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サンダル履きの足が痛くなるくらい歩き回った本日の成果は、上々だ。頼子は黒いキャミソールにデニムのスカートと、ウサギがプリントされたTシャツ。あたしも水色のTシャツと、欲しかった2wayのワンピースを手に入れた。
あたしと頼子の服の趣味は結構似ているから、一緒に買い物していても全く退屈しない。おかげで、2人であれこれ言いながらお店を巡り歩いて、足が棒のようになってしまった。袋を提げた腕も痛い。
「疲れたー。もう、どこも混みすぎ。」
うんざりした口調で、頼子がぼやく。あたしも同感だった。
やっと空いた席に座れたファーストフード店で、あたしと頼子は休憩中だ。涼しい店内は人でごった返していて、2階席も埋まっていた。夏休みの人出は、恐ろしい。
今日の買い物は、あたしが野球部の応援を直前で断ったことの埋め合わせだった。
……一応はそういう口実なのだけれど、もうあまり関係ないのかもしれない。頼子は今日その話題を出して拗ねたりしないし、ただ遊びに来ただけという感じだ。だからあたしも、気楽に買い物を楽しめた。
アイスティーを飲んで一息ついたあたしは、やれやれとハンドタオルで顔を拭った。凝った肩をほぐすために、首を回す。鮮やかなメロンソーダをすすった頼子が、「そういうの、オヤジくさいよ」と指摘してきた。
「うるさいなー。だって暑いし、疲れたんだもん。」
唇をとがらせると、頼子は呆れた顔をした。
「そんなこと言って、オヤジ化女子は嫌われるぞ?朝子、恋愛してるのにそんなんでいいの?」
「えっ。」
思わず、大きく肩が跳ねた。頼子がにやりと、会心の笑みを浮かべる。
しまった、とあたしの顔は引き攣った。誤魔化すのも、もう遅い。こんな時、ポーカーフェイスになりたいと、切実に思う。
「はい、じゃあ今から朝子サンの恋バナタイムといきますか!」
「いきません!なんで急に、そんな話。」
ノリノリで手を叩いた頼子を、慌てて遮った。けれど、頼子は追及の手をゆるめなかった。
「なんで、って。だって朝子、何かあったんでしょう?」
見てればわかるよ、と頼子は不敵に微笑んだ。ぐうの音も出ず、あたしは黙りこむしかない。
どうして、頼子にはわかってしまうのだろう。あたしにはない、特別なセンサーでもあるのだろうか。この強敵には、隠し事など一切できないのではないかと思えてしまう。
「ぼんやりしてるし、かと思えばそわそわしてるし。
――それに、今日一度も学校の話題が出ていない。」
すっと伸びた人差し指があたしに向けられる。頼子の洞察力に、あたしは舌を巻く思いだった。顔がかぁっとほてるのがわかる。言い当てられすぎて、なんだか悔しい。
「さぁ、誰と何があったのか、いい加減に吐きなさい。」
にやにや笑いながらも強い光をもった頼子の目に、思わずたじろいだ。
とっさにぱっと思い浮かんだのは、新田くんの顔だ。ついこの間の、日焼けした彼の顔。
慌てて、あたしはその記憶を追いやった。あのことは、あたしの中で保留にしてあることなのだ。きっと気のせい、あまり考えないようにしよう。それが、あたしの考えた精一杯の結論だった。
「……別に、大したことは何もないけど……。」
仕方なく、あたしは塾の帰りに偶然小野くんと会ったことを話した。小野くんの弟を助けたこと、家に行ったこと。進路の話とか、いろいろ話したこと。
そして、心に決めた目標のことも。
「――80点!?本気なの、朝子。」
古文で80点とれたら、小野くんに告白する。
それを聞いて、頼子は目を丸くした。ぐいと身を乗り出してくる。
「本当に、あの地味な奴が好きだったんだ。」
「またそういうこと言う。だから、小野くんは別に地味じゃないって。」
あたしにとっては、憧れの上達部なのだ。
頼子は、大きく息をはいた。固い椅子に、沈み込むように寄りかかる。
「小野ねぇ……わかんないなぁ。80点とれたら告白なんて、そういう条件をどうしてつけるのかも、よくわからないわ。」
好きなら好きと、早く言えばいいのに。頼子は簡単にそう言った。痛いところを突かれて、あたしの反論は小さくなった。
「そりゃあ、頼子はそうできるんだろうけど……。あたしには、いろいろ心の準備がいるの。」
まぁいいけど、と頼子はため息をついた。
「わざわざ、そんな難しい条件にしなくてもいいのに。古文で80点なんて、告白できるのはいつになるかしらねぇ。」
「――すぐだよ、絶対。80点っていうのは、もうすぐ、ってことなんだから。」
ムキになって、あたしは言い返した。これは実現できる目標だと、信じている。
あたしは自信が欲しいのだ。小野くんにふさわしくなりたい。古典を教わる生徒ではなくて、対等な、並び立つ存在になりたい。小野くんの上達部に見劣りしないような。
――そして、あたしを選んでもらいたい。
古文の80点は、そのための目標なのだ。
「まぁ、朝子もついに恋する女の子の仲間入りってわけね。」
頼子がストローをくわえて、伸びをするように上を向いた。
「わたしは、朝子は新田といい雰囲気なんだと思ってたけど。」
ふいに頼子が出した名前に、息が詰まった。なんとか動揺を抑え込んで、あたしは答える。
「……新田くんは、幼馴染だよ。」
ふうん、と頼子はくわえたストローを揺らした。
「――よし、じゃあ乾杯しよう。」
頼子は切り替えるように言って、ジュースのカップを持ち上げた。唐突な提案に、あたしは思わず苦笑した。
「乾杯って、何によ。」
「いろいろあるでしょう、乾杯することは。」
頼子は指を折って数え始める。
「朝子の成長に。地味で古典の得意な小野くんに。80点の大きな目標に。『もうすぐ』にせまった告白に。
……ああ、まとめよう。」
頼子は厳かに、紙のカップを掲げた。
「――朝子の、古典の恋に。」
100円のアイスティーとメロンソーダで、あたしたちは乾杯した。
滑稽だけれど、2人とも大真面目だった。たぶんそれは、あたしも頼子も同じだからだろう。
あたしたちは、恋をしているのだ。
お読みくださり、ありがとうございました。
その四は今のところ、未定です。