かつての英雄、よばれた『勇者』
瞑目していたその男がまず感じ取ったのは、草葉をかき分ける音だった。街の喧騒から外れ、道の雑踏からも遠い森の中。ほとんど風も吹かず、鳥もいないようなこの場所にあって、突如静寂を乱したその音はいやに耳につく。足音の聞こえ方から、来訪者はどうやら二人いるようだ。
次いで感じる人の気配。雰囲気からの憶測でしかないが、おそらく男女ではなかろうか。こちらを警戒している様子はない。むしろ困惑、拍子抜けといったような空気を感じる。寝ているとでも思っているのだろうか。
ならば機先を制すべしと、男はまず口を開いた。
「何用だ?」
「――うわっ、びっくりした。寝てたんじゃねぇのかよ」
「阿呆、誰がこんなとこで寝るか。これは座禅だ」
相手の言葉に不快感を覚え、思わず口走る。次いで目を開いてみれば、やはりそこには一組の少年少女。
まず目を向けたのは、記憶の片隅に覚えがある格好をした少女の方。白を基調としたパンツスタイルの上下。上着についているフードを被り、その両手にはしかと短めの棒のようなものを握っている。これがまた特徴的で、棒の両端には金属でできた十字型の装飾が取り付けられている。確かこの街の近くに本拠地を持つ宗教組織の関係者が、このような衣装を着ていたはずだ。
少女への推測が一通り終わったところで、隣の少年に目を向ける。男はわずかに目を見張った。黒い髪色にやや黄色がかった肌の色。自身と同じ特徴を持つことから、すわ同郷の者かいう考えが頭をよぎる。しかしすぐに、訝しげに眉を歪める。少年が身にまとう装束は、男の生まれ故郷で見られる着物ではない。その材質も、これまでに見たことのないような質感である。
どうにも掴みきれないもどかしさを感じつつ、男はおもむろに腰を上げる。抱えていた三本の刀を帯に差し直し、腕を組んでもう一度少年少女を見やる。
「その格好と意匠、得物。サクロ教団の修道士か。それとこちらは……島国連合九十九の人間、ではないな? 何者だ?」
二人が驚き、互いを見合わせる。少女の正体はともかく、少年の正体について言われるのは想定外だったようだ。
「……なぜ、彼が九十九出身ではないと?」
「パッと見は似ているが、面構えと雰囲気が違う。我々とは、明らかにな」
「ご慧眼、恐れ入ります」
少女が恭しく頭を下げる。顔が上がったところで、男は再び問いを投げる。
「で、お前らは何者だ?」
「失礼、申し遅れました。私、サクロ教団修道士サーシェル・アーダ・アルベルタと申します」
「黒伍譲二、あーっと、ジョージ・クロイツの方が良いかな?」
「……九十九式の姓名とは……クロウ・レイスだ。九十九の者だが名姓だ、悪しからず」
三者三様に名乗りを上げる。終わったところで、ジョージが言葉を漏らす。
「見た目的にまるっきり日本人っぽいのに洋名なんて、変な感じだな」
「訳ありというほどでもないが、少々な。それはともかく、そのニホン人というのはいったい……いや、どっかで聞いたことがあるような……?」
首を傾げるクロウに、サーシェルが答える。
「それはそうでしょう。彼の伝説の英雄、ユーゴ・シローズの話に出てきますから。彼の出身地として、ニッポン、ニホンという国の名が」
「あぁ、白水雄吾の伝承か――いやまて。なぜそれが引き合いに出てくる?」
「当然でしょう。ジョージ様の出身はそのニホンという国ですから」
「……なんだと? まさかとは思うが――」
「ええ、そのまさかです。こちらのジョージ様は、この度我らがサクロ・ビアンカの召喚に応じ、遥か異界からお越しいただいた当代の勇者様です」
淀みなく聞かされる彼女の説明に、クロウは唖然とする。かつてこの世界を滅亡の危機から救い、伝説としてその名を残す英雄。彼と同様の存在だという者が、この時代に現れ、今目の前にいる。そう言われてはいそうですかと信じられるような話ではないが、妙な納得感を得たのもまた事実だった。
『九十九の者に似て、九十九の者に非ず。異界地球の日本なる国ありて、彼の国に生れいずる者なり』
伝承にて、英雄の出自と容姿を示す一文。とんと想像がつかなかったが、なるほど今目の前にいる男を見れば、こういうことかと腑に落ちる感覚もある。
呆れとも関心ともつかぬ溜息。真偽を問うても詮無いことと感じたクロウは、とりあえず話を先に進めることにした。
「まぁ、いい。とりあえず先に用件を聞こう。その召喚された勇者様とやらが、この身にいかな用向きがあって来られたのか?」
クロウの問いかけに、ジョージが声を張り上げる。
「単刀直入に言う。クロウ・レイス、俺に剣を教えてくれ!!」
「剣を? なぜ俺に?」
「それはもちろん、戦う力を身につけるためです」
問いを重ねたクロウに答えたのは、サーシェルだった。
「戦う力?」
「英雄ユーゴの伝説をご存じなら、お聞きになったことはありませんか? 『彼の者の生れいずる国、戦無きこと七十余年』と。その伝承通り、日本という国は七十年以上、戦を経験しておりません。それでも先代のユーゴ様は軍人のような立場でいらっしゃったようですが、今回いらっしゃったジョージ様は学徒、市井の民であったにすぎないということです。また彼の地では魔術の心得もありません。魔物も跋扈するこの世界で、戦う術を持たないということがいかに危うい状況か、これは十分ご理解いただけるかと」
「なるほど、ごもっともだ。しかしそれなら、わざわざ俺に教えを請わずとも良いのではないか? どこぞの腕自慢を捕まえてもよし、そこな修道士に習うもよし」
「おっしゃる通りではありますが、総合的に判断した結果、貴方に教えを請うのが最良であろうという判断になりまして」
「どういうことだ?」
「こういうことさ」
成り行きを見守っていたジョージが、不意に背負っていた鞘の紐を解く。露わになった刀身に、クロウは思わず目を見張った。
「何だ、それは……刀か? 直刃はともかく、両刃の刀など見たことがない。いや、刀の形を模した剣というべきか……何なんだこれは」
淡く白い光を帯びているようにも見える、奇妙な形状の剣。その材質も、彼がこれまで見てきた鉄や鋼とは異なる質感を持っているように見える。そんな一振りをこれ見よがしに掲げたジョージが、嬉しそうに答える。
「かつての英雄が使っていた聖剣、『ワイティ・ヒーロー』だそうだ」
伝承に聞く名高き聖剣。その実物だとのたまうジョージに、クロウが再び絶句する。間隙を突くようにサーシェルが言葉を重ねる。
「サーベルとも一味違う、九十九独自の『刀』と呼ばれる得物を扱う剣術。それを学ぼうと思えば、九十九の剣士に教わるほかありません。そう考えて情報を集めていたところ、近くの街まで来ている九十九の剣士がいるとの情報を得まして」
「なるほどな。それで俺か。話が来た理由は理解した」
納得したように頷くクロウ。だが堅い表情を崩さぬまま、続ける。
「しかし、俺は今だ修行中の身の上なれば。人に教えられるだけの腕を持たず、故に指南役を務めること能わずだ」
「そんなことはねぇだろう。冒険者ギルドとかいうとこでも、あんたの実力は高く評価されてたし。十分強い実力者って認められてるんだろ?」
「周りの評価はいざ知らず、ただ自身が認めるに足りず。そういうことだ」
「指南料が必要ということでしたら、教会から月に銀何枚かお出しいたしますが」
「金銭の問題ではない」
その後も何とか了承を得ようと、あの手この手で言葉を重ねていくサーシェルとジョージ。しかしクロウは取り付く島もなく、頑として首を縦に振らない。
話は平行線のまま、時間の無駄とクロウが切り上げようとしたその時、三人の元に闖入者が現れた。
「ほう! やっぱりここにいたぁ!! その容姿にその格好、腰に刀三本、アンタがクロウ・レイスだな?」
声がした方に目を向ける。
新たにやってきたのは、燃えるような赤髪を持つ一人の少年だった。




