男との別れ、少女の決心
コラーロ・デスメフシス 転生した異世界で課せられたルール。最後の一人が決まるまでにしていけないこと。『人殺し、死、自殺』
カニス 正式名称 カニス・アミークス この世界での犬の獣人種の名称
リオンが俺たちに要求した食料はたった一日分。
それなら俺らは何も困ることはなかった。
むしろ今まで獲ってきた毛皮を無駄にせずに済み、かつ衣服が手に入るのは得にしかならない。
新月の闇夜だというのに、交渉が終わったらリオンはすぐにここを立ち去ろうとしている。
「寝てかなくていいのか」
マットがリオンに気を使い、寝床を用意しようとしていた。
だが
「僕、人と一緒に寝れへんねん。お馬さんも、休憩できて回復したし、それにそろそろこれが吸いたいんでね。皆さんの鼻にはきついでしょ?これ?」
と、胸元から取り出したのは先端がお猪口のような形状をした長い金属状の棒。
確かに俺たちの前でタバコを吸われるのは刺激が強すぎるので困る。
夜の森を馬に乗りながら、タバコを吸っている方がこの人には似合っている気がする。
「火元だけは気をつけてね?森が火事になったらあなたのせいにするから?」
なんてカーネが冗談混じりの嫌味で注意する。
「ちゃんとしますよ!めっちゃ嫌味な言い方やな〜姐さん〜」
たった一回、みんなで食事をしただけで、これほどフレンドリーになれるのはこの人の才能だろう。
唯一、アンナだけは食事の席に同席しなかった。
自分が助けたはずの女の子に避けられていても、この男は一切気にした様子を見せなかった。
それは過去か何かを知っているから?と疑問にも思ったが、そこに触れてしまったら、俺が嫌いな過去の詮索になってしまう気がしたから、俺も聞かなかった。
「じゃあね、臭いやつ」
「臭ないって言ってるやんけ〜!この、きな粉餅〜」
そんな俺とは真逆で、相手に直球で物事を言ってしまうマコトはよくリオンに「臭い」と言っては、頬を引っ張られ、戯れついている。
最初はリオンもマコトのことを男の子だと思っていたらしいが、女の子だとわかった後でも「そうなんや」と態度を変えることはなかった。
多分、性別や年齢で敬うことはあっても、態度を変えることをしないのだろう。
こういう気持ちのいい性格をしているのだから、前の世界ではさぞモテる男だったに違いない。
「ほな、さいなら〜みなさん〜それに…シオ、やなかったシアンくん」
最後まで、名前を間違えてしまうあたり、そのシオンという人のことが頭から離れないのだろう。
俺ももう訂正しようとは思わない。
あの夜に出会った時は、みんながリオンに向かって牙を剥いていたのに、今はみんなで手を振っている。
やはりあの夜のことは、極度の緊張状態で錯乱していただけなのかもしれない。
そう考える方が納得がいった。
みんな新しい衣服に袖を通し、向かうべき方向も定まった。
俺のドワーフの村を目指すのはどうか?という提案にみんなからの反対の声はなかった。
不確定要素に縋るよりも、道筋が見えている方がやはり安心できるから…。
だがそれでも、不安要素は確実にある。
もし、匂いが途絶えてしまった場所が危険な場所だったら…そう考えるとやはりやめておいた方がいいのではないか…と少し考えてしまう。
犬並みの嗅覚があっても、月日が経てば匂いは確実に衰える。
自分が犬の獣人になって、嗅覚の鋭さは実感できたが、リオンの通った道を把握できるほどの追跡能力が俺たちにあるのか自信がなかった。
皆も、同じ考えなのかもしれない。
一日も早く、進んだ方がいいのに、進むのに躊躇している。
だが、そんな中…一人の女の子が手をあげる。
「私が…先頭に立ちます…私は、ジャーマン・シェパードのカニスだから」
昨日から、決して姿を見せなかったアンナが弱々しい声で、主張している。
その声に釣られ、みんながアンナを見てしまう。
その視線に、体を震わせていたが、アンナの手が下がることはなかった。
ジャーマン・シェパード。
世界中で警察犬、軍用犬として活躍する、おそらく世界で一番人間のために働いている犬。
アンナがどこのカニスなのかも俺たちは今まで知らなかった。
「アンナちゃん、シェパードだったの!?すごーい!エリートじゃない!」
震えながらも、手を挙げ、ようやく過去を少しだけ話してくれたことにカーネが喜び抱きしめていた。
両親が存命なのかわからないアンナにとって母親代わりをするカーネが、思いっきり抱きしめられてもアンナは嫌なそぶりは見せない。
「アンナちゃんえらい!」と頭を撫でられたアンナの顔色はレースで目を隠した状態でも、緊張から照れに変わっているのがわかった。
完全に顔が見えているわけではない。
だけどその怯えながらも頑張ろうとする姿と、照れた姿を俺は可愛いと、かっこいいが混ざったような…今まで感じたことがない複雑なものを感じた。
これで話は決まった。
匂いの追跡のプロであるアンナが俺たちの道を示す希望だったから、
誰もアンナに対して不安の声を出す者はいなかった。
俺たちは一刻も早く、道を進むために身支度をし、この地を離れることにする。
生まれたてのソラのことが心配だったが、カーネが「大丈夫」というからには問題ないのだろう。
出発の時、ふと今まで暮らしていた洞穴を振り返る。
この広大な木の海の中にある穏やかな不思議な場所。
もし、俺たちのように、森の中に逃げたものがいたら、その時もこの場所が匿ってくれるんだろうな…と思える不思議な雰囲気がある。
俺たちがこの地に戻ってくることはもうないことを願うけど…もし、何かあったらまたこの地に戻ってくる可能性がある…そんな予感がした。
アンナが先頭に立って匂いを辿るが、実際は大人たちが四方を囲みながら進む。
リオンの残した匂いは濃い。
それに、あの巨馬の匂いもまた、同時にこの森で嗅ぐことのない不思議な匂いを放っていた。
本来、馬といったら草原だ。
木が生い茂る山の中をあの巨体では走ることもできないだろう。
その異質な匂いの組み合わせのおかげか、リオンが通ってきた道はアンナが集中せずとも、すぐに探ることができた。
それにあの巨馬の足跡がある。
このまま進めば、案外楽にドワーフの村まで辿り着けるかもしれない。
そう思っていた。
三日目を越えたあたりから、森の様子が少しおかしいとみんなが言い始めた。
夜、眠ろうとすると、耳鳴りがする。
眠ることができない…と弱音を吐くものもいた。
中には誰かに見られてる気がするというものまで。
嗅覚も聴覚も人間より鋭敏であるカニスが、後をつけられ気づかないわけもない。
今まで安心できる場所で寝ていた分、今は木々の間をみんなで固まって寝ているから、寝付けなくなっているのではないか?と思っていた。
だが、日が経つにつれ、みんなの様子は日に日に疲弊していく。
それだけじゃない。
今まで、狩られる側だった魔獣が、俺たちの寝てる隙を突こうと襲ってくることもある。
夜行性の魔獣もいるだろう。
だが、こちらが集団で固まっているのに対し、一匹で襲おうとする魔獣はあまりにも不自然。
圧倒的強者の肉食獣ならわかる。
だが、襲ってきたのは草食獣の鹿。
雌鹿が、子供を守るために襲ってきたのならわかる。
だが、まだ成熟していない牡鹿が捕食者である俺たちを襲ってくるなんてあり得ない。
この森の何かがおかしくなっているような気がする。
だが、俺にはその何かを感じることができなかった。
二日後の夜、ついに動き出した一つの影があった。
「もう〜うるさい!」と言って一人で駆け出したのは、俺と同い年のマコト。
夜の森を一人で駆けるなんて危ないからと、マコトのお父さんも追いかけようとした。
だが、途中で耳を押さえて具合が悪そうにうずくまってしまった。
それはマコトのお父さんだけじゃない。
他にもマコトを追いかけていた大人たちも同じように、動きが鈍くなっていた。
そんな中、マコトと俺だけがおかしくなっていない。
何が起きているのかわからなかった。
だが、マコトが立ち止まり、手に持っているものを見て、俺たちはもしかしたらハメられたのかもしれないと、今更になって、この道を選んだことへの嫌な予感が胸をよぎった。
マコトが抜いて持っているその棒状のものが一瞬、月明かりで見えた。
それは銀色の矢。
俺たちを救っていた男が、放っていた…どこに携帯していたのかわからなかったあの矢だった…。
マコトはそれを近くの石に叩きつけ、壊す…。
「は〜もうほんとうるさかった!これで夜も寝れるね!シアン」
と俺にいつものように話しかけるマコトに…とても違和感を覚えた。
マコト…?なぜ君は…原因を迷いなく見つけ、解決できたの…?
もしかして君も転生者じゃないのか?という疑念と…
リオンの匂いを辿ったのは間違いだったのではないのか?という疑念…二つ同時に押し寄せてきて、みんなが耳鳴りがなくなり眠れるようになったかたわら…俺はその日からしばらく安心して眠れなくなる気がした。




