序章 魔力に蝕まれて
新作書きました!
「カンッ!」と槌を振り下ろす。火花が散る。鉄が鳴く。その音が昔から好きだった。もう一度振り下ろそうとした――その時。
「ヒョウ!! いるかー?」
工房の外、村の住人の声。
「いる。」
「変なもんを手に入れたんだけどよ、見てくれよ」
工房の中にそれが入ってきた瞬間、手が止まった。それは鎧だった。ただの鎧ではない。その色は光を吸い込むような漆黒。夜そのものを削り出してきたみたいな闇。
――黒骸……? 黒骸って何だ?
炉で燃え盛っている炎が一瞬だけ弱まった気がした。
「森に落ちてたんだよ! 売れそうか?」
尋ねる男の声も忘れて、俺の視線は鎧に吸い寄せられていた。なんだ……これ? 嫌な感じはしない。だが何だこの不快感は。触りたくもないのに、触らなきゃいけない。そんな気がしてならない。
ゆっくり手を伸ばし、指先が鎧に触れる。冷たい。熱とともに、魂さえ吸い取ってしまいそうな、そんな冷たさ。
瞬間。遠くの方、村の入り口の方角から歓声が上がった。大人も子供も、皆、思いを一つにして声を上げている。その時誰かが叫んだ。
「帰ってきたぞ!」
男が振り返る。
「おいヒョウ。勇者様御一行だぞ!」
胸が高鳴った。勇者一行と聞いて、頭の中に浮かんだ顔はたった一つ。薄紅の短髪に、持ち前の明るさを含んだ笑顔。そいつは『リオ』俺の幼馴染。破天荒で周りをかき乱すこの村のトラブルメーカーだった女だ。そんなあいつも十二歳になると、勇者と共に旅立っていった。あれから十年。時は想像より早く過ぎているものだ。
「リオちゃんが帰ってきたんじゃないか? 行かなくて大丈夫か? ヒョウ」
「分かってる」
店の外、百メートル程先にあったはずの村の入り口は、人混みによって姿を消している。村の全員が集まっているように思える人混みの中、入って行くのは得策じゃない。リオに会うのは人混みが散ってからにしよう。
店に戻ろうとすると、バシッ! と肩に強い衝撃が走る。
「よぉ! ヒョウ!!」
俺の肩を叩いたのは『トラ』。俺とリオと共に育ったもう一人の幼馴染。今は結婚して、傭兵やハンターをして日銭を稼いでいる男だ。百九十センチを超える巨体が、俺の視界を大幅に遮る。
「リオが帰ってきたんだってな! いやぁ楽しみだなぁ。どんだけ強くなってんだろう!」
「どうでもいい。生きてさえいれば」
「ま、それもそうだよな」
俺とトラがすっかり話し込んでいる内に、人混みは静まっていき、人の波の中から、俺達の方へ向かってくる人影が見える。
「ヒョウー!!! トラー!!」
それは、十年前、旅立っていった幼馴染だった。髪は、肩まで伸び、赤みを増している。身長も当時よりずっと伸びている。こんなに大きな変化をしていても、それがリオだと分かったのは、瞳の中に輝いている元気や希望などと言う概念をそのまま宝石にしたような光が変わっていなかったからだ。
「ただいま!!!」
「おかえり。久しぶりだなぁ! リオ!! 十年の間に色々とでっかくなってんなぁ」
「へへ!! あの後すぐに成長期が来たんだぁ!」
それに、明るさを含んだ笑顔も、変わらずあの時のままだ。大人びたリオにすっかり見入っていると、急にこっちをむき出して、ニコリと笑う。
「ヒョウも!! ただいま!!」
「おかえり」
ただの挨拶。でもそれは十年の時を繋いだ挨拶だった。
「ヒョウも、おっきくなったねー!! 十年前は私よりちっちゃかったのに!」
「お前は親戚か」
「誰がおばさんだよ!!」
「ははは!! 言ってねぇだろ!!!!!」
懐かしい会話だ。十年前と何も変わっていない。
改めてリオを見渡すと、あることに気づく。
「あ、お前それ」
リオの上半身、正確に言えば胸部に使い古されたボロボロのアーマーが装着されている。これは十年前、リオの旅立ちの知らせを聞いた俺が作ったアーマーだ。サイズも合っていない、まだ未熟であった頃に作ったが故、不細工も良いところだ。
十七歳ほどの少年が、二年前に自分で綴ったノートを見たときと同じような気分だ。
「捨てて良いって言ったのに」
気付けば声が漏れていた。「あっ」と自分が言ってしまったことに気づく。恐る恐るリオの顔を覗くと、頬は赤く、ぷくッと膨らんでおり、涙が浮かんでいる。
「あ、えっと、ごめ――」
「これは! 私にとってとっても大切なものなの!! この十年間! ずっと私の事守ってくれたんだから!! 捨ててもいいなんて冗談でも言わないで!!」
「あーあ。怒らせちまったな」
「あの、ほんと、すみませんでした」
この後、帰還祝いに用意しておいた砂糖菓子を渡してようやく許してもらえた。
俺達三人は、外で立ち話も良くないと思い、俺の店である、『銘黒武防具店』の中でお茶をすることにした。
トラがお菓子を作ってくれてる間、俺はリオの機嫌を取ることにするとしよう。
「さっきは悪かったな。軽率なこと言って」
「ううん。私こそ、これはヒョウが作ってくれたものなのにあんなに怒っちゃってごめんね」
昔のリオならばきっと謝らなかっただろう。
十年ぶりの成長を感じる。
「そうだ。そのアーマー直してやるよ」
「いいの?」
「オフコースだ。ついでに仕立て直しもやっておく」
「うれしいんだけど、でも、大変なんじゃない?」
「俺を誰だと思ってる? 一日あれば終わる」
「わかった! じゃあ、明後日! 明後日の十五時に昔よく遊んだ公園の噴水で待ち合わせね!!」
「ああ」
なんとか、『仲直り?』ができてよかった。
「おら! クリームドーナッツができたぞ!!」
「――ガッシャン!」
おいしそうなお菓子だ。家庭的な男だな。
俺の後ろを通ったトラが、俺の耳元に顔を近づける。
「また徹夜すんなよ?♡」
「うるせー」
ハートをつけるなよ、ハートを。全く。
トラの作ってくれたお菓子を三人で食べ。思い出話に花を咲かせている。
その時間はまるで、十年前のあの頃が一瞬戻ったように思えた。
*******
二日後。十五時半頃、俺は約束した通り、公園の噴水近くのベンチに座っている。公園の噴水には、勇者が持ってきたという装飾品が飾られていた。
心なしか、噴水の水の流れが少し速い気がした。
来ないな。約束の時間は十五時のはず。もう三十分も過ぎている。忘れられたか? いや、リオはあんなに嬉しそうにしていた。忘れるはずがない。
「雨か……」
顔に水滴が落ちてくる。最初は一滴や二滴だったが、時間が経つにつれ雨粒は数を増していく。
「ザー」
強い雨が降ってきた。大雨の中、待っているのもよくないだろう。仕方がない。店に戻ろう。
店の入り口で身体についた水滴を落とし、乾かす。そして、店の机で紅茶を飲み、一息ついた。
その時だった。
――ガシャガシャガシャガシャッ!
店に飾ってある防具や武具が激しく揺れる。
「何だ!?」
地面が揺れた。それも、今までで経験したことがないぐらいに。それと同時に視界も揺れていく。左頬に変な感覚がする。店においてある鏡で確認すると、自分の左目の下瞼から、頬にかけて紫色のヒビ割れが広がっていく。
「う……。ぐ、ぁぁあ!」
頭が痛い、体も痛い。無理やり内臓の中から物が引っ張り出されるような、そんな気分。
「まずいな……! くっ! ぐぁ……!」
辛い。痛い――死ぬ。そう思ったその時。
「我を纏え」
頭の中に声が聞こえてくる。
「誰……だ?」
「我は【黒骸・ヴァルド】。今お前の体に起こっている異常をどうにかしてやる。これは契約だ。我を纏え」
「黒……骸?」
思い出した。二日前、村人によって工房に持ち込まれた鎧のことを。その鎧には確かに、黒骸と刻まれてあったことを。
淡く黒光りする鎧が目の前に現れる。
「さぁ。纏うか、死ぬか。どちらかを選べ」
「お前を纏えば、本当にこいつは治まるのか?」
「これは契約だ。約束しよう」
この鎧のことを信用していいのか? だが、こうしている間にもヒビ割れは顎の方にまで広がっている。
痛みで頭が割れそうになる。それはもう痛い。この際、死んでしまおうかとも思えるくらいには。
でも、俺にはまだ、心残りがある。ここで死ぬわけには行かないんだ。
「俺はまだ、アイツとの約束を果たしてない!! このまま死ぬことは俺が納得できない!!」
「鎧……! お前を纏う!! 早くしろ!」
俺がそういった瞬間。一瞬だけ、鎧が「カチャ」っと動いた気がした。
「承った」
「【契約・成立】!!」
その瞬間……。鎧からは鎖が伸び、俺の体に巻き付いていく。目を開けると、いつのまにか鎧は俺の身体に装着されていた。
頭の痛みが消える。頬のひび割れも止まった。それと同時に、体中に力が漲っている。
「何だ?」
「どうやら、成功したようだな。我を纏えばお前は強くなれる。時間がない。今はそれだけの説明で我慢しろ」
「時間がない? どういうことだ」
「見たほうが早い」
店の外、町中は地獄絵図と化していた。村中を徘徊するモンスター。身体がひび割れていく村人たち。焼け落ちる家屋。逆にこれを地獄絵図以外で何と表せばいいのか教えてほしい。
「何だよ……。これ」
「とりあえず今は、この『魔蝕』を止めるぞ。噴水へ向かえ」
「あ、あぁ。わかった」
俺は、店にあった大剣を手に取り、噴水のある公園へ向う。脚の速さが鎧を装備しているときとしていないときで桁違いに違う。これが、この鎧の効果なのか?
前方から何者かが向かってくる。
「おい。敵だ」
「ああ!」
「今のお前ならその剣さえあれば勝てる」
雨に濡れた黒鉄の鎧が対する先は、オーク。俺は身の丈より大きい大剣を思いきり振りかぶる。鎧が力を伝え、腕に鋼のような重みと熱が走る。
「発破!!」
腕に強い衝撃が走った。
オークの巨体が、一瞬で縦二等分に両断される。発破は本来、鍛冶師が均等な力で鉄を打つときに使用する技だ。そして今の、この強い力があればそのまま一撃必殺として応用できる。
「技を使わんと倒せんのか。まだまだ未熟者だな」
「はいはい。すいませんでしたねッ!!」
公園へ向う道中。道のりにいるモンスターを大剣で次々と斬り伏せていく。
普通、一般の冒険者が何人か集まって倒す程の数のモンスターを大剣一本でバッサバッサと倒していく。この鎧の力の片鱗を見た気がする。
公園へ辿り着くと、中には、大量のモンスターが集まり、噴水の周りに密集している。
噴水の上にある装飾品は、悍ましくも、美しい赤紫色に輝いている。
「あれは何なんだ!?」
「噴水の上に飾られているあの装置。あれがこの『魔蝕』を発生させている原因だ」
「てか、魔蝕ってなんだよ!? それにあれは勇者が持ってきたものだと聞いて――」
ヴァルドは食い気味に答える。
「時間がないと言っているだろう。破壊するぞ」
「あーもう。はいはい、やりますよ!!」
公園の入り口から、中心に位置する噴水まで一気にジャンプする。鎧によって身体が強化されている今ならこんな芸当も十分にできる。噴水の真上。装飾品に向かい、大剣を大きく振りかぶる。
「打金!!」
大剣に技の威力、そして鎧のパワーが加わり、強力な力を生み出す。
鍛冶師が鉄を打つかの如く、大剣が装飾品を叩き壊す。
「バァーンッ!」
装飾品は爆発し、爆発の威力で公園にいたモンスターも、装飾品も噴水も、公園ごと木っ端微塵になった。
更地になった公園には「ポタ、ポタ」と、静かな雨音だけが残る。
――ん?
何かが落ちているのが分かる。鎧によって強化された視力なら、それが何なのかは簡単にわかった。
白銀色に輝く剣。鍛冶師でなくとも、誰が見ても美しいと分かるような剣が落ちていた。
「剣……?」
――その剣を手に取ったその瞬間。頭の中に、鎧とは違う、聞き覚えのある声が響いた。
「ヒョウ……?」




