地獄犬《ヘルハウンド》ですが、かわいすぎて親に捨てられたので人間界で番犬アイドルやってます!
なーにー、退屈だから面白い話でもしろって? やだねー、これだから平和ボケは。てか、急に振られてもな。ネタがないよ。
……でもまあ、私も今暇だし。じゃあ、きっと珍しい、他で聞いたことのない話を聞かせてあげよっか。
世の中、かわいくなくて親に捨てられた子の話なんてそう珍しくもないわけだけど、その逆、かわいさのあまり育児放棄された子なんて、普通いないでしょ?
それが私。あまりにかわいいから、実の親に捨てられたの。突き抜けた容貌って罪よね。
いや、マジマジ。これ実話だから、がっつりノンフィクションだから、信じてってば。騙されたと思って。
そもそも、私の故郷――生後一日過ぎる間もなく追い出されたから、故郷って呼んでいいのか色々疑問だけど――は、魔界と呼ばれる、魑魅魍魎の跋扈する暗黒世界だったの。
乏しく厳しい大地に住まう生命は、互いに限られた資源を巡って常にしのぎを削り合っていた。
そんなワンダフルバトルロワイヤルランドを、産まれた直後から超絶スパルタを課して淘汰の激流に身を任せ、ハイパーインフレ戦士だけ育て上げるという乱雑すぎる正攻法で勝ち残ってきたのが、どうやら私の一族だったってわけ。
かわいい子には旅をさせろとか、獅子は千尋の谷に我が子を突き落として選別する、って言葉を無垢にそのまま実行してたら、たまたまうまいこと生き残っちゃったんだろうね。神様ってのが存在するとしたら随分悪戯好きだよねー。
ともあれ。
だから両親も、伝統的な作法と本能に従って、産まれたばかりの私に早速、アグレッシブすぎる洗礼を与えようとしたんだって。
だけど、そこで大いなる誤算が発生しちゃったの。
私の種族ってさ。誕生直後にダイレクトな命の危機がやってくるぐらいだから、小さい頃から誰もが震え上がるほど凶悪な見た目をしているように、進化していたんですって。大人になるとさらにヤバみが増して、人間なんか見ただけで死んじゃうらしいわよ。怖すぎてショック死しちゃうんだって。
で、本来なら、うわなんだアイツミニチュアサイズのくせに顔怖っ! って皆がビビっている間に、親がさらに見た目と中身の極悪さに磨きをかけるから、産まれてきたばっかりの赤ん坊、もそれなりのグロフェイスを標準装備していたはずだったのだけど。
その時産まれてきた子は――まあ私なんだけどさ――毛並みこそ一族特有の漆黒、けれどつぶらな瞳はなんと真っ黒で、愛くるしくしぱしぱ瞬いていた。ちなみに目の色は深紅で、瞳孔がこれまた怖ーい形をしているのが正解なんだって。お目々真っ黒って、かわいくは見えても怖くは見えないからね。
おまけに、おかしかったのは目や顔だけじゃなくて全身。親の胎内を裂くほど頑健なはずの体毛はもっちもちのふっわふわ、触り心地よさすぎて鳥肌立つレベル、サイズも奥様納得、お手頃な安産サイズときたもんだ。
いやいやいや。盛ってない盛ってない。
今だってほら、普通の愛くるしい黒い小型犬にしか見えないでしょ? お肌スベッスベで毛なんかもうフワッフワでしょ? ちょうどこれから寒い時期だから、夏より増量中だしね。
うりゃ。どうだ心地よかろう、そうだろう。フハハ苦しゅうない、もっと触ってもい――いやそれは痛い、それはさすがに痛いぞ、私の魅力に錯乱して噛みつくのはやめたまえ、まったく私って本当に超絶ファムファタールなんだから!
……こほん。話を戻すよ。
とにかく、私を産んだ両親は、私が思ってたのと大分違う子どもだったため、扱いにめっちゃ苦悩した。
当時の私を前にした会話をざっと再生すると、これ、この通り。
「どうしよう、マイハニー。我が子が予想外にかわいい。僕たちと別方向に殺人級だ。これきっとあれだ、話にだけ聞いたことのある心を殺す殺人毛玉って奴だ。おかしいなあ、僕たちの種族は見た目で殺す凶悪な方向の殺人毛玉が標準なはずなんだけどなあ」
「そうね、マイダーリン。我が種族は世間一般のブサイクこそ大歓迎なのだけど、逆にアタシたちの組み合わせからここまでの美人が産まれてくるなんて、何の合体事故なのかしらね。ちなみに一応言っとくけど、浮気じゃないわよ」
「安心して、僕らの面で他に相手をしてくれる生物がいないのはわかりきってるから、そっち方面は何も心配してないよ。それより僕、この奥様旦那様お子様皆うっとりクラクラ毛玉の塊を、今から半殺しにするの? モフみをそぎ取って脳味噌シェイクハンバーグなの? え、無理無理、さすがのアイアンハートでもそんなのできない、発想を抱いただけで自分に引く」
「そうね、本当にうっとりする毛並み……かぐわしき香り……ああ、いつまでも顔を埋めていたい……モフモフモフモフ」
「ハニーしっかり! それはただのグルーミングだ! 養育行動に負けてはいけない!」
「ハッ! いけない! アタシとしたことが。そうよ、アタシたちは幾多の苦難を乗り越えてきた、非情なる地獄の使者。……のはずなのに、この子は魔力もさほどないみたいだし、普通にやったら何の面白みもなくそのまま死んじゃいそうよね」
「こんなかわいい娘をこの手で殺すなんて、罪悪感パないよハニー。というか自分の手を汚したくないっていうかさ、ねえ、ほら、わかるだろう? 僕らと同じような見た目なら別に多少造形歪んでも大差ないけど、これはちょっと映像的に駄目だって、ないはずの良心がこう、ズッキンズッキンと血を流す音が」
「アタシもちょっと、目の前でこのふわもち生物がスプラッタに様変わりするのを見るのは嫌だわ。夢に出そう。殺るのは簡単だけど、とても明日以降の寝覚めが悪そう」
「しかし、幼少のみぎりから容赦なくアホほど鍛え上げて一流の戦士に育て上げるのが我が種族の掟……」
「アタシたちの娘として産まれた以上、ただ大人になるまでお世話をされます甘やかされますというわけにもいかないわ。そんなことをしたら、今まで幾多の理不尽の元に散っていった同胞達の魂が浮かばれない」
「我が一族として生きていけないならば、せめて親として引導を渡すのがつとめ……駄目だハニー、目が合っちゃったよおおおペロペロペロペロペロ!」
「情けない! 代わりにアタシが……うっ! そんな目でアタシを見るなあああ、今すぐ快適な巣に連れ去って可愛がって甘やかしたくなっちゃうでしょうがあああペロペロペロペロペロ!」
構って構って! と親の心子知らずに戯れようとするハートブレイクパピーを前に、二人はすっかり毛玉の虜になりつつ、頭を抱えてしまったの。
何しろ彼らにとっての選択肢は、半殺しにするか、潔く殺すかのどっちかしかなかったから、殺されないように全力で媚び的精神攻撃をしてくる相手には無力だったのね。
だけど――なんとなく今までのノリを見ていたらわかってもらえるんじゃないかなって思うけど――私の種族は元来すごく単純な理屈で生きているから、苦悩なんてほんの一瞬、すぐに二人とも新しい解決法を思いついた。
で、鏡をのぞき込んだら四散すること間違いない顔を見合わせて、次のように言ったわけ。
「ハニー、僕、とってもいいこと思いついたよ」
「グレイトね、ダーリン。言ってみて、私たちは一心同体、たぶん同じことを考えているはずよ」
「僕にいいアイディアがある。直接殺るのが駄目なら、間接的に殺ればいいじゃないか」
「そうよ、何も試練の与え方は一つではないのだわ」
「僕達は本来、ギリギリ死ぬか死なないかを見極めながら過酷な特訓を我が子に課すけど、その一方で甘やかし、食べ物から居住環境、下の世話まで一手に引き受ける」
「だから逆に、この子には何も与えない。残酷な訓練を与えない代わりに、親のすべての庇護をも授けない――こうすれば」
「試練を課したことになりつつ、僕の手も汚さなくて済む」
「自然の摂理通り順当に死んでも、この子がかわいそうな目に遭うところをアタシは見なくて済む」
「万が一生き残ったら、それはそれで喜ばしいことだ。たぶん」
「素晴らしいことじゃないの。きっとおそらく。かわいい娘、知らない場所で幸せになりなさいね!」
「まあ、仔犬だしすぐ死ぬ可能性の方が高いけど、自然界は厳しいから仕方ないな!」
「ふう。完璧な提案ね。さすがアタシ達」
「よし。そうと決まったら早速捨てよう、今捨てよう、すぐ捨てよう」
……まあ、そんなわけで。
これが本当のモンスター・ペアレントってね。
あれ、面白くなかった? そっかー、ごめんごめん。
え? 私の過去にも色々言いたいことはあるけど、今の私の方が問題が多い?
どうして魔界産まれ――ということは正真正銘魔物で、つまりは人類の敵のはずの私が――今現在、人間様の屋敷でぬくぬくと、アイドル兼番犬やってるのかって?
ふむ。疑問にお答えするには、それなりに話せば長いことながら、となるわけだが。
どうせ暇なんだからいいでしょうと。さいですか。まあ私も今割とサボッ――ごほん、時間を有意義に消費している最中だから、いいんだけどさ。
では、楽な姿勢でくつろぎなさって、どうぞお聞きくださいな。
いかにして、見た目は仔犬、本性は地獄犬の私が、この安息の寝わらをどうやって獲得したか。
聞くも涙、語るも涙、愛と勇気と血と汗と努力と媚びに満ちた物語、お話ししてみせようじゃありませんか。




