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キスでキミの魔法を継承したらこんな僕でも最強になれるでしょうか?

青白い満月が街を見下ろしている。


 ビルが建ち並ぶ歓楽街の中心――大交差点の中央で、この男は不敵な笑みを浮かべ、運転手付きの真っ赤なオープンカーの後部座席でふんぞり返っていた。




 日比野カケル。




 彼は今、両脇にビキニ姿のセクシー美女を二人抱え、大爆笑をしている。




「わはははははは! 僕は最強の魔法使いだぁー!」




 ネクタイをゆるめ、シャツからはだけた胸元には男の色気がむんむんと漂っている。


 眼鏡の奥から見える漆黒の瞳は爛々と輝き、自信に満ちあふれていた。


 いまこの瞬間なら何だって出来る気がする。海を割り、山を動かすことだって不可能じゃない。




 この『魔法』の力さえあればっ!




 ふと進行方向の先、遠くに二人の不審人物の姿が見えた。




「運転手よ。そこで車を止めてくれたまえっ!」




 美女達が摘んで差し出すチョコレートの欠片をぱくぱくと頬張りながらカケルは命じた。


 車は不審人物二人の脇をすり抜け、行く手を遮るように急停車をした。


 カケルは眼鏡をちらりと外し、馴染みの彼らに声をかける。




「やい。ジャイハチにホネスケ!」




 ジャイハチとホネスケ。


 見るからに強そうな黒髪の大男がジャイハチで、痩せたつり目の七三分けがホネスケだ。


 彼らは全身黒スーツ姿でパンパンに膨れ上がったボストンバッグを持っていた。


 バッグの口からは宝石のついたネックレスや装飾品が溢れんばかりに顔をのぞかせている。


 カケルはゴミを見るような目つきで二人を眺めた。




「宝石強盗か。まったく見下げ果てた奴らだな。この僕が成敗してくれる!」


「ひええええーっ。カケル様、お助けをっ!」


「いいや、ゆるさん!」




 問答無用で言い切って、カケルは右腕に抱える黒髪メガネっ娘の方に唇を突き出した。




「さあ、カトリーヌ。この僕に魔法キスを!」




 黒髪メガネっ娘は頬を染めてカケルの言葉に従った。




「はぁい。カケル。んちゅ」


「ステイシア。キミもだ!」




 続いて左側の金髪美女が同じくカケルとキスをする。




「大好きよカケルぅー。んちゅんちゅ!」




 カケルは美女から唇を離しハンカチで拭うと、オープンカーのドアに片手をつき、颯爽とした動作で車から飛び降りた。




「ふふふ。いいぞ。力がみなぎってきた。君らの魔法はこの僕にバッチリと『継承』されたぞーっ!」




 魔法継承。


 それは魔法が当たり前のように存在するこの世界でも特に重要な基本ルールだった。




 女の子は生まれたときから一つだけ、必ず独自の、強力な魔法を所持している。


 男はキスをすることによってその力のほんの一部を継承することができるのだ。




 女の子の数だけ魔法は存在し、男はキスをしただけ新たな魔法を覚えることが出来る。


 人、物、金……そして魔法!


 魔法はこの世の力でありステータスだ。


 そしていま、カケルは紛れもなくこの世界の中で最強のモテモテ男であり魔法使いであった。




「僕の魔法で、お前たちをギッタンギッタンにしてやるぞーっ!」




 カケルは二人に処刑宣告を下し、右手人差し指をひょいと立ててみせた。


 すると紅い炎がうなりをあげて頭上に立ち上る。


 さらに左手人差し指を上に立てるとキラキラと研ぎすまされた雪の結晶が大気に渦巻いた。


 金髪美女&黒髪メガネっ娘とキスをして手に入れた、これが魔法の効果だった。




「右手にはメラファイガ。そして左手にはブリヒャダイン。これが新たに継承された僕の力だあああああああーっ!」




 解き放たれた炎の龍と氷の虎が中空で絡み合いながらジャイハチ達に襲いかかる。




「ぎ、ぎええええええええーっ!」




 高らかに声をあげ、二人の不審人物は空の彼方へと飛んでいった。




「わは! わははははは! やった! ざまーみろジャイハチホネスケ! ようやく僕の時代がやってきたー! わははははは!」




 いやぁ、気分がいい。


 魔法を使うのがこんなに爽快だなんて。


 ほんとにうれしい。


 ほんとに楽しい――。




 これは夢だった。








 ※ ※ ※ ※ ※








 もうすぐ梅雨が来るとは思えぬほどからりとした朝。


 空は青々と晴れ渡り、閑静な住宅街の通学路には学生たちがわいわいと歩いている。


 そんな中――。




「ご、ごめんなさい! 許してくださーい!」




 カケルはなぜかアスファルトの地面に頭をこすりつけ、両手を突いて謝っていた。


 その前には三人の男子達が憐れむようにその土下座を見下ろしている。




「おいおい。『魔法ゼロ使い』のカケルちゃん? てめえにはプライドがねーのかよ」




 そんなもの、初めからなかった。


 痛いのは嫌だしトラブルだってごめんだ。


 毎日毎日、大人しくして、みんなの言いなりになっているのになぜだろう。どうしてもイジメはなくならない。


 今のこの状況にしたってそうだ。ただ歩いていただけなのに「オイ。なんか文句あるのかよ?」と因縁をつけられた。むろん文句なんてあるわけがないのに。


 どうしようもない。


 彼らはただ、僕が一つも魔法を使えない――弱そうだからという理由だけでいじめてくるのだから。




「おーい、カケルちゃん。いまいくら持ってる?」




 チャラ男の一人が偉そうに顎をしゃくった。


 カケルは目を伏せた。お金でこの場がやり過ごせるならいくらでも差し上げたいが――。




「い、いくらも持っていま……せん」


「あぁん?」




 チャラ男の顔が般若のように歪む。


 もうおしまいだと思ったとき、背後から声をかけられた。




「おい。コラ。そこで何やってんだ?」




 カケルの背後に立つ人物を見て、チャラ男達の顔色が変わった。そして急にしおらしくなって「あ、遅刻しちゃう」「数学の予習しとかなきゃ」とか言いながら、三人はそそくさとカケルの前から去って行く。


 助かったのか? ……いや、そうじゃない。


 いったい後ろに誰が立っているのか――カケルにはすぐにわかった。


 圧倒的存在感。威圧感。オーラ。


 思わず声に出してつぶやいてしまう。




「最悪だ……」




 まだチャラ男達に絡まれていた方がよかった。


 毎日毎日、この男の視界にだけは入らないように配慮をしていたのに。




「じゃ、ジャイハチ……」


「よう」




 後ろを振り向くと彼はいた。


 カケルと同じ制服で、身長は百八十をゆうに超えている。


 すらりとした大男で、バスケットボールでもやっていそうな――見た目だけは爽やかな好青年だ。




 剛田甚八――通称ジャイハチ。




 そしてその隣にいつもいるのが浪川尾根介――通称ホネスケと呼ばれる腰巾着だった。




 今朝見た夢が頭をよぎり、カケルはぶんぶんと首を横に振った。


 夢の中では雑魚キャラだったが現実の彼らは違う。


 ジャイハチは鬼よりも恐ろしく、強く、容赦がない。




「ジャイハチ、目障りな奴を見つけちゃったね」


「ああ、ホネスケ。本当に目障りだな」




 ジャイハチは眉間にしわを寄せ、指をぽきぽきと鳴らした。




「おい、カケル。聞いてくれよ。俺さ、今朝、悪夢にうなされたんだ」


「うん」


「よりにもよってお前にボコボコにされる夢を見たんだよ」


「……」


「ありえねー話だけど、お前が美女をはべらせて超強力な魔法を使ってた」




 なんだか覚えのありすぎる夢の内容だった。


 シンクロシニティ? とにかくひどい偶然だ。




「まったく笑えるよな。お前みたいなクズが美女なんてよ」


「……」


「だから一発なぐらせろ」




 ジャイハチは問答無用でカケルのボディにパンチを見舞った。




「うぐっ!」




 強化魔法を使ってるわけでもないのにこの威力。


 とても人間業とは思えない。


 まるで鉄球を打ち込まれたような一撃だった。




「も、もうやめてよぉ……」


「うるせえ。俺はお前みたいなウジウジしたクズ野郎が大嫌いなんだよ」




 とんだ言いがかりだった。


 カケルはジリジリと後ろの壁に追い込まれた。


 通りには同じ学校の人間がたくさんいるはずなのに、みんなこちらを見て見ぬふり。


 誰もがジャイハチには逆らいたくないのだ。




『楽南高校最強の魔法使い』の異名も伊達ではない。




 いや、この男を『魔法使い』と呼んでも良いものか?




 彼はたしかにそこそこの数の魔法を所持している。


 が、そのどれもが日常ではほとんど役に立たないものばかりだった。


『かゆい時に背中を掻いてくれる魔法』だとか『薄味の味噌汁をほんの少しだけ濃くする魔法』だとか、いったいどこに活躍の場があるというのか。


 それなのに、有力な攻撃魔法を所持する猛者達を差し置いて、彼が楽南高校最強と呼ばれるのはひとえに彼の卓越した喧嘩技術と腕力の賜たまものである。特に腕力――。




 要するに、彼はただの脳筋なのだ。




「うう……やめて」




 カケルは小動物のように弱々しく涙目で訴えた。

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