【第八話】新たな一日
────────翌日────────
朝日が部屋の中を照らす頃、僕は目を覚ました。
「うっ……眩しっ」
顔に差し込む朝日の眩しさに目を細める。しばらく布団の中で目をこすっていると、次第に光にも慣れてきた。
……あれ? 身体を起こしてみるが、昨日のような頭の重さはない。身体も軽く、どこか具合の悪いところがあるわけでもなかった。
「嘘でしょ。昨日あんなに頭が痛かったのに……」
一晩寝ただけで、すっかり元気になってしまった。前世では、寝ても疲れが取れないことだってあったのに。
「いやぁ、やっぱり若い体って最高だなぁ……。あ、前世も若かった」
そんな軽口を叩けるくらいには、すっかり回復したらしい。
そのとき、一階からお母さんの呼ぶ声が聞こえてきた。
「アルセラー! ご飯よー!」
「はーい!」
まだ少し眠い目をこすりながら、階段を下りて食堂へ向かう。
「ふわぁぁ……おはよぉ、ママぁ」
「あら、おはようアルセラ。もうすっかり元気そうね」
「うん! もうどこも痛くないよ!」
「それならよかったわ。でも、まだ無理はしちゃ駄目よ?」
そう言って、お母さんは僕の頭を優しく撫でた。
……うっ。嬉しいんだけど、前世の記憶が残っている身としては、ちょっとむず痒い。まあ、今の僕は四歳だし、これくらい普通なのかもしれない。
そんなことを考えながら食卓につくと、焼きたてのパンにスープ、それから美味しそうなお肉が並んでいた。
「おお……!」
「ふふっ。お腹が空いていたのね。さあ、冷めないうちに食べましょう」
「いただきまーす!」
パンを頬張り、スープを飲み、お肉を口に運ぶ。うん、どれも美味しい。異世界生活、万歳!
その時、父がボサボサの寝癖をつけながら階段を降りてきた。僕を見つけるとにっこりしながら。
「おっ、アルセラ! 今日はずいぶん食欲があるじゃないか!」
「うん! お腹すいてたから!」
「そうかそうか! やっぱり男は、たくさん食べて大きくならないとな!」
「あなた、アルセラはまだ四歳なのよ?」
「四歳だろうが十歳だろうが、食べることは大切だ!」
「はいはい……」
お母さんは呆れたようにため息をついた。
……朝から元気だなぁ、この人。昨日、僕が苦しんでいたときは二人ともすごく心配してくれたのに、今日はいつもどおりのやり取りをしている。こういう何気ない日常を見ると、なんだか安心する。
そんなことを考えていると、お父さんが食事の手を止めた。
「ところで、アルセラ。昨日の魔法の練習なんだが、体調も戻ったことだし、またやってみないか?」
……あ。昨日は魔法を使おうとして、ほんの少し魔力を動かしただけで頭が痛くなり、そのままダウンしたんだったっけ。正直、あの頭痛はもう二度と経験したくないなぁ。
でも、せっかく剣と魔法が存在する世界に生まれたんだ。怖いからといって何もしないのも、もったいない。
「……うん! やる!」
「よぉし! そうと決まれば、父さんに任せておけ!」
お父さんは勢いよく立ち上がった。
「あなた、食事中でしょう?」
「あっ」
「座りなさい」
「はい……」
……お母さん、強い。元剣士のお父さんが、一言で座らされている。この家で一番強いの、実はお母さんなんじゃないだろうか。
そんなことを考えながら、僕は残りの朝食を口に運んだ。
⸻
朝食を終えた僕たちは、家の裏にある小さな庭へとやって来た。庭の向こうには緑豊かな森が広がり、風が木々の葉を揺らしている。鳥のさえずりも聞こえてきて、のどかだなぁ……と思っていると、お父さんが僕の前に立った。
「よし、アルセラ! まずは基本からだ!」
お父さんは両足を肩幅に開き、腰を落とすと、ぐっと拳を握った。
「腹に力を入れろ!」
……はい?
お、お父さん、スピリチュアルすぎるよお
「魔法というのは、こう……身体の奥底から力を湧き上がらせるものだ! そして、その力を全身に巡らせる! 分かるか?」
お父さんは拳を突き出しながら熱弁を振るった。言いたいことは何となく分かるけど、魔法の説明として正しいのかはまったく分からない。そもそもお父さん、剣士だったよね? 魔法の専門家じゃないよね?
「さあ、やってみろ!」
「う、うん!」
僕は言われたとおり、両足を肩幅に開いてお腹に力を入れてみた。……うん。ただ、お腹に力が入っただけだ。
「もっとだ! もっと腹の底から!」
「こ、こう?」
「そうだ! その調子だぞ!」
いや、絶対違うよね!?
心の中でツッコミを入れながらも、僕は昨日の魔法の絵本に書かれていたことを思い出した。身体の中にある魔力を感じ、それを少しずつ動かして手のひらに集める。確か、そんな感じだったはずだ。
目を閉じ、身体の内側へと意識を向けてみる。けれど、何も感じない。もう一度試してみても、身体の中に何かがあるような気はするものの、それが魔力なのか、ただの感覚なのかすら分からなかった。
「どうだ、アルセラ!」
「……うーん。よく分かんない」
「そうか……ならば、もっと気合いを入れるんだ!」
……やっぱりそうなるのか。言っていることは分からなくもないけど、それで魔法が使えるようになるのだろうか。
疑問を抱きながらも、僕はもう一度挑戦した。息を吸って、ゆっくり吐く。肩の力を抜き、手のひらに意識を向ける。昨日、身体の奥から熱が動いたときの感覚を思い出しながら、ゆっくりと集中してみる。
……すると。手のひらの中心が、ほんの少しだけ温かくなった。
「……あれ?」
「おっ!? どうした、アルセラ!」
「いや、なんか……手が温かいような?」
「おお! それだ! その調子だぞ!」
お父さんが興奮した様子で声を上げる。いや、まだ何もできてないからね? ただ温かくなった気がするだけだからね?
……でも、今の感覚が何かの手がかりになるかもしれない。僕はその温かさを逃さないよう、もう一度手のひらに意識を向けた。けれど、次の瞬間には、さっきまであった感覚がすっと消えてしまった。
「あれ……消えちゃった」
「むぅ……なるほど。気合いが足りなかったか!」
……違うと思います。絶対、別の原因があると思います。とはいえ、せっかく付き合ってくれているのだから、文句を言うのも違うだろう。
「もう一回やってみる!」
「その意気だ!」
その後も何度か試してみたものの、同じ感覚は戻ってこなかった。それどころか、魔力とは何なのか、身体の中にあるのか、それとも外から取り込むものなのかと考え始め、余計に分からなくなってしまう。
「うーん……」
「アルセラ、少し休むか?」
「……うん。ちょっとだけ」
「よし、なら休憩だ!」
お父さんは僕をひょいと抱き上げた。
「うわっ!? ちょ、パパ!」
「はっはっは! 頑張った子供には、休憩も必要だからな!」
……いや、抱き上げる必要ある? でも、不思議と嫌な気分ではなかった。魔法の教え方はちょっと独特だけど、この人が僕を大切にしてくれていることはよく分かる。
「パパ」
「ん? どうした?」
「また、あとで練習してもいい?」
お父さんは一瞬きょとんとしたあと、満面の笑みを浮かべた。
「ああ! もちろんだ!」
その笑顔を見て、僕も自然と笑っていた。……うん。やっぱり、もう少し頑張ってみよう。
⸻
「アルセラー! 遊ぼうぜー!」
昼食を終えて家の外に出ると、村の子供たちが数人、こちらに向かって手を振っていた。
「おーい! アルセラ、早く来いよ!」
「今行くー!」
僕は手を振り返し、みんなのところへ駆け寄った。セネル村には僕と同じくらいの年齢の子供たちが何人かいて、普段から一緒に遊ぶことも多い。
「今日は何して遊ぶ?」
「かくれんぼ!」
「えー、昨日もやったじゃん!」
「じゃあ、鬼ごっこ!」
そんな話し合いの末、僕たちは鬼ごっこをすることになった。
「誰が鬼になる?」
「じゃあ、最初は俺が鬼な!」
一人の男の子が元気よく手を挙げた。
「よーし! 全員捕まえてやる!」
その声を合図に、みんなが一斉に走り出す。
「逃げろー!」
「待てー! そっちに行くなー!」
僕も慌ててその場から駆け出した。
「へへーん! 捕まるもんか!」
友達の声を聞きながら、僕は必死に走る。……ああ、こういうのもいいな。
そんなことを思いながら走っていると、ふと頭の片隅に魔法のことが浮かんだ。……そうだ。少しだけ試してみようかな。もちろん、みんなに気づかれない程度に。
僕は走りながら、こっそり手のひらに意識を向けた。さっきの感覚を思い出し、身体の内側から何かを集めるように集中する。すると、ほんの一瞬だけ、指先にかすかな温かさが走った。
「……っ!」
思わず足を止めそうになったが、今は鬼ごっこの最中だ。
「アルセラ、何ぼーっとしてんだ! 鬼くるぞ!」
少し離れたところから、逃げていた友達が僕に呼びかける。
「あっ、ごめん!」
慌てて走る。……うーん。集中する時間が足りないのかな。それとも、走りながらだと難しいのか。そもそも、さっきの温かさが魔力と関係しているのかすら分からない。
そんなことを考えながら、もう一度だけ手のひらに意識を向けてみた。すると、指先から手のひらにかけて、何かがすっと通り抜けるような感覚があった。
「……え?」
今のは何だろう。昨日感じた熱とは少し違う。ほんの一瞬だったけれど、確かに何かが動いたような気がした。手のひらを見ても、火花が出ているわけでも、何かが浮かんでいるわけでもない。……気のせい、かな?
その時
「アルセラ!後ろ!」
「え?後ろ?」
「アルセラ! 隙あり!」
「うわっ!?」
魔法に気を取られていた僕は、背後から近づいてきた友達に肩を叩かれた。
「やったー! アルセラ捕まえた!」
「くそぉ……油断したぁ」
「へへーん! 今度はお前が鬼だからな!」
……しまった。夢中になりすぎた。こうして僕は、魔法の練習に気を取られたせいで、あっさり鬼の役目を交代することになったのだった。
「よーし! 今度は僕が捕まえる番だ!」
「うわっ、来たー!」
みんなが笑いながら逃げていく。僕もその後を追いかけた。
⸻
夕方、遊び疲れた僕は家へ帰る道を歩いていた。今日は魔法の練習もしたし、友達ともたくさん遊んだ。
魔法については、結局はっきりとした成果があったのか分からない。手のひらが少し温かくなったり、何かが通り抜けるような感覚があったり……。でも、昨日よりは何かが分かった気がする。……気のせいかもしれないけど。
「ただいまー!」
家に帰ると、お母さんが出迎えてくれた。
「おかえりなさい、アルセラ。楽しかった?」
「うん! すっごく楽しかった!」
「ふふっ、それはよかったわね。でも、遊び疲れたでしょう? 手を洗って、少し休みなさい」
「はーい!」
洗面所へ向かいながら、ふと思った。この世界に生まれて、まだ四年。知らないことだらけだし、魔法だって思うようには使えない。それでも、毎日少しずつ新しいことが分かっていく。家族がいて、友達がいて、失敗してもまた挑戦できる。
……悪くない。いや、むしろかなりいい。
僕は小さく笑った。
「明日も楽しみだな」
そう呟いて、夕食の待つ食堂へと向かった。魔法も、友達との遊びも、まだまだこれからだ。今度こそ、魔法を使えるようになってみせる。もちろん、気合いだけじゃなくて、ちゃんと考えながら。
「いただきまーす!」
めっっっっちゃひっさしぶりの投稿だよー
めちゃくちゃ忙しくてなかなか出来なかった(´;ω;`)




