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僕らの葬儀。

4月某日。

大宮駅から新幹線で福島駅に向かった。


駅前まで迎えに来てくれたお義父さんのランクルを借り、懐かしき114号線を、僕らがよくデートに使っていた道を、浜通りへと向かって走った。

作業員と一時帰宅の人たちの車が多く、皮肉なことに、震災前より道は混んでいた。


途中、分かれ道があった。

一方は放射線濃度の濃いルート、もう一方は薄いルートだという。

何かの冗談かと思っていたら、本当にその分岐点から車の流れが変わった。

デートコースでもある濃いルートを選んだ僕らの車は、すいすいと進んだ。


途中、検問を通過した。

係の人に、お義父さんの車の通行証と、自分らの免許証を提示した。


検問を通過してから、係の人のことを考えた。

24時間365日の交代制の仕事。

風の日も雨の日も雪の日も、放射線に曝されながらの過酷な日々。

健康と金銭のトレードオフを考えると、最も大変な仕事なのではないだろうか。

いたたまれない気持ちになった。

ただ通るだけでそういう気持ちになるものが存在することが、無性に悔しかった。


国道6号線は通れるという話だったが、高速道路を使った。

とくに線量の問題ではなく、純粋に使い勝手の問題だ。


富岡ICで降り、スクリーニング場で立ち入り用の荷物を受け取った。

家に着くと、すでに作業の方が待っていた。

13人……14人だったか?

東電の方たちプラス、どこかの下請けの方たち。

中に女性がいたのには驚いた。

失礼を承知で言うならば、まだ若い女性だ。

この日だけのスポット参戦というわけではないだろうから、彼女は定期的に高濃度の放射線を、程度の差こそあれ被ばくし続けるわけだ。

検問の方たちとはまた違った意味で心配になった。


代表の男性の話によるならば、エアコン等のフロンを使う物以外は全て処分するという話だった。

大型家具や電化製品などは他の業者がいるので、そちらに連絡してくださいとの説明だった。


作業が始まった。

作業員の方々は手慣れていて、テキパキと動いた。

庭先に、家の中の物がどんどんと運び出されてきた。

縁側に透明のゴミ袋を敷いて座って、僕らはその光景を見守っていた。


捨てていいか判断に迷うものを、作業の方がそのつど僕らに聞いてきた。

懐かしいものが多くあった。

写真や細かな雑貨、思い出のこもった品々。もう存在を忘れていたようなものも数多くあった。

それは同時に、存在を忘れるほどの時間が過ぎたということでもあった。

5年プラス、僕らがこの家で過ごした時間。

それは思ったよりも膨大なものだった。


懐かしい品々を眺めながら、僕らは昔のことを話した。

会社での初対面。

告白、初デート。

恋人として過ごした福島での生活。

妻とともに過ごした福島での生活。

この家で体験した多くの出来事。

近所に住んでいた方々のこと。

降った雪や吹いた風のこと。


葬儀に似ているなと思った。

親しい人や縁者があつまり、ご遺体を弔い、故人を偲んで酒杯を重ねる儀式。

あれにどこか似ていた。

だとしたら、それはここに住んでいた僕らの葬儀なのだと、そんな風に思った。

思いながら待っていた。


作業は2時間足らずで終わった。

僕らがあれだけ頑張ってもほとんど片付かなかった家の中のすべての荷物が、フレコンバッグという黒い大きなゴミ袋みたいなものに詰め込まれた。

その数は14個。

あっさりと、きっちりと、てきぱきと、袋詰めされた。


代表の方が僕らに頭を下げた。

作業の方々も一緒になって頭を下げた。

僕らは戸惑いながらも、こちらこそご迷惑おかけしましたと頭を下げた。

誰も悪くないのに頭を下げ合う、それは不思議な光景だった。


その後福島へ戻ってお義父さんに車を返し、新幹線で東京へ戻った。


思ったほど悲しくはなかった。

泣くかと思ったが、泣くこともなかった。

やはり葬儀に似ていると思った。

儀式の進行が、立ち会うことの疲労が、僕らの心から憂いを消し去っていた。


あったのは事実だけだ。

僕らは帰る場所をひとつ失った。

その事実を、ただ粛々と受け止めた。


拙著、「そちらの様子はどうですか?」にて完結させていただいた当作品ですが、年内に借家の大家さんに会うことになったので、それを機に終わりとさせていただきたいと思います。

どんなまとめ方になるのかはまだわかりませんが、「そちらの様子はどうですか?」の最終話がそっくり変わる形だと思っていただければいいのかなと思います。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 読んでるだけで泣けてきますよ…
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