3回死んだら終わりの異世界
暗い、暗い、闇の底。
消えそうなくらいに弱い焚き火が揺れる。
ここが、終着点。
3回死んだら終わりの異世界
――第1章 『森』――
つらいことがあった時、ボクはスカートめくりをしていた小学生時代のことを思い出す。
女子高生のパンツ。
女子中学生のパンツ。
同級生のパンツに、姉ちゃんのパンツ。
かつて近所で「スカートめくりの妖怪」として恐れられたボクは、幼稚園児から大学生まで色んな人のパンツを見ることに成功した。
たとえ学級問題になろうが、クラスの女子から汚物を見るような目で見られようが、ボクはその行為を絶対にやめなかった。
ボクは知っていたんだ。
その行為は小学生4年生までならギリギリ許されることを。
勉強よりも、サッカーよりも、ゲームなんかよりも、ボクはスカートめくりに全力を注いでいた。成功体験をノートに書き込み、ハウツー本が書けるくらいに技術を蓄積した。今にしかできないことをやれとはまさにこれだろうと思っていた。あれは、ボクの青春だった。
音もなく背後に忍び寄り、風のようにめくる。
ボクはクラスのみんなから「勇者」と呼ばれていた。
でもまさかそのボクが、本当にRPGの勇者みたいなことをしなくちゃいけなくなるなんて、あの時のボクは思わなかっただろう。
「うああああああああああああ」
15歳。高校一年生のボク。人生最大の試練。
異世界から帰還せよ。
両手で大剣を握り、不恰好に振り回す。
刃は空気を斬り、空振りを続ける。
吹き出る鼻血。撒き散らす涙。
新品だったはずの制服は泥まみれで、ズボンに関してはあらゆる箇所が破けている。
疲労と絶望感で、雨を吸ったブレザーが重い。
こんなつらい世界は嘘だ。
ボクはスカートめくりをしてるんだ。
迫ってくるのは若くてスカートを履いた女の子たちなんだ。そうだ!お嬢様系のアイドルたちやグラビアモデルが勢ぞろいだ!まさに天国!パンツの色は何色だろうな……
「ミヤザワ!何をやってんだ!」
現実、復活。
一瞬、女の子に見えていたそれは、腐った体のゾンビ集団に戻る。
動く人体模型みたいな肉体を動かし、ボクに迫ってくる。
「あああああああああ!!くそやろおおおおお!!」
ブンッッッ!!
大剣を大きく振り下ろす。
一刀両断。
飛び散る体液が目に入って染みた。ちくしょう。終わらねえ。
ヤツらはアンデッド。
武器は弱いし、体もモロい。
だけど、数が多すぎる。
囲んで、ボクらを殺しにくる。
「ミヤザワ、後ろ見ろ!」
一緒に戦っているハヤシ先輩が必死で教えてくれた。
危険であることは分かったけど、疲れ切ったボクの反射神経ではとても反応できない。
肩を一匹のアンデッドに噛み付かれ、ボクは絶叫する。
人生で初めての肉を食いちぎられる感覚が、全身を駆け抜けた。
以下は感想。逆食べログレポート。
痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!
「だあぁらあああっ!」
ハヤシ先輩が、ボクの背中にしがみついたアンデッドを引き剥がした。ボクは膝をつき、倒れそうになる。もう、精神が壊れそうだ。流血と返り血でYシャツは真っ赤だし、口の中はひたすらに鉄の味がする。
「……殺してくれ。殺してくれ。もういっそ楽に殺してくれ」
「ミヤザワ! あとちょっとだ! やるぞ!」
目の前でハヤシ先輩はボクに声をかける。まるで少ないような口ぶりだけど、これまで倒せた個体の数はわずかに4匹。3人の仲間を失い、アンデッド15匹に囲まれた今、ボクら2人に勝ち目はなかった。
「……撤退だよ先輩。撤退しかない」
「お前はまだライフが『2つ』あるからいい! でも俺はここを逃したら『消滅』するんだよ!」
ハヤシ先輩は必死だった。半袖から見える腕は紫色に腫れあがり、腹からの流血はボクの比ではない。
「……先輩、もう限界なんじゃ」
「そんなことない!」
言い争いが、隙を生んだ。
5匹のアンデッドが一斉にハヤシ先輩に飛びかかる。腕、足、肩、首。あらゆる箇所を食いちぎられ、体から勢いよく血が噴き出す。
もう、終わりだ。
ボクは悟った。
そして、逃げた。
「いやああああああああああああ」
剣を投げ捨てた。ブレザーを脱ぎ捨てた。仲間を見捨てた。走り続けた。
豪雨が降り注ぐ森を、全力疾走で駆け抜ける。
人間として、最低の敗走。
それでも、死ぬよりマシだった。
ぬかるんだ地面。ずぶぬれの体。
傷口からの流血が止まらず、頭が痛い。足を取られて、転ぶ。冷たい水たまりに顔を突っ込む。泥だらけの顔をあげて、立ち上がる。
「死にたくないっ! 死にたくないっ!」
醜いともいえる願い。
「姉ちゃんを、ボクは姉ちゃんを助けなきゃならないんだ!」
その願いは自分のためだけではなかった。
手段は選ばない。
この世界にはきっとボクの『姉』がいる。
それを自分は、救わねばならない。
しかし、
「……なんで、ここにも」
ボクの行く手を阻む。アンデッドの群れ。
ニタニタと笑いながら、囲まれる。
もう、戦う術はない。
「――うわあああああああああああ」
逃げきれず、捕まる。衣服をむしり取られる。錆びた短剣や、肌を裂く鋭い牙。あらゆる凶器がボクの肉を破り、突き刺さり、意識が遠ざかる。
肉体に、力が入らない。神経が痺れて、感覚が失われて行く。地面を爪で引っ掻いた。指先が何も感じない。
目の前の全てが遠ざかる。
世界から温度が消える。
思考が止まる。
×××
鳥の鳴き声と、照りつける太陽の熱。
ゆっくりと目を開く。
大きな切り株。そしてそこに刺さる自分の武器。
ボクは、自分が再び『セーブポイント』と呼ばれる切り株の側で倒れているのを認識した。
立ち上がり、自分の体を確認する。
傷は、何一つない。
着ている制服は、土を被ってこそいるがこの世界にやってくる前の状態に近い。
破れていたはずの箇所は、全て元通りになっている。
これが、異世界のルール。
「……二回までは死んでも復活できる」
涙を流す。しかし、感傷に浸れる時間は短かった。
自分の胸ポケットを見る。
青いランプのような光が、一つだけ点灯していた。
「……減ってる。もう、ライフは1つしかない」
実はボクは、先ほどの戦闘で2回目の死亡を迎えていた。
ここは、3回死んだら終わりの異世界だ。
ゲームに例えるなら、残機は残り『1』。
この絶望的状況で、ボクは『森』を脱出せねばならなかった。
周囲を見渡す。
そこあるのは、大量の武器。
森の植物のように、地面に突き刺さる剣や斧、そして杖。
辺り一帯を埋め尽くす、地面に突き刺さる武器。それは敗れ去ったものたちの墓だ。
「あれは……」
見覚えのある武器が3つ増えている。
「先輩……」
まずは、先ほどまでハヤシ先輩が握っていた剣。
異世界に来たばかりの頃先輩はボクに丁寧にルールを説明してくれた。
「ミカミちゃん……」
メガネをかけた女の子――ミカミちゃんが使っていた弓。何度も何度も、怖いからセーブポイントから動きたくないと泣いていた。
「コミヤマ先生」
ボクの学年ではないけど、もしかしたらボクに授業をしてくれるはずだった先生の斧。
『ミヤザワ。この森で、ライフを3つ消費した人間――つまり、3回死んだ人間は、復活できない。与えられた武器だけ残して、消滅する』
初めて会ってから状況を読み込めない自分に、ハヤシ先輩はそう説明してくれた。
新参者で、人が消滅した瞬間を見たことがないボクは、その意味を実感していなかった。
ハヤシ先輩、ミカミちゃん、コミヤマ先生。
同じ高校に通うはずで、同じ森に飛ばされた3人。
そして、彼らはボクを残し、『消滅』した。
膝をつき、両手を地につける。
歯を食いしばり、湿った砂利を握る。
「うあああああああああああああああああ」
裏切っておきながら、悲しむ権利はないかもしれない。
しかし、それでもつらかった。
一人にしないでほしかった。
地面に突き刺さる周囲の武器の数は、パッと見るだけで100を超えている。
いずれ自分も、この敗者の墓を建てられる日が来てしまう。
その恐怖が、ボクの心を闇の底へと突き落とした。
何一つ情報がない。何が正しいのかわからない。
4人が全力を尽くして脱出できなかった『森』を、たった1人で抜けなければならない。
そんな絶望的なボクの前に。
高校生なのに赤ちゃんみたいに泣いているボクの前に。
「……何泣いてんだよ、カメムシ」
視界の端でヒラヒラと揺れるスカート。
顔をあげる。
セーラー服を来たポニーテールの少女。
それが、雨宮サツキとの、最初の出会いだった。




