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落花  作者: 千景 もも
1/2

前編 決行



「というわけで。ライブスタッフとして今回のツアーに同行する、新本瞳さんです」

「よろしく、お願いします」



 就業前の全体ミーティングで紹介された、新しい女性スタッフ。挨拶はしっかりしておこう、という意気込みが感じられる表情。説明を受けてメモを取りながら、パタパタと動き出す彼女を視線で追い掛ける。



「び、っくりした」

「高槻。お前さ」



 目の前にヌッと現れた先輩は、呆れたように俺を見る。なんですか、と聞きつつ言いたいことはだいたい察している。



「そんな分かりやすい奴だったっけ」

「隠す気ないからじゃないですか」

「あからさま過ぎんのもどうかと思うけど?」



 ダメとは言わないけど、節度を覚えろって話ですよね。でもそれ、できてたら最初からやってるわけで。心配してくれているのは伝わるけども。



「俺の人生掛かってるんですよね」

「え、何その予想以上に重い感じ」



 なんでこんな必死になってんだろうとは思う。でも、密かに抱いていた淡い恋心じゃ片付けられないことは、とっくに気が付いていて。些細な一つ一つから、今もまだ深みにハマっている最中だ。



「あの子結構真面目そうに見えるけど?」

「地味だって言いたいんでしょ。いいんですよ、そのままで。これ以上可愛くなったら野郎が寄ってくる」

「……おまえ弱みでも握られてんの?」

「は?」



 脅されて言ってるわけじゃないことくらい、気付いてるでしょ。


 あからさまな態度の奥で、愛の言葉より暗く重い感情が腹の底にどろりと溜まる。消えることはなくて、ただ蓄積されていく一方なのだから手に負えない。


 悟られないことが誰にとっても幸せだと知りつつ、距離をとるなんてことは考えない。表面上取り繕った俺でもいいから彼女に想われたい。


 だから比較的見目の良い自らの外見を使いまくって、同期というアドバンテージをフルに活用してようやく信用を得て。眼鏡邪魔なんだよなとボヤくあの子に、適当なこと言ってクソダサ瓶底眼鏡掛けさせたままにしてる戦犯だし。


 これだけ時間をかけて示しておきながら、肝心なこと全く言えないし。



「どうやったら振り向いてもらえるんだろ」

「お前が諦めたら」

「泣いていいですか」



 きも、て笑ってますけど先輩。フラれること考えるの避けるくらいダメージ大きいことなんですよ。


 あの子から、もし。


 好きな人ができたから相談乗ってほしい、なんて言われたら。ファーストリアクションで笑顔つくる。次いで膝から崩れ落ちる自信ある。きも。



「末期だね。恋の病」

「重症化がとまりません」



 隠してたって伝わらない。隠しきれなくなるのも時間の問題。そんなのわかりきっている。


 だけどそのままに伝えても流されるし、行動で見せても良い奴止まり。他愛のないことや多少の相談事を話せるようになって、少しの進歩が実感できるのは楽しいけどやっぱり。



「会いに行っても言葉で伝えても、全然届かないものですね」



 早く本気だって気付いて意識してもらいたい。新本にとってはまだ恋に踏み切れなくても、必要な人になりたい。俺のものになってくれたらどんなにいいか。弱味握って側に置くのはどうか、なんて。過った瞬間はさすがに引いたけど。



「まだ片付いてない問題も山積みだし。面倒ですよね、いろいろと」

「……頼むから捕まらないでね」

「どういうことですか」

「その目やめてよ」



 本当はあの子の人生を少しずつ侵していって、終いには俺もどっぷり侵されたいと言ったら。



「先輩はどうするんでしょうね」

「怖いから何がとは聞かない」

「賢明ですね」

「意味深な返事やめろよ怖い」



 最近過ったなかで、一番怖いこと教えてあげましょうか。


 でもね、それを実現できるわけがないと思いながらも、行動は夢を見てるんですよ。ダブルベットを買った。2リットルの水も、簡易トイレも、吸水性の高いタオルも、食料も酒も鍵も買いました。Wi-Fiを変えるかは迷い中です。


 足りないのは、あの子だけ。


 きっと俺のことを心配してくれるこの先輩が知ったところで、もうどうにもできないんだろうなと。冷静に捉えているようで捉えた内容が狂っているものだから、どうしようもない。仕方ないと認めてしまえるのが笑える。うまくいかなかったら、ゴミ処理は業者に頼まないといけないけど。


 優秀な彼女の近くにいるために、生まれて初めてがむしゃらに取り組むということをした。誰かに利用されてまで働いて働いて。ついでに新本の良さに気付く有能に無謀にも張り合って。何で俺はこんなことをしてるんだろうと、終電逃した駅のホームで泣きそうになったこともあるけど。


 エースなどと持ち上げられて、結果的についてきた社会的地位が、また肩を並べた彼女を想い続ける理由になった。でもそうすると新本のコミュニティなんてどんどん狭くなるわけで。


 現場班の同期組で残ったの私たちだけになったな、なんてしみじみ言われたときは、さすがに心が痛んだ。その状況作ったの半分くらいは俺のせいなんだよねとか。言いづらいし言えるわけがなかった。


 もう5年目だ。傍に居続けるために黙って追いかけるだけの関係は、ここが潮時かなとも思い始めていて。


 音響のチェックに向かおうとする先輩に、最後のアドバイスを求める。先日子供が生まれたばかりだという彼の惚気を聞かされるたびに、いつも思っていた。そんな関係を築けている人だったなら、きっと別の方法もあったんじゃないかと。



「決行はいつがいいと思います?」

「お、ついに? まぁ鉄板シチュは夜景で花束じゃね?」

「花か。確かに、油断するかもしれませんね」

「油断……?」




──3日後、後輩は姿を消した。


 彼の、想い人とともに。


 唯一の手がかりは、彼女が消えたとされるライブ会場のDゲート周辺。そこには、血のような鮮烈な赤の花弁が散っていた。

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