ギフテッド一寸法師の義兄
妻の弟に会う約束をした。自称一寸法師くんという変わり者の男。気になって仕方ない。
待ち合わせしたのはカフェだ。一寸法師くんの家に近い。男性でも入りやすいコーヒー専門店といったところ。
俺はコーヒーの匂いを吸い込みながら、一寸法師くんを待っていた。確かもう年齢は中年だったが、顔つきは幼く、子供みたいに見える時がある。そうか、年齢不詳ってこういうことかって思う。
「お兄さん、久しぶりです」
ちょっと遅刻して現れた一寸法師くん。疲れた様子だった。目の下は黒く、頬もこけていた。聞くと派遣の仕事が大変なのだという。
「へぇ」
俺は頷きつつ、心の中では疑問だらけ。派遣って残業もほとんど無いと聞くし、俺みたいにメガバンクで神経すり減らしながら正社員やってるわけでもないのに。昨日も上司に詰められ、うっかり貧血を起こしそうになったことなど思い出す。
「色々あるんですよ。姉から聞いてるだろ。俺は発達障害を隠して、普通の人のフリしながら働いているんだから」
一寸法師くんはコーヒーに目もくれず、苦いため息をついていた。店内には落ち着いたクラシックが流れ、他の客の談笑もあまり聞こえない。
「そんなことより、なんか俺に用ですか。息子くんのことで何かあった?」
一寸法師くん、鋭い。俺が息子について相談するたいと見抜いてきた。
そう、俺は今、息子の育て方が正しかったのかどうか疑問なんだ。
息子にも一寸法師くんと同様の発達障害があった。ただ、妻が一寸法師くんを悪い手本とし、早期支援・早期診断にこだわった。息子は特別支援学級にも入った経験もある。幼少期の頃からの福祉エリートだ。
そんな息子、将来は悲観的だ。今はなんとか大学に通わせてあげたのに、卒業後は農業系の福祉作業所に行きたいと言ってきた。
正直、複雑だ。大学出ても福祉作業所ってどうなのかと単純に思う。その上、A型作業所は最低賃金。B型作業所はもっと賃金が安く、調べると変な芸能人が運営しているという噂も聞いてしまった。もちろん問題がない福祉施設が多数だろうが、本当にそれでいいのかと思う。
妻は息子の判断に賛成だ。そもそも福祉に繋がれば簡単にハッピーエンドと思っている節があるし、どこか押し付けがましい。その判断、本当に息子の為?
「ってことなんだけど。一寸法師くんはどう思う? 確かに息子の困難や生きづらさ、妻の言い分もわかるんだけどね」
「さあね」
一寸法師くんはようやくコーヒーを飲む。俺の相談にはたいして興味がない様子。
「そんなの本人に聞いてみればいいだろう。何で俺に聞くんだ?」
「ま、そうだよな」
「俺は子供の頃に福祉につなげなかった母が嫌だった。毒親だと思ってた。でも実際、福祉に関わったら、それはそれで別に……。給料も少ないし、変な作業所だと普通に搾取されるし、ホッチキスの箱詰めとかマジ退屈」
一寸法師くんはあくびをかみ殺していた。
「これって差別かね。障害者は夢を見ずに身の丈な単純作業でもやってろってことかね。あーあ、俺も数学の研究者やラノベ作家になりたかった。けど、身分不相応な夢なんて見るじゃん。特別な何者かになれるって思い込みたいじゃん。愚かじゃん、人間って」
一寸法師くん、遠い目を見せていた。
「一般人だったら夢見るのぐらいは許されるのにな。障害者が夢みたらダメか。高望みか。傲慢か。結婚して子供産む夢よりいいだろ?」
何も言い返せない。昔は障害者というだけで子供を産ませないようにしてきた過去もあった。ネットでは「生産性」がない障害者に安楽死をさせるべきという意見も聞く。実際、障害者施設を狙った凶悪犯罪だって起きていた。人の価値とはなんなのか。だれか人の価値やその線引きを決めて欲しい。それこそ神様みたいな絶対的な存在に。
「そ、そんなことないよ。別に数学でもラノベ作家でもいいと思うが……」
「息子くんにも言ってあげな。夢ぐらいは障害者でも見ていいって。新卒カードもよく考えて、ちゃんときれ」
一寸法師くん、ここで口元を歪ませた。笑っているようにも困っているようにも見える顔。
「最近、発達の早期診断や支援も問題になっているらしい。なんせ発達なんて烙印を押されたら、よっぽどの天才じゃない限り、お先は暗いからねぇ。二十年前ぐらいはお姉ちゃんのいう通り早期診断や早期支援が絶対的な一神教だったけどな」
「そ、そう……」
「発達の診断受けた後、自殺しちゃったフォロワーもいたわ。福祉に繋がる免罪符になる人もいれば、地獄への烙印って思う人もいるからねぇ。本当、人それぞれだね。さて息子くんの場合はどうかね?」
一寸法師くん、ケラケラと笑っていた。
「お姉ちゃんがしたこと、俺の母がしたこと。どっちも正解でどっちも間違っているかもしれない」
その声にはわずかの悲しみが混ざっていた。
「俺はもう、どっちでもいいけどな。今更、親を恨む気にもなれない。おっさんになっても親が毒親で〜とか言ってたらバカみたいじゃん」
「そっか……」
「そんなもんだよ、子供って。だからお兄さんも、あんまり悩まなくていいんだよ。うん。その答えが正解だって思っていい。ゆるく適当に子育てしたらいいさ」
わからない。俺はやっぱり迷ってしまう。本当に息子にとって正解だったのか。
家に帰り、息子の顔を見ても上手く笑えない。思えばこの子、一寸法師くんによく似てるなぁ。
「お父さん?」
その声までよく似てる。
「大丈夫?」
ああ、たぶん大丈夫だと思う。本当に何が正解かはよくわからないけれど、少なくとも息子は生かされてる。それでいいんだよ。神様の声が聞こえた気がした。




