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はずれた思惑

コラーロ・デスメフシス 

転生した異世界で課せられたルール。最後の一人が決まるまでにしていけないこと。『人殺し、死、自殺』


カニス 正式名称 カニス・アミークス この世界での犬の獣人種の名称



俺とマコトだけが触ることに不快感がなかった銀の矢。


夜になると不快な音波を発し、仲間には耳鳴りを。

森の動物たちには、凶暴性を与えていることまではわかっていた。


それに加え、おそらく魔獣への特攻効果を持つのでは?と予想していたが、昨日攻撃した部分が腐っている…?


俺はその矢を咥えて走ったのに何の外傷もない。


それは俺の転生者としての特典なのか?それとも前世が人間だったせいで効果がないのか?それは今はわからないが、わかっていることが一つある。


『触りたくない』『捨ててほしい』

仲間たちはこの矢に、言いようもない嫌悪感を持っていた。


もし、他の仲間にその矢が少しでも傷を与えたら…。

魔熊の口同様に、外傷部分が腐る可能性はある。


『危ないことは全部俺がやるから』


マットは俺を安心させてくれるために、言葉をかけてくれた。


だが、もうその言葉に甘えることができない理由ができてしまった。


マットがこの矢を持ち、魔熊を殺した時、その両手が腐っていない保証はない。

俺は咥えて走り、一度は振ることができた。

なら、魔熊を殺す役割は俺が担うしかないのだ。


殺さなければ、殺されてしまう弱肉強食の世界。


そんな残酷な世界で、助かるためとはいえ、『殺したら地獄に堕ちる』という枷を一方的につけられ脅されている理不尽。


あの女神は俺に何をさせたいんだ?

逃げることができない状態で、抵抗する選択肢も奪ったら誰も生きていけないのではないのか?


そんな考えをしている合間に、魔熊と俺たちの距離は縮まってきている。


「俺はアイツの背後に回る!マット!シアン!死ぬなよ!」


そう言って、トラさんは俺たちと別のルートで迂回し始めた。

どうであれ、ここで殺されても地獄に堕とされる理不尽は変わらない。


なら、ここで…。


そう思った時、少しだけ魔熊の方を振り向いた。


俺たちを追いかけている魔熊の顔は聞いた通り、通常時の状態ではなかった。


片目は白く濁り、皮膚はただれ落ち、血が滴り落ちていた。


腐っているという言葉に偽りはないが、それ以上に俺には苦しんでいるようにしか見えなかった。


それだけ痛くて、苦しいはずなのに、俺たちを追いかけてしまう矛盾。


銀の矢が奏でる不快な音波が原因での八つ当たりかと思った。

だが、その状態でも追いかけてくるということは、何かに操られているようにも見えた。


リオンが…俺たちを消すのに放った刺客。


普通なら、そう思う。

だが、あの男がこんな陰湿な真似をするとは思えない。


助けてくれた時も、この森で再会した時も。

底抜けに明るくて、得体が知れない男。


人を殺してはいけないルールがあるのなら、この戦法は非常に合理的だ。

自分の手を汚さずに、森に住む魔獣が俺たちを殺すのだから。


なら、何故あの男は俺たちと仲良く飯を食べた?

何故、毛皮と衣服を交換した?

何故、俺たちと一緒に温泉に入った?


食事も、毛皮も、温泉も、俺たちが魔獣に襲われた後、奪い、満喫すればいい。


そうはせずに、対等に話、交渉し、譲渡してくれた。

そんなことをする男が、こんな回りくどく、残虐な真似をするとは思えない。


ふと、夕暮れとは真逆の空に浮かぶ、月が魔熊の背後にうっすらと浮かぶのが見えた。

そこに、何か人影のようなものが一瞬だけ見え、消えたような気がした。


「シアン!」

マットの掛け声と共に、俺の体が宙に浮く。


「ここから先は俺がやるから!シアンは投げ飛ばされた時怪我しないように受け身とってね!できるだけ怪我しないように投げるから、マコトたちが矢を持ってきたら俺の元まで持ってきて!」


頭の中がまだぐちゃぐちゃだというのに、もうその時は来ようとしていた。


考えすぎてしまう俺の悪癖。

そのせいで二の足を踏み、何度も失敗をしてきた。


今、ここで失敗したら、俺のことを最も信用してくれる人が死ぬ。

もう何も考えない。


目の前で起きたことに即座に対応できるように、頭を切り替えるしかないんだ。


「いくよ!」


マットは鉄竹の手前の藪に投げ入れる。

それと同時に最も走りやすい、前傾姿勢。

犬と同じように四つ足になり、鉄竹の中に入っていった。


手をつくたびに、鉄竹に体を擦らせながら交差させる。

目の前の竹をまるで、蛇のようにすり抜けるその動きはスラローム。


バイクの試験や、犬の競技なんかでも行われるその動きを俺は前の世界で知っていた。


本来は俺がやるべきだと思った。

だが俺は、あれほど器用に避けれるほど、四足歩行に慣れていない。


だからマットが代わりに引き受けてくれた。

少しだけ不安はあったが、マットならできるだろうと、任せてしまった。


マットの避け方に問題はない。

俺が思っていた通りの避け方をして、それに釣られ魔熊も鉄竹に向かって突進していった。


だが、俺たちの思惑は大きく外れた。


魔熊は鉄竹の手前で急にブレーキをかけ、マットの後を追わずに俺の方に顔を向けた。


こいつの標的は俺。

マットが囮をやったところで、なんの意味もなかったのだ。


藪の中から急いで駆け出し、逃げようとする。

それに気づいたトラさんと、マットが即座に対処しようとするが、まるで目もくれていなかった。


半分腐り始めているその顔に、動物としての理性はもう感じられなかった。

ただ俺だけを追いかけ回す魔獣。


ならばもう、俺がこの魔熊に対抗できる術は一つしかない。


手足をばたつかせ、急いで不慣れな四足歩行で走り出す。

それに釣られ、魔熊も追ってくる。


このまま、鉄竹に戻るという手もあるが、方向転換した時に刈り取られるだろう。

だから、俺が目指すのは解決策を持っているただ一人の少女だけ。


「マコトぉぉぉぉぉぉぉ!!」

と走りながら、マコトのいる方角を探す。


だが、俺の声は山の中に虚しく木霊するだけだった。

マコトが戻ってくる前に俺はやられる。


魔熊の後ろでマットとトラさんが武器を振って、意識を向けさせようとしていたが、この山の中で手入れがいきとおっていなかった武器は、魔熊の厚い毛皮に歯が通らなかった。


それでも、マコトの位置を探すために何度か名前を呼んだ。

だが、マコトからの返事は返ってこない。


もうダメかもしれない…そう諦めがよぎった時、山の中から『オォォォォ』と、俺の声に答えるような遠吠えが山の中に鳴り響き始めた。

だが、その声はマコトの声ではない。


しかもその遠吠えは、一つから二つ、三つ、四つと数を増やしている。


誰かが俺の声に応えようとしてくれている。

そう思った時…カーネたちが逃げた方角から、草をかけわけ何かがものすごい速度で走ってきているのを感じる。


マコト…ではない。


走りながらも、『オオォォォォ!』と力強い声で吠え、周りに合図している。


その力強く、そして遠くまで響き渡る声を、俺は聞いたことがあった。


「おま…なんでここに…?」

「なんだてめえら…森のどっかでくたばったのかと思ってたが、ようやくここまできたのかよ?」


吠えるものを意味する名前を持つカニス。

俺たちと同じプリムス村の北のリーダー…

村が襲撃された時に逸れてしまったイースト・シベリアン・ライカのロドルフォさんがそこにいた。


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