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第1話 少女と戦場①

 

 大陸の中央から西に広がる、広大な王国があった。その王国の名は、ヴァレンティア王国。

 豊かな平野と森林、そしていくつもの山脈を抱えるこの国では、古くから魔法が人々の生活に根付いていた。しかし、魔法は、人々の暮らしを豊かにするだけのものではなかった。それは同時に、戦争の形を大きく変えた力でもあった。

 王国の東には一つの巨大な国家が存在している。

 ミレーヌ連邦。

 王国とは異なり、ミレーヌ連邦では君主を置かず、国家による土地や資源の管理を掲げていた。国家による統制を重視し、労働者と兵士を中心とした社会を形成している。そして何よりヴァレンティア王国とミレーヌ連邦は、長年にわたって対立していた。両国の国境には、広大な緩衝地帯が存在している。国境付近では、小規模な軍事衝突が繰り返されていた。偵察部隊同士の接触や魔法攻撃、国境警備隊への襲撃。そして時には、大規模な部隊同士が衝突することもあった。全面戦争には至っていないと言えど、決して平和とも呼べない状況だった。

*

 王都にある王国軍総司令部。

 その一室では、今日も大量の書類が机の上に積み上げられていた。その中でも、とりわけ重要視されているのが魔導軍に関する報告書だった。魔導軍とは、魔法を戦闘に用いるために編成された王国軍の専門部隊である。王国民、とりわけ両親が魔法を使えるものの子供は、12歳になる年に魔導士としての適性を調べる検査を受けることが義務付けられていた。そして検査でその一定以上の魔法適性が認められた者には、二つの道が示される。一つは王国軍に魔導適性アリとして登録され、国家の存亡がかかる事態には徴兵されるが、これまでと変わらぬ生活が送れる道。そしてもう一つが王国軍に徴兵され、王国軍士官学校魔導将校課程に進み、専門教育を受け、将官候補生として、魔導士として国防を担いつつ、将来のキャリアアップを目指す道だった。だが、戦争が続く今、魔導士の人数は不足していた。そこで王国軍と王国政府は志願兵制度を始めた。

「今年度の魔導士志願者は、昨年度より三割増加しています」

 総司令部の別室で一人の士官が報告書を読み上げる。

「国境での衝突が増えていますからな」

 別の士官が答える。

「今いる魔導士だけでは、とても足りない。志願兵を増やす必要があります」

 机の上には、魔導士募集の告知書が置かれていた。そこには大きく文字が書かれている。

 ———王国を守る、誇り高き魔導士を募集する。

 様々な理由を持った人々が、軍門を叩いていた。魔導士は、普通の兵士とは違う。一人の魔導士が放つ魔法は、時として十人、二十人の兵士に匹敵する戦力となる。だからこそ、各国は魔導士の育成に力を注いでいた。王国では重宝されている魔導士だが、ミレーヌ連邦ではまるで事情が違っていた。連邦にも、かつては魔導部隊が存在した。しかし、数年前。連邦内で王政が崩壊し、共産主義国家となった後、魔導士は旧体制の象徴として全員が粛清されたのだ。それから連邦は空軍や陸軍を強化していた。

*

 魔導軍の訓練場では、今日も若い魔導士たちが訓練を続けていた。

「魔力出力、上げろ!」

「術式を崩すな!」

「敵を想定しろ!」

 その光景を、教官たちは厳しい表情で見つめていた。ここにいる者たちの多くは、まだ戦場を知らない。

 徴兵されたばかりの者。

 自ら志願してきた者。

 年齢も境遇も様々だった。

 それでも一つだけ共通していることがある。彼らはこれから、戦場へ行く可能性がある。 訓練場の壁には、王国軍の標語が掲げられていた。

 ———王国の盾となれ。

 ———民を守れ。

 ———仲間を守れ。

 その言葉を見上げる若い魔導士たち。その中には、不安そうな顔をする者もいる。反対に、誇らしげに胸を張る者もいる。戦うことを望んでいる者もいる。家族のために戦う者もいる。自分の居場所を求めて軍へ来た者もいる。そして、戦争がどれほど恐ろしいものなのか、まだ知らない者もいる。誰もが、それぞれの理由を胸に軍服を身につけていた。その頃、国境では再び両軍が対峙していた。遠く離れた王都からは、その光景を見ることはできない。だが、軍本部には報告が届いている。ミレーヌ連邦軍が国境付近に部隊を集結させている。王国軍もまた、部隊を展開させていた。まだ戦闘は始まっていない。しかし、誰もが理解していた。何かが起きようとしていると。

*

 ある春の日。

 王国東部、ミレーヌ連邦との国境付近。ヴァレンティア王国軍が設置した前線基地の一つに、一台の軍用車が到着した。車の側面には、王国魔導軍の紋章が描かれている。その周囲を警備していた兵士たちは、何気なく車へ視線を向けた。

「新しい部隊か?」

「らしいな。今日、第1魔導大隊に増援が来るって話だった」

「この時期に?」

「前線の魔導士が足りないんだろ」

 そんな会話をしている間に、車が停止する。御者が降り、後部の扉を開いた。最初に降りてきたのは、一人の少女だった。小柄だった。軍服を着ているものの、その姿はどう見てもまだ幼い。腰まで届くほどの髪に、細い身体。そして、まだあどけなさの残る顔。少女は周囲を一度見回すと、静かに前線基地の様子を確認した。その胸元には、中尉の階級章。

「……子供?」

 警備兵の一人が思わず呟いた。隣にいた兵士も目を丸くする。

「まさか……」

 少女の後から、一人の少女が降りてきた。こちらもまた若い。しかし最初の少女よりは明らかに年上だった。十代半ばほどに見える。階級章は少尉。少女は先に降りた小柄な中尉の隣へ並ぶ。

「アリア中尉、こちらが第1魔導大隊の前線基地です」

「ありがとう、リリア少尉」

 小さな声だった。落ち着いている。その声を聞いて、周囲の兵士たちはさらに困惑した。

「今……中尉って言ったか?」

「ああ」

「つまり、あの子が……?」

 そこへ、車からさらに二人の男が降りてきた。先の二人に比べれば、年は重ねているが、それでも年齢は二十台前半だった。どちらも伍長の階級章をつけている。一人は長身で、真面目そうな顔をしていた。もう一人は少し小柄で、周囲を興味深そうに見回している。二人はアリアとリリアの後ろに並んだ。これで四人。それが、この日第1魔導大隊に配属された新しい小隊の全員だった。前線基地の兵士たちは、しばらく言葉を失っていた。やがて、一人が恐る恐る口を開く。

「……あの」

 アリアが振り向く。

「はい」

「第15即応小隊の方々、ですか?」

「はっ」

そう言うと少女は背筋を伸ばし、敬礼をする。

「第1魔導大隊所属、第15即応小隊、小隊長アリア・スー・エルディア中尉であります」

「…………」

 沈黙。

 アリアは首を少し傾げた。

「何か?」

「い、いえ……」

 兵士は慌てて敬礼した。

「失礼しました! 第15即応小隊の到着を歓迎します!」

 周囲の兵士たちも慌てて敬礼する。アリアはそれを見て、小さく敬礼を返した。

「ありがとうございます」

 その様子を見ていたリリアが、わずかに苦笑する。いつものことだった。アリアが小隊長だと知った者は、ほぼ全員が同じ反応をする。驚き疑う。そして、どう接すればいいのか分からなくなる。

 無理もない。

 アリア・スー・エルディアは、わずかに十二歳。普通なら、まだ軍服を着て戦場に立つ年齢ですらない。

「本当に十二歳なのか?」

 少し離れた場所から、別の兵士が呟く。

「見た目だけならな」

「中尉ってことは、俺たちより上官だぞ」

「分かってる」

「……どうする?」

「どうするって?」

「敬語使うのか?」

「中尉なんだから当然だろ」

 そんな声が聞こえてくる。しかしアリアは気にした様子を見せなかった。むしろ基地の様子をじっと観察している。

 兵士たちの配置。

 物資の保管場所。

 魔導士用の訓練区画。

 負傷者を収容するための施設。

 そして、遠くに見える防衛陣地。

 そのすべてを、黙って見ていた。リリアが隣に立つ。そこへ、二人の男性伍長も合流する。

「リリア少尉」

「何?」

「俺たちはどうしますか?」

「まずは大隊本部へ行きましょう。配属手続きを済ませないと」

「了解」

 二人が敬礼する。アリアも頷いた。

「行くぞ」

 四人は基地の中へ歩き始める。その背中を、前線の兵士たちは黙って見送った。誰もが同じことを考えていた。

 ――あんなに小さな少女が、本当に小隊長なのか。

 そして。

 ――この戦場で、生き残れるのか。

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