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第12話 ワタシの居場所

朝。


制服に袖を通した瞬間、違和感が走った。


鏡を見る。


そこにいるのは、いつもの自分。


長い髪。

隠した左目。

静かな表情。


問題ない。


そのはずなのに。


「……誰」


小さく零れた声に、自分で驚く。


鏡の中の少女は、少しだけ笑った気がした。


瞬きをする。


消える。


疲れているだけ。


そう思い込むしかなかった。


学校へ向かう途中。


結菜が隣を歩いている。


「氷月、今日静かだね」


「いつもだよ」


返す。


でも、その返事が“作った声”みたいに聞こえる。


結菜は少しだけこちらを見る。


「……無理してない?」


「してない」


即答。


最近、自分は“即答”ばかりしている気がした。


考える前に、否定する。


まるで、考えたら崩れるみたいに。


教室。


陽菜が楽しそうに話している。


その声を聞きながら席に座る。


ふと、机の中に視線を落とした。


紙が入っている。


見覚えのないメモ。


ゆっくり取り出す。


そこには、小さな文字でこう書かれていた。


『ワタシの場所、取らないで』


呼吸が止まる。


「……なに、これ」


紙を握る。


誰の悪戯だ。


そう思う。


でも。


文字を見た瞬間、“知っている感じ”がした。


その時。


「氷月?」


陽菜の声。


慌てて紙を隠す。


「どうしたの?」


「なんでもない」


笑う。


うまく笑えた気がしない。


雫がこちらを見ていた。


静かな目。


何かに気づいている目。


昼休み。


屋上。


一人になりたくて来たはずだった。


なのに。


「来ると思った」


声がする。


振り返る。


雫が立っていた。


「……何」


雫はフェンスの方へ歩く。


風が髪を揺らす。


「最近、増えてる」


「何が」


「“氷月じゃない時間”」


その言葉で、背筋が冷える。


「意味わかんない」


「うん」


雫は頷く。


「でも、氷月も分かってるよね」


否定したかった。


でも言葉が出ない。


雫は続ける。


「話してる時」


「時々、別の人になる」


「そんなわけ」


言いかけて止まる。


本当に?


本当に、私は私だけなのか。


「……知らない」


それしか言えなかった。


放課後。


誰もいない廊下を歩く。


窓に自分が映る。


一瞬。


映った“それ”が笑った気がした。


立ち止まる。


振り返る。


誰もいない。


もう一度窓を見る。


そこには、いつもの自分しか映っていない。


でも。


耳元で声がした。


――ねぇ。


息が止まる。


――やっと、こっち見てくれた。


「……緋月」


名前を呼ぶ。


すると、声は少しだけ嬉しそうに笑う。


――ワタシね。


静かな声。


甘い声。


でも、どこか壊れている。


――ずっと待ってたんだよ?


窓に映る自分。


その口元だけが、ゆっくり笑った。


「っ……!」


後ろへ下がる。


でも、視線が離せない。


鏡みたいに映っているはずなのに。


“向こう側”に誰かがいる。


――お兄ちゃん。


声が近い。


――ワタシの場所、返して。


その瞬間。


頭の奥で何かが軋む。


私。


ワタシ。


どっちだ。


分からなくなる。


気づけば、窓に手を伸ばしていた。


触れた瞬間。


ガラスの冷たさの奥に、誰かの体温を感じた気がした。

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