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落花  作者: 千景 もも
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後編 襲撃


 入社試験で初めて会った彼の印象は、気に食わないスカした野郎だった。


 涼しい顔をしながら、見た目通り、いやそれ以上の優秀さを当然のようにさらす。タレントを売り出す戦略を立てる模擬分析、データ管理の基礎スキル、グループ討議の円滑な仲介役に、時折混ぜる多角的発言。


 入社してからもやはり期待をかけられているわけで。それなのに本人は特に意気込むでもなく、はいがんばります、なんてへらりと笑って返していた。この業界に憧れをもっていた自分にはない何もかもが、ひどく羨ましくて、悔しかった。


 いつか目にもの見せてやる、と視線を投げたところで、ガッツリ合ってしまった目。



「新本しゃん、」

「は?」



 あっ……、と口元を押さえて、恥ずかしそうにうつむく期待の大型新人。え、なんだいまの。噛んだ?



「ご、ごめん。新本瞳さん、だよね」

「あぁ、うん。知ってたんだ?」

「そりゃ同期だし。あ、俺は」

「高槻すばる、でしょ」



 突っ込むべきかも迷ったから、とりあえず流して今更感ありまくりの自己紹介。もう5月だけど。


 つかえることなく私の口から出てきた名前に目を瞬かせた彼は、上がり気味だった肩の緊張を和らげて微笑んだ。それがもうペカペカに眩しい。お前マネジメントされる側だろ。現状だって社内じゃタレントさん並みに認知度広がってるぞ。



「何でそんな嬉しそうなの」

「同期、誰も話しかけてくれなくて。それに、新本さんには嫌われてると思ってたから」

「嫌ってはいるけどそれは高槻さんのせいじゃない」

「どう受け止めたらいいのそれ」



 さぁ、知らないけど。


 馴れ合うつもりもないし、勝手に距離を置きたいならおけばいい。足を引っ張って相手の自滅を狙いたいわけじゃない。ただ、もってるものをその範囲内で使ってのうのうと仕事やってりゃいいんじゃないか。



「ウサギとカメだよ」

「あぁ……いや、新本さんは休まないウサギじゃん」

「違う、追い付くのは私」

「発想と行動力は筋肉質なウサギ並みだと思うよ」

「絶妙にわからん表現やめろ」



 冷静な顔で、淡々と進めているように見えていた。こちらのことなんか見下しているんだろうと。でもこれアレだ。特に深く考えてないやつ。わかっててへらへらかわしてるんじゃなくて、素でボケてんだ。



「俺にないものを新本さんはたくさんもってるから、いいコンビになれる気もするけどね」

「悔しくないの、もってないものがあるって」



 そうかな、と考えるように左耳を揉んでいる。足りないものをそのまま受け入れる寛容さは私にはない。だからこそ、泥臭くても駆け回って得ようとする。ただそれを、否定することもなく彼は弾んだ声で未来を語る。



「俺は楽しみだよ。いつか一緒の現場で、新本さんと仕事できる日がくるの」



 アイツにしてみれば、何気ない一言だったのかもしれない。


 だけどそれが頭に残って、投げ出したくなる時に思い出して、そして今日まで仕事を続けるための拠り所になっていた。


 折れそうになった心を見つけて、優しく支えて、治してくれたのはいつだってアイツだ。どれだけ曝した本音も受け止めて、反対にぶつけられて。衝突したことも両手じゃ数えきれないほどあるけど、それくらい大きな存在だった。


 ……いや、大きくなりすぎた。


 だからこそ、その光景を見た瞬間、頭で考えるよりも先に動いていた。


 遅くまで残って、ライブ会場の周辺の片付けをしていた高槻。終わったら話があると言われ、仕事の愚痴でもあるのかと思いつつ、そこに向かう足は軽かった。


 見つけた背中。何かを抱えている彼に、いつものように声をかけようとした。けれども、私よりも先に建物の柱から出てきた男が、興奮した様子で追い抜いていく。


 不自然に、男がポケットから取り出したそれ。街灯を反射し、光る。彼に向かって、振りかざした手には、刃物。


 突き飛ばせそうにはなかった。だから。



「高槻ッ!!」

「しん、もと」



 切りつけられた右肩がジンジンと強い熱をもったままだ。それでも、守るように腕に力を込めた。一緒に倒れ込んだ高槻が、状況を把握しようとこちらを振り向いて。



「……っ、ふざけんな」



 怒りを滲ませた高槻の声が、こぼれる。


 男の足を蹴ったのか、怯んでいる隙に私を庇うように起き上がる。バサリと、彼の持っていた束の花弁が散った。


 その勢いのまま腹に蹴りを入れ、腕を叩く。音を立てて落ちた刃物。拾おうとした男の手を踏みつけ、上げた顔を片手で掴んだ高槻の表情は、何も浮かんでいなかった。



「台無し。台無しだよ。どうせうちのタレントの悪質ファンだろ、お前。俺を襲ったところで意味無いから。この子刺しといて生きたまま償いなんて甘いこと考えんなよ。お前の存在ごと無意味にしてやろうか、あ?」

「け、警察に」

「その辺に埋めときゃバレないよ」



 ギリ、と男の皮膚に沈む彼の指が、血の止まりそうなほどに白かった。くるりと、男の眼球が裏返り、脱力する。息は、あるようだけれど。


 見たことがなかった。こんなに感情を露にした高槻は。本当に、してしまうんじゃないかと。思って。まともな倫理観を思い出させるように、強く名前を呼ぶ。体を揺らして、ようやくこちらに向く瞳。


 でもそれが、怯えの色を含んでいて。



「ご、めん。怖かったよね」

「大丈夫だから。とりあえず、警察に通報して」



 あの狂気がみるみる萎み、しゅんとした大型犬みたいに話を聞いていた高槻が、何かに目を留める。わかりやすく引いていく血の気。


 なんだ、今度は。



「あ、あああ、怪我が、血がっ、いたい? いたいよね、すぐ看病するから」

「いやあの、ちょっ……降ろせって」

「おれっ、俺の家、すぐそこだから」



 全然話聞いてない。


 お前がぶちのめした男どうすんの。悪質ファンの対応、事務所からは迅速に報告しろって口酸っぱく言われてんじゃん。深夜に成人女性を姫抱っこして泣きそうな顔で走ってんの、たぶん事件だよ。というか男より丁寧に扱ってるその花束なんなの。あの散り方、色も相まって血飛沫みたいだよとか。


 気になることしかないけど。そんなもの全部置いて、高槻が必死なことが十分すぎるほどに伝わってきてしまって。



「明日、一緒に怒られようか。高槻」

「ぼ、ボコる? あの男もっとボコった方がよかった?」

「一回冷静になれお前」



 たぶん無理だろうけど。


 その後連れていかれた家で、案の定その慌てっぷりとボケを見せつけられて頭を抱える羽目になる。


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