*―*―*―*―*―*―*―
その後、日が沈み始めるまで、畑仕事や、薪割りなどの仕事を終わらせ、メイと裏山に来ていた。
「みんな来ないなんてねー」
「かなり迷信にしかいからだろ」
僕達は裏山を歩きながら会話をしていた。
今日は星が巡り合わせる日だというのに、メイの言う通り『精霊の泉』に行きたがらなかった。
それもそのはず。誰もそんなもの見たことがないのだ。これまでも何度も、星が巡り合わせる日があった行った人がいたが、誰も見たことがないのだ。
日が沈むまで働いてから、そんな迷信を信じて、疲れているのに裏山にいくなんてやつはいない。
僕だってメイとの約束をしてなかったら家で休みたかったさ。
「お!ついたよ!」
「はーながかった」
「ロマンチックじゃないなー。こんな綺麗な泉に、女の子と二人で来ていう言葉がそれなの?」
メイが腰に手をあて、胸を張って自慢げにいう。ちなみにメイの胸はそれなりにある方だから、胸を張られると色々と困る。
それはそうと、綺麗な泉、というのは同感だ。精霊がいないとしても、泉は月の光を反射していて、とても綺麗だ。
「もしかしたら、昔の人はこの光を精霊だと思ったのかもね」
僕が呟いた言葉にメイは静かに頷いた。
―*―*―*―*―*―*―*―
「あー!結局、精霊はでなかっじゃん!」
「だから言ったでしょ、迷信なんだって。これで何回目だよ⋯⋯」
「たくさん!」
結局、僕達は精霊を見れずに家路についた。ちなみに、『精霊の泉』に行ったのはこれが始めてじゃない。
「はぁ⋯⋯また、明日」
「うん!おやすみ!」
僕はメイと挨拶を交わして、寝るために自分の部屋にもどる。
「だーっ!疲れたぁ」
僕は布団にダイブする。それだけで、疲れがどっとぶり返してくる感覚だ。
「明日仕事、明後日も仕事。疲れるなぁ」
そう、僕はつぶやいて、瞼を閉じる。
現から夢へと、意識が沈むとき、私は声を聞いた。
『まだ、あなたは思いださなくていいです』
―――あぁ、俺は思いださなくていいのか。
そして、僕は夢へと沈む。
―――僕は、夢を見る。