第29話 魔法世界の終わり
俺とクマザサは王宮の奥に向かって走った。
墜落した魔法戦艦の破壊を免れた宮殿の中に入る。長い廊下を駆け抜けると広いホールのような真っ白い空間に出た。床は六角形で壁は天井にむかって丸くなり、ホール全体が大きなドームになっている。
中央に太い六角柱のような建物があり、高い天井まで垂直に伸びている。
「これが大聖宮ですね?」
クマザサがしんとした無人の室内を見回す。
俺は六角柱の壁に小さな穴があるのを見つけた。人ひとりが入れるくらいの幅と高さだ。
「あそこから入れるぞ! 急ごう!」
駆け寄ってのぞき込むと細い通路が奥に続いている。しかし、中は真っ暗だ。
俺は背後のクマザサを振り返った。
「ここで待っていてくれ。誰も出てこなかったら、王様を助けに戻るんだ!」
「そんな!」クマザサが叫ぶ。
「頼んだぞ!」
俺は暗い通路に飛びこんだ。
「ゆーじ!」
クマザサの声を背に、ずんずん奥に進む。
周りは鼻をつままれてもわからない暗闇だ。
思わず足が震えてくる。一瞬戻ろうかと振り返ったら入り口はどこにも見えない。マジか。
「くっ! 行くしかない!」
足をがくがくさせながら暗黒の中を歩き続けると、いつのまにか周囲に細かい銀色の光の粒がいっぱい浮かび上がっている。
「な、なんだこれ?」
俺は立ち止まり、暗い空間を見渡した。
ようやく気がついた。銀色の細かい光は銀河だ。
俺は宇宙の中に浮かんでいた。
「なんだこのバーチャル空間は!」
俺はゴクリとつばをのんだ。
「いやこれはゲームじゃない。どーなってんだここは!」
「ゆーじ」
小さく黒猫の声が流れてくる。
「ラッシュ!」
俺は周囲に広がる壮大な銀河を見回した。
「どこだ!」
「こっちよ」
「ラッシュ!」
「こっちに来て」
声の方向に空間を進んでいくと、ぼんやりと黒い影が浮かび上がった。背後の星々を遮って、なにか大きなシルエットが壁のように目の前にそびえている。
「へ?」
顔をあげると、上の方で金色の瞳が光っている。
「……ゆーじ」
巨大な黒い魔獣の赤い口が開く。パクッと一口でいかれそう。
「ラララ、ラッシュー?」声が裏返ってしまう。
「落ち着いてゆーじ」
魔獣は低く言った。
「この空間では封印は解除される。ありのままの姿を映すの」
魔獣の後ろに漆黒の巨人が座り込んでいる。
切れ長の真っ赤な目にニヒルに歪めた唇。どうみても皮肉屋のぼっち魔王だが、その巨躯と威圧感はラスボス級だ。こ、怖ぇー!
俺は、はっと気がついた。
「あ、あのゴーマン娘はどうした?」
「こっちよバカ!」
闇の中で耳を引っ張られた。
「いってー!」
「あれが見えないの?」
ベルガメイズがすぐ横にいて、俺の腕を抱え込んでいる。
ベルガの指差す先に目を凝らすと、ピンクの燐光に包まれたアヴィの後ろ姿と、アヴィに向かい合い拝礼するように片膝をついたもうひとりの赤銅色の巨人が浮かび上がった。
「あれは……ファンファンか?」
赤黒い巨人の頭には水牛のような巨大な二本の角があった。どーりでデカイ帽子をかぶっていたわけだ。
アヴィが片手を高々と差し上げる。指先に挟んだ赤いカード、魔封魔符が真っ赤に光り、轟然と燃え上がった。
アヴィ!と叫ぼうとする俺の口をベルガが手で押さえる。
「な! なにを」
「声をかけるな! 邪魔になるだけだ! 見ろ!」
「我が名は!」
魔封魔符をかざしたピンクの魔法使いが叫んだ。
やばい! 封印名だ!
耳をふさごうとする前に、アヴィは声を上げた。
「マグナグラ・アンティギアノス!」
「うわっ! 聞いちまった!」
「落ち着け!」
赤い少女が俺の腕を揺さぶった。
「封印名で死んだりはしない! あれは暗黒王の作り出したまやかしだ!」
「なんだとぉぉおお! またあんこか!」
俺はベルガの背中に隠れた。
「くそっ! 騙された!」
「王族や魔王さえも信じ込んでいる。王家の呪いだな」
ベルガは俺を振り返った。
「で、なんで隠れてるんだこのヘタレが!」
アヴィの高い声が宇宙に響き渡った。
「その虚ろなる深淵の扉を開き、冥き光を顕現せよ!」
「……くるぞ!」ベルガメイズがつぶやく。
ギン!
空間が、裂けた。
アヴィと魔王ファンファンの間に、今まで見たこともないような巨大な魔解門が現れた。爬虫類の瞳のような縦に細長い虚空の裂け目は禍々しい赤黒い光を放ちながら、ドクンドクンとうごめき脈動している。
異様な波動がその裂け目から溢れ出し宇宙全体に広がっていく。
それはほとんど『邪悪』といえるほど、この世界にあってはならないものだった。
「レディ……」
漆黒の巨人の声が低く響く。
「……還る刻が来た」
「はい、あなた」ラッシュが応える。「私は、あなたとともに」
「うむ」深く頷く魔王。
「ともに魔界で、殺戮と蹂躙の限りを尽くしましょう」
「いやそんな恐ろしいこと誓わなくていいから!」
思わず突っ込んでから、俺は目の前にそびえる魔解門を見上げた。確かにこの大きさなら魔王も魔獣も通れるだろう。しかし……。
「ラッシュ! どーやってファンファンをあの中に押し込むんだ?」
「もちろん」
魔獣は真っ赤な口を開き、楽しげに鋭い牙を剥いた。
「力ずくで」
その時、アヴィの声が響いた。
「ファンファン!」
水牛の角の赤銅色の巨人が悠然と立ち上がる。
俺の背後でも、ぼっち魔王と魔獣が身を起こす気配がした。
いや怪獣の戦いかよこれ!
アヴィは燃え上がる赤いカードを、赤銅色の魔王に向けた。
「魔界に自ら戻るなら攻撃しない。あたしはこの世界から魔界の力をすべて消し去る。あなたも異世界を侵す事をやめなさい!」
「それができればねぇ」
魔王ファンファンは重く吐息をついた。
「いったん出会ってしまったら、どちらかが片方を飲み込むしかなのよ。同時に存在は出来ないの。どの宇宙でもね」
「あたしはそうは思わない……」
アヴィのピンクの髪がゆらゆらと逆立ち、全身が白く輝き出す。
「……ごめんなさい……あなたを、滅します」
「残念だわ、お姫様」
赤黒い巨人の眼がオレンジ色に輝く。
「楽しくやれると思ったのに」
「さようなら」
アヴィは小さくつぶやいた。
「ファンファン」
閃光が走った。
真っ赤な爆炎と白い雷光が炸裂し、巨大な爆発が起きた。
「うわーっ!」
「きゃーっ!」
俺とベルガは宇宙空間をふっ飛ばされた。
「おおおっ!」
俺は激流にあらがうように空間に足を踏ん張った。
右手がびん!と引っ張られる。手をつないだベルガを引き寄せて抱きかかえた。
「ちょっとどこさわってんのよ!」暴れるゴーマン娘。
「ばか! それどころじゃないだろ!」
目の前の宇宙空間では猛烈な爆発が続いている。
アヴィとファンファンの魔力が激突しせめぎ合っている。
あの中に飛び込むのはとても無理だ。
「あの中に飛び込んで、ゆーじ」魔獣の声が響く。
「いやたった今無理って思ったんですけど!」
「大丈夫、ゆーじなら出来る」
「ほ、本当か?」
「……」
「黙るな!」
「頑張って!」
「丸投げかよ!」
「そうだ」ぼっち魔王の声がした。「投げるぞ」
「はい?」
でかくて真っ黒な手が伸びてきて、俺の体をぐっと握った。
赤く鋭い眼がすぐ横で瞬き、俺を見つめる。
漆黒の巨人は低く響く声で言った。
「あの魔封魔符を魔解門に投げ込め。後は我々がなんとかする」
「いやどうやって」
「行くぞ!」
魔王の手につかまれた俺はぐいーんと振り上げられ、思いっきり前方の宇宙空間に投げ飛ばされた。
「うわああああああああ!!!!!」
宇宙に浮かぶアヴィの後ろ姿がぐんぐん迫ってくる。
ピンクに燃え上がるアヴィの髪の毛、そして伸ばした右手の指先に赤いカード。
「アヴィ!」
俺の叫びに、アヴィがこちらを振り向いた。
「カードを!」
アヴィが手にした魔封魔符を高く掲げた。
「よし!」
俺は飛ばされながら身体をひねり、魔封魔符にむかって限界まで手を伸ばした。猛烈なスピードでアヴィの頭上を通過した俺は、一瞬で赤いカードをつかみ取り、空中で回転しながら目の前に迫った巨大な空間の亀裂に向かって魔封魔符を投げ込んだ。
赤銅色の巨人、魔王ファンファンの反応は早かった。
魔解門の中に入る寸前で真っ赤なカードを巨大な手の中に握りしめる。
その途端、巨人の全身が赤熱した鉄塊のように赤く光り輝いた。
「おおおおおおおおおッ!」
魔王ファンファンは身をのけぞらせて勝利の雄叫びを上げた。
「この力ああああああッ! すべての魔力が私のものにィィィィッ!」
「そうは」
俺の右側を漆黒の巨人が駆け抜けた。
「させない」
俺の左側を黒い魔獣が飛び去った。
「ラッシュ! 魔王!」
ズガガガガガン!
宇宙全体が揺れ動くほどの衝撃波を放って、赤熱する巨人に漆黒の巨人と魔獣が激突した。その勢いのまま、魔解門の裂け目に押し込もうとする。
「放せええええええッ!」ファンファンが絶叫した。
「アヴィーッ!」
俺は振り返って叫んだ。
「撃つんだーッ!」
白熱化したアヴィは全身が輝き髪は逆立ち鬼神のようだ。俺の声が聞こえているのか、あるいはもう人間の言葉は届かないのかもしれない。
それでも俺は叫んだ。
「アヴィッ! 撃てーッ!」
アヴィが両腕を上げて頭上で交差させた。
空間から光が迸り、巨大な雷球が現れた。
振り返ると、空間の裂け目に手をかけてファンファンが魔解門から這い出そうとしている。しがみついている漆黒の巨人と魔獣を、魔王の身体から発射された赤い光線が容赦なく貫いた。
「アヴィ! 早く!」
さようなら、姫様。
さようなら、ゆーじ。
「え?」
たのしかったよ。
黒猫の声が聞こえたような気がした。
「さようなら……」
アヴィの眼から涙の雫が流れて、散った。
「……ラッシュ」
雷球が空間を飛翔した。
一瞬で魔界門に到達し、目も眩む閃光とともに大爆発が起きる。
「アヴィーィィッ!」
吹き飛ばされながら、俺はピンクの魔法使いに手を伸ばした。
「魔解門を、閉じろーッ!」
時間が、止まった。
いや、ビッグバンに吹き飛ばされた俺は、今は静謐な宇宙空間を飛んでいた。
身体を回転させて背後を見ると、そびえたっていた赤黒く禍々しい空間の裂け目はどこにも見えない。魔界へ通じる次元の門は爆発のエネルギーを吸い込んで閉じてしまったようだ。
前方に横になったアヴィが漂っている。
虚脱したように身体から力が抜け、気を失っているようだ。
俺は空間を泳ぎ、ピンクの魔法使いをしっかりと抱きかかえた。
「アヴィ……」
俺はピンクの髪の毛を撫でた。
「……よくやった。ファンファンは魔界に帰った。もう安心だ」
「……ゆーじ……?」
アヴィは眼を開けて俺を見上げ、かすれた声で言った。
「あたし、生きてるの……?」
「ああ」
俺は周りの壮大な銀河を見渡した。ここ宇宙空間だよね?
「……たぶん」
「……ラッシュ……」
アヴィは深い吐息をつくと、俺の胸に顔を押しつけた。
「……ありがとう……」
俺はアヴィの身体を抱きしめ、耳もとに囁いた。
「帰ろう、みんなのところへ」
「うん」
「そして、始めよう。新しい世界を」
「うん」
「で」
「うん?」
「どーやったら帰れるんでしょうかここから?」
「だいじょうぶ」
アヴィは俺の首に腕をまわし、ぎゅっとしがみついた。
「魔力が消えれば、ここはもう崩壊しちゃうから」
「しちゃうの?」
「しちゃうの」
宇宙空間に亀裂が入った。ビシビシと裂け目が前後左右に広がり、瞬く銀河は壁に貼ったパネルのように剥がれ落ちていく。
俺とアヴィは抱き合ったまま墜落した。
「うわーっ!」




