≪下≫
長らくぶりに夢商人を投稿しました。楽しみに待って下さっていた方もそうでない方も、ご覧になってください。
「それでは、カズキさん」
「……」
ハルと向き合う形で正座して、カズキは無言でうなずく。
「えっと……緊張しなくてもいいですよ。そんな儀式的な物でも恐ろしいモノでもないので」
白昼夢みたいなものです。とハルは言うが、経験がないモノだ、緊張位するだろう。カズキは頷きはするものの緊張は解けていない。
「あはは。じゃあ軽い質問をさせていただきますね? ……どんな夢を視てみたいですか?」
カズキが再度頷くのを確認してハルはそう訊ねる。
「視たい夢……? さあ、そんなアバウトなことを突然言われてもねー」
カズキは肩をすくめてそう答える。
「それに、昔ならともかく今は〝夢〟なんて見ないしね」
そう言ってカズキが笑うと、キョースケが掴みかかる。
「おい、それは本当か⁉ 夢を視ないって、それはいつからだ!⁉」
焦燥の見える剣幕で怒鳴るように問いかける。そんなキョースケに目を白黒させながらカズキは、
「い、イヤ……夢って言ってもアンタらの言ってる寝たときに視る夢じゃなくて子供の徳なんかに見る将来の夢とかの方だよ」
と答える。
「おい、キョースケ」
「あ、ああうん、悪ぃ。……カズキだっけか、アンタにも悪かった」
カズキの言葉を聞き、司に咎められ、キョースケは我に返ると、二人に謝る。
「あ、いや。それは良いけど、何なんだ、今の? 何で夢をみないってだけで……」
「それは……まぁ、ちょっとな」
キョースケはばつが悪い顔をしてそっぽを向く。
「?」
「じ、じゃあ、カズキさんが見る夢は、自分が勝手に決めて良いということですね⁉」
怪訝に思うカズキに本題へ戻そうとハルが焦りそう言う。
「あ、ああうん。それで良いけど……」
一抹の疑問が残るが、これ以上せっつかれてはたまらない。カズキはそう思い、とりあえず、と頷く。
カズキが頷くと、ハルは「では」と言って手を出す。そこにはいつの間にか不思議な色彩を放つビー玉のようなモノがひとつ、転がっていた。
カズキは、それを興味津々に見ていると、唐突にビー玉のようなモノが光ったかと思うと意識がホワイトアウトした。
××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××
(――――っ、ここは……?)
朦朧とした意識でカズキはあたりを軽く見渡す。
(アレ?)
が、首は言うことを聞かない。それどころか、全身が動かない。
(……違う。体は動いている)
自分の意思とは関係なく勝手に手足が動いている。まるで誰かに体を乗っ取られた感じだ、とカズキは思う。
こうなった前後の記憶がない。むしろ自分がどういった人間かという事を曖昧にしか覚えていない。それに、自分の感覚よりも手足が短いような偽がする。いまだにポワポワとした頭でそんな事を冷静に分析している自分に少し驚く。
(それに、ここって……)
見覚えがある否、見覚えも何もここは自分の家だ。そして、体躯からして恐らくは小さい頃の自分だろう。カズキはそう推測した。
(タイムリープだっけ? でも、何でこうなった?)
全く以て記憶にない。
「カズくんー、ご飯できたよー」
どこからか聞き覚えのある声がする。母親の声だ。
「はーい、今行くー」
主導権のない体から発せられる声を聴き、カズキはやはり、と思った。
(この声、小さい頃の俺の声だ。大体、十年くらい前だな――――ッ!)
直後、意識が途切れた。
>>>>
(――――アレ?)
次に意識が戻って真っ先に眼に入ったのは、家族との食卓だった。
「でね、✕✕✕くんって、しょうらい、旅人になりたいんだって!」
十年前の自分が、両親に向かって楽しげに話しをしている。
「×××くん、旅人になりたいの? 凄いねぇ」
父親が作り笑いを浮かべて適当な相槌を打つ。
(……当時はちゃんと聞いてくれて、一緒に楽しんでいたと思ってたんだけどなぁ。やっぱり子供の話しを聞くのって拷問なんだなぁ……)
カズキは、父が無理に笑っている様を見てそう思った。
「あとね、✕✕✕ちゃんは、ふけいさんになりたいんだって! カッコいいよねえ‼」
クラスメイトの将来の夢を延々と話すチビカズキと、うんうんと適当に相槌をする両親。そして、
(なんだろう。自分が話していた事なのに、今聞いたらもの凄く苦痛だな。聞くに堪えんぞ)
今すぐにでも耳をふさぎたい気持ちになっているカズキ。
「それでね、■■くんは――」
「さっきから友達の事ばかりじゃない。カズくんは何になりたいの?」
母親が、呆れたような笑みを浮かべてそう訊ねる。
「ボク?」
するとチビカズキはその言葉を待っていたかのようにニシシ、と嬉しそうに笑う。
「ボクの夢はねぇ……」
チビカズキは焦らすようにそこで言葉を区切る。
(我ながらムカつくなオイ)
カズキは呆れながらそう思うと、ふとある事に気付く。
(アレ。俺はこの後、自分の夢についてなんて話したんだっけ? 確か……)
「ボクの夢は――――」
そこで、カズキの意識は途切れた。
××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××
「……………………」
目を覚ますと目の前でハルが顔を近づけていた。
「あっ、おはようございます。好い夢、視れましたか?」
こちらが起きた事に気付くと、ハルはそう言ってきた。
「…・・・夢?」
カズキは一瞬、なんのことかと首を傾げる。
「はい、夢です。つい先ほどまで視ていたじゃないですか」
屈託のない笑みでハルは答える。
「夢、ねぇ……。――――ッ」
どんな内容だったか思い出そうとすると、唐突に涙が出てきた。
「――――はい⁉」
唐突の涙に流した本人であるカズキは驚く。
「えっ! ど、どうしたんですか⁉」
いきなり泣かれ、ハルもしどろもどろになっている。
「え、なっ……ぐずっ」
訳も分からず、出てくる涙を拭い続ける。
「ちょっ! なになに、どうしたの⁉」
二人の騒ぎに気付き、司とキョースケが雑談を中断してこちらに顔を向ける。
「なんだハルお前、またなんか怖い夢を見せたのか? お前はアレか、ナイトメアか」
「ち、違いますよ! 今回自分が見せたのは『夢』を見る夢です!」
呆れたように言うキョースケにハルはそう訴える。
「夢を見る夢ぇ?」
キョースケは訝しげに復唱する。
「それはアレか。のび太君が夢の中でも寝ているようなもんか?」
より一層、呆れた風に訊ねる。
「変なたとえ話を引き合いに出さないでください。夢は夢でもそっちの夢じゃないです。将来の夢の方です!」
理解力が乏しいアホなのか、分っていて言っているのか、阿呆な事を抜かすキョースケにハルは、もー! と可愛らしく怒った。
「あー、はいはい。冗談だ冗談」
ドードーと、両の手のひら前に落ちつけのゼスチャーをとるキョースケ。
「冗談だ、じゃないですよまったくー」
ハルは頬を膨らませて唸る。
「あーもう、分った分かった。で? 将来の夢ってどんなのよ?」
プンスカと怒るハルを面倒臭そうにあしらうと、泣き止んだカズキに訊ねる。
話を振られたカズキは、ぐしぐしと涙を拭いて答える。
「んー、なんていうか……子供のときに見た夢、だったかな」
「ほう? その夢とやらは、具体的には、どんな?」
キョースケがさらに問い詰める。
「う~ん。忘れた」
カズキがそう答えると、三人が同時にはあ? と、口を開ける。
「イヤ、だから忘れたんだって。なんせ夢だったから、こう……時間が経ってパァッと」
三人に、弁明するように言うカズキ。
それを聞き、キョースケがはあ、と溜め息を吐くと、
「ま、そう言うなら、そうでいいか」
本人の問題だし、と笑う。
「え、」
「ん?」
何を言ったのかとカズキが言葉を発そうとすると、キョースケが牽制をする様に短く一言そう訊きかえす。
「あ、イヤ……」
カズキがそう答えるとキョースケは楽しそうにあっそ、と返す。
「???」
ハルはそんな二人のやり取りに首を傾げる。
(なんか苦手だな、この人)
カズキは心の中でそう呟く。
>>>>
ハル達はその後いそいそと身支度をして宿を出た。宿の前には、いつの間にか大きなトラックが停まっていた。
「うぉっ! アレは……みっつるっぎっさぁーーン! あべらっ⁉」
キョースケが嬉しそうにトラックへと駆け寄り、勢いよくドアを開けられ思い切り顔面を叩きつけられた。
開け放たれたトラックのドアから、二十代半ばほどの青年が下りてきた。
「響を見つけて捕まえておいた。お前たちもハルを見つけたみたいだな」
トラックの中から出てきた男は、ドアに激突して倒れているキョースケを見ながらそう言った。
「御剣さん、酷いよ……」
キョースケが鼻を押さえながら起きあがり、そういう。
御剣と呼ばれた男は呆れたように溜め息を吐く。
「いきなり跳び込んできたお前が悪いだろう。そんなことより、そこの青年は誰だ」
御剣はカズキの方を見て訊ねる。
「ああ、アイツ? カズキって言ってハルをここまで案内してくれた恩人さんだと。んで、もう礼を済ませたし、ちょうどこれから御剣さんと娘に行こうと思ってたところ。イヤーよかったよかった。丁度良く鉢合わせになって」
キョースケはそう言ってケラケラと笑う。
「蛇足説明ありがとさんー」
トラックの中からくぐもった声がした。
「響か……って、何でアンタ布団に巻かれてんだよ」
キョースケが声のした方へ顔を向けると、上半身を丸めて縛られた布団に差し込まれた人物がいた。辛うじて、声だけで男だということが分かる。
「いやなに、ちょっとそこな夢商人で一儲けしてみようと思って動いていたんだけどな、実行する前に御剣さんにひっ捕らえられてこのザマだよ、うん」
上半身を揺すりながら響は答える。
「あっそ、んじゃそのままおとなしくしていてくれよ」
キョースケが淡泊に答える。
「で、」
と、御剣がつぶやく。
「その青年との話はもう済んだということで良いのか、ハル?」
「あっ、はい。ちゃんとお礼も済ませました」
御剣に問われ、ハルは緊張気味に答える。
「そうか。それじゃあ、もう出られるか?」
御剣がそう訊ねると、ハルは元気よくはいっ、と答えて、カズキに一礼するとそのままトラックの中に入る。
「カズキくん」
トラックの中へと入っていく春を見ていた和樹は、唐突に名前を呼ばれて驚く。
「え、あ、はい」
「色々と迷惑をかけたみたいだな。礼を言うよ。ありがとう」
そう言って軽く頭を下げる。
「は、はあ」
カズキは恐縮した感じで、曖昧に答える。
「それでは、私たちは先を行くので」
御剣はそう言ってもう一度軽く礼をすると、踵を返す。
――――バタン、というと音と共にドアが閉まると、けたたましいエンジン音を吐き出しながらトラックは走り去って行った。
「……」
カズキは、トラックが見えなくなると、その場から立ち去った。
>>>>
翌日、カズキは、久しぶりに大学に来ていた。
「お、カズキ。久しぶりだなー、今まで何やってたんだよ?」
カズキの友人が、カズキに気付いてかけよってくる。
「んー、自分探し的な?」
友人に肩に腕をまわされて、カズキは冗談半分でそう答えると、友人は呆れたように失笑する。
「さいですか。……それで? 探してた自分は見つかったのかい?」
溜め息交じりに友人は訪ねる。
カズキは、晴れやかな顔をして前を向く。昨日であった、夢商人と名乗る少女が見せてくれた夢を思い出す
――――ボクの夢は、消防士になってみんなの命を助けるんだ!
「まあ、見つかったと言えば、見つかったんかね」
そう言ってカズキは歩き出した。
青年カズキは『夢』を見て〝夢〟を思い出したと言う訳ですね。アホ臭とか言わないでください。それでは次回でお会いしましょう。
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