two years ago
採血を終えた卓也は肩を落としだるそうに歩いていた。常人ならば致死量の血を抜き取られても、だるいだけで済むキャリアーの生命力には感服する。脱水症状もおこしているが、この程度ならすぐに回復するだろう。
休憩スペースの自販機からミネラルウォーターを買い椅子に座る。そして水を一気に飲み干した。
「プハー。あー、きっつ」
採血される事は慣れてきた。しかしいくらキャリアーとはいえ大量に採られれば目眩の一つくらいは起こる。
まずは水分補給だ。普通ならレバーのような鉄分を多く含むものを口にすべきだろう。しかし卓也の身体には不要、むしろ日光の方が効果的だ。
「今日はこれで終わりのはずだし……帰ったら何しようかな」
そんな事を考えていると、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。
「ん?」
「藤岡君?」
足音の主は美咲だった。彼女は卓也に気付くと足を止める。そして思い出したように手を叩いた。
「ああ、そっか。今日は採取の日か。終わったの?」
「今さっきな。で、ちょっと一休みと水分補給をしていた所さ」
「そうなんだ。って事は黄川田さんも来ているのよね?」
「いるよ。ただ、千夏はまだ終わってないみたいだけど」
自販機へと向かい、紅茶を買おうとしていた美咲の手が止まる。
「千夏って……。いつの間にそんなに仲良くなってたの? ちょっとびっくり」
「向こうから名前でって。同じ病気の仲間だからってさ。俺も嫌じゃないし」
「成る程ねぇ」
納得したのかしていないのか、少し微妙な表情で頷く。
「同じ病気……か」
そう呟き自販機のボタンを押す。ガタンと騒がしい音が静かな地下に響いた。
「高岩は何してたんだ?」
「私? 私は宿題を片付けて、ちょっと遅めのお昼ごはん食べてたとこ」
「宿題か。俺も帰ったらやらないと」
今日の予定で頭がいっぱいですっかり忘れていた。期日まではまだ余裕があるとはいえ、他にもやらなければならない事は沢山ある。早めに終わらせるのが吉だろう。
「藤岡君、勉強はやれる時にやっておいた方が良いよ。キャリアーやベクターが出たらそれ所じゃないもの。相手はこっちの都合なんか知らないし、学業と両立させるなら空き時間を上手く使わないと」
「そうだな……」
美咲の言う事は尤もだ。ヴィラン・シンドロームとの戦いも大切だが、自分達は学生でもある。勉強や日常を疎かにしてはいけない。
「大丈夫よ。私もここに配属されたばかりの頃はかなり大変だったわ。新人で訓練もあったし、勉強するのも苦労したものよ」
そうぼやく美咲は懐かしそうに微笑む。その笑顔に卓也も頬を綻ばせた。
「俺は高岩の事、凄いって思うよ。こんなに大変なのに、学校の成績も良いしさ」
卓也も知っている。美咲はクラスの中でも上位の成績だ。そんな彼女の事を純粋に尊敬している。
実際にキャリアーやグローバーといった発症者退治を美咲と行うようになってから、その大変さを身を持って体験していた。いつ現れるかま解らず、抗体保有者として常に命を狙われ続ける日常。そして決死の戦い。そんな日々を送らなければならないのだ。普通の高校生とは大きくかけ離れている。
「今だって四苦八苦しているし、学校の勉強も正直きつい。体力面で考えると、キャリアーじゃなかったら倒れてんじゃないかって思ってる」
「そうだね。私もグローバーじゃなかったらきついかも。でも、ペース配分や休み方、生活リズムのコツさえ掴めばすぐに上手くいくよ。どうにかなってるグローバーは沢山いるわ。まあ、二年もこんな生活していたら嫌でも慣れたし、藤岡君もじきに慣れるって」
「そうだな。でも、慣れるより早く治る方が嬉しいけど」
卓也の言葉に美咲は息を呑む。
彼とは立場が違う。グローバーとキャリアー、お互い抗体を持つとは言え二人の環境は全く異なっている。
ウイルスに打ち勝ち力を得た美咲とは違い、卓也はキャリアーとなっている。この病と戦う事を第一としている自分と違い、彼にとっては病を治す事が何よりも優先すべき事なのだ。
「そう……だね。それが藤岡君にとって、そして黄川田さんにも一番望ましい事だもんね」
美咲は卓也と向かい合うように座る。そして缶の蓋を開け紅茶を一口飲む。微かな甘さが舌に残り気分を落ち着かせる。
元の生活、普通の人生。そんな当たり前を美咲も望んでいる。
ヴィラン・シンドロームは多くの人々の人生を狂わせている。卓也も美咲も千夏も、そしてグローバーやキャリアー、ベクターとなってしまった者達を。
グローバーとして戦い続け、キャリアーとしてウイルスに弄ばれ、ベクターは自我すら食い付くされている。そんな生を送らなければならなくなるのだ。
だからこそこの病を根絶しなければならない。そして本当の人生を取り戻すのだ。
「治療法が見つかれば皆が……元に戻れる」
「そうだな。そうなるのが一番だ」
卓也は小さく頷く。だが彼は気付かなかった、美咲が悲しそうにうつむいた事を。
美咲は直ぐに顔を上げ背もたれに寄りかかる。
「感染してから二年か。今思うと濃い人生を送っているなぁ。いやはや、私本当に女子高生なのかねぇ」
そう笑う美咲と違い、卓也は何かに気付いたように目を見開き口を閉ざす。そして考えるように視線を美咲から反らした。
そんな卓也の反応に美咲も当然気付く。
「どうしたの藤岡君?」
「いや……その……」
とても言いにくいように、卓也は口ごもりながら頭を掻く。美咲もそんな卓也の様子に不思議そうに首を傾げる。
卓也は少し考えると、重々しく口を開く。
「ちょっと……気になってさ。高岩って二年前に感染したんだよな」
「今そう言ったじゃない。グローバーになったのは二年前だって」
何を言っているのかと美咲は笑う。グローバーになったのならウイルスに感染して当たり前だ。卓也が何をそんなに困っているのか彼女には解らなかった。
卓也は意を決し美咲をまっすぐ見つめる。
「この前学校で言ってたよな。お兄さん……二年前に病気で亡くしたって」
「…………ああ」
美咲は察したように目を細めた。
「覚えてたんだ。そうね、普通気付くよね」
ため息を一つ。紅茶をもう一口飲むと、美咲は二年前の事を語り始める。
「…………私とお兄ちゃん、と言うか私の家族の事なんだけどね。察しの通り、二年前私達はキャリアーに襲われて感染したのよ」
「やっぱり……」
「私とお父さんは……耐えた。グローバーになって助かった? って言えば良いのかな。感染した時点でおしまいなのは変わらないけど」
美咲の口調は酷く淡々としており、感情が感じられない。思い出すと言うより、他人の事を説明するかのようだ。
「お母さんはベクターになってさ、あれは酷かったよ。お母さん、反り血で自分が溶けているのにお父さんの事を必死に殺そうとしてさ。お父さんを傷付ける度に自分も……」
「………………」
想像するだけで血の気が引く。実際にその場にいた美咲には地獄だっただろう。
「じゃあお兄さんは……キャリアーになったのか?」
「少し違うよ」
美咲の表情が曇る。
「お兄ちゃんが……私達を襲ったキャリアーなの」




