第28話 巨艦激突
赤と黒の魔力が渦巻く中心に、アヴィが立っている。
ピンクの髪の毛が燃えさかる松明のように逆立ち、激しく揺らめいている。自制心を失ったアヴィは、もう誰も制止できないのか。
ドラモンが黄金の聖剣を構え、片膝をついて身を起こした。
鋭い剣先は、アヴィの背に向けられている。
「よせおっさん! 本当に刺すつもりか!」
黄金の剣を奪おうとする俺の手を振り払い、ドラモンは自分の娘を睨みつけた。
「この聖剣は魔力を浄化する。身体は傷つけない……」
王様は険しい顔で呻くように言った。
「だが、あれほどの量の魔力とは……!」
「さぁアヴリル、行きましょう」
ファンファンが片手を差し伸べた。
「すべての始まり……私達が出会った、あの場所へ」
赤と黒の渦巻きがドクン!と脈動した。
「あの……場所……?」
アヴィは別人のようにしゃがれた声で言った。
「……出会った……」
「そう。戻りましょう……あの日へ……」
「行かせんぞ!」
ドラモンが剣を構えて立ち上がろうとした。
次の瞬間、ファンファンとアヴィの姿は消えていた。
「アヴィ!」
俺は周りを見回して叫んだ。
「アヴィーッ!」
側壁から突き出していた鉄骨が音をたてて離れていく。
のしかかるように密着していたピンク・ランページが艦体をアイアンルージュからひきはがし、破片をばらまきながら離脱しようとしている。
遠ざかる艦橋の窓の中に、アヴィとファンファンの姿が見えた。
「嘘だろ! どうしてファンファンと一緒に!」
俺は窓枠を掴んで叫んだ。
「どこに行くんだーッ!」
ラッシュが呆然としているドラモンに言った。
「王宮ですね、王様? 姫が向かったのは?」
「……そうだ」
ドラモンは食いしばった歯の間から言葉を押し出した。
「王宮の一番奥に、魔解門がある」
「じゃぁ、六番目の門があったのか……」俺は呻いた。「しかし、どうして王宮に?」
「その門は最初にこの世界に現れた、つまり最古の魔解門だ」
魔王デスは立ち尽くしているドラモンを冷たく一瞥した。
「グラングランの歴代の王たちは魔解門からの魔力を使い、この国を支配してきた。王家の歴史は最古の魔解門から始まったのだ」
「そこから、すべてが始まった……?」俺は呆然とした。
「そうだ。そして最大の門でもある。私とファンファンは魔界からその魔解門を通じてこの世界にやってきたのだ」
魔王は遠ざかっていくピンクの戦艦を目で追う。
「あの魔女は自分の魔力のすべてを使い、その門からファンファンを魔界へ送り返すつもりだろう」
「やはり姫は、わたし達を巻き添えにしないように……」
ラッシュが重くつぶやく。
「アヴリルが……魔女だと?……」
聖剣をだらりと下げたドラモンが声を震わせる。
「な、なにを言うかッ!」
「お前もわかっているはずだ。あれは暴走などではない。あれがあの女の本来の姿なのだと」
魔王デスはいまいましげに顔を歪めた。
「いまの私ではとても相手にならん……口惜しいが……」
「どうして一人でやろうとするんだ! アヴィ!」
俺は王宮に向けて飛び去っていくピンク・ランページを指差した。
「くそっ! 後を追いかけるんだ!」
「無理だ、ゆーじ」王様は声を落とした。「もう諦めるしかない」
「できるかそんなこと!」俺は叫んだ。
「あの、ゆーじ?」
クマザサが遠慮がちに声をかけた。
「それより、この船、だいじょーぶなんでしょうか?」
「あ」
全員が息をのんだ。
バリバリバリ!
真紅の鋼鉄魔艦の船体が音を立てて分解し始めている。
「うわーっ!」
皆が壁際に倒れているベルガメイズに駆け寄った。
「お、おい! 大丈夫か? ゴーマン女!」
「くっ、誰が傲慢だ……」
額から血を流したベルガが倒れたまま歯を食いしばる。
「おのれ……アヴリル……おのれ……」
「しっかりしろ!」
俺はベルガの細い体を抱え起こした。
ベルガメイズは憔悴しきった顔を俺に向けた。
「……ファンファン……!」
「……お前も、ファンファンに騙されていたんだな……」
「くうっ!」
赤い髪の少女は俺の腕を掴み、強く握りしめた。
「……くやしい……!」
「高度がどんどん下がっています!」
クマザサが窓の外を見た。
「海に落ちますよ!」
「ああ!」ラッシュが魔王デスを見た。「あなた! どうすれば?」
「簡単だ」魔王は俺を指差して言った。「その男の魔力を渡せばいい」
「へ?」
「……魔力の匂いがする……」
ベルガメイズは俺の胸に顔を寄せ、つぶやいた。
「……よこせ……わたしに……」
「いや、そんな簡単には……」
俺はアヴィの強引なキスを思い出した。
「あ、簡単だった」
だん!
ベルガがすごい力で俺を押し倒し、腹の上にまたがった。
「いや、ちょ、やめてー!」
「……よこせ!」
馬乗りになった赤い少女が覆いかぶさってくる。
「魔力を!」
「ぎゃーっ!」
キスされるかと思ったら首筋にかみつかれた。ヴァンパイヤかお前は!
「なにすんだやめ……あ、あれ?……おおお?……」
体の中でうぞうぞしていた気持ち悪い魔力が、噛まれている首から吸い出されていく。なんか楽になったー!
またがっていたベルガメイズが上体を起こし、すっくと立ちあがった。やつれていた顔が以前の生意気そうな表情に戻っている。
ベルガは腰に両手を当て、尖った顎を上げて叫んだ。
「復活!」
「……おお」
俺は真上を見上げ、おもわずつぶやいた。
「赤……強烈!」
「きゃああーっ!」
赤い少女がミニスカートの裾を押さえて飛び下がる。
「こここ、この変態ーッ!」
「ち、ちがう!」
俺は慌てて身体を起こした。
「わざとじゃない!」
「やはり変態」うんうんと頷くラッシュ。
「変態に娘はやれん」憮然とする王様。
「だから、ちがーう!」
「すっきりした顔ですね、ゆーじ?」
クマザサまで冷たい目で俺を見る。
「そんなに気持ちよかったんですか? いやらしい!」
「お前たち、さがっていろ!」
ベルガメイズは凛とした声で叫んだ。
「今から王宮に向かう! 私の手で、あの魔導士を成敗する!」
「ふん、追いつけるのか、真紅の烈女よ?」
魔王デスが皮肉っぽく問いかける。
「当然!」
ベルガメイズは艦橋の窓に向かい、腕組みして仁王立ちになった。
「アイアン・ルージュ! 最大戦速!」
グオオオン!
真紅の戦艦が大きく振動し動き出した。唸りを上げ、ぐんぐん加速していく。
裂けた壁面や割れた窓から風が轟々と吹き込んでくる。金属がねじまがる嫌なきしみ音を立てて艦首や甲板の構造材が剥がれ、飛び去るのが見えた。
巨大な戦艦は今にも解体しそうに激しく震えながら、曇天の空の下を猛然と飛行している。
「魔力が持たないかも」ラッシュが小声で魔王に言った。
「いや、もう陸地が見えた」
魔王デスが進行方向を見据える。
「すぐに王都に入る。なんとかたどり着けるのではないか」
「市街地への墜落は絶対にいかんぞ!」ドラモンが赤い少女の背に声をかける。
「心配するな。必ず王宮までもたせる!」
ベルガメイズは前を向いたまま叫んだ。
「そこの変態! こっちに来い!」
「ななな、なんだとー!」
ベルガは歩み寄った俺の腕をとると、自分の腰に回した。
「お、おい? おまえ?」
「……もう立っていられない……支えてくれ……」
「おまえ……」
俺は細い少女の体を抱えると、背後に言った。
「みんな来てくれ!」
「な、なにを?」
「いいから集中しろ!」
俺は集まってきた王様たちに言った。
「おっさん、魔王、ラッシュ! 魔力を分けてくれ!」
意外なことに、魔王デスがすぐに手を伸ばしてベルガの肩においた。
「あなた?」
黒猫が戸惑って言う。
「魔力を使い切ったら、私たちは?」
「さぁ、人間にでもなるのだろうな」
魔王とラッシュは視線を合わせ、お互いをじっと見た。
黒猫は魔王の手に自分の手を重ね、にこりと笑った。
「……わたしは、あなたと共に」
「ありがとう、レディ」
「民に被害はだせん。私の魔力も使え!」
王様もベルガの手を取り、ぐっと握った。
「よし!」
ベルガは流れ込んでくる魔力に体を震わせ、雄叫びを上げた。
「いくぞおおおおおっ!」
深紅の鋼鉄魔艦が突き飛ばされたように更に加速した。
すぐに市街地の上空に入る。アイアン・ルージュは高度を下げながらも突き進んだ。
「見えました! ピンク・ランページです!」クマザサが叫ぶ。
前方にピンクの魔法戦艦、その先には白い石壁に囲まれた広大な王宮広場が広がっている。アヴィの戦艦は王宮広場の奥、白亜の宮殿にまっすぐ向かっている。
「追いつけるか? ベルガ!」俺は叫んだ。
「船が重い……」
赤い少女は目をぎゅっとつむり、なにかを振り切るよう声を張り上げた。
「……こんなものは、もういらない……これは私の船じゃない!」
「お、おい?」
「これが本当のアイアン・ルージュだッ!」
前甲板がめくれあがり、主砲塔がぐらりと傾いた。
長大な主砲の砲身が垂直に立ち上がり、バリバリと音を立てて分離していく。
後甲板でも第三主砲が脱落する振動が伝わって来る。アイアン・ルージュは全身にまとった火器を全て振り落としながらどんどん速度を上げていった。
「主砲が街に落ちます!」クマザサが叫ぶ。
「大丈夫だ。構造は解除される」
ベルガは息を荒くしながらも足を踏ん張り、前方のピンクの戦艦をにらみつけた。
「突っ込むぞ!」
火器を捨て去って猛然と加速した巨艦は、ぐんぐんとピンクランページに肉薄していく。
艦橋の窓越しに見える船尾がみるみる大きくなる。
深紅の巨艦は艦首を持ち上げ、ピンクランページの艦体にのしかかった。
「みんな! かたまれ!」
激突する寸前、俺は両拳を突き出して叫んだ。
「おおおお! シールドッ!」
戦艦同士が空中で重なり合い、急速に浮力を失って墜落した。
からみあうように横倒しになった二艘の巨艦は、宮殿に激突し、船腹で建造物をなぎ倒しながら地面を滑っていく。
火山が噴火したような噴煙がもうもうと湧き上がり、斜めになった艦橋の外は何も見えなくなった。
「いててて!」
俺は身体を起こしてうめいた。
「みんな、大丈夫か!」
「わ、私はここに……」
クマザサがひしゃげた壁の下から這い出してきた。
「……ゆーじ!」
王様の苦しげな声が聞こえた。
「……来てくれ!」
ドラモンが倒れている。俺とクマザサは駆け寄った。
「どうした!」
王様は足が折れて動けなくなっている。
「いいか、よく聞けゆーじ!」
ほこりまみれになった王様は、俺の服をつかんで引き寄せた。
「王宮の一番奥に大聖宮というホールがある。即位式が行われる、歴代王の遺体と玉座がある場所だ。そこに……」
「魔解門があるんだな!」
「そうだ。その玉座に座った者が王となる……!」
ドラモンは咳き込んだ。
「……玉座にアヴリルを座らせるんだ。歴代の王たちが、きっと助けてくれる!」
俺は周囲を見回した。
「ラッシュ! 魔王! どこに行った!」
クマザサが素早く窓に駆け寄る。
立ち込める噴煙の中を走っていく魔王とラッシュが見えた。
「いました! ベルガメイズを追っているようです!」
「大聖宮に向かっているんだ。急げ、ゆーじ!」
「わかった。必ず戻って来るからな!」
俺はドラモンの肩を叩き、立ち上がった。
「行こう、クマザサ!」
「はい!」




