第27話 荒海の決戦
曇天の空からピンクの魔法戦艦が姿を現した。
高度を下げながら旋回し、艦首を王都のある陸地の方角に向ける。
船の下には鈍色の海が広がっている。
海は強風で波が高く、うねるように荒れている。
艦橋の最前面、テラスに縛り付けられた俺は湿った海風に顔を叩かれていた。
「うー、潮風がべたべたするー!」
前方に小さく赤い船影が見えた。アイアン・ルージュだ。
突然、がくんとピンク・ランページの高度が下がった。
同時に遥か遠くの赤い船で閃光が瞬き、一瞬後、唸りを上げてすぐ真上を砲弾が飛び去っていく。
砲撃音が遠雷のように重く垂れ込めた雲に反響する。
「うっひー! もう射程に入ってるのか!」
俺は首をすくめた。
「あんな砲弾はねかえせるのか俺?」
俺は背負っていた黄金のフライパンを引き抜き、両手で前に構えた。
「ガナンシャのエロ寺院ではあいつの艦砲射撃に耐えられたんだ。やればできる!」
自分を奮い立たせようとするが、あれはファンファンから無理やり流し込まれた魔力のおかげだった。それに、アヴィを守ろうと無我夢中だったからな。
「攻撃が来るとわかってると、マジでおっかねー!」
俺は足をもじもじさせた。
「あ、トイレ行きたくなってきた。おーいクマザサ! ちょっとほどいてー!」
「ゆーじ!」
スピーカーから緊張したアヴィの声が流れる。
「防御をお願い! 持ちこたえてね!」
「どうするつもりだ、アヴィ!」
俺は強風に煽られながら叫んだ。
「正面から突入する!」
戦艦は相手に側面を向け、すべての砲塔から射撃するのが通常の戦法だ。
しかし正面では前甲板の第一と第二主砲塔しか使えない。被弾する面積は最小だが、甲板から高く突き出した艦橋は格好の標的になってしまう。
「……だが、やるしかないか」
ピンクの戦艦が今度は斜め上に急上昇した。
アイアン・ルージュから発射された砲弾が先程までいた空間を通り過ぎる。
「照準は正確だな。ということは絶対に艦橋を狙ってくる」
俺はフライパンの柄を固く握りしめた。
「あの真っ赤なゴーマン女、あとで泣かすからなー!」
「行くわよ、ゆーじ!」
アヴィの声が響いた。
「ピンク・ランページ、全速前進!」
ぐおおっと、加速がかかった。
強風の中をピンクの魔法戦艦はアイアン・ルージュに向かって突進していく。
距離が近くなれば、ラッシュの操艦でもかわすことは出来ない。
俺は覚悟を決めた。
「うおおお、来やがれーっ!」
ホントに来た。
敵戦艦の第一主砲と第二主砲、計六門の巨砲が火を噴いた。
次の瞬間、俺の目の前で青いシールドが激しく輝く。
シュン!
バッキィィィィィン!!
音が後から来る。
「うがーっ!」
凄い衝撃に俺は歯を食いしばった。
とても耐えられる衝撃じゃない。
しかし俺の防御結界がなくなったら、艦橋にいるみんなは一撃で吹き飛ぶ。
「くっそーっ!」
激痛で霞む眼を開けると、すぐ目の前に禍々しい真っ赤な戦艦が。
「うわああああああーッ!」
俺はおもわずフライパンで頭を隠し、縛られたてすりに覆いかぶさった。
ピンクと赤の魔法戦艦は船腹をかすめるほどの近さですれ違った。
真横を高速で通過する相手の船に側面の対空機関砲が撃ち込まれる。
ピンク・ランページの艦体が被弾してビシビシっと振動が走った。
後方に遠ざかる互いの船尾からも、第三主砲の三連装砲が火を噴いた。
ズガァァァン!
観覧車に砲弾が命中し、爆発を起こす。
「うわっ!」
振り向くと、艦橋後方で上部を吹き飛ばされた観覧車がひしゃげて倒れかかっている。
急に凄い横Gが身体にかかった。戦艦が急速旋回している。
縛られた胴体から二つにへし折れそうだ。
俺は必死に手すりにしがみついた。
「砲撃、くるよ!」アヴィの叫び声。
すれ違った後、即座に旋回をはじめた二隻の魔法戦艦は、装填が終わるやいなや側面にまわしたすべての主砲を発射した。
俺はフライパンを構え直し、艦橋に着弾する砲弾を弾き返した。
ガガーン!
青い防御結界のシールドが輝く。俺は自分の腕を見た。
両腕が折れ、フライパンが垂れ下がっている。
「うわっ! うわああああ!」
「ゆーじ!」
アヴィの声がした。
かすむ視野の中を艦橋から駆け出て来るピンクが見えた。
「くるなっ!」
バキィィン!
ばらまかれる機銃弾をアヴィの間近で跳ね飛ばす。
「ゆーじ! ゆーじ!」
アヴィは俺にしがみついた。
「ひどい! どうしよう! ゆーじ!」
「……回復魔法を」
「ああ! じ、時間がかかるの! どうしよう!」
「うううっ!」
今になって激痛が襲ってくる。俺は気力を振り絞って叫んだ。
「アヴィ! 魔力だっ!」
「え?」
「魔力を俺にくれっ!」
「で、でも」
「早くしろっ!」
ドンッ!
ズガガーンッ!
艦首と船尾で同時に爆発が起きた。
「早くっ!」
「ゆーじ!」
アヴィは俺を抱え起こすと、両手で俺の顔を挟んで支えた。
「いいの?」
「いいも悪いもない次の攻撃で決めろ後一回持ちこたえてみせる!」
一気に言った。気絶しそうだったからだ。
アヴィがゴクリとつばを飲み込む。
ピンクの髪を振り乱し目を見開いた顔が、すごく綺麗だった。
「おまえが……好きだ」
俺はボソリと言った。
あーあ、言っちまったよ、と思いながら。
「……大好きだ……この世界に来て……よかった……」
「ゆーじッ!」
アヴィの大きな目から涙が溢れる。
「あたしも、大好きだよ!」
「……アヴィ」
「ゆーじ!」
俺の口を塞ぐ、熱いアヴィの唇。
俺とアヴィは貪るようにお互いの唇を求めあった。
次の瞬間。
「うごっ!」
なにか猛烈にヤバげなものが口に流れ込んでくる。ちょっと懐かしい〜と思ったらファンファンが注入した魔力じゃねーかこれ!
「むごごごごおおおお!」
「ひょっとがふぁんひて!」
アヴィは口を押しつけながらうめいた。我慢してと言っているらしい。
「うごげごぐうううう!」
あ、俺が魔力をくれって言ったんだっけ。
「ぷっはー!」
アヴィは唇を離し、ぐいと口をぬぐった。
「どう? いけそう?」
「はいいけそうですがんばります」
俺はリバースしそうになるのを口を押さえて耐えた。
折れた腕が元に戻っている。
魔力スゲー。死ぬほど気持ち悪いけど。
「これが終わったらちゃんとキスしようね!」
アヴィはにっこり笑い、俺の頬に唇を押しつけた。
「あたし、うれしい!」
『キャー!』と叫びながら艦橋の中に駆け戻っていく。
「……うああ、これはきつい!」
俺は片手で胸をかきむしった。
「あいつ、こんな苦しいものずっと身体に入れてんのか……」
魔法使いとは言え、本来自然界にはない魔力を体内に持っていることがどれほどの苦痛を与えるのか俺には想像もできない。しかし、あいつは。
「それでも、あんなに笑ったり、歌ったり、優しくできるなんて……」
手すりにつかまり、顔を上げて前を見る。
真紅の鋼鉄魔艦は再び前方で回頭し、艦首を向けて全速で突進しようとしている。
俺は黄金のフライパンを構え直した。
「大丈夫か、ゆーじ?」
すぐ横にドラモンが立った。
「私も少しなら防御結界が張れる。手伝おう」
「いや、それよりラッシュに伝えてくれ、作戦がある!」
「作戦?」
「早く!」
再び砲撃が始まった。
俺は魔力のパワーで殺到する砲弾を弾き飛ばした。
ピンク・ランページは速力を抑えて赤い戦艦に向かっている。
装填時間から逆算して、敵からの砲撃はあと二回。
持ちこたえろ!
ガガーン!
砲弾を跳ね返す。
こちらの機関が損傷したと判断したのか、アイアン・ルージュも接近速度を落とした。
赤い戦艦が目の前に迫ってくる。
艦橋の中に赤い髪の少女と背の高い男が見えた。
ズガァーンッ!
至近距離で主砲が炸裂する。
俺は最後の力を振り絞って、砲弾をそらした。
「今だ! ラッシュ!」
ピンク・ランページが巨大な艦体をひねりながら、斜め上空に浮かび上がった。
アイアン・ルージュの直上を真横になってすれ違いながら機関砲を撃ちまくる。
艦首から巨大な碇が投錨され、赤い戦艦の船尾に命中した。
ビイイイイイイン!
碇につながった鉄鎖が音を立てて張りつめる。
後甲板にめりこんだ碇を支点にピンク・ランページはアイアン・ルージュの後方で弧を描くように旋回した。
「全ニャンコ砲! てーいッ!」アヴィの叫び声。
にゃーんと側面に回転した黒白三毛のニャンコ砲がいっせいに火を噴いた。
アイアン・ルージュの船尾機関部と第三主砲塔に直撃。
砲塔下部の砲弾が誘爆して戦艦後部で大爆発が起きた。
巨大なオレンジ色の火炎と黒煙が噴き上がる。
「碇を巻き上げて! 接舷する!」
スピーカーからアヴィの声。
「魔杖兵! 戦闘用意!」
推進力を失った真紅の戦艦にピンクの戦艦が横付けされると、ヴェルナントカの三体の魔法ロボットが次々に飛び移っていく。
「ゆーじ! 大丈夫ですか!」
はっと気づくと、クマザサが胴に巻いたロープをほどいていた。
「いててて、内蔵がやばいかも」
「急いで! みんなを守らなくちゃ!」
「アヴィまで行ったのか?」
俺は叫んだ。
「ば、ばかなっ!」
クマザサに引っ張られ、接舷したアイアン・ルージュの甲板に飛び移る。
俺たちは黒煙に包まれた艦橋に入り、階段を駆け上がった。
「アヴィ!」
艦橋指令所に飛び込むと、異様な光景が広がっていた。
三体のオリジナル魔杖兵に対峙して、敵側の魔杖兵十数体が並んで壁を作っている。
互いに防御結界を張りながら、一瞬だけ結界を解除して魔法攻撃を撃ちまくり、火炎や氷瀑や雷撃の閃光が激しく明滅している。
指揮所の幅いっぱいのスクリーンに映像が映し出されているようだった。
「ど、どうなるんだ、これ?」
「ゆーじ、こっちだ」
声に振り向くとアヴィ、ドラモン、ラッシュ、魔王デスが立っている。
アヴィは赤い魔封魔符をかざして、魔杖兵に魔力を送っていた。
「オリジナルに性能でもかなわないのに、パワーでも圧倒されている」
ドラモンは冷静に言った。
「時間の問題だな」
その言葉通り、敵の魔杖兵は結界解除の一瞬に青い閃光を撃ち込まれ、一体、また一体と倒れていった。
そして最後の一体が頭部の宝冠を撃ち抜かれ、床に崩れ落ちた。
艦橋の窓を背に、真っ赤な髪の痩せた少女と大きな帽子をかぶった背の高い男が立っている。白塗りの顔の男は、赤い大きな水晶球を脇に抱えていた。
「見事な操船でした。こちらには優秀な操舵士がいないの。羨ましいわ」
魔導師ファンファンは肩をすくめて言った。
「ファンファン……」
アヴィが前に進み出る。俺は防御結界を張りながら横に並んだ。
「……もうやめましょう。あなたとは戦いたくない」
「あら、わたしも同じ意見よ。よかった」
ファンファンはくすくす笑った。
「あなたがその魔封魔符を渡してくれたら、すべては解決するの」
「それは嘘」
アヴィは悲しげに言った。
「もう、あたしを騙さないで……」
「本当はわかっていたわよね? あなただって馬鹿じゃない。私はあなたを利用し、あなたも私を利用した。持ちつ持たれつじゃない?」
「こんなことになるなんて、思わなかったから……」
「あなたは言い訳ばかり。小さい頃からね」
ファンファンは深いため息をついた。
「もっと早く自分の力に気づいていれば、悩むことなんてなかったのに」
「あたしは魔力を捨てる。人間には、いらない力だったの」
「魔力を捨てるなんて出来ないのよ、アヴリル」
ファンファンはやたらにいい声で言った。
「莫大な魔力を持って生まれたあなたは、待ち望んでいた魔界の門を開ける『鍵』だったの。これは誰も逆らえない巡り合わせなのよ」
「もうやめて!」
アヴィはきっと白塗りの男を睨みつけた。
「あなたは沢山の人を騙して利用した! ベルガを返して!」
「これはもう抜け殻」
魔導師は横に立っている真紅の少女に目をやった。
「最後まで使えない子だったわ」
ファンファンは腕を伸ばし、幽霊のようにやせ細ったベルガメイズを突き飛ばした。ベルガは宙を飛んで壁に激突し、ボロ布のように落下する。
「ベルガ!」
ラッシュが前に出ようとするアヴィを抱え込んだ。
「ベルガーッ!」
「もういいだろう人間たち」
魔王デスがラッシュの横に並ぶ。
「私が決着をつける。さぁ、ダーク・インフェルノの魔力を返すのだ」
「許さない……」
アヴィが身体を震わせた。
「あなたを……許さない!」
「いかん!」
ドラモンが叫んだ。
「やめろ、アヴリル!」
アヴィの身体から噴き出した力に、横にいた俺は跳ね飛ばされていた。
「許さない!!!」
アヴィの周りに真っ赤な炎と暗黒の霧が混ざりあい、からみあって渦巻いている。
ピンクの髪を逆立てたアヴィの目が燃えるように赤く輝き、それは怒りに我を忘れ憎しみに取り憑かれた鬼神そのものだった。
凄絶なその姿に、俺は全身が総毛立った。
「まさか、暴走か!」
俺は床から立ちあがり、ドラモンに駆け寄った。
「どーすんだ、おっさん! アヴィを止めなくちゃ!」
「もう……無理だ」
「な、なに言ってんだ!」
「私が、始末する……」
「え?」
王様は俺の背中からフライパンを素早く引き抜き、剣のように両手で構えた。
眼を閉じて呪文を低く唱える。
黄金のフライパンが輝きだし、鋭い長剣に変わった。
「この聖剣ガルガンディアで!」
ズガガガガガガッ!
突然、艦橋が激しく振動した。
アイアン・ルージュ全体が巨大な力で突き動かされるように揺れ動いている。
俺たちは立っていられなくなり、床に這いつくばった。
艦橋の側壁を突き破って別の構造材が突き出してきた。
「今度はなんだぁぁぁぁ!」
「姫! やめてください!」
ラッシュの悲鳴が聞える。
艦橋の窓の外にピンク・ランページの艦橋が密着している。
ピンクの魔法戦艦がアイアン・ルージュにのしかかり、艦体を重ねて融合しようとしている。
自制心を失ったアヴィが同じ魔法戦艦を取り込もうとしているのか?
「アヴィ! やめろぉぉぉぉ!」




