其ノ弐・侵入
『小蝿』と格闘しながらおかしいなと思った。
保冷されていたご遺体を取り出して解剖台に乗せる。高齢者の女性で体重は軽い。
枕を頭の下にはさみ、全身を見る。
改めておかしい。暗い。
血の気がないのは当たり前だが、表現としてではなく、実際に色として暗すぎる。
原因は明らかだ。表在静脈が黒く浮き上がっているからだ。だが、静脈の色じゃない。
チアノーゼ? メトヘモグロビン血症……? そう疑った。
それだけじゃない。腹部にはカプートメズーサ、門脈圧亢進が予想された。さらには全身に側副血行路が形成されているらしい。
これらを示す情報はなかった。
後で実際にカルテを見てみるか、そう思っていると、
「これ、お亡くなりになった後変性したらしい」
助手にあたる先輩がそう話してくれた。
「これって、全部ですか?」
全身を見回しながら質問する。
「そう。色も、血管も」
そんなの見たことも聞いたこともなかったが、ありえないこと、と断じるには不安がある。人間にはどんなことが起こっても不思議じゃないからだ。
なにかあるとして、それを調べるのが仕事だ。
手を合わせてから作業をはじめた。
まずは先生が外見を観察する。腕を上げて腋の下や首の具合、足などだ。
ざっと観察が終わるとメスを入れる。先生が鎖骨に沿うように切り込みを入れ、正中線にメスを入れていき、臍を避け下腹部までしっかりと切開した。ちょうどY字かT字状だ。
我々もメスをとり、胸部の皮膚を切り離していく。
人間も皮膚の下はまるきり「肉」だ。あまり人前で口にすることはないが、人の肉も売られているブロック肉も見た目に違いはない。刃を入れる感覚も、だ。
胸骨を露出させたところで肋間膜にメスを入れていく。この作業が苦手だ。肺まで達してしまうことがあって、躊躇しがちになる。
肋骨剪刀のフック状になった部分を、胸郭の足側から、先ほど切り開いた肋間に入れ、骨を切り離してく。
硬いは硬いが言うほどではない。この際に肉片や血餅が飛ぶことがあるのでいつも緊張する。
全ての肋骨を切り終えると胸骨を外す。
胸郭内が露出した。
血はあまり出ない。心臓の拍動がないので当たり前だ。それはいいのだが、例の黒さが強くない。
臓器にも、濾出液や血腫にも見られているが、少しずつその色が薄れていくのが観察できた。
「色抜けていってるなぁ」
先生が言った。
「血管や臓器から流出したものから通常の血液の色になってるように思います」
先輩が続く。
「切り開いた断面も少しずつ変わっています。血管内圧に反応……空気に触れて変化した? 揮発している?」
気づいたことを口にする。
「んー……」
先生が口ごもった。
中を見回しているうちに一人のゲストが現れた。担当医である。
挨拶を交わし、患者についての情報を交わす。やはり死後に変化したものらしい。
担当医は普通にしているようでどこか不安そうだが、それは今回に限ったことじゃない。彼らにしてみれば、病理解剖はいわば審問である。過失がないかの取調べだ。
おそらくこのまま暫定的な答えが出るまで居るだろう。なにか気づけばアドバイスももらえるかもしれない。
作業にもどる。
胸郭内に腕を潜り込ませ、喉元の脈管を切り離す。
これが大変で、食道や太い血管がある上、頑丈な気管があるのだ。
ぐりぐりと、体表から手が動いてるのを確認できるほどにメスを捻り、ようやくのことで切断することができた。
ここばかりはどうしようもない、もっとブレードの大きい刃物を使おうにも場所が狭すぎるのだ。また、下手に抉ると後でご遺体に凄惨さが出てしまう。必要分だけ行うのが重要なのである。
臓器を抜き取る前に、先に心臓だけ取ることにした。はやめに採血しておきたいからだ。心臓に残っている血液から採取するのだが、そのままでは穿刺しにくい。
心臓に繋がる太い血管を切り離す。体と肺にそれぞれ繋がっている大きなものだ。多少血液が漏れ出た。
その大量の血液を見ると、やはり経時的に変化している。気のせいか黒い霧、モヤが見えるような……
先生が手に取った心臓を見回す。冠動脈周辺にも特別の肉眼的な異常は見られない。
注射器を心室に刺し、引く。なかなかうまくいかないが仕方ない。ようやく抜いた血液はやはり黒かったが、時間が経つとそれも徐々に抜けていった。
中でどうなっているか確認するために心室側から切り開いたが、特にどうということもなく綺麗なものだった。弁や腱にも問題はなく見える。
胸の臓器が取れるようになったことで、背側を覗けるようになった。なにせ心臓が繋がっていた部分だ。ここに血が大量に溜まっている。
手で腹腔を大きく開く。実質臓器は特に後で切り開いて確認する必要があるが、他の消化器や他の臓器も外見上の問題はない。腸にクリップをして足側背側の脈管を切断、臓器をすべて取り出した。
貯留していた血液を吸引すると、体内から背中が観察できた。肋骨と背骨が支えるがらんどうの空間がぽっかりと口を開けている。
もうこのころには例の黒色はほとんど抜けてしまっていて、皮膚の色も普通の死した人間の色になってきていた。
念のために背骨を切り出す。ペンチともドリルとも言えない器具によって一部を器用に削り抜く。
取り出した背骨の断面、つまり神経を見てぎょっとした。イカスミのように真っ黒で、どろりと溶け出してきたのである。
正直それが神経なのかどうかわからない、肉眼的には判別できない。ただ、位置的にそうで、その黒い泥が抜けた後に空隙ができていたことによる予想である。
なんとか四苦八苦して泥ごと骨を回収する。
脊髄の融解壊死……脊髄腫瘍? 小児癌だが……
脊髄穿刺など当然していない。なにせ疑う所見がない。
先生も担当医も先輩にも表情はなく、どうにも強ばっている。
「頭のCTは?」
先生が担当医に問う。
「一度撮ってますが、なにもなかったです」
中枢神経の異常の可能性を疑う。つまり、開頭の必要があるということだ。
胸部、腹部には少なくとも見かけ上の変性は観察されなかった。
しかし、なにかあるはずである。
そして、なにかがあるとするなら、残るは、頭の中。
人体でもっとも大切なモノが収められている容器の、その内側。
頭蓋という全美の空間に鎮座する究極の部品。
頭部にメスが入る。耳同士を頭頂部でつなぐ線をイメージして、目の上の高さあたりからその線のやや後ろにそって刃を通す。
そこから徐々に前方と後方に皮を剥いでいく。
頭の後ろと顔の前に大きく頭部の皮が捲り返された。
皮膚を捲った人間の頭部はなんとも言えない不安を煽る。顔は捲った皮でかくれてしまっている状態だ。隠れた顔と捲られた皮の間から髪がはみ出ている。
どう表現すればいいだろうか、爪を剥がれた指のような印象とでも言おうか。もっとデリカシーのない例えが許されるなら、それは充血した亀頭の露出した男性器のようだ。
そうした落ち着かない感覚とは裏腹に、とても美しいものが目に入ってくる。頭骨だ。
頭骨は美しい。うっすら乳白色の決め細やかで美しいカーブを持つ頑強な骨。人体内でもっとも麗しい骨だと思う。
大理石のように美しい骨を解剖用の電動鋸で切っていく。なかなかの重労働である。
電動鋸が頭部を周回した後は糸鋸とタガネを用い、バキバキと音をたててわずかに繋がった骨と組織を切り離す。そうしてようやく脳へのアプローチが完了した。
極上の陶器を思わせる取り外された頭骨に見とれる暇もなく、皆一様に脳の姿に見入っていた。
異様に真っ黒だ。
脳全体が血腫になったかのような、腫瘍のような、しかし光沢のない、嘘のような形態だ。
少しの間誰も何も声を発しなかったが、しかし、このままでは何も進まない。
写真に収めつつ観察する。
外側溝が目立つ。そう言えばサイズにも少し違和感がある。萎縮を起こしているのかもしれない。
脳に触れてその質感に驚いた。浮腫をおこしているかのような、膿のような、まったくグニャリとしている。
「え、レスピレーター・ブレイン?」
思わず声が出た。
この軟らかさはおかしい。
「乗ってないです」
担当医の先生も脳から目を離さずに答えた。
脊髄と同じような変化は脳にも起こっているとみて間違いない。だが、やはり肉眼的所見だけではなにが起こっているのかわからない。
この再生することのない器官に何が起こったというのだろう。
意外に張力のある脊髄をひっぱりながら脳を切り離す。
それだけでは脳はとれない、視神経などいくつかの神経や血管を切る必要がある。
丁寧に脳の底にある管を全て切断すると脳を摘出した。
頭蓋冠と違い、頭蓋底部はまるで蟹の甲羅のような印象だ。そして、大後頭孔に埋まった脊髄の断面を見ていつも思う。もう取り返しはつかない、と。
取り返しもなにももう死んでいるが、不思議とそう感じる。これは決定的なことだ、と。
移植も含めると、体の多くの臓器は手術で全摘されることがある。しかし脳だけはない。脳の完全な摘出は、生きている人間には絶対に行われない、解剖だけで行われる唯一の術式だ。
だから強く感じるのだろう、切り離してはいけないものを切り離してしまった、と。
そして、一種予想外通りとでも言おうか、取り出された脳から引くように色が抜けていっていた。
カメラの動画モードでその様子は記録された。
そして、色の抜けた脳は、やはり強い萎縮が見られ、どうにも枯れた印象を抱かせるものだった。
「これも死後の変化ですかね」
「まあ、おそらくは。同じような変化ですし。これでなにも症状がなかったというのはちょっと考え辛いですしね」
「結局なんなんでしょうね」
「うーん、まあ、体に関しては、チアノーゼ、か……」
「ですかねぇ。極端だったんでしょうか」
だが、一つ重要な点は潰せた。
「現状、おそらく中毒ということはなさそうですね」
先生がそう最後に付け足した。
そう、真に重要なのは死因の特定ではない。そこに治療上発生したなんらかの原因がないか、だ。
担当医が引き上げて、剖検はそこで終わった。
先生が臓器を洗い、切り開いて観察している間に体の縫合を行う。
縫い始める前に頭骨をもどす。
骨をくっつけるのは瞬着、つまり瞬間接着剤だ。液状のものを一本まるまる使用する。
ゲル状のものの方がいいんじゃないかと質問したことがあるが、ゲルタイプだとうまく着かないらしい。
腕をしごく。血液を体内に押し出すのだ。そうするとみるみる嫌な淀みが腕から抜けていった。
溜まった血液を除去した後、ポリマーと綿を体の中に入れ、胸骨を乗せる。そして端から縫い上げていく。
切断面から針を通すのだが、糸は蛸糸である。太い糸とその太い糸を使うカーブした針。それを頑丈な肉に通していくのだから大変だ。しかも、傷口が開かないように皮を巻き込むぐらい絞めなければならない。一縫い一縫いに筋力がいる。なにせ、もう二度と自然に傷口が塞がることはないのだ。
体が縫い終わったところで頭骨がくっついたのを確認、頭皮も同じように縫って戻す。
縫い終わったところで体を洗剤でくまなく洗う。血や組織、そして腸から漏れ出た排泄物を流す。
そうして、ご遺体を整えたところで先生が改めて全身を見回した。
「これで20とはな」
先生がそう発した。
「え、20……歳?」
まさかと思った。
そういえば年齢を見ていない。外見から高齢だと思っていただけだ。
解剖室を清掃し、着替えながら、スッキリしない頭で考える。
なにかは起こっていた。なんなのかはわからない。死後にようやく見えるカタチとなって表れる変化。
全身性に同時的に発生するものか、脳が原発だろうと予想した。体からとは思えない。
なぜなら、心臓の拍動のない中をあの黒いモノはどうやって脳まで移ってきた? 細菌でもそこまでの遊泳は見せない。あまつさえ関門を抜けて。
今はただ、これはあくまで死後の変化なのだと思うしかない。
そして、自身の体を見てそれを妙に確信した。
長時間『小蝿』に晒されていた体には、今まで経験したことのない範囲で無数の蕁麻疹ができていた。