第91話:異世界のお母さんと、異世界のわたし
「そんなことがあったのね」
「それで、まぁ……。服をいくつか借りようかなぁ、と」
陽キャのレストランパーティから帰宅して、わたしは軽いご飯にありつく。
そりゃあ、お腹いっぱいですし!
ちょっと消化したらまたご飯だから、またお腹いっぱいなわけで。
明日のお昼ごはんになるのかなぁ、と思いつつ少ないご飯をもぐもぐ。
「なるほどねぇ。でも全部美鈴ちゃんに合わせたサイズだから、みんなのサイズに合うかしら」
「そこは型紙作ってから、布買ってイチから作るつもりです。一応わたしも衣類の心得はありますから」
何と言っても、特殊スキル『一人暮らしにポツリと空いた虫食いを縫い留める』があるので多少のことならスイスイと縫えるのだ!
まぁ、1着作るってことはしたことないけど、多分なんとかなるでしょう。みんなもいるし。
「美鈴ちゃんにそんなスキル……。あぁ、そうだったわね」
「えへへ、そうですね……」
そしてこの時々起こるミスディレクション。
見た目はそのままなのに、中身だけが違うっていうのは何年経っても混乱する。
お母さんはまさしくその状況下に陥っている。
わたしでもバグるよそんなの。
「…………」
「あはは……」
そうして気まずくなるんだ。
あーあ。こんなことだったらバレないようにちゃんとやるべきだっただろうか。
アイドルとか、態度とか、仕草とか……。ムリだ。わたしがぶっ倒れる。
「そろそろ、整理は付いた?」
「……まぁ、そろそろムリかなぁとは思ってました」
きっと、お母さんに話す覚悟がなければ、尊花さんにもまゆさんにも話せずになぁなぁな恋人生活を送ってしまうだろう。
そんなのは、なんとなく嫌だ。誠実で真摯さに欠ける。
だからってこんな夢物語を信じてくれとは言わない。でもそれが真実だと伝えなくちゃ。
「わたし、本当は異世界から美鈴さんに憑依してきたんです」
あの日、死んでカミサマの気まぐれで転生した。
もちろん美鈴さんがどんな人となりをしていたかは知っているつもりだった。
キラキラして、眩しくて。
いつも笑顔で時にはスペックの低いところも見せたりして。
それでもアイドルとして立派で、素晴らしい人間だった。
彼女の影も理解しているつもりだった。
アイドルという重荷を背負って、お母さんの理想に答えようとして。ファンの期待に答えて。
わたしは、その生き方を否定してしまった。
「本当の美鈴さんがどこに行ったのかは知りません。でも、わたしは。この手で『相沢美鈴』を殺してしまった。文字通りのうのうと生きて、まったく違う道を辿ってしまった。仕方なかったんです、こんな生き方しかできなかったので」
「…………なるほど、ね」
重たい話だ。
自分を殺して『相沢美鈴』になりきるか、そのまた逆か。
『佐山奈緒』の生き方と『相沢美鈴』の生き方はまるで違う。
それは告白に成功していようが、失敗していようがきっと変わらなかった。
わたしは『みんなのため』のアイドルには、きっとなれない。
「にわかには信じがたい、けどそうなんでしょうね」
「…………すみません」
だいたいご飯時に話す話でもないでしょこれ。
言っていることは要するに死生観について。
死者がどうやってこの身体を手に入れたかとか、元々入っていた魂はどこに行ってしまったとか、そんなのを語ったところでご飯が進むわけでもない。
ましてや、実の娘がいなくなっているんだから。
「謝らなくてもいいわ。どの道答えは変わらないから」
「……これを聞いても、まだかわいい娘になれますか?」
「なれるわ。1年半、たったそれだけでも十分よ」
お母さんは静かにお箸をテーブルに置く。
「わたしが『あなた』のことについて聞きたいって言ったのよ? 当然、覚悟はできていたわ」
「…………でも」
静かに首を横に振って、わたしの前へと進んで、そっと抱き寄せた。
……。初めてかも、お母さんにこうやって抱きしめられたの。
「美鈴のことも心配だったけど、あなたのことも心配だった。まだ整理はつかないけれど、大丈夫よ」
「……でも」
「大丈夫。あなたが思っているより、ずっとあなたのことが好きだから」
「……っ!」
箸を落としても構うものか。
わたしは、『わたしのお母さん』を抱きしめたくなったんだ。
ギュッと。チカラいっぱい。でもわたしの筋力じゃそんなに強く抱きしめられないかも。
そんなこと関係ない。出来得る限りのチカラで抱きしめる。想いが、いっぱい伝わるように。
「ねぇ」
「……なに、お母さん?」
「あなたの名前を、教えて?」
――佐山奈緒。
名字も名前も。血筋だって違う。
けれど、家族は家族足り得る。そこに絆と愛があるなら。
「奈緒、愛しているわ」
「……うんっ!」
どれだけ迷惑をかけただろうか。
どれだけ悲しませただろうか。
それでもわたしのことを愛してくれて、抱きしめてくれる。
十分すぎるほどの愛を受け止めて。わたしはちゃんと返すことが出来ているだろうか。
わたしは、ちゃんと恩返しできているだろうか。
「ひとつ、ワガママいいですか?」
「なに?」
「今度、お墓参りに行きましょう。季節外れですけど、やっぱり言いたいから」
「……えぇ。えぇ! その時は尊花ちゃんとまゆちゃんもね!」
「うんっ!」
この世界と、元の世界。
わたしがどちらに行きたいか。まだ決めてないけれど……。
できることなら、ちゃんとお別れは済ませたいな。
その機会が残されているのなら。
これもある意味告白




