1/歯車は回り始めた
「……」
意識が鮮明になる。どうやら僕は寝ていて、夢の中にいるようだ。
一面真っ白な部屋。机も家具もない。何もない。空っぽな部屋。
「…ココが夢の中なのか。信じがたいな。……何故僕がこんなところにいるのだろうか」
遠くのほうから何かが聞こえてくる。美しく儚い音。
どこか悲しみで包まれているような音。
音の主は、部屋の中からだ。でも姿も確認できないが音の音量からして相当遠くから聞こえてきている。
「小さいけどこの音の主は何かを演奏しているのか。でもなんだろうこの曲。何処かで聞いたことがあるような…」
どこへ行くわけでもなく僕はその音を頼りに前進する。果てのない部屋。どこまで行っても真っ白。目が痛くなる。明るさを調整して、目を細める。
そのとき初めて白いローブを着た女性の姿を認識した。
女性は何もっていない。ただ、在る筈のないソラを見ている。横顔はとても綺麗で、僕は今までこんな綺麗な顔を見たことはない。
近くに寄ろうとして走る。だけど、起こる筈がない突風で行く手を阻まれる。
だけど僕の体は彼女をちかくで確認したいらしく、前進をやめない。
近づくたびに僕の腕は傷ついていく。服が裂けそこから僅かな鮮血が流れていく。
「が、い、てぇ」
口から苦悶の声が漏れる。もはや自分の意思とは関係なく体が動く。自らの体が傷つこうとお構い無しに勝手な行動をとる。
もう既に自分では止められない。この肉体の暴走が止まるときそれは、彼女の姿を近くで確認するときだろう。
大きな気配がやってくるのを肌で感じる。こんな雄大な気配は今までかんじたことがない。
「お止めなさい。いくら足掻こうとも今の貴方の力では触れることさえできないのですから…」
気配はあるが声だけしかしない。姿が見えないまま僕の体を引き止める。
今まで持ち主の言うことを聞かなかった肉体が言葉一つで活動を停止してしまったのである。
どたん、と派手な音を立てて尻餅をつく。今まで無意識に体が動いていたからか、力が抜けて座り込む。これでは示しがつかない。地面についた手に力を入れて立ち上がる。
どすん。立ち上がったのは良いが、そのままを維持できずにまた尻餅をついてしまった。
「ふふふ。貴方は本当に落ち着きがないですね。立ち上がれないのであればそのまま聞いていなさい」
声の主は笑っている。のた打ち回る僕を見てだ。
だんだん腹が立ってきた。純粋にただこの喧嘩売っているような口調で話す声の主に対して。
「怒っているのですか。すいません。つい面白かったものですから…」
などといっている。僕は怒りをこらえ冷静に用件を聞く。
「貴方が僕をここに?何故?何のために?」
「質問は一つずつお願い…。そうですね、時間もないことですし、用件だけ伝えましょう。貴方に大きな危険が迫っています」
唐突に声の主はそう告げた。言葉を鵜呑みにできない。
今の生活が安全であるならば、危険な目に合うということはこの生活が壊れるというのか。
そんなことは信じられない。信用できない。
「信じられない、のものも無理はない。これは未来のことであり、先のことであるのだから。詳しいことはいえませんが、貴方の力を悪用しようと目論んでいる人物がいる。いずれ命を掛けるようなことになるでしょう。これは運命。確定事項であるのです」
は。ははは。笑える。コイツ頭がおかしいのだろうか。未来だと。何をふざけたことを。
未来が見えるなんてそんなSFチックなことは存在しない。
存在してはならないのだ。それこそ、信じられないことだから。
「そうですね。完結にあんたの心の中で今考えたことをまとめると、私は信用されていないのですね。こればかりは何を言っても信用できないのは十分に理解していましたが、ここまで嫌な気分になるものなのですね」
そろそろ時間ですかと付け足して、最後に警告する。
「ハガリョウ。今からもとの世界に戻るのですが、恐らく世界は違った見方で貴方を見るでしょう。貴方は戻った時点で世界から除外されているのです。戻ったところで居場所がないということです。大方、向こう側の誰かが接触してくるのでしょう。そこまでは見ることはできなかったのですか…。確かなことは、気をつけたほうがいい。もしかしたら戻って数時間後には命を落としているかもしれませんよ。そこのところの心配は要らないでしょう。貴方には強くて頼りになる友がいるのだから」
強くて頼れる友ね。はいはい。気をつければいいのね。命を狙われるかもしれないしね。
僕は半信半疑で話を聞く。もう怒りを抑えられない。既に両手は熱を帯びて握り拳を作っている。
「あなたは、自分が背負っている責務のために行動する。そのためには、あらゆる危険にさらされるでしょう。ですが決して臆する事はありません。なぜならあなたには……………がいることを忘れないで下さい……」
声が途切れて聞き取れなかった。
キィィィィインと何かの音がする。
振り向くとさっきまでいたはずの彼女が遠く離れていく。
よく見てみろ。自分が見たものをすべて信じるな。別の視点から見ろと体の内部から騒ぎ立てる。
不意に視点が切り替わった。僕と彼女よりさらに向こうの方から見た視点で。
違う。彼女が離れているのではない……僕の方が遠ざかっている。
「!!!」
今彼女の口が裂けた様に見えた。無論今僕がいるところからでは彼女の顔など見えはしないのに…。
意識が現実の世界に戻ろうとしている。徐々に白い部屋がなくなっていき、やがては真っ黒な闇に覆われた。
………
意識がはっきりしてきて感覚が戻ってくる。手、足そして体全体。
手を動かしてみる…。草と土が手に触れる。
瞼が重い。一体どれくらいあの夢の中にいたのだろうか。体の関節がうまく動かない。
やっとの思いで目が開く。辺りは闇に包まれている。このままじっと寝ているわけにもいかない。
歩こうと足に力を入れる。こんなことは無意識でもできるようなことだ。
なのに、いちいち意識しないとできない。
『貴方はこれから危険な目に合う』
異常なまでにさっきの言葉が頭を駆け巡る。頭が痛い。脳が沸騰しそうだ。
知らない。そんなことは知らない。先の事になんか興味は無い。
これからの事はこれから考える。だからこそ、これからの事なのだ…。
命を落とすような出来事がこれから起きるとか、自分が背負っている責務がどうとか。
そんなのはこれからの事を考える要因には含まれない。含めてはいけない。
あのような狂言信じてはいけないとさっき自分で思ったではないか。
自分で考えたことを気にするなんて僕らしくない。
「…じゃない。どうなるかじゃない。僕は、自分の意思で…」
これからどうとか、ああなるからどうとかそんなのは問題じゃない。
「…自分の意思で。これからのことは、これから自分で決める!」
口が勝手に言葉をつむぐ。瞳を閉じて、自分の行動を見直し、考えをまとめる。
自然と頭がすっきりする。まるでいっぱいになったゴミ箱の中身を捨てた後みたいに。
脳の容量に空きができる。『考えろ。動け。歩け。走れ。家に帰れ。』と命令系統が復活して体に指令を送る。
肉体とは所詮、ノウの操り人形でしかない。
ノウとは所詮、肉体を操ることしかできない。
二つは対。相容れない存在。しかしそれはお互いがなければ存在できない。
だから二つは協力し合う。二つのものが一つになる。自然界ではありえないことだが。
右足に力を入れて、左手を地面に付けて、両足で地面を蹴る。
一つ一つの行動を意識してする。
立ち上がって、重心を中央に置きそのままの姿勢を維持する。
そして無造作に空を見つめる。何もない灰色の空。果てのない世界。この空に終わりはあるのだろうか。考えなくてもいい事を考える。
何故僕は空なんて見たのだろう。僕は空になんて興味はない。あのような面白味のないものを見ていても時間の無駄だ。
ふと、昔のことが思いだされる。
僕が中学生のときは暇さえあれば空を見ていた。
あの頃は悲しみという名の海で溺れていたのだ。
そのとき見たもの。それが…空。どこまでもある世界。果てがなく。いつまでも広がっているもの。
在り方全てが、その在り方全てが羨ましかった。
『空はなんて自由。あの世界は何でもできる。望めば何でも手に入ると』
だけど違った。そんな都合のいいものは存在しないと思い知らされた。
いくら望んでも、いくら願っても、失ったものは戻ってこない。それがこの世の理屈なのだと。
それから、僕はソラが嫌いになった…。
意識が唐突に戻ってくる。見覚えのある場所。灰色の空、足元に広がる雑草の群れ。
そこは、自宅からそう遠くはない近所の空き地だった。
何故僕はこんなところにいる?
何故僕はいつまでもこの場所にいる?
歯車は動き出したのだ。石は転がりだしたのだ、いつか起こる終末という名の終点に向かって。
頭が回転する。今までの事を整理しようと必死で稼動する。
自分の服装、黄色いパーカーに着慣れたジーパン。
どこかに行こうとしていたのだろうか。何か手がかりになるようなものは、とズボンのポケットに手を突っ込む。
ひらり、とポケットから何かが落ちた。
落ちた紙切れをおもむろに拾い上げ、書いてある文字を目で読む。
「コンサート、今夜八時より…。このアーティストの名前には聞き覚えがある」
その紙切れは、コンサートのチケットで、そこに書いてあるのは今売れているロック系のミュージシャンの名前だった。
「何故僕がこんなものを持っているのだろう。興味もないコンサートに行くほど僕は暇ではないはずなのに…」
「あ、いやがった。おい猟。何でそんなところでのんびりしてやがるんだ。待ち合わせは駅前に六時半って言ったのはお前だろ」
背後、つまり路地から声をあげている長身の男。なにやら怒っているようだ。
こちらを見て怒鳴っている以上、僕の知り合いであることは明確だろう。
「なんだ、お前。僕になんか用か?」
「はぁ?何言っているんだ、用があるのはお前だろう。このクソ忙しいオレ様をコンサートに行こうってお前が誘ったんじゃないか。待ち合わせ時間を過ぎても一向に来る気配のないお前を探しにわざわざここまで来たんだよ。俺は」
「だからお前は誰だって。知らないやつとしゃべっているほど僕は暇じゃない」
「お前、オレに喧嘩売っているのか?オレは砕萩一真。お前は覇蛾猟。中学からの知り合いで、同じ高校に通っている幼馴染。からかうのもいい加減にしろ。急がないと、コンサートに遅れるぞ」
「…っ。あぁ、そうか。コンサートだ。時間は?今何時だ?」
「七時過ぎ。約束の時間を過ぎても来ないし、ケータイに掛けてもお前でないし、家に掛けても誰も出ないし。仕方がないから、迎えに来た。どうだ、もうボケは終わりか。まともになったんだったら早く行こうぜ、って何だよその格好。まさか、そこの空き地で寝っころがって、約束破ろうって腹か?」
「違う。寝ていたのは確かだが、約束をすっぽかすほど僕は落ちぶれちゃいない。ちょっと変なことがあっただけだ。それより、本当にケータイに掛けたのか?気付かなかったけど…、て悪い。ケータイ、家に置きっぱなしだ。すまんがとりに行ってもいいか?どうせ家すぐそばだし」
「ああいいぜ。じゃ俺も一緒に行くわ。このままここにいるわけにも行かないし。なぁおい、ユメちゃんは今日家にいるのかよ」
「ユメは今日はバイトだ。十一時を過ぎないと帰ってこないぞ。何か用事でもあるのか?伝えておいてやろうか」
「別に用はねぇよ。それより行こうぜ、さっさとしねえと、場所なくなっちまう。今回は自由席だからな」
少し疑問が残るが家に向かう。さっきの会話で、名前を言われるまで誰なのか思い出せなかった。
記憶に混乱が見られるようだ。ま、じきに元に戻るだろう。
黙々と足を進める。横の木偶の坊もさっきから黙っているだけだ。
「にしても、よく解ったな、僕がまだ家の付近にいるって」
「そんなの当たり前じゃねえか。ここから、駅前までは一本道で、国道に出たらすぐそこじゃねえか。そこを駅前から高校生の癖にしてはやけに小せぇお前を探して戻ってきたって訳よ。一回お前の屋敷に行ったんだがな。鍵は閉まっているし、呼び鈴を鳴らしても誰も出てきやしねえ。諦めて帰ろうとしたら、さっきの空き地でお前が、呆けていたんだ」
「小さい言うな。なるほど。しかし一真にしてはよく頭が回ったな。てっきりサルほどの脳みそしか持たない、運動馬鹿だと思っていたのに」
「お前、いっぺん殺すぞ。それくらい、俺にだってわかる。大体、あの空き地で何していたんだよ。あそこ何もないし、探し物って感じでもなかったぞ」
「ただ疲れて寝ていただけだ。しかし、約束していながら寝るなんて僕らしくないな。しかもあの空き地で…」
カツン。目的地に到着して足を止める。僕達は家の前に立っている。
立派で大きな門。近所で一番大きな屋敷。それが僕の家、『覇蛾邸』だ。
もっとも、この大きな屋敷で、生活しているのは三人だけだが。
変わりなく佇む門。だけど、何かが違う。嫌な感じがする。
飲み込まれそうになる。この違和感に。
それは隣にいる一真も同じだ。気持ち悪そうにたっている。
「どうせ誰もいない。上がってくれ」
ガチャリとやけに大きい音を立てて玄関の鍵が開く。
一真を招きいれ、扉を閉める。その瞬間。背中に悪寒が走った。
何かが来る。いや、何かがいる。この屋敷の中に。
「一真。走るぞ。この家の中に、俺達以外の何かがいる。とりあえず武器だ。道場に刀があったはず。そこまで走る。いいな」
迅速にこのままじっとしていることが危険だと判断した僕は、一真に道場まで走ると告げる。あそこには覇蛾家の家宝である、刀が置いてあるはずだ。それがなくても、剣道をする道場だ。木刀の一本や二本転がっているだろう。幸い、鍵は手元にある。
ジャリ、ジャリと背後で音が鳴る。
恐らく門をこじ開けた何者かが、砂利道を歩いて玄関に向かっているのだ。
「走るぞ、着いて来い!一真!」
背後に誰かがいるそう思ったときには、体が勝手に走り出していた。
道場は玄関とは反対側の裏口の方にある。正反対ではあるが、そう距離はない。急がないとまずい。
体が何かに怯えるように震える。こんなのは初めてだ。身の危険に晒されている、そう思っただけで体の震えが止まらなくなる。
震える体を動かして道場の扉の前にたどりついた。
玄関から猛スピードでここまで走ってきただけなのに、一真は息が上がっている。
いい加減贅肉減らせ。だからそんなに横に広がるんだ。
無言で悪態をつきながらパーカーのポケットから家の鍵を出す。
家の鍵には自分が必要とする部屋の鍵をいつも付けているようにしている。幸運なことに僕は道場の掃除を朝、妹から頼まれていた。
いまだに震える手で鍵を開ける。中には誰もいない。当たり前だ。鍵が閉まっているのに入れるものなどいない。
道場の奥に2本の刀が、飾ってある。
一本は豪華な金のデザインを施された刀。名を『爽雷』
もう一本は一切の飾り付けがなく、ただ切る為に作られた刀。名を『空虚』
それぞれ、僕達の手に収まる。
真剣というのはやたらと重くて振り回すなんていう軽はずみな行動はできない。
振ってしまえば最後。避けられれば致命的な隙を相手に見せることになる。
剣道を十年ばかりほどやってきたが、この刀は十年で使いこなせるものではないだろう。
しかし、重くて、持ち上げて振り下ろすことさえままならないはずの刀を、僕達二人は軽々と持ち上げてしまったのだ。
そのことに疑問を抱いてはいけない。
既に道場の扉のすぐそばには何かがいる。確かめようと、刀を持ったまま扉へと少しずつ近づいていく。扉に手を掛けた瞬間。僕の体が後ろに引っ張られた。そして、間髪をいれずに扉の前に鎧を纏った者が壁を突き破って出てきた。
手には黒々とした剣が握られている。僕のパーカーのフードを引っ張ったのは、鎧の存在に気がついた一真だった。
黒い剣を持った鎧姿の者は明らかに僕達に戦闘を求めている。
ここでお前達を切って捨てると言わんばかりの気迫だ。
「いいだろう。相手になってやる」
一真が相手の戦闘の意思を読み取りそれを、応と答えたのだ。
それを確認したのか、鎧は剣を握りなおす。今度は容赦せずに切ると…。
黒い鎧が消える。僕はとっさに鞘からその白銀の刃を露わにした。
その瞬間に敵は目の前にいた。
一瞬にして十mほどの距離をゼロにされたのである。反撃も何もない。ただ受けるだけ。それしかできなかった。脳天を狙った剣が勢いに乗る前に抜き放った爽雷で受け止める。
右手は痺れて動かない。一体ヤツの剣は何キロあるんだ。
「誰だてめぇら!」
「………」
一真が鎧のやつと戦いながら叫ぶ。が返答はない。
話せないのか、あえて無視しているのか、はたまた、言葉がわからないのか。
「話すだけ無駄か。そっちが喧嘩売ってきたんだ。恨むなよ!」
ハッと息を吐いて、横一文字の振り抜きで鎧を弾き飛ばした。
僕はといえば、いまだに鍔迫り合いを続けているのだ。
埒が明かないと、弾き飛ばそうとして、足に力を込める…。
ドンッ。
鈍い音がして目がチカチカする。背後には壁。脳震盪でうまく立ち上がれない。
鎧があそこにまだいるということは、僕は弾き飛ばそうとして弾き飛ばされたのか。
チャキ、目の前の落ちている刀を拾う。刀を杖にして、立ち上がるがまだ頭がくらくらする。
「猟!無事か?ここは俺に任せろ。こいつら、かなりのやり手だ」
「そんなわけにはいかない。まだここには三体の鎧しか入ってきていないが、僕達の命を狙ってきたのならば、もっといるかもしれない。そうなればいくら一真でも負ける」
だから、僕が戦える間は…。
体が羽根のように軽くなるような錯覚を覚える。足が疾走を始める。
一真の背後にいる鎧まで先ほどと同じく十mほど。
その十mを僕は僅か、三歩でゼロにした。
そして、そのまま左胸部を貫いた。
「僕も戦う!」
「猟…。解った。じゃあ、一気にいくぜ!」
一真の怒号のもとに最後の一体、オレを弾き飛ばしたヤツに突進する。
一足先に着いた僕は一息のうちに相手の両腕を切断し、戦意を殺ぐ。
そして、鬼のような形相をした一真の手によって、崩れ落ちた。
「やった。どうやら来たのは三体だけのようだな。それにしても何者だ?こいつら…」
そういって、切断した鎧の腕を拾い上げる。
「何だこれ、中身が…」
鎧の指の隙間から灰色の粉が大量に出てくる。
「あの鎧は何を原動力にしていたんだ?って一真何しているんだ。そんな宇宙人を見た様な顔をし…て」
一真は鎧が現れた穴のあいた壁を見ていた。そこにいたのは…。
黒い、闇に溶け込むロングコートを着た、長身の人物。
俯いていて顔は見えないが、なにやら嫌な感じがする。
そう、あの鎧と同じ感じが…。
下を向いていた顔が僕達を見る。
その目には、僕達は映っていない。
光の中にいる僕達と、闇の中にいる男。
何を見ているかわからないその目は何か羨ましそうで悲しげな瞳だった。
まずいと自分の何かがそう告げる。
何かが来る。わかっていても体がすくんで動けない、その男は右腕を突き出す。
その腕には何かが彫ってある。文字や線。見たこともない絵。その不気味さに思わず目をそむけた。
何かを口走る。遠すぎて聞き取れない。口が動くのをやめる。
終わったのだ。何かが。腕の刺青が赤黒く光る。
その手を地面につく。手から何かが放出されているのを目視できる。
ブゥゥゥンという音を立てて道場の床に魔方陣が出現する。
「何が起こって…」と言おうとしたがそれよりも早く、闇の渦にのみこまれていった…………。




