第十章 共同戦線
化け物は、俺の身の丈の倍はあるであろう巨体を震わせ、ゆっくりと姿を表した。
言葉にするのもおぞましい程の赤褐色の肌。
血走った目。
片方しかない腕には、人間一人なんて簡単に叩き潰せそうな巨大な斧が握られている。
――牛!?
そう、その化け物は牛の姿をしていた。しかし、そこら辺のミノタウロスなどとは話が違う。
直感で分かる。コイツはヤバい。
「ヒョウはん」
マコトの声は震えている。初めて見る顔だ。俺との決闘なんかでは、一度たりとも見せなかった。さっきまで余裕や楽しいと言った感情が完全に消え失せた。そんな顔。
「……」
俺は目の前の化け物の、圧倒的なオーラに、声を出せないでいる。
マコトは俺の様子を見ると、無理に口角を上げてみせる。
「コイツはワシが何とか引き止めてみる。やから、お前さんは逃げーや」
既に俺の肩の傷は治されており、身体も動かせる状態になっていた。
俺はいつでも逃げられる。俺が逃げても、マコトはきっとこいつと戦う。でもそれじゃダメなんだ。
俺は立ち上がり、マコトを縛っている鎖を解除する。
「俺も戦う」
「はぁ?」
マコトは呆れたようにため息を吐く。
「折角のとろこやけどな、コイツはお前さんが敵う相手やない」
牛の化け物は、獲物を観察するように俺達を二つの目で捉えている。
「お前一人なら勝てるのか?」
「……」
マコトは答えを言わない。だが、それが答えとなってしまっている。
「それに、お前一人で勝てなくとも、二人で戦えば、いい勝負はできるかもしれないぜ?」
「……」
俺はさっきのマコトのように笑ってみせた。
俺は、ぽっと出のCランクで、Aランクのマコトとは埋まらない実力差がある。マコトからしたら、足手まといかもしれない。たけど、一人で戦うよりはずっとマシだ。
「ほんま……アホやな」
「そうかもな」
マコトは剣を構え直す。そして俺も剣を構える。
「へっ! 脚引っ張んなよ?」
「わかってる」
――ズシンッ!
瞬間、洞窟全体が揺れる。
コウモリ達は飛び去り、天井からボロボロと石片が溢れる。
それは、化け物の足音だ。
「ほな。いくで?」
マコトが地面を踏み込み、上へ跳び上がる。
息を合わせるように俺も、化け物の背後へ回る。
「乱花恋」
跳び上がる時にできた残像が、実体へと変化する。
「分身ちゅうのにはな、こう言う使い方もあんのや!」
実体を得た無数の分身は、牛の化け物の上、後ろ、横、とにかく四方八方を囲んでいた。
壁面、天井、床、岩陰、至る所にマコトがいる。
そして、その分身たちを、マコトは容赦なく踏みつける。
「風恋突」
――そうか、踏み込みか!
マコトが踏み、そして蹴ったのは化け物の後方、そして俺の上にいた分身だった。
マコトは、俺と戦った時には見せなかった、一瞬瞬間移動かと勘違いする程のスピードで、牛の化け物に突っ込んでいく。
「カンッ!」
――なっ!
化け物はノールックでマコトの剣を防いだ。
だが、マコトも負けていない。防がれた瞬間、即時後退し、別の分身を蹴り、踏み込む。そして移動したその先でも蹴る。
マコトが移動するたび、分身は数を増す。
そしてマコトは、この洞窟内、牛の化け物の周りを縦横無尽に跳び回っていた。
この間約四秒。マコトは少なくとも十回以上、牛の化け物に【風恋突】を放っている。しかしそのすべてを、牛は片腕で防いでいる。
マコトは額に汗をかいている。
俺は攻撃の隙を伺っている。
なにより不気味なのは、牛は、マコトからの攻撃を防いでいるだけで、自ら攻撃行動はまだ一回も起こしていない。攻撃をせず、防戦一方のモンスターは、普通は、『心優しいモンスターだ』だったり、『コイツには戦う意思がない』なんて思うかもしれない。だが、この牛からは、確かに俺達に向けられた明確な殺意が流れ出ている。
こいつがもし、知性を持たない凶暴なモンスターであれば、きっと俺達を捕捉した途端、即攻撃をしている。つまりコイツには相手の様子を伺うほどの知性がある。
コイツはさっきまでのマコトの攻撃を全部ノールックで防いでいるが、何も見ていないわけじゃない。マコトの攻撃のクセ、起こり、それを肌で感じて適応しようとしている。
時間が経てば経つほど、マコトの戦局は不利になっていく。だがそれを何とかするのが俺の仕事だ。
ヴァルドを装着すれば、コイツ相手でも幾分かマシな戦いができるだろう。
が、外の野次馬どもが洞窟に入ってくる可能性だって危惧できる。外からしたら俺たちは、10分以上洞窟から出てこない。しびれを切らして様子を見に来る可能性は高い。
ヴァルドの禍々しさはこの牛の化け物にも匹敵する。そんなのを装着しているところを見られれば、牛より先に俺が退治されてしまう。だからこそ、見られることを避けなければならない。
ヴァルドは使えない。だが俺にはもう一つ。切り札が残っている
牛の力は未知数。そんな相手にどう対抗するのか。その答えは、『こっちも未知数な力を使えばいい』だ。
鞘に嵌められた剣をゆっくりと引き抜き、前に構える。
――出番だ。リオ
「待ちくたびれちゃったよ?」
大業物の親友。それこそが最高の切り札。




