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「じゃ~ん。ちーちゃんどう?」

 きっかけは些細なことだったと思う。

 あたし————萌音には低学年の頃から付き合いのある「ちーちゃん」という二歳下の幼馴染がいて、よくその子が好きなものを絵に描いて見せてあげていた。

「すごい……! ギガデラスだ! かっこいい! 萌音ちゃんすごい!」

「へへ~ん」

 ちーちゃんはいつもパーカーとショートパンツを着てる女の子で、髪も短いからパッと見ただけだと綺麗な顔をした男の子に思えなくもない。

 怪獣とかロボットが好きで、持ち歩いているお人形とかを絵にしてプレゼントしてあげたら大きな目をキラキラさせてすごく喜んでくれる。そんな親しみやすい子だ。

 あたしは昔からお絵描きするのが好きだったけど、ちーちゃんに出会うまでは自分のなかで完結した趣味だった。

 思えば誰かに見てもらって、感動してもらうのがイラストの最終目標になったのは、ちーちゃんとのやりとりがあったから。

 ちーちゃんがたくさん喜んでくれたからだった。

「あたしねぇ、将来は画家かイラストレーターかアニメーターか漫画家になるの! 大人になってもずっと絵を描いて暮らすの!」

「おおお……!」

 感動すると体を小さくして震える癖があるちーちゃんは、口数は少ないけど喜怒哀楽がよく表情や仕草に出る。

 だからさっきまで楽しそうにしていたのに、突然悲しそうに俯き加減になったときもすぐにわかる。これはたぶん、またレットーカンに苛まれているときだ。

「萌音ちゃん……本当にかっこいい。わたしは……誰かに自慢できるものとか、持ってないから……」

「またそれ~? べつによくない? だいたいそんなもんだよ」

 その場で縮こまっちゃったちーちゃんと膝を折って目線を合わせながら言う。

「あたしの絵だって、自慢できるほどうまくないし」

 うそ。本当はめちゃくちゃうまいと思ってる。

 もっといろんな人からすごいって褒められたいし、あたしの絵にはそれだけの価値はあると思ってる。

 これはあたしにしかできないことなんだって思いたい。

 だからあたしは……「お絵描きはあたしにしかできないことだ」って思わせてくれるちーちゃんが、大好きだったんだ。




 放課後のチャイムが鳴ってすぐ、あたし————燕雀寺萌音はカラオケの誘いを振り切って学校を飛び出すと、いの一番に近くのコンビニへと駆け込んだ。

 目的は今日発売の『月刊エブリデイ』。

 乱れた長い髪をそのままに、店内に入ってすぐ雑誌コーナーへ急ぐ。

 会計も済まさず立ち読みなんてお行儀が悪いマネは普段しないけど、今日ばかりは許してほしい。今月号は中身の漫画よりも、どうしても早く確認しておきたいページがあるから。

 なにを隠そう、青年漫画雑誌のなかでもジャンルに縛られず作家の個性を全面に押し出す特徴で人気を博している『エブリデイ』の新人賞……本誌で発表される一次選考結果に、あたしの名前が掲載されているかもしれないのだ。

 寝る間も遊ぶ間も惜しんで完成にまる一年かけた傑作。

 どこにでもいる普通の少女が妖精たちの住まう不思議な世界へ迷い込んでしまう王道ファンタジー……。大丈夫、きっと通ってる。

 タイトルを頭のなかで繰り返すのはむず痒いから、作者名だけを注視して探す。

 握りしめたページに手汗がにじんでしまったかもしれない。でもあとでどうせ買うんだし、べつにいいよね————。


「………………落ちた?」


 思考が途切れると息も止まってしまいそうな気がして脳内でずっと喋っていたけど、目的のページにあたしのペンネームがないことに気づいてぜんぶが真っ白になった。

 何度確認してもあたしが探していた名前はない。

 落選。脱落。不合格。

 あたしが賞に出した漫画は、むなしくも一回戦敗退となった。





 高校一年生にもなると、生活のなかでお母さんが顔を出してくることは殆どなくなった。

 中学の頃からお料理やお洗濯、お風呂掃除とかの家事をたまに手伝うことはありつつも「家事はお母さんがやってくれるもの」という認識がまだあったが、今年に入ってからは家のことはまるっきりあたしの担当分野である。

 ウチにはお父さんがいないし、お母さんが帰ってくるのは夜遅く。なんならあたしも積極的に家事をしようとするものだから、最近ではお母さんのほうもすっかりあたしに甘えてくるようになって、たまにどちらがママなのかわからなくなる。

 家のことをやるのはべつに苦じゃない。お仕事で家を支えてくれているお母さんが忙しいことは理解してるし、あたし自身昔からなにか手を動かしていないと落ち着かない性分だから。

「萌音〜、今日はどうよ?」

「ん?」

 ホームルームが終わって帰り支度をしていると、あたしの机に黒マスクで口元を隠した金髪ギャルがやってきた。数少ない漫画研究会の部員で、中学からの友達みこっち。

 漫研といっても実際に漫画を描いたりしていたのはあたしだけで、みこっちは早い段階で幽霊部員になってしまったのだが。

「昨日めっちゃ慌てて飛び出してったじゃん? 結局アレなんだったの?」

「ああー……大丈夫! 大したことじゃないから」

「わかった、男だ」

「ちがいますぅ〜」

「彼氏できたなら教えろや」

「ねえ〜〜だからちがうって」

 軽口を受け流しながら、どこかがっかりしている自分がいた。

 みこっちは『エブリデイ』の発売日だってことも、新人賞のことも忘れてる。一応、漫研部員なのに。

 でも仕方ないとも思う。だって高校生になったんだもん。

 花の女子高生。薔薇色の高校生活。世間でも華やかに語られる人生の一ページを紙とペンに費やすなんてバカのすることだと言われても否定はできないから。

 みこっちも別クラスの男子に告られた〜なんて噂を聞くし、あたしとちがって交友関係広くて楽しそうだし、きっとそういうのがこの歳ごろの正解なんだと思う。実際あたしもそういうのに憧れはあるし。

 リュックに教科書とノートを詰め終わったあたしを見て、黒マスクの位置を直しながらみこっちが続けて尋ねてきた。

「そんでどう? 帰りスタバ寄ってかない?」

「おっきいツタヤんとこの? けっこう遠くない?」

「自転車ならそんなかからないっしょ」

「うーん……」

 明日は土曜日だし、次の日の支度はいらない。

 今日も例によってお母さんの帰りが遅いので、夕飯の準備も遅めでオーケー。

 ほんとはすぐに新しい作品作りに取りかかる予定だったけど…………ひと段落ついたばかりだし、すこしくらい羽目を外してもバチは当たらないと思う。

 あたしだって学校帰りに友達と寄り道したり女子高生したいし。

 ……正直なことを言うと、ちょっと漫画から離れたい気持ちもないわけじゃなかったし。

 すこし迷ったあと、あたしは屈託のない笑顔をつくって返事した。

「いいよ、行きたい!」

「お、やりぃ〜。そういやこの前行ったときなんか新しいドーナツの店できてたよ。たぶん萌音ぜったい好き」

「ほんと? 楽しみ〜」

 安心したように笑う。

 いざ漫画と距離を置く選択をとった瞬間、ほんのちょっぴり心が楽になった気がした。

 薄暗くて息苦しい、狭い場所から引き上げてもらうような、そんな気分だった。



 北海道のなかでいえば、あたしたちが住んでいる月山市は栄えている部類になると思う。

 駅からそう遠くない位置に大きめのイオンがあって買い物には困らないし、娯楽施設は少ないけど札幌には電車で二十分もあれば着く。徒歩圏内にはセブン、ローソン、ファミマ、セコマが勢揃い。最近は無印もできた。

 スタバも学校から二キロくらいのところにあるし、ぜんぜんイケてる町だと思う。

 そう、イケてる町。道外とかがどんな場所なのかは知らないけど、その気になればここで生涯を終えられるくらいには最低限のモノが揃っているのだから、きっと素敵なところのはず。

「そういやシャー芯切らしてるんだったわ」

「んー? 文房具ならこっちのほう……ってこれめっちゃ可愛くない?」

 ふと見つけて、あたしはみこっちに呼びかける。

 このへんの人たちに親しまれている大きいツタヤに入って目的のドーナツがある「食のフロア」へ向かう途中、「知のフロア」の書店であたしたちは足を止めた。

「どれどれ? ……いやー、シーリングスタンプとかぜったい使わないでしょ」

 すぐ近くには画材も置いてあるけど、いまのあたしは自然とそれらを避けて普通の文房具とか関係ない雑貨類に意識が向いていた。

 沈めた感情が表に出ないように、きゅっと唇を結ぶ。

「いやでもくすぐられるでしょ、乙女心」

「うーむ……」

「ていうかこんなのも置いてたんだね〜。普段ノートとかはイオンで買うから気づかなかった」

 商品棚からスタンプをひとつ取ってみこっちに見せる。

「ほら、めっちゃハリポタじゃんこれ?」

「まーたしかに?」

 みこっちの同意を得て満足したあたしは改めて手にしていたそれを観察した。

 犬の絵柄が刻まれた金属板。オシャレでかわいい。

 それこそファンタジー映画に出てきそうな感じのアイテム。こういう雰囲気の小物はけっこう好きだ。

「あたしちょっ……と欲しいかも」

「萌音ぜっったい言うと思った。好きだもんね~、なんつーのこういう……ファンシー?なの」

「ええ~そんなわかりやすい? なんか釈然としないんだけど」

「てかいくらよこれ?」

 不意にみこっちが値札に顔を近づける。

 遅れてあたしも顔を寄せると、堂々の「3680円(税込み)」の表記が目に入った。

「……けっこういい値段すんな」

「さすがに興味本位で手が出る額じゃないかも……」

 わりと本気で購入の二文字が脳裏をよぎっていたので、商品を棚へ戻そうとしたときはがっくしと肩が落ちていた。

「あっ」

 屈んでいた体勢のせいでおしりがなにかとぶつかった。弾みで手からスタンプが滑り落ちて床に転がる。

「あ、すみません……」

 慌てて後ろを向くと、そこには歳上っぽいお姉さんが立ってた。二十代前半くらい。

 革ジャンにスリムなシルエットのジーンズと、ところどころに赤いメッシュの入ったセミロングの黒髪……となんだかカッコいい感じの人。

「——————お前ら」

「えっ……?」

 なんか、めっちゃガン飛ばしてきた。

 あたしとみこっち……いや商品棚のほうかな? お姉さんは野生動物みたいに尖った目つきであたしたちのいる方を数秒睨んだあと、

「…………気のせいか」

 冷めた表情になりながら、そうつぶやいてお店の出口のほうへ歩いて行った。

 去っていくお姉さんの後ろ姿を窓越しに眺めながら、マスクの向こう側でみこっちがこぼす。

「なにいまの、こわぁ〜……。なんかめっちゃ見られてたな」

「ね〜意外。ああいう人もこういうスタンプとか気になるんだね」

「いや見てたのスタンプじゃなくてウチらのことね」

「えっ?」

「近頃いろいろ物騒だからな〜、萌音も気をつけなよ? ああいうバンド組んだりバイク乗ってそうな人には近づいちゃダメだかんね」

「それ革ジャンだけで言ってるでしょ」

 その後あたしたちは当初の目的だったドーナツを購入して建物を出た。

 あたしはなんだかすぐ帰る気分になれなくて、みこっちと解散したあとは家がある方向とは逆、千歳川のあるほうへ自転車を押して歩いた。

『ごめん!今日帰れなくなった!ごはん私の分だいじょうぶ!』

 いつの間にかスマホに届いていたお母さんからのメッセージを読みながら、あてもなく移動する。

 もう二か月くらい一緒にごはんを食べれてない気がするけど、すっかり慣れっこなのであまり心は動かなかった。

 昔はわりと寂しがりだった気がするけど、高校生にもなるとこういうときもあまりそうは感じなくなった。

 なんだかんだ高校生ってもう半分くらいは大人だしね。

「……ついでにちょっとスケッチしてこ」

 千歳川の上にかかる橋を歩いて、途中にある河川敷のほうへ方向転換しようとする。

 自転車のカゴに置いたドーナツの紙袋ががさりと揺れた。

 千歳川は支笏湖のあるほうから流れてきて月山市の周辺で同じく近くを流れている石狩川に合流する支川。それほど大きくはなくて、対岸との距離もそんなに遠くない。

 近くに目立つ建物もないから本来ならスケッチには適さないところだけど、いまからちょうどいい場所を探すのも面倒だったので適当な土手に腰を下ろそうかと考えていた。

 なにかを描いているときはそれだけに集中できるから、もやもやしたときにはよくやる行動だった。

「……ん?」

 河川敷へ行こうとした直前、ふと橋の上にある歩道で気になる人影を見つけた。

 それは腰を曲げた体勢でなにやらもぞもぞと動いている一見怪しげな人だったけど、傍らの柵の上で震えている小動物の存在に気がついてどういう状況か理解する。

 だぼっとした青いパーカーにショートパンツ。それほど長くない髪の毛も相まってぱっと見男の子にも見える女の子が、柵の上にいる黒猫を安全な地面に下ろそうと手を伸ばしているのだ。

(なんか……危なっかしい、かも)

 降りられなくて震えてる猫もそうだけど、助けようとしている女の子のほうもおっかなびっくりというか、そのまま手を滑らせて橋の下に猫を落としてしまうのではないかという手つきである。

 ちょっと見てられない様子だったので、手を貸そう。

 そう思った矢先、

「えっ、まじ、ウソでしょ……っ……!」

 つい声が漏れる。

 パニックになってしまったのか、黒猫は自ら歩道とは逆のほうに跳び上がってしまった。

 咄嗟に身を乗り出した女の子がぎりぎりのところで小さな体を掴むけど、今度は勢いあまった女の子ごと川へ頭から落ちそうになる。

 やばいやばいやばいやばいやばい——————————————!

「あぶっ……なあああああああああああああああああああ⁉︎」

 あたしは脇に停めようとしていた自転車を放り投げて走り出すと、自分でもびっくりするくらいの速さで女の子に近づいて、その細い体にがっちりと腕を回して固定した。

「えっ、えっ……?」

「手ぇ離さないで! その子しっかり掴んであげて!」

「は、はいっ……」

 地面から足が浮いていた女の子をゆっくりと歩道に戻す。

 安全な位置まで引き上げると安心したのか、脱力した女の子の手を蹴り飛ばした黒猫は一目散にその場から逃げ去ってしまった。

「あ、危ないとこだった……!」

「あ……あの、ありがと、ございます……」

「ううん、何事もなくてよかった」

 ようやく見えた女の子のお顔は思っていた以上に幼かった。

 でもなんか美形、ともまた違う……かわいい、綺麗な顔。絵になる、というか、デッサンモデルにしたい感じ。

 でもそれ以上になんだか……見覚えのある顔。

 ナンパじゃないけど、どこかで会ったことがある気がしてならなかった。

「ああっ!」

「……⁉︎」

 あたしが発した大声にびくりと肩を震わせる女の子。

「——————ちーちゃん!」

 女の子の顔立ちの懐かしさ。その正体に気がついたあたしは、思わず目の前にあったその手を握ってしまった。

「えっ……」

「ちーちゃん! ちーちゃんだよね⁉︎ うわあ懐かしぃ!」

「えっ、あっ……え、えっ…………と」

 完全に不審者に向ける眼差しを送ってきた女の子を見て、しまったと顔が引きつる。

「あたしあたし! 燕雀寺萌音! ほら、小学生の頃よく一緒に遊んだじゃない!」

「え………………」

 慌てて捕捉を付け加えるけど、その女の子——————不破千優、もといちーちゃんはパニック気味に視線を泳がせるだけだった。

「ほら、どう⁉︎ 萌音だよ! お絵描き上手の! ほら!」

 このままじゃ本当に怪しい人になっちゃうと思って、あたしは必死でちーちゃんと目を合わせようと何度か顔を覗き込んだ。

「あ……あっ」

 そうしてるうちにようやく瞳がかち合い、そこで向こうもあたしが幼馴染の萌音ちゃんだと気づいてくれたみたいだった。

「…………萌音ちゃん……!」

「そうだよ! 萌音ちゃんだよ!」

 さっきの不審者を見る目から一転、ぱあっと表情を明るくしてくれたちーちゃんが嬉しそうに前のめりになる。

 とりあえず通報とかはしないでくれて感謝。

 でも月山の町にちーちゃんがいたこと自体、ちょっと驚きだった。

 だってちーちゃんはあたしたちが小学生のときにお父さんお母さんの都合で引っ越してから、それっきりだったから。


「東京に行ってたんだよね。こっちに帰ってきてたんだ」

「うん……」

 自然と話し込む雰囲気になったので、あたしたちは河川敷に移動すると並んで土手に座った。

 ちーちゃんはおとなしい性格だけど美人さんで……よくだぼっとしたパーカーを着てて、一瞬だけ男の子に見えるのは変わってないけど、身長はそれなりに伸びてるみたいだった。

 昔は「萌音ちゃん、萌音ちゃん」ってずっと後ろをついてくる妹みたいにかわいい子だったけど、いまはなんだかそこにミステリアスな香りが加わった感じ?

 とにかくまた会えたのが嬉しくて、舞い上がっちゃった。

「おっきくなったね! 引っ越したのがあたしが小六のときだったから……もう五年くらい経つのかあ。……えっ、てことはちーちゃんもう中学生⁉︎」

「うん……二年生」

「えっ、やばっ! もうあたしとそんなに変わんないじゃん!」

 久々の再会でテンションがおかしくなって、なんだかよくわからないことを口走ってしまう。

 でもちーちゃんはちーちゃんでさっきより表情が柔らかくなっていて、久しぶりに会ったあたしにも心を開いてくれているみたいだった。

「あっ、それって……」

 ふとちーちゃんのパーカーのポッケから手のひらサイズの人形が顔を出しているのに気づく。

 赤くて透明感があって、見覚えのある……ヒーローものの、いわゆるソフビというやつ。

 ヒーロー番組に出てくる巨大人型ロボット兵器のおもちゃだ。

 あたしが小さい頃、リサイクルショップで見繕って誕生日プレゼントとして渡したものと同じに見えた。

「え、もしかしてずっと持っててくれたの?」

「うん……向こうでも……ずっと、大事にしてた。Blu-ray特典のギガデラスバーニングロードバージョン……」

「え~なにそれ! あたしのこと好きすぎか⁉︎ さすがにラブだよ~!」

 抱きしめたくなる気持ちをぐっと堪えてあたしは全身を震わせた。

 最後に会ってから今日まで開いた時間が時間だし、声かけたときは距離置かれたらどうしよう〜とか考えてたけど、ちーちゃんはかわいいちーちゃんのままだった。

「こっちに戻ったのは最近なの?」

「あ……うん。先週、くらいから」

「へえ〜、戻ってきてからお友達できた? しばらく見ないうちにこの辺りも変わったんじゃない? あ、このあいだなんか駅の近くに無印ができてさ」

「あの……えと……」

「あっ、ごめんごめん……あたし喋りすぎだよね。嬉しくてつい」

 困り顔で言葉を詰まらせたちーちゃんは「そうじゃなくて……」と添えつつ、十秒くらい迷うように黙り込んだあとでようやく口をひらいた。


「わたし……学校、行けてなくて…………」


 ————————わたし学校行けてなくて。

 その言葉の輪郭と意味を呑み込むのに、あたしもすこし時間がかかってしまった。

「……え」

 ちーちゃんは幼馴染で、小さい頃よく一緒に遊んだけど……歳はふたつ離れている。小学校でのあたしは普通に同学年の子やクラスメイトと遊んでいたし、並んで登下校することもあんまりなかった。

 とはいえ小学生の頃のちーちゃんは普通に学校へ行っていたと記憶している。

 校庭で見かけることは少なかったから休み時間は教室で過ごしていたのだと思うけど、全校集会とかには居たし、顔を合わせたときには毎回照れくさそうに手を振り返してくれたことも覚えている。

 ということは……ちーちゃんが学校へ行かなくなったのは引っ越したあとのこと。

 東京での生活を経て、ちーちゃんは不登校になってしまったのだと、なんとなく予想できた。

 そもそもなんで北海道に帰ってきたのかもあたしは知らないけど。

「そっ……か」

 気まずい、と反射的に思ってしまった。

 同時にしまった、とも。

 明らかになにか事情がある感じだけど、幼馴染とはいえどこまで深入りしたことを尋ねていいのかが測れなかった。

 どうして?と直接聞くのはさすがに無理。あたしは割とぐいぐいいくほうだけど、最低限のデリカシーと気遣いは持ち合わせているつもりだし。

 ……でも気になる。思えばさっきから、ちーちゃんは単に物静かというよりはなにかを怖がっているような、おどおどした挙動が目立っていた。

 いじめ……とか? ちーちゃんは内気な子だから、ガラの悪い同級生とかいたら目をつけられても正直おかしくはない。もしそうだったら放っておけない。

「……あのさ!」

 沈黙の分だけちーちゃんが苦しくなると思って、あたしはなにか言わなくちゃと必死になっていた。

「またウチに遊びにおいでよ。昔はよく来てたでしょ? お母さんもきっと喜ぶと思う」

 それを聞いてぽかんとした感じであたしを見つめていたちーちゃんが、すこしずつ口元を緩めていくのがわかった。

「……うん。萌音ちゃんち、行きたい」

「いいよ~来な来な~!」

 東京での話とかいろいろ聞かせてよ!……とか言いたかったけど、それはまたの機会にお預けする。

「萌音ちゃんは……」

「うん?」

「萌音ちゃんは、まだ続けてるんだよね……お絵かき」

 あたしの横にあるカバンから顔を出していたスケブにちらりと目を向けながら、ちーちゃんがこぼす。

 あたしが目指している夢を覚えててくれたんだって思うと、なんだか沈んだ心がぐっと引き上げられて嬉しさがモリモリ湧いてくる!…………って一瞬はそう感じたんだけど、新人賞落選が確定した昨日のことがよぎって、すぐにまた笑顔が消えちゃった。

「うん……まあ、ね。一応、プロ目指して賞とかにも出してるんだ」

 なんだか、妙に見栄を張った言い方になっちゃったな。

 そっか、と短く返すと、ちーちゃんは川のほうを見つめながら静かになってしまった。

「やっぱり……萌音ちゃんはかっこいいな……」

「え?」

「わたしには……相変わらず、なんにもない。……かっこよく、ない」

 膝を抱えながらそう話すちーちゃんは、なにもかも諦めているような、見てるとあたしまで哀しくなるような、そんな寂しい横顔をしていた。

「……お…………おなか空かない⁉︎」

 妙な居心地の悪さを覚えて立ち上がる。

 とにかく平和な会話に移りたかったあたしは、不意に自転車のカゴにしまっていたドーナツの存在を思い出して強引に話題を切り替えようと思った。

 さっき自転車を倒したときに一緒に投げ出されてしまったけど、中身は紙袋から出てなかったから食べれはするはず。

 かたちは崩れちゃったかもだけど。

「ふっふっふ~実はあたしいいもの持って——————」

 転びそうになる。

 堤防道路へ向かって歩きはじめた直後、思わず息が詰まるほど大きな振動が、あたしたちの体を芯から揺らした。

 地震が起きたとき、まずはどれくらい大きな揺れか判断する時間があって、数秒はその場で凍ったようにじっとするのはよくあることだと思うけど、いま感じたのは地震というよりはズシン!と大きなものがどこかの地面に落ちたような一回きりの揺れだったから、自然現象の類じゃないことはすぐに理解できた。

「……なんだろうね?いまの。……ってわぁっ⁉︎」

 気を取り直して堤防道路に停めていた自転車へ向かおうとすると、遮るようにまた同じ揺れが起こる。

「な、なに⁉︎」

「…………あれ」

 あたしがあたふたしていると、冷静な物言いでちーちゃんは対岸のほうを指さした。

 川を挟んだ向こう側の景色。

 住宅街が広がる風景のなかに、不自然な距離感で存在している影がもぞもぞと動いている。

 生き物……のように見えた。でも周囲の建物と変わらない、なんならそれよりも大きいくらいのシルエットなのが不自然だった。

 目の錯覚を疑ったけど、それは確かに存在していた。

「なにあれ……?」

 あたしが瞼を細めて視界の焦点をあてようとした、そのとき、


「——————わああああっ⁉︎」


 咄嗟に身を縮めるほどの凄まじい爆音が拡散して、あたしとちーちゃんのところまで衝撃波が届いた。

 風に乗って頬を撫でる熱に目を閉じかける。なんでかわからないけど、街中で爆発が起きたみたいだった。それはもう大爆発。

 火災も起きたのか、遠くで揺らめく炎の灯りが巨大な影の正体を暴いた。


「おっきい…………怪獣?」


 それはさながら怪獣映画やヒーロー番組に登場する巨大生物。

 建物や山を簡単に握りつぶして、踏みつぶしてしまう強靭な手足。

 胴体から頭部にかけてのすこし猫背気味なフォルムなんかは「怪獣」と聞いてあたしたちが想像するイメージ像そのものだ。

 ……幻覚? 夢?

 それにしては妙にリアリティがある。それが現実らしいと認識するのに、一分以上はかかったと思う。

「ねえ、ちーちゃ……」

 同じものが見えているか隣にいたちーちゃんに尋ねようとしたところで、あたしはまた固まってしまった。

 あたしと同じ、数キロ先の住宅街で起こったありえない光景を見つめるちーちゃんの瞳は、なぜだか輝いて見えた。

 あたしはその目を知っていた。小さい頃ちーちゃんのおうちで、ちーちゃんが好きだって言うヒーロー番組の録画を一緒に観たときにも、同じ横顔が隣にあった。

「……ちーちゃん?」

 あたしが声をかけようとした瞬間、強烈な光と熱が迫ってくるのを感じて、咄嗟に目を閉じる。

「きゃあっ⁉︎」

 さっきとは比べものにならない衝撃波と爆音がすぐ近くで炸裂して、ちーちゃんはその場で倒れ込んで、あたしは土手を転がった。

 火炎放射……いやビーム的な?

 遠くで怪獣が放った攻撃があたしたちの真横、千歳川にかかる橋に直撃して、瞬く間にそれをコンクリートの瓦礫群へと変えてしまったのだ。

「っ……つぅ……! ちーちゃん、大丈夫⁉︎」

 鼻の奥まで突き抜ける焦げ臭さに恐怖を後押しされながら、あたしはすぐさまちーちゃんのところへ駆け寄ってその手をとった。

「ちーちゃん!」

「…………また、くる」

「え⁉︎」

 緊張感のない顔で向こうを眺めているちーちゃんの視線の先を追う。

 また激しい揺れが起きて転びかけていると、街に現れた巨影がひとつ増えていることに気がついた。

「犬……?」

 住宅街のなかで暴れている怪獣に襲いかかるもう一体の怪獣。同じようにどこからともなく降り立ったそれは四足歩行の白い獣みたいに見えた。

「ちょっ……ちょ、ちょっと離れよう⁉︎」

「おあっ」

 取っ組み合いを始めた巨大生物たちが少しずつあたしたちのいる川のほうへ転がってくる様子を見て、あたしはちーちゃんの手を引いて堤防道路を走り出した。

「ああーっ⁉︎ あたしの自転車!」

 そのあとすぐにあたしたちの背後に二体仲良く突っ込んできて、停めていた自転車とそのカゴに入っていたドーナツが無惨に吹き飛ぶ様が視界に入る。

 高校入るときにお母さんに買ってもらった桃色のかわいいママチャリ……。

 まだそんなに乗ってないのに、こんなすぐお別れしなきゃいけないなんて。

「ありえない! ほんとありえない! 結局ドーナツも食べれてないし!」

「ドーナツ……?」

「自転車ないと学校帰りにどこにも行けないじゃん! 最悪! も〜わけわかんない!」

 涙目になりながらちーちゃんの手を引いて、あたしはもうヤケクソになって走り続けた。

 自転車があればツタヤ書店にも気軽に行けちゃう月山市はぎりぎりイケてる町だと思っていたのに、移動手段も失って怪獣まで出てくるようになっちゃったら全然イケてないじゃん!

 明日からしばらくみこっちの誘いも断らなきゃいけないの?

 学校が終わったらすぐ家に帰って……ひとりきりで過ごさなきゃならないの?

 家でやることといったら漫画を読むか描くしかないけど…………いまは、あんまり。

 ただでさえ広くはなかった活動範囲が一気に狭まる現実を急に突きつけられて、あたしはもう世界の終わりみたいな気持ちになってた。

「ぶえっ」

 脇目も振らずに全力疾走していると、柔らかめのなにかにぶつかる感触があった。

 尻餅をついたところですこしだけ冷静になる。

 顔を上げるとあたしにぶつかられて同じように転んでしまった様子の————革ジャンを着たお姉さんが正面で苦い表情を浮かべていた。

「危ないな! ちゃんと前みろ!」

「あうっ……ご、ごめんなさい!」

「……あれ? お前…………」

 腰を上げたお姉さんが屈んだ体勢のままじっとあたしを凝視してくる。

 なんで睨まれてるのかわからずちーちゃんと一緒に戸惑っていると、向こうが「ああ!」と短い声を上げた。

「さっきの女子高生か」

「え……? ……あっ」

 言われてようやく思い出す。

 書店にいた革ジャンのお姉さんだ。

「バイク乗りでバンドマンのお姉さん……」

「は?」

「……! 萌音ちゃん!」

 間の抜けた会話をしている途中、後ろで声を張ったちーちゃんにつられて怪獣たちが暴れているほうに向き直る。

 犬の怪獣がやや劣勢なのか、大きいほうに尻尾を咥えられてジャイアントスイングされてるところが見えた。

「アイツら……なんか争ってる?」

「チッ……手強いな。まさか“核”か?」

 目つきの悪いお姉さんがぽつりと呟いたよくわからない言葉が不意に耳に滑り込んでくる。

 なんでこのお姉さんはこんなに落ち着いてるんだろう。目の前で怪獣が二体も出てきて街がめちゃくちゃになるくらい暴れてるのに。

「……呼んでる」

「ちーちゃん、ケガとかない?」

 おもむろに立ち上がったちーちゃんを支える。

 さっき川を越えてきたから、いまは駅のあるほう。

 相変わらずちーちゃんは心を奪われたみたいに、怪獣たちがいるその方向に釘付けになっていた。

「ね~なんなのアレ……。学校とか大丈夫かなぁ……」

「……! いや、ちょっと待て、どうして」

「どうかしましたか?」

 突然慌て始めたお姉さんの顔が真っ青になる。

「なんで、急に制御が……待て! 言うこと聞けパピオン!」

「ぱぴ……?」

「……くる」

 左右のちーちゃんとお姉さんの横顔を交互に確認したのも束の間、視線を戻したあたしは目の前の光景に度肝を抜かれた。

「なんか……こっち向かってきてない⁉︎」

 怪獣のうち一体……犬のかたちをしているほう。それがくるりと巨体の向きを変えて、あたしたちがいる川のほうに猛スピードで走ってきたのだ。

「ちょっ、ちょっちょっちょっちょっ!」

 近づけば近づくほどバグる距離感。

 札幌に並んでるビルと同じくらい大きな犬が目の前まで駆け寄ってきて、そして、

「ちょおーーーーーーーーーー⁉︎」

 あたしたち三人を、大きな口であっという間に丸呑みにしてしまった。

 怪獣の食道のなかで(食道で合ってるよね?)全身を転がされながら、「死んだ」と思った。

 田舎でも都会でもない中途半端な町の片隅で、漫画家になる夢も叶わないまま、ただの女子高生としてあたしは生涯を終えるんだ。

 ちーちゃんなんてまだ中学生なのに。革ジャンのお姉さんはよくわかんないけど。

 こんなことなら、貴重な時間をもっと、もっと年頃の女の子らしい生活に費やせばよかったかもしれない。

 報われるかどうかもわからない夢を追いかけて、友達の誘いも断らなきゃいけなくて、真っ白なスペースに妄想を埋め込んでいく作業をするだけなんて。

 こんなのは人の生き方じゃない。

 人の死に方じゃ…………ない。


「————————でっ……⁉︎」

「う」

「たあっ⁉︎」


 と思いきや生きてた。

 お姉さん、ちーちゃん、あたしの順にどこかに放り出されて雑に積み重なる。

「ごめんっ! ちーちゃん大丈夫⁉︎」

「うん……」

「くっそ、なんなの……? 飼い犬に食われるとかシャレになんないっつー…………女子ふたり、早くどいてくんない?」

「あっ、ご、ごめんなさい!」

 いちばん下にいるお姉さんにぼやかれてちーちゃんと一緒に立ち上がる。

 なんかさっきから謝ってばっかだな、あたし……。

「……ここ、どこなの……?」

 そこは奇妙な空間だった。

 ロボットアニメとかで主人公たちが乗り込むコックピット感はあるけど、メカメカしさは控えめ。

 操縦席どころか操縦桿らしきものもなくて、床と壁と天井は常に淡く発光している。

 周囲には外の状況を伝えてくれるらしいモニターのようなものが投影されていたけど、プロジェクターの類は見当たらない。

 まるであたしたち自身が怪獣になったみたいに、高い目線から月山の町を見下ろしているような……そんな映像が映し出されている。

「これ……もしかして怪獣の体のなか?」

「……こんなの初めてだ」

「あの〜……お姉さん、もしかしてなにか知って——————?」

 おそるおそる革ジャンのお姉さんに尋ねようとしたとき、頭のなかに目の前にはない風景が流れ込んでくる感覚があった。

 住宅街と近くの川……それと巨大怪獣が二体。

 それが外の状況を知らせてくれているのだと理解するにはあまり時間はかからなかった。脳内に直接……ってやつだろうか。強制的に分からせられたのだ。

「パピオンが……変わった?」

「ぱ、パピオン……?」

 革ジャンのお姉さんが小さく発したあと、あたしたちを飲み込んだ犬型怪獣が生き物っぽい見た目からロボっぽい見た目へと変化したことに気づいた。

 全身を覆っていた白い体毛は純白の装甲になって、大きなプラモデルみたいに角ばった外見になる。

「コイツらを取り込んだ影響か……?」

「……聞こえる」

「ちーちゃん?」

 ふらふらとした足取りで前に出たのはちーちゃんだった。

「なんか……やれる気がする」

 正面だけを見つめたままモニター前で立ち止まる。

「へえっ?」

 瞬間、あたしたちを食べたこの怪獣——————パピオンが夜空に向かって遠吠えしながら駆け出した。

「どええええええええええええっ⁉︎」

 ジェットコースターさながらの揺れがあたしたちにも伝わってきて、盛大にひっくり返った。

 本当にわけがわからないけど、あたしたちはいま確かに犬型怪獣のなかにいるみたいだった。

 革ジャンのお姉さんが「パピオン」って呼んだこの子はあたしたちを中に乗せたまま最初に出てきた怪獣へ猛突進して——————そのまま体当たり。

 大きな家電が倒れたときみたいな騒音が町中に響き渡る。

「すごいぞ、パピオンと完全にシンクロしてる……! お前が操ってるのか⁉︎」

「あ……たぶん……」

「え? なに? ちーちゃんが動かしてるのこれ?」

 どうやら状況が呑み込めていないのはあたしだけみたい。

 お姉さんがちーちゃんの肩を支えながら真剣な表情でアドバイスする。

「正面から突っ込み過ぎるな。パピオンの強みは低い姿勢からくる回避性能と俊敏性。まずはヒットアンドアウェイで隙を探るぞ!」

「はい……っ」

「あのー……あたし何かやることあります?」

「静かに! 気が散るだろ!」

「すみません!」

 なにもわからないまま怒られた。はずれバイト初日の気分……。

「いくぞ!」

 お姉さんのかけ声でちーちゃんの表情が強張る。

 こういうのってレバーとかガチャガチャするものだと思ってたけど、ちーちゃんはどうやってこのでっかい子を動かしてるんだろう。

 ワイヤレス……的な?

 でもワイヤレスだったらそもそも乗り込む必要とかないか——————————

「っづぅ⁉︎」

 呑気なこと考えて現実逃避していた直後、また脳天まで届く衝撃が襲ってきた。

 建物に身を隠しながら周囲を駆け回って背後に飛びかかろうとしたけど、動きを読まれてたみたい。

 大きな体からは想像もつかない速さで振り向いた怪獣が両手でがっしりとパピオンの頭を掴んできた。

「クソッ……!」

 悪態をつくお姉さんの視線の先には牙をぎらつかせた大きな顎。

 怪獣はパピオンの首元に噛みつくと、そのまま軽々とあたしたちを川とは逆の月山駅のほうへ投げ飛ばした。

 家とか電柱をなぎ倒しながら転がったパピオンがなんとか踏ん張って体勢を立て直す。

 こっちのほうが速いけど、パワーは向こうが上みたいだった。

 ……それはそれとして、さっきからちょっと揺れすぎじゃない?

「うっ……」

「あ……萌音ちゃん、大丈夫?」

「ごめん、あたし激しいアトラクションとかダメで……」

「ちょっ、ここで吐くなよ?」

「そんなこと言われても……」

「……! くるぞ!」

 蹲ったあたしを介抱しようとしてくれたちーちゃんがお姉さんの声でまたあっちを向いてしまう。

 怪獣に襲われて、食べられて……かと思いきや巨大ロボに乗って戦うはめになって……。

 創作してる人は物語性のつよい夢を見る確率が高いってどこかで聞いたことあるけど、それにしては突拍子がなさすぎないかな。

 よく車酔いしちゃう体質なのに……うー気持ち悪い……。夢なら早く終わってほしい。

 新人賞に落ちたことも夢ってことにならないかな。……あ、でもそれじゃちーちゃんと再会できたのも夢になっちゃうのかな?

 だめだ、なにも考えられない。とりあえずドーナツは食べ損なっててよかったかも……。

「……あ」

 光が集まってる。

 ぼんやりした視界のなかで、口を大きく開いた怪獣がエネルギーチャージしてる姿が見えた。

 たぶんさっき橋を壊した熱線を撃つつもりだ。

 こんな至近距離で直撃したらあっさり死んじゃうかも。

 お姉さんもちーちゃんもやばい!って顔してる。改めて見ても綺麗だな、ちーちゃんの横顔。

 ちーちゃんがその気になればクラス中どころか学校中の人気者になれるビジュであることは間違いない。

 でも本人は積極的に人と関わろうとするタイプじゃないから、そうなるのはなかなか難しいんだろうな。昔からそういう卑屈なところはあったけど、やっぱりなんだか一層自信なさげになっちゃった気がする。

 怪獣とかヒーロー番組とか、ロボットとか……趣味が子どもっぽいから同年代のお友達を作るのに苦労してるのかな。そういえばその辺の事情はぜんぜん知らないや。

 ……ぜんぶ知らないまま死んじゃうの? せっかく再会できたのに?

 そんなのは嫌だ。

 だってちーちゃんは、あたしの絵をみて笑ってくれる人だもん。

 ひとりきりだったあたしの世界に触れて、一緒にいてくれる人だもん。

 このまま繋がることもなく、独りきりで死んじゃうなんて。

「……いやだ」

 鼓動が聞こえる。あたしのものだけじゃない。

「いやだ……!」

 酔いの気持ち悪さから朦朧とするなかで、あたしは必死に叫んだ。

「ひとりは……!イヤあああああああああああああああああッッ‼」

 同時に発射される怪獣の熱線。

 迫ってくる光の奔流とケンカするみたいに声を張ったあたしに、パピオンが応えてくれた気がした。

「……⁉︎ なんだ⁉︎」

 熱線が当たるよりも先にパピオンが動き出して、革ジャンのお姉さんが周りを確認する。

 パピオンの巨体が物理的に曲がって、割れて、組み替えられて————————さっきまでとはまったくちがう何かになろうとしている。

 四つ足じゃない、二足歩行。獣らしい逆関節は残しつつも、全体的なシルエットは人型に近いものに「変形」した。

 盾と剣が一体化したみたいな大きな武器が右腕に形づくられて、犬みたいだったパピオンは瞬く間に白い獣人騎士に様変わりした。

 突然の挙動にお姉さんが目を丸くさせる。

「また変わった……⁉︎」

 正面から殺到してきた怪獣の熱線を、パピオンは右腕の盾でしっかりとガード。

 ところてんみたいにひも状になったビームが後ろのほうで暴れて爆発を起こすけど、あたしたちは無傷で済んだ。

「ッ…………!」

 そこからはもう、あたしも必死だった。

 あたしが怪獣を睨むと、パピオンもその場から駆け出して力強く相手の両腕をホールドする。

「——————ぶっとばしてやる……!」

 あたしは自分でもわけがわからないまま、感情のままにそう思った。

 あたしの手足になったみたいに、何十メートルもある巨体が駆動する。

 パピオンの足裏と背中にあるブースターから青色の炎が噴射し徐々に浮遊。

 怪獣を持ち上げながら加速に入ると、そのまま月山の空からぶち上がって猛スピードで夜空を飛翔した。

「ぅぁぁぁぁぁああああああああああああッ‼︎」

 速く、とにかく速く。たぶんマッハとかいってたんじゃないかと思う。

 体感的に二十秒かそこらで、あたしたちはテレビ塔が見える街————つまりは札幌上空に移動していた。

 掴んでいた腕を振りほどき、パピオンの尻尾を使って怪獣を大通りに叩き落とす。

「萌音ちゃん!」

「回避!」

 ちーちゃんとお姉さんの心が重なって、あたしのなかに沁みるような感覚があった。

 怪獣はすぐに起きてきてまだ宙にいるあたしたちに口からの火球を連射してくるけど、円を描いてそれを避けながら地上に突貫。

 パピオンが右腕を引き、背中のブースターが勢いを増す。

 盾と一体化したブレードから光の刃が伸びて、細い天の川みたいな軌跡を夜空に刻みながらあたしたちは一直線に怪獣の懐に突っ込んだ。

「うるぁああああああああああああああああああ‼︎」

 そのまま怪獣の首元へ一閃。

 光刃をまとったブレードが怪獣の頭と体を離れ離れにして、道路を抉りながらブレーキをかけたパピオンがその背後で静止する。

 悲鳴にも聞こえる咆哮を響かせながら、怪獣の体は爆散。強い衝撃波と炎だけを残して、跡形もなく消え去ってしまった。

 勝利を宣言するようにパピオンが上げた遠吠えがあたしたちのところにも聞こえてくる。

「——————————ハアッ……! ハアッ……! ハアッ……!」

 必死すぎて息を止めてしまっていたようで、あたしは爆発の光と熱を背中で感じながらその場で蹲る。

 乗り物酔いしてるときに大声あげちゃったから余計に気持ち悪くなっちゃった。やっぱり夢のなかにしては吐き気とかリアルすぎる。

 うー、やばい……戻しちゃいそう。いますぐ横になりたい。

 四つん這いで項垂れているあたしの背中に手を添えながら、革ジャンのお姉さんがそっけなく言った。

「初陣にしては上出来だな」

「なんなんですかこれ…………」

「見つけた」

「ち、ちーちゃん?」

 ちーちゃんがモニターに映る星空を見つめながらひとりごとを呟いた……と思いきや、ぐるりとあたしの方に振り返る。

「萌音ちゃん、わたし……見つけた」

「見つけたって……なにを?」

「わたしがここにいる意味」

 河川敷で会ったとき、あたしはちーちゃんを幼い顔立ちだけど、それ以上に綺麗だと思った。

 でもいま、目の前にいるちーちゃんはそれよりもずっと無邪気で、中学生と聞いても違和感があるくらいに澄んだ瞳をキラキラさせている。

 最初に怪獣を目撃した、あの瞬間と同じように。

「生きる意味を持ってる人が……かっこいいんだ……って思ってた。運動も、勉強もダメで……友達が作れなくても、ほかに生きる意味があれば、わたしはこの世界に存在してもいいんだ、かっこいいんだって。……お父さんとお母さんが、わたしが嬉しいと笑顔になるって言ってくれたから、わたしは……お父さんとお母さんを笑顔にするために生きてる、かっこよくなれてるって……思えた」

 でも、とちーちゃんは付け加える。

「お父さんもお母さんも、もういない」

「……え…………?」

 小学生の頃、ちーちゃんパパとは面識がなくて、ちーちゃんママとも数えるほどしか会ったことはない。

 ふたりともどこかの学校とか大学とかで先生をやってるって言ってた気がするから、単純にお仕事が忙しくてあまり家にいなかったんだと思う。

 そういう事情もなんか似てるな〜と思って、あたしたちは仲良くなったんだっけ。

 ……そのちーちゃんのご両親が、もういない?

「だからわたしには……もう、この世界で生きる意味がないと思ってた。でも最後の最後に……こんな機会がめぐってくるなんて……!」

 ちーちゃんの瞳のキラキラがひときわ増す。

「ほかの誰にもできないことをやり切って、この世界から去れたら……それがいちばんかっこいい。萌音ちゃん、わたし……いまみたいに戦って、世界を守って、それで————————!」

 パーカーのポッケから頭を出しているロボット兵器のソフビ。

 それが目に入ったからだろうか、あたしはいつかの誕生日にその子をプレゼントしたときのちーちゃんの笑顔と、いまのちーちゃんの笑顔がダブって見えた。


「————————かっこよく死にたい!」


 ……これは夢だ。もうそう思うことにする。だってわけわかんなすぎるし。

 悪い冗談にもほどがある。

 頭もぐわんぐわんするし、視界はぐるぐる回るし、もーダメ。

 ブラックアウトする視界のなかで、犬の遠吠えだけがあたしの耳に残り続けていた。

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