ギフテッド一寸法師の隣人
キャリアウーマンにもなれなかったし、素敵なママにもなれなかった。
「涼子、お隣に新しい家族が引っ越してくるって」
「へえ、そうなの?」
「後でご挨拶いくか」
「そうだね」
朝食時、夫との会話。全く盛り上がらない。結婚生活も十年以上たつと、普段の日常に変わっていく。
そうして夫は仕事に出掛けてしまった。家では冴えないおじさんって感じだが、大企業で役職についている。わたしとの歳の差も十五歳。時々、夫がおじいちゃんに見える。
「あーあ。それにしても家事が面倒だなぁ……」
夫が仕事に行ったら家事をしなければ。これでも一応専業主婦だし。洗い場に溜まっている皿やカップを見るだけでため息が出る。
本当は汚れが薄いコーヒーカップから洗うべきだし、味噌汁の茶碗やご飯粒がこびりついた茶碗は後回しにして水につけとくべきだが、どうも効率よくテキパキとできない。冷蔵庫も賞味期限切れの納豆や卵があり、ため息が出てくる。
掃除も苦手。すぐ洗濯ものが溜まるし、どうして髪の毛が落ちるのだろうか。そんなわたし、仕事も全くできなかったし、親や友達は「本当に優しい人と結婚できてよかったね」という。それに未だに子供がいないと言うと、ほっとされるのも何故だろう。実際、今はレスだけど。
「あー、冷蔵庫の麦茶、なんか腐ってる……」
それも見つけて憂鬱だ。本当に家事が好きじゃない。そもそも母も家事が苦手だったし。
そんなある日、新しく引っ越してきた隣人の様子がなんか変だった。
四人家族だ。父親と母親と中学生のお姉さんと弟。母親は常にイライラとし、父親は無関心。お姉さんは中学生なのに疲弊している。それに……。
「うちの息子が障害者だって言うんですか!? 帰ってください!」
そんな怒声がお隣から聞こえた。何事かと思い、ちょっと玄関先に出てみると、お隣から誰か出てきたのが見えた。スーツ姿の若い女性だ。メガネをかけていかにも真面目そう。でも前髪が薄くなっていたし、ストレスでもあるのだろうか。
思わず女性に声をかけた。
「どうしたんです?」
「いえ、お隣の息子さんの担任教師の者なんですが」
「学校の先生! わぁ、そんな感じの見た目ですね!」
なぜか相手は怪訝な顔だった。空気が凍った。こういう事よくある。なんかわたし、こういう距離感がないというか変な言動をしてしまう。
「し、失礼します」
女性は早口でそう言うと、逃げるようにいなくなった。
その日からなんとなくお隣さんの様子を気にかけていたが、息子さんは何か障害があるんじゃないかと噂されていた。身体も小さく、一寸法師というあだ名もついている。
「お隣の息子さん、障害者の疑惑があるんだって」
いつものように朝食時、夫に話しかけるとなぜか彼は顔を引きつらせていた。
「大変よね。子供がそうだと」
「ま、まあな……」
夫は白米をかき込むと、ろくに歯磨きもしないで仕事に出掛けていった。
また家事。正直、本当にウンザリするが、一応専業主婦だし頑張らないと……。そう、頑張らないと……。
急に目の前が白く見えてきた。若い頃の日々を思い出す。全く仕事ができなかったわたし。夜は立ちんぼをやってどうにか食い繋いでいたんだ。その時の客、なぜかわたしに興味を持って結婚の話が出たんだ……。
これは白昼夢か。当時のことを思い出し、目眩がしそう。仕事だけでなく、どこ行ってもいじめられた。キャリアウーマンも素敵なママも遠い夢か。でも、今も夢の中にいるみたい。だって理解ある優しい夫がいるんだもの。わたしにとって結婚、打ち出の小槌だったのかもしれない。若い頃に結婚できてよかったぁ……。
「お隣のおばさん、僕、数学の問題が解けるんだよ。大学生レベルの問題も解けるって先生にも褒められちゃった」
ある日、買い物の帰り、お隣の息子、一寸法師くんにに会った。身体が小さいという以外、見た目は普通。なんの挨拶もせず、突然話しかけてきたけれど責められない。わたしもそう、よく人に嫌われてきたから。わたしと一寸法師は似ている気がする。
「そうなの、君はすごいね。天才なんだね」
「うん!」
一寸法師くんは笑顔。キラキラとした眩しい笑顔だが、彼は将来、とても困るだろうと想像がついてしまった。
「本当にすごいね。君は天才なんだね」
今も夢の中にいるような気分だ。キャリアウーマンにも素敵なママにもなれなくても、夢は叶った気がしてる。




