表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国志~武幽電~  作者: 伏(龍)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/44

追跡者

 関羽の言葉に頷いたホウ統は、関羽達を崖の方へと誘導していく。


 ほどなく、先ほどの峡谷へとたどり着く。


「ここに縄梯子を隠してあります」


 崖に到着したホウ統はがけ下を覗き込むようにして手を伸ばし、上からも下からも死角になる場所に隠してあった縄梯子を取り出して投げ下ろす。


 孫仁、ホウ統、関羽の順に下に降りて水の引いた峡谷を歩いて横断する。


 流れる川は堰き止められていない通常の川に戻っていたが、ホウ統が進む場所は水深が浅く、渡渉用の岩も随所に目立たぬように水面すれすれに沈められていた。


「何度も往復していたんだなきっと…」


 3人が移動していくのを見ながら玄が呟く。


「それにしてもほったらかしは酷いわよね」


「そうだなぁ…でも、知的モード前のホウ統がいきなり出てきたら、このゲームが面白いと思えるかな?」


 憤慨する茜に苦笑しながら玄は答える。


「う!確かに…物凄い完成度の低いゲームと思っちゃうかも」


 登場してすぐ、いきなりドモリまくるホウ統を想像して茜が眉をひそめる。


「だよな…まぁ、おかげで本来だったら物凄い強敵だった相手とガチで戦わなくてよくなったんだから感謝しないとな」


「それもそうね…」


「っと、3人が上りきるぞ」


 玄達の前では川を渡り終え、蔓に偽装してたらされていた縄を引いて降りてきた縄梯子を上っていた三人が対岸の崖の上へと到着したところだった。


「これはまた…」


 孫仁が驚愕の声を上げる。


「相変わらず徹底したものよの、士元。


 そのように未だ足りぬ、未だ足りぬと根を詰め込みすぎたがために最後まで罠を仕掛けきれないような失態をおかすのだぞ」


「分かってはいるのですが…」


 関羽達の眼前にあるのは、綺麗になぎ倒された木々と、その下にある数々の落とし穴、落とし穴の中には刺さっても致命傷にならない程度の尖った杭が設置されている。


 さらに縄と石を組み合わせた網に茨を絡ませたものや、茂みから飛び出す竹槍など…


 思いつく限りの罠が張り巡らされ、その全てが発動された後のようだ。


「これでは、罠にかかっていたとしてもどこにいるのかは分からぬな」


 目の前の惨状を見て関羽が髯をしごきながら呻く。


「いえ、この世界にいる人間は100名ほどということであれば、今回の罠にかかったのも少数でしょう。


 ここの罠は軍をなるべく奥へと引き込んでから叩くために、軍の先頭がある地点に来た時点で連鎖的に全ての罠が発動するようになっています」


「ほう…ならばその起点の場所へ行けば良いのだな」


 関羽の言葉に頷いたホウ統はこちらですと声をかけ、上流方向へと歩き始める。


「それにしても…

 よくまあこれだけの罠を…」


 関羽達の歩く傍らの光景を見て玄が呟く。


「玄よ、既に士元との勝負はついたと思うが、この後いかにする」


「え?あ、あぁそっか…


 確かに本人同士の間では勝負はついたつもりなのかもしれないけど、こっちのゲーム上では今現在も戦闘中になってる」


 玄が自らのVSを確認しながら答える。


「ホウ統のプレイヤーは、正直信用にあたいしない人だし、そもそも連絡がつかないんじゃ同盟も組めない」


「私も嫌!そんな人」


 ホウ統から聞いた一言でかなりの嫌悪感を抱いたらしい茜も同意する。


「かと言って、ホウ統を敵のまま放置することは出来ない。


 このまま連れ歩くのだって戦闘状態が解除されないし、いつプレイヤーが気まぐれでホウ統を操作して不意打ちをしてくるか分からないからね。


 でも、見逃して別れるのもまずい。


 ホウ統の力を野放しにしたら、いつか足元をすくわれるかもしれない…」


 旅行から帰ったプレイヤーがやる気に目覚めて、ホウ統の知を武器に強大な力を持つ可能性だって無いわけではない。


「ふむ…確かにな。ならばどうする」


 関羽は歩きながら頷く。


「ん~…選択肢は2つかな…一つは」


「関羽将軍着きました。この辺りです」


 玄の言葉を遮るようにホウ統が立ち止まって関羽へと報告する。


「む、確かに気配を感じるな…士元は下がっておれ」


 関羽はそう言うと木々が折り重なっている場所へ迷いなく進んでいく。


 幾重にも折り重なって倒れている木々の上へと上り周囲を窺う。


「関将軍、お怪我のこともあります。深追いはなさらぬよう」


 孫仁は関羽の周囲を警戒しつつやや後ろを進む。


「うむ…この下の落とし穴の中のようだな」


 気配を探った関羽が、自らが立つ倒木をかかとで軽く蹴りつけながら呟く。


「確かに気配がいたします」


 孫仁もホウ統の剣を構えて臨戦態勢をとる。


 しかし、関羽は乗っていた倒木から降りると偃月刀を構え、孫仁を下がらせる。


「奥方、倒木を斬りとばします。


 穴の口が開くと同時に敵が飛び出すやもしれませぬ。


 油断なさらぬよう」


「はい、承知しております」


 関羽は偃月刀を低く腰だめにに構え、気力を充実させていく。


「むぅぅぅ!!」


 関羽の喉から搾り出すような低い唸り声が響き、その声が頂点に達した瞬間。


 関羽は大股の一歩を踏み出し、偃月刀を下段から上段へ向けて一気に斬り上げる。


 シャァァァン!!


 鈴が鳴るような小気味良い音の一瞬後…


 ズシャァァァァァ!


 二つに断ち割られた複数の倒木が、弾きとばされるように吹きとんだ。


「お見事」


 もう、大概のことでは驚きはしないが何度見ても玄は感嘆してしまう。


 倒木が吹き飛んだ後には、大きな穴がぽっかりと口を開けている。


 関羽は偃月刀を構えたままゆっくりと穴へと近づき、穴の中を覗き込んで…


 動きが止まった。


「関将軍?どうかされたのですか?」


 不自然な関羽の動きを敏感に察した孫仁が心配そうに声をかける。


「なぜお前がそんなところにいる」


 関羽の声に若干の怒気が混じっているように感じるのは何故だろう。


「関将軍?」


 関羽の声から、少なくとも戦闘の気配がないのを察した孫仁が素早く関羽の隣へと走りより中を覗き込んだ。


「まぁ!」


 孫仁の目が驚きに見開かれる。


「よ、よぉ…」


 穴の中から妙に恐縮した声が聞こえてくる。


「あれ?この声って…」


 茜がどこかで聞いたような声に首をかしげる。


 玄はなんとなく事情を察し、こめかみを押さえる。


「なぜこんなところにいると聞いているのだ悪来!」


 そう、落とし穴の中の底で茨つきの網を被せられて(激しく動くと茨が刺さるため)おどおどと上を見上げているのは、峡谷の入り口に置いてきたはずの悪来であった。


「悪来…なんでそんなところに」


 幸い、穴の底に仕掛けられていた尖った杭によるダメージはほとんどないようだった。


 穴には落ちたが、着地は杭の隙間をうまく捉えたのだろう。


 その辺はさすがに悪来と言える。


「ちょ、ちょっと待て!


 そんなに俺を責めるなって。


 一応訳くらい聞いてくれ」


 悪来の話は、多分に誇張や言い訳が混じっていたが要約するとこういうことらしい。


 関羽達を見送った後、悪来は周囲の様子に気を張り巡らせながら峡谷の入り口で待機していた。


 そして罠の作動と同時に今まであまりにも希薄な気配しか発していなかった追跡者が動き出したのを察した。


 それまで、見事に気配を隠し続けていたのに何故か…


 これに関して関羽の予測は、


「今までは攻撃の意志を持たずにひたすら隠に徹していたからこそあれだけ潜んでいられたのだ。


 だが、我に対する攻撃の意思を持って動き出したことが、完璧に近かった隠形を崩したのであろう。


 殺意や攻撃衝動はもっとも強く気配を発するからな」


 ということだった。


 とにかく、その気配を感じた悪来はすぐさま道を引き返して崖上に上れる場所を探した。


 幸い、山の斜面と大きな岩が問題を解決してくれ悪来は崖上に至る道を走った。


 しかし、追跡者がもっとも気配を強く放った矢を射た瞬間には間に合わなかった。


 その後、気配を追って更に走ったが気配を見失い右往左往しているうちに落とし穴へ…


 なんとか大怪我は免れたものの、落ちたと同時に連鎖的に作動した罠によって入り口は塞がれ、茨の網を被せられ、ちくちく痛くて動けないやらで途方にくれていた。


 と、いうことのようである。


「な、ある意味俺の行動が追跡者の追撃を断念させたと言えるだろ」


 悪来は自慢げに小さな嘶きをあげる。


 しかし、関羽はさめた目線で悪来を見下ろすと髯をしごきながら言い放つ。 


「ふん、よしんばそうだとしてもだ。


 あっさりと罠にかかるなど不注意にも程がある。


 士元の身を削った罠を不注意で全て無にしおって…


 お前はしばらくそこで頭を冷やしていろ」


 関羽の言葉を聞いて玄は思わず苦笑する。


 関羽は悪来が罠に嵌まったことを怒っているのではなく、ホウ統が体力をぎりぎりまで削って仕掛けた罠を無駄に作動させてしまったことに腹を立てているのだ。


「本当に関羽は、ホウ統を気に入ってるんだな…」


 思えば、昔話を回想していたときも、思いがけず再会したときもどことなく機嫌が良かった気がする。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ~


 姫さんからもなんとか言ってやってくれ」


 悪来が情けない声で孫仁に助けを求める。


「悪来殿、まだ以前の借りも返し終わらぬうちから更に借りを積み上げるのは漢としていかがなものか?」


 悪来に大きな怪我などがないことに安心した孫仁が笑いながら言う。


「そうだね、とりあえず悪来はそこにいなよ。


 どっちにしたってそこから引っ張り出すのは大変だしね」

 

 茶目っ気を見せる孫仁に乗っかる形で玄も続く。


「え、でも本当にいいの?あのままで」


 茜が心配して聞くが、玄は頷く。


「まぁね。


 確かにあのままだと悪来にはしんどいだろうけど…


 無理に助け出さなくても、ホウ統との戦闘状態が解除されてから、こっちに戻せば自然に抜け出せるからね。


 ほっといた方が無駄がなくていいよ」


「なるほどね…確かにあんなおっきな馬を引き上げるのは一苦労だものね。


 もうちょいあそこで頑張ってもらった方がいいわね」


 茜も納得して笑う。


「関羽将軍」


「む?どうした士元」


 後ろでそんな関羽達のやり取りを眺めていたホウ統が周囲を見回しながら関羽へと声をかけた。


「私の能力の一部に、自ら仕掛けた罠の状況を確認する能力があります」


 ホウ統の表情が苦しそうに歪む。


 体力の限界が近いにもかかわらずその能力を発動させたのだろう。


 疲労しないとは分かっているが、玄からみれば暗示による強制知的モードも大分負担を強いているような気がするのだが…


「仕掛けた罠が全て作動したのかどうか、作動した罠がどの程度の敵を巻き込んだかなどを数字として確認することが出来るのです」


「ほう…便利なのかその力?」


「いえ、大軍を相手にするならば罠によりどの程度の損害を与えられたかなどを正確に把握できるよい力だと思いますが…


 ここでの戦いが個人戦に近いようなものだとすると、あまり意味はございません」


「確かにな…して、それがどうしたというのだ」


「はい、その力によればこの罠に1人がかかったことになっています。


 しかし、そこにおられる方を見る限り、仮に人語を解するとはいえ、とても1人とは言えないのではと…」


 ホウ統の言葉に関羽が表情を変える。

 

 シュ!


「む!」


「関将軍!!」


「くくく…とうとう姿を見せおったわ」


 ホウ統の眉間へとめがけて一直線に放たれた銀光を自らの腕で受け止めた関羽が不敵に笑う。


 自らの左腕に刺さった小柄を引き抜くと倒木がひしめき合っている一角へと投げ返す。


 小柄は瞬時に倒木の小さな隙間を通り抜けてその姿を消す。

 

 ざざ


 次の瞬間、倒木の陰から飛び出した人影が倒木の上へと着地する。


「黒い…」


 初めて目にした追跡者に関する玄の第一印象はそれであった。


 全身に漆黒の服を纏っていたからである。


 漆黒の布を全身に巻きつけるように纏っているのを服と言えるのかは微妙だが…イメージとしては漆黒の包帯を身につけたミイラ男だろうか。


 追跡者の肉体の一部で外気に晒されているのはわずかに目元の隙間のみである。


 体格は関羽よりは細身であるが身長はさほど劣らないだろう。


 短刀のようなものを腰にさげ、更に何かを背負っている。


「ようやく姿を見せたのだ。


 何が目的かくらいは語ってくれるのだろうな?」


 小柄がささった左腕を全く苦にせず左手で顎髯をしごきながら不敵に笑う。


 その強靭な筋肉が傷を深くするのを防いでいたのだろう。


「…」


「手を出さずに我らの窮地を見逃したと思えば、先ほどは我の背中を狙い、此度は不意を付き士元を亡き者にしようとする…


 その行動になんの指針も見えん」


「…」


 黒い漢はじっと関羽を見たまま微動だにしない。


 もちろん関羽の問いかけに答える素振りもない。


 まるで物言わぬ影のようにただそこにあるだけ…と言わんばかりである。


「だんまりか?」


「…」


「穴倉の狸がようやく顔を出したのだ。


 このまま見逃す訳にはいくまい…」


 関羽の口調は黒づくめの男を揶揄するような軽いものだが、その裏では強烈に相手の動きを牽制している。


 黒づくめがこの場からの逃走をはかれば、その隙をつける。


「関将軍、わたくしも」


「いえ、奥方。


 奴の力量も狙いもまだ測りきれませぬ。


 先ほど士元が狙われたことも気になります。 この場は士元の傍にいてくだされ」


「ホウ統軍師を守れと?」


 関羽が黒づくめから目を切らずに頷く。


「…先ほど思い出しました。


 荊州で過ごしていた頃…あの方の屋敷にたまにやってきていた、そそっかしい小間使いのことを…


 あれが、ホウ統軍師だったのですね」


 孫仁がくすりと微笑むと関羽の髯もわずかに揺れる。


「承知いたしました。


 こちらはお任せください。


 しかし、関将軍も手負いの身です。


 深追いはなりませんよ」


「は、承知つかまつった」


 関羽の返事に孫仁は頷くとホウ統の元へと下がる。


「お手数をおかけいたします」


 孫仁の背後からホウ統の小さな声が聞こえる。


「ふふ、よいのですよ。


 天下の大軍師を小間使いだと勘違いしていた罪滅ぼしだとでも思ってください」 


「そんな…もったいない」


 知的モードの限界が来ているのか若干感情のこもった声が返ってくる。


「ホウ統軍師。


 その件は後ほど…始まりますよ」


「どうしても話さぬと言うなら…止むを得まいな」


 関羽が偃月刀を構える。


 黒づくめの身体にも緊張が走ったのが玄達の目にも分かる。


「…」


 しかし、言葉は発しない。


「ゆくぞ」

 

 どん!

 

 関羽の強烈な踏み込みの音と同時に下から切り上げた偃月刀が黒づくめの乗っていた倒木を先ほどと同じように粉砕してぶちまける。


 黒づくめはその一瞬前に高く跳躍し、関羽の視界を横に流れていく。


 爆砕の風に乗るかのような身軽さである。


 しかし、当然その動きを予測していた関羽はすぐさま体を捻りながら偃月刀を低い位置から横なぎに振るう。


 跳躍の距離を計算し、大きな踏み込みと偃月刀の長さを最大限活かした一撃は関羽の目論見どおり黒づくめの着地地点を正確に捉えている。


 だが黒づくめは焦った素振りもなく、背後に背負っていた何かを手に取る

とそれを地面に向かって突き出す。


「なんだあの武器は!」


 玄がそう叫んだ理由は黒づくめが取り出した二の腕ほどの長さの棒がその動きに合わせて滑らかに伸びたように見えたのである。


 結果としてその伸びた棒が地面に刺さり、一瞬だけ黒づくめの落下が止まる。


 そして、その落下点を偃月刀が通過する直前に再び長さを元に戻したのだ。


 タイミングをずらされ偃月刀を空振りした関羽はすぐさま次の行動に移ろうとするが、大振りの一撃をあっさりとすかされたことによる隙は大きい。


 黒づくめは偃月刀が通り過ぎた直後にその場に着地し、握っていた黒い棒を再び伸ばす。


「槍?伸縮自在の黒い槍なのか?」


 黒づくめは自らの身の丈ほどの長さになった黒槍を実に滑らかに構えると偃月刀を振りぬいた後の関羽を狙うべく突き出す。


 その突きの速さは、全く光を反射しない黒槍とあいまって玄の目にはかすかな影としてすら捉えられない。

 

「ぬぅん!」


 関羽はその神速の突きを、偃月刀を振りぬく途中の体勢で受けなくてはならない。


 関羽は踏み込みの足の膝をみずから着くことで体勢を低くした。


「ぐ!」


 しかし、黒槍はそれでも関羽の左肩を貫く。


 だが、素早く引かれた黒槍は一瞬たりとも静止することなく関羽の肩から一筋の赤い糸を繋いだまま黒づくめの手元に戻っていく。


 そして間髪をいれずに再度の突きに赤い糸は赤い霧と変わって雲散する。


「させぬわ!」


 その2撃目までのわずかな時間に膝を着くことでさらに低空へと変化させていた偃月刀に力を込める。


 そこからは関羽の膂力。


「ふん!」


 一連の流れの動きを強引に腕力でねじ伏せて偃月刀の軌道を更に下へ。


 ザンッ!


 軌道を変えられた偃月刀が地面をえぐる。


 そして、偃月刀が地面で動きを止められたことで関羽の一連の流れがキャンセルされ、地面の偃月刀を即座に返し黒づくめの胴を薙ぎにいく。


「うまい!」


 玄が快哉を上げる。


 関羽のしたことは、本気で出したパンチを腕が伸びきる前に無理矢理止めるようなものである。


 常であれば身体にかかる負担は計り知れないものがある。


 しかし、この世界であれば多少無茶な身体の使い方をしても自分の行動による疲労は反映されない。


 黒づくめは関羽の攻撃を見て、すぐさま自分の攻撃を防御への動きに変更する。


 そのまま突いても関羽への攻撃は間に合うタイミングだったが、その一撃で関羽を確実に仕留められなかった場合は自らの胴が真っ二つになることを悟ったのだろう。


 突いていた黒槍を手元に引き寄せ関羽の偃月刀の刃の下へそっと滑り込ませる。


 そして自らも片足を横に伸ばした姿勢で地面に張り付かんばかりに体勢を低くする。

 

 シャァァァァア!!


 そして、関羽の偃月刀は斜めに滑り込んで来ていた黒槍の柄を滑りながら軌道を変えられていく。


 関羽は受け流された攻撃を今度は無理に止めようとはせずにむしろ、更に速度を上げ偃月刀を振った勢いで身体を回転させ、黒づくめに背を向けた瞬間、偃月刀の石突を脇の下を通して黒づくめへと突き出す。


 しかし、そのときには既に黒づくめは後ろに跳び退いて槍を構えていた。


「ふっ、さすがにやりおる。


 多少甘めの採点だったのだが、我と五分の力量というのも間違いではなさそうだな」


「…」


「関羽、この場は無理にあいつとやりあう必要はないよ。


 今は少なからず傷ついてるし、そんな状態で五分の相手と戦う必要はない」


 玄なりの状況分析では、相手はそれほどこの勝負にこだわりがないように思えた。


 今でこそ関羽の間断なき威圧と牽制でここからの離脱を妨げられているが、こちらが相手の離脱を許せば大人しく退くはずだと思っている。


 確かに、ひたすら存在を隠し続けていた相手を眼前に引っ張り出したのだから、何かしらの情報を得たい。


 あわよくば、何かしらの決着をつけ、ここで後方の憂いをなくしておきたい。


 だが、負傷した状態で無理に戦う必要も今回はない。


「ふん、玄よ。


 勘違いをするな。力量が五分だということと、勝敗が五分だということは決して同じではない」


「え?」


 そう言うや否や、関羽は再び黒づくめへと斬りかかるべく間合いを詰めていく。


 今度は大降りの一撃を繰り出すことはなく、偃月刀を槍のように小刻み突き出しながら黒槍の動きを封じつつ相手との間合いを詰めていく。


「ぬん!」


 間合いを詰めたところで今度は偃月刀の柄を左脇に挟んで身体全体でなぎ払いにいく。


 黒づくめはその一撃をかわすべく後ろに跳ぶ。


 しかし、関羽はそれを逃さずに抱えた偃月刀を左腕を発射台にして遠心力

で前方へと飛ばすことによって間合いを伸ばした。


 そして、偃月刀の柄が左手の先から離れようとする瞬間に恐るべき握力でそれを握る。


 結果として至近距離で放たれたなぎ払いの攻撃は偃月刀の長さを目一杯活用した左の突き技へと変化したことになる。


 それは黒づくめがなぎ払いをぎりぎりでかわすべく跳躍した距離のアドバンテージを埋めるのに十分過ぎる。


 黒づくめの目が刹那だけ驚愕に見開かれるが、身体の方は片足が地に着くと同時に関羽の右方向へと方向転換をして突きをかわす。


「まだだ!」


 だが、それすらも関羽の誘いだった。


 空いていた右手で黒づくめが身をかわす先へ強烈な礫を放っていた。


 礫は親指一本で弾いただけとは思えぬほどの速さで黒づくめの進路を塞ぐ。


「…」


 黒づくめは、礫が飛び交う空間へ突っ込むわけにも行かず、最小限の身のこなしで突きと礫の中間へと身体を滑り込ませる。


 だが、そこは…関羽の真正面だった。


「ふん!」


 両手の塞がっていた関羽は狙いどうりに正面へと誘導した黒づくめの身体を渾身の力を込めて蹴りつけた。


「…」


 黒づくめは身体をくの字に折り曲げ後方へと吹き飛んでいく。


 偃月刀を引き戻した関羽はその後を追い、すかさず走る。


「関羽!深追いはよせ!」


「効いておらぬ!きゃつめ自ら後ろへ跳び威力を殺しおった」


 宙を飛んだ黒づくめは黒槍で地面を突き、体勢や方向をコントロールして着地をすると、すぐさまその神速の突きで関羽の追撃を牽制する。


「むう!」


 まさに槍衾…


 本来槍衾というのは槍を持った部隊が一斉に槍を突き出すという攻撃方法。


 だが、黒づくめの放つ突きは余りの速さに残像を残し、関羽の進路に槍衾としてたちはだかっている。


 これにはさすがに関羽も追撃をかける訳にはいかない。


 槍の間合いの半歩外で止まり、偃月刀を構え直す。


「ふ、あんな奇策はもう通用せんな…


 玄。分かるか?」


「え?」


「力量の5分と勝敗の5分の違いだ」


 油断なく黒づくめを牽制しながら関羽が玄へと問いかける。


「…えっと…つまり、力量は5分でも戦場では戦い方によって自分の力を有利に使うことも出来るし、相手の力を発揮させない戦い方もある…ってこと?」


 玄が考えながら紡いだ答えに関羽の口髭が揺れる。


「ほぼ、正解だ。8割と言ったところだな」


「え?8割?あとの2割は何?」


 それなりに自信のあった答えだけにその2割が気になる。


「あとの2割か…それはな」


 関羽がじりっ、じりっと間合いを詰めていく。


「お前の目の前にいるのがこの関羽 雲長だということだ」


 関羽はそう言うと一気に大上段から斬りかかっていく。


 黒づくめも今度はかわそうとはせず、黒槍でその攻撃をいなす。


 関羽も黒づくめも小細工を捨て、真っ向から打ち合うことを選択したようだ。

 

 関羽の力強い一撃一撃を黒づくめは黒槍を巧みに操り、決してまともに受けようとはせずその力を受け流していく。


 一撃に力を込めるがゆえに出来るわずかな隙を狙い神速の突きを繰り出してくる黒づくめの攻撃を関羽は身のこなしに加えて、偃月刀の柄、時には自らの腕を使って対処していく。


 めまぐるしく入れ替わる激しい攻防は見守る者達の息すら止めさせるかのようだ。

 

 そして、互いの武器がぶつかり合う音と2人の足捌きの音だけがしばし空間を支配する。


「…確かに互角だ。


 関羽は孫策の時とは違って武器だって満足のいくものを持ってるし、動きだって手を抜いたりしてる訳じゃない。


 2人とも孫策が虎身を使った時くらいの速さで動いてる気がする…


 そんな動きが出来る武将なんてそうそういる訳ないのに」


「玄…」


 茜もあまりにも高い次元の戦いに不安がこみ上げてきているようだ。


「大丈夫ですよ玄殿、茜」


「レン?」


 静かに成り行きを見守っていた孫仁が関羽達の戦いから目を離さずに言う。


「関将軍も、あの影の漢も本気を出していませんから…」


「え?あれでもまだ!」


 孫仁の言葉にさすがに玄も絶句する。


「そうですわね、ホウ統軍師」


「は、はい。


 お2人ともこの場で命のやり取りをする気はな、なさそうです。


 お、おそらく…関羽将軍は相手をむ、無力化して情報をひ、引き出したいとおお思っておられます」


 どうやらホウ統の知的モードにも限界が来ているようで、大分言葉が怪しくなってきている。


「ななな何故だかはわかりませんが、あ、相手の方も関羽将軍のいい命までもね、狙うつもりはないです。


 う、動きがそ、それをしょ証明してます」


 ホウ統の言葉は途切れ途切れの上にドモリまくりで正直信頼していいものかと感じなくもない。


 だが、不思議とその言葉が正しいのだろうと思える。


 なぜなら、玄には2人の戦いを見てもどの部分が証明になるのかなど全く分からない。


 そもそも攻防の一つ一つを全て目で追うことすら怪しいのだ。


 それなのにホウ統はその動きが見えると言う。


 その上で全ての動きを分析して意見を述べている。


 それは、周りから見れば物凄いことだと思うのだが…


 多分、玄の予測ではホウ統はそれらのことが当たり前のことの様に見えてしまうのだろう。


 常人には全く分からないような動きをホウ統はごくごく自然に目で追い、その動きから当然のように意図を汲み取ってしまう。


 だからそんな簡単に思いついたことが正解であるはずがないと不安になるのだ。


 普通の人が悩んで努力して行き着く解答にいとも簡単に達してしまう。

 それがゆえに自らで導いた答えに自信が持てない。


 誰でもすぐに思いつくような答え(ホウ統はそう思っている)が最善であるはずがないと考えてしまうのだろう。


 導いた答えに自信がないから口調は頼りないが、その答え自体はホウ統の能力にしっかりと裏づけされている。


 だからその言葉には説得力がある。


「相手は何が目的なんだろう?


 後ろから関羽を射ったりしたくせに、殺す気はない?


 一歩間違えば死んでたじゃないか!」


 玄の声がつい大きくなる。


「玄殿…今は相手の意図に腹を立てている場合ではございませぬ。


 わからぬものは聞き出せばよいのです。


 だからこそああして関将軍が戦っておられるのではないですか?」


「…分かってる。分かってるんだ…けど」


 孫仁のたしなめるような声に玄は頷く。


「そうだ!ホウ統なら何か分かることないかな?」


「…」


 しかし、玄の声にホウ統は答えない。


「あ、そうか。


 まだホウ統とは戦闘中扱いだから俺達の声は聞こえないのか…」


「そっか、そう言えばそうね…レン。


 申し訳ないけど通訳してあげてくれる?」


 茜の言葉に孫仁が頷いて、先ほどの玄の言葉と追跡者のことを伝える。


「…いいい意図ですか?」


 孫仁から話を聞いたホウ統が関羽と影の漢の戦いを見つめながら首をかしげる。


「たた確かに、彼のこ、行動には…い、一貫性がか、感じられません」


 話しながらホウ統は自らの状態が元に戻っていることに気づいたららしく、再び呼吸を落ち着けると目を閉じた。


「…先ほどから漏れ聞く、この世界の成り立ちを考えれば私達武将が自らの意思でこの世界で戦闘行為をすることは考えにくいと思います。


 勝っても国を糾せる訳でもなく、領土が広がる訳でもありませんから」


 目を開けたホウ統がすらすらと言葉を紡ぐ。


「この世界で活動するためには、何をするにしても操者の意思が介在せざる得ません」


「そうしゃ?」


「多分、操る者で操者。


 つまり俺達みたいなプレイヤーのことだと思うよ」


 首をかしげる茜に玄が補足する。


「ならば彼の不可解な行動原理も操者の意思に沿うものと考えるべきでしょう」


「…そうか…そうだよ。


 当然あの影の漢にもプレイヤーがいる。


 あいつの行動として考えれば一貫性がなくても…」


 ホウ統の推察を聞いていることで、徐々に玄の頭の中も整理されていく。


「ならば背後で操る操者は彼を使ってなにをしたいのか。


 関羽将軍を見張り、時には攻撃もするが殺すつもりはない」


「つまり、逆に考えれば関羽を殺したくないんだ…」


 玄の声が聞こえていないはずのホウ統が玄の声に応えるかのように言葉を紡いでいく。


「ならば、操者はおそらく…


 関羽将軍に『何かをさせたい』のかもしれません」


 ホウ統が出した結論は、現状を打開できるようなもではないが、与えられた情報の中で導き出せるもっとも答えに近い結論だと思えた。


「それが何なのかは、残念ながら情報がたりません」


 ホウ統が申し訳なさそうに目を伏せる。


「孫仁!


 ホウ統に『そんなことない!凄い助かった。ありがとう』って伝えて」

 

 玄は、孫仁にそう伝言を頼むと視線を関羽達に向け、2人が相変わらず延々と打ち合いを続けているのを確認する。


 しばらくは決着がつかないと判断した玄はホウ統の言葉を検証するべく思考する。


「考えろ考えろ考えろ…


 あの影に指示を出している奴は何をしたいんだ?


 それは関羽でなきゃダメなのか?それとも他の誰かでもいいのか?


 なら、その基準はなんだ?知名度?強さ?


 監視が始められた時期から考えて、参加武将が減ってきたことで目をつけられた訳じゃない。


 最初から関羽が目当てだった?それともたまたま目についたから?


 わかんないな…関羽は強いけど特別な力を持ってる訳じゃないし…」


 ぶつぶつと呟きながら考えを巡らせる玄を茜は苦笑しながら見守る。


「やっぱり玄はくよくよするより、何かに夢中になってる方が『らしい』よ」


 そんな茜の呟きも耳に入らない様子の玄のい思考は続く。


「じゃあ、どうして関羽か?は置いといて何をさせたいかならどうだ?


 ……やば、もっと分からない。


 このゲームのクリア条件は全部の武将を倒すことだ。


 なのに関羽を殺したくない理由はなんだ?


 潰しあいを誘発したいにしたって、今手を出してくる理由が分からない…


 どう考えたって、ゲームのクリアという目標に沿った行動とは思えない…」


 そこまで考えて玄はふと思いついた。


「…待てよ…じゃあ目的がゲームのクリアじゃなかったとしたら?」


「玄!考え中にごめん、関羽さんたちが離れたわよ」


「え!」


 茜の声に現実に戻された玄はすぐに関羽を探す。


 関羽たちは激しい打ち合いに区切りをつけ、再び間合いを取っていた。


 お互いに疲労がない身で、しかも本気を出していないとあっては互いに傷らしい傷も負っていない。


 このままの形で打ち合っていても決着までには更に時間がかかるかもしれない。


「正直ここまでとは思わなかったぞ…


 しかも貴様、本来の武を使っておらんな」


「…」


 やはり黙して語らぬ黒づくめに関羽が鼻を鳴らす。


「関羽!それってどういうこと?」


「ふん、おそらく本来の武の型を使えば私に正体がばれる可能性があるということだ」


「え…じゃあ、あの黒づくめは?」


 玄の言葉に関羽が頷く。


「おそらく蜀の人間であろうな…


 しかもあそこまでの使い手で、容姿、声に加えて武までをも隠すとなれば…


 五虎将、もしくはそれに比肩するほどの武将であろう」


「…」


 関羽の推測にも黒づくめは動揺した素振りすら見せない。


「そんなの…数える程しか…」


 玄が頭に思い浮かべる名前は、関羽以外の五虎将である張飛、趙雲、黄忠、馬超…


 それに比する武となれば、魏延や馬岱、関羽の息子である関興、張飛の息子である張苞や姜維…


「ふん、これだけ打ち合っていればどれだけ隠したとて、太刀筋に色が出る。


 おおよそ検討はついているがな」


「…」


 黒づくめは玄と会話をしている関羽を尻目にじりじりと後退している。


 ホウ統の推測どおり、ここで決着をつけるつもりはないのだろう。


「関羽、誰だか分かるの?」


「…確たる証拠は無いがおそらく間違いはない」


 関羽の表情はどこか苦々しい…


 その真意はどこにあるのか…


 親しき将の身の上を慮ってなのか、それとも自らの立場を揶揄したものか…


「本当!じゃあ、あれは誰?」


「……今は語らぬ」


「な、なんで!」


 玄の問いかけに一瞬の躊躇のあと回答を拒絶した関羽に玄が叫ぶ。


「まだ証拠はない。


 それに相手が誰であれ、勝つしかないのだ。問題はなかろう」


「それは!


 …確かにそうだけど!」


「いずれ明かす。それでよいな」


「…分かった。


 関羽がそこまで言うなら、聞かない。


 待つよ」


 有無を言わせぬ関羽の口調に玄は承諾するしかない。


 しかし、関羽には関羽の思うところがあるのだろう。


 戦闘において私情を挟むような漢ではないことは重々承知している。


 ならば、関羽が話してくれるのを信じて待つ方が良いと玄は判断した。


 正直に言えば、相手が誰だか知りたいのは半分以上、玄の好奇心による部分も大きかったのである。


「ふ、だがここで捕らえてしまえばすぐにでも明らかになるがな!」


 そう言うと関羽は一気に駆け出す。


 話をしながらも黒づくめの動向からは目を離していない。


 黒づくめがじりじりと退がっていることも当然承知していた。


 そして後一歩下がれば関羽相手でもここを離脱出来る。


 その距離まで来ていたのだ。


 関羽はそのあと一歩を踏み出そうとした瞬間を見計らって飛び出していた。


 お互いに決めての無いまま打ち合い、状況の進展のないまま時が過ぎ、自らの正体も怪しくなるとあっては、黒づくめにとっては一度退きたいところだろう。


 そしてそれが達成できると思えば無意識にでも緩みが出る。


 関羽が狙ったのはその瞬間。

 

 素早い踏み込みと偃月刀のリーチを活かして、完全に間合いから外れようとしていた黒づくめを一気に射程に捕らえようとする。

 

 しかし、黒づくめは更に一瞬早く後方の倒木の山へと跳躍していた。


 そして突っ込んできた関羽をあざ笑うかのように倒木をひと蹴りして、三角飛びの要領でその頭上を越えたのである。


 その際、眼下に無防備な姿を晒す関羽には全く見向きもしない。


 関羽を飛び越したことで開けた空間にぽつんと立ち尽くす孫仁達の方へと一直線に駆け出す。


「レン!危ない!」


 茜の悲鳴じみた叫び。


「関羽と相対してるのに敢えてホウ統を狙うのか?」


 玄もまさかの展開に驚きを隠せない。


「『止まりなさい』」


 孫仁が黒づくめが近づききる前に、叫ぶ。


 玄達の視界に『孫呉の威光』のエフェクトがかかる。


「え、なんで?」


「いや!なるほど」


 茜の疑問符に対して玄は頷く。


 孫仁の『孫呉の威光』は呉の武将にしか効かない。


 これで関羽の推測が少しだけ裏付けられたことになる。


「やはり効きませぬか」


 特殊技能を使った孫仁が動きの変わらぬ黒づくめを見て小さく呟く。


 そして、黒づくめを向かえ撃つべくホウ統の剣を構える。


「おのれ!姑息な真似を!」


 頭上を越されたと判断した関羽がすぐさま体を返し孫仁たちの方へと向かっているが間に合わない。


 黒づくめは撤退しようとしていたのではない!


 撤退したように見せかけて攻め込んでいた。だからこそ寸分の気の緩みもなく、完璧なタイミングで関羽の頭上を跳び越せたのだ。


 少しでも遅ければ関羽の偃月刀の餌食であり、少しでも早ければ狙いを読まれて動きを牽制され、結局にらみ合いが続いていただろう。


 むしろ無意識の隙を突かれたのは関羽の方だった。


「ホウ統軍師、私の後ろへ」


 孫仁は振り返らずにそう告げ、向かってくる黒づくめに向かって一歩前に出る。


 戦闘能力のないホウ統を巻き込まないようにするためだ。


「お、奥方様…あ、あ危ないです」


 自らも命の危機にあるというのに、自分を気遣うホウ統に思わず微笑みながら孫仁は相手を見据える。


「関将軍は間に合いませんね…


 初手は私が防がなくては」


 黒づくめの後ろから驚くべき速度で黒づくめを追う関羽の姿が見えるが間に合わないと判断。


 関羽のことは頭から消し去り相手に集中する。


 関羽と互角の打ち合いをするような敵を相手に助けを待ちながら戦うような消極策は自殺行為。


 むしろこちらから積極的に仕掛けることによってこそ活路は見出せる。


「劉玄徳が妻、仁。参ります」


 黒槍をゆらゆらと揺らめかせながら間合いを詰めてくる相手に孫仁は剣を片手に低い体勢で踏み込んでいく。


 幻惑するように揺らめいていた黒槍が霞んだと思った瞬間、孫仁は身を投げ出すように地面へと飛び込んだ。


 孫仁の後頭部でまとめられていた髪がぱっと弾け飛ぶ。


(まず一つ賭けに勝った)


 関羽とのやりとりから、黒づくめの槍を目で見てかわすことは自分には難しいと判断していた孫仁は、低い体勢で正面から相手に向かい頭部付近以外は狙いにくいようにした。


 後は攻撃が来るという瞬間を目と勘で判断し、後のことは考えずに地面に身を投げ出すと最初から決めていたのだ。


 孫仁は心中で呟きながらヘッドスライディングのように伸びきった身体を無理矢理縮めて両手足で地面を掴む。


 剣を握ったままの指や左の手の平が地面で削られる感触があるが、気にしている余裕はない。


「はっ!」


強引に制動をかけた身体は、その甲斐あって地面にしゃがんだような姿勢で止まる。


 孫仁は周囲を確認する間もなく、迷わずに背中を真上に押し出し右斜め下から剣を鋭角に切り上げる。


 その結果、孫仁の目論見どおり頭上を通りすぎた槍が背中に触れる感触がある。


 そのまま槍を押し上げ、相手の攻撃を封じつつ立ち上がりの動作に乗せて斜め下から斬撃を放つ。


「…」


 しかし、黒づくめは押し上げられる槍を無理に引き戻そうとせず、流れに逆らわずに槍先を半円を描かせて後ろに向け、後方からの関羽の牽制にすると自らは剣先を避けるべく上体を逸らす。


 孫仁の剣は黒づくめの最小限の動きで、むなしく喉元のわずか手前の空気を切り裂くに終わったかに見えた。


「まだです!」


 孫仁の気迫の声が響く。


 孫仁は振りぬいた剣の動きを止めずに後方に向かって回転しながら剣を懐に巻き込むように肘を曲げた。

 

 ヒュン  シュバッ


 空中に黒い布の切れ端が舞う。


「当たった!?」


「いや、かすっただけだ」


 喜色を浮かべて叫ぶ茜に玄が悔しげに呟く。


 孫仁の本命の攻撃は剣ではなかった。


 剣を降りぬいた後を追って黒づくめの喉元を切り裂いたのは大きく垂れ下がっていた袖であった。


 周瑜と小喬が変化したその衣は袖や裾に薄く研ぎ澄まされた刃が仕込まれている。


 普通に触ったくらいでは切断力など皆無だが、孫仁の体技である円の動きの中で遠心力や速度を与えられることにより、暗器のように敵の意表をついて攻撃が出来る。


 孫仁と戦った周瑜が、孫仁の身を守り、なおかつ孫仁の戦い方を最も活かせるようにと変化したのがこの衣だった。


 孫仁はさらに円の動きで背後の黒ずくめに向かって後ろ回し蹴りを放っている。


 これも蹴りをかわしても裾の刃が孫仁の蹴りの隙を防御し、時には攻撃へと変化する。

 

「…」


 黒づくめは無言のまま、蹴りを避けるのではなく、むしろ間合いを詰めると蹴り足に乗るように手を添え、蹴りの勢いを利用して弾き飛ばされるように一気に距離を取った。


「奥方!」


 と、同時に駆けつけた関羽が孫仁の隣へと並ぶ。


「…」


 ざざ


「うぬ!待てぃ」


 関羽の意識が孫仁へと向いていた隙を見逃さず、黒づくめが木々の間へと走り去っていく。


「関将軍!ここはお引きくださいませ」


 ホウ統は動けず、関羽も無傷ではない。


 視界から消えた影を追うにはこの先どんな罠があるかもしれず、危険が過ぎると孫仁は判断したのだろう。


「…承知」


 孫仁の言葉に関羽が悔しげに頷く。


 しかし、関羽とてこれ以上の追撃が危険を伴うことは承知しているはずだ。


 自らが追撃に赴けば、その隙に黒づくめがまたここへ戻り孫仁やホウ統が狙われる可能性もある。


 そうなれば、今度は孫仁も防ぎきれない。


「…茜、見たか?」


「え?」


「あいつの喉だよ」


 玄の表情は険しい。


「え?…布が破れたのは見たけど何かあったっけ?」


「穴が空いてた…」


「なにそれ?どういうこと」


 首をかしげる茜。


「あの黒づくめは無口だったんじゃない…


 喋れなかったんだ…」


「もともと話せない人だったってこと?」


「違う!あんな傷あり得ない…


 綺麗に円形に喉の一部がくりぬかれてるなんて…」


「ちょ、ちょっと待ってよ玄。


 ……誰がそんなことするのよ?


 わざわざ喋れなくする必要ないじゃない。


 それに…そもそもそんなこと出来るの?」


 茜のもっともな疑問に玄は即答しない。


 そう、確かにそのとおりなのだ。


 ゲームを進める上で相棒となる武将を話せなくする意味がない。


 そもそも、どんなに傷ついたって待機に戻れば回復してしまうこの世界で

傷が残り続けることはおかしい。


 ホウ統の頬傷のように生前から残っていた傷は別としても、あの傷はこのゲームが出来てからのものなはずだ。


 しかし、自然に受けた傷ではない。


 と、なれば、あの穴は武将個人のデータを改竄して後付で、デジタル的に

つけた傷ということになる。


 玄には医学の知識はないが、おそらく人体のあの辺りには声帯と呼ばれる発声器官があったはずだ。


 だが、発売されたばかりな上に、未知の技術の塊であるVS、そのゲームデータ、加えて限定100本しか出回っていないソフトのデータをこんな短時間で改竄できるような人物がいるのか?


 もし、そんなことが出来るとすれば…玄が思いあたるのは1つしかなかった。


「…今は分からない。


 とにかく、今は早く関羽達を呼び戻してあげよう」


 結局、玄は自分の考えを伝えることはせず、無理矢理に笑顔を浮かべて茜へと声をかけた。


「う、うん」


 こうなってしまうと玄は頑固に何も言わないことを知っている茜は、玄が何かを隠していると気づきつつも頷くしかなかった。 


「関羽、そっちは大丈夫?」


「うむ、大事無い。


 奥方の手もたいした傷ではない」


 孫仁の手を手当てしていた関羽が自らの傷のことには全く触れずに答える。


 玄は関羽らしいなと思いつつ、更に続ける。


「分かった。じゃあ、まずはホウ統の件から片付けよう。 これがしっかりしないと、待機状態に戻れない」


「よかろう」


 関羽はおどおどと自分を見ているホウ統を見て頷く。


「えっと、俺の言葉はホウ統には聞こえないから関羽から聞いて欲しいんだけど、これからどうしたいのか」


「…士元よ。我と共に来ぬか?」


「ちょ!……まぁ、いいか」


 微妙に玄の問いたい主旨とは違うが、ホウ統の意思確認という意味では大差ない。


「…あ、あの…わわたしはか、関羽しょ…罠に…ですから…」


 関羽から仲間になれと言われたホウ統は『なる』『ならない』の選択の前

に、結果として自らが作った罠に2人を嵌めたことを気にしているらしい。


「士元。


 小さなことはよい。


 我らと来るのか来ないのか。


 それだけを聞いている」


 一歩間違えば死んでいたかもしれない、あれだけの大掛かりな罠にかけられたことを小さいと言える関羽はやはり凄い人物だと玄は思う。


「…」


 関羽の言葉に考え込むように黙り込んだホウ統に孫仁が静かに歩み寄る。


「ホウ統軍師。


 我らには武はあっても知が足りませぬ。


 我らの操者たる玄殿や茜も、頑張ってくれていますし、何度も助けて頂きましたが…


 戦のない世界に産まれた彼等に、あまり負担をかけたくないのです」


「レン…」


「このような戦いに巻き込まれた事情はどうあれ、ここにいる以上は我ら自身の問題だと思うのです。


 手を貸しては頂けませんか…」


 ホウ統のおどおどしていた目が関羽の腕に止まり、孫仁の血にまみれた細く白い指に止まる。


「…わ、わかりました。


 私でよよ良ければ、一緒にい、行きます」


 ホウ統がおずおずと頭を下げる。


「…本当によろしいのですね。


 自分で誘っておきながら勝手な言い分ですが、再び静かな眠りにつくという選択肢もあるのですよ?」


 ホウ統の承諾の言葉に孫仁は厳しい表情のまま問う。


 ホウ統は静かに目を閉じると小さく首を振った。


「構いません。


 関羽将軍も奥方様も私のようなものを、身体を張って守ってくださいました。


 私に何が出来るのかは正直分かりませんが、お二人のために出来ることをしたいと思います」


 きっぱりと言い放ったホウ統に関羽は顎鬚をしごきながら頷く。


「うむ、では決まりだ。玄」


「はいはいっと。


 ヘルプ!出番だぞ」


 孫仁の説得に感心しつつ、事の結果に安堵しながら玄はヘルプを呼び出す。


「ほっほほ~いっと!

 いぇい、いぇい!!元気してたか玄」


 相変わらず無駄に高いテンションで現れたヘルプには今日は「西」と書いてある。


 関羽達が西へ向かっているのとかけているのかもしれないが、玄にとって

は正直どうでもいいのであえて突っ込みもしない。


「相手を配下に加えたいんだけど、どうしたらいい?」


「…ノリガワルイヨゲンクン」


「棒読みでそんなこと言ったって知るか。


 早くしろって」


「ちぇ~、つまんねぇ奴だぜ!


 わかりましたよ!仕事しますよ仕事を」


 そう言ってようやく本来の仕事に戻ろうとするヘルプに玄は盛大な溜息を

つく。


「た、大変ね。玄のヘルプは…」


 茜の言葉にも同情の色が混じる。


「それにしても配下にするのは難しいぜ?


 相手を動けなくなるくらいまで削って、さらに大怪我させてたら人のままは無理と来るからな。


 条件満たしてるのかな~っと」


 と、1人でぶつぶつ呟きながら辺りを見回したヘルプの視線がホウ統を捉える。


「…ん?も、もしかして…


 雛っち、雛っちょ、雛りんこ、鳳雛ことホウ統士元?」


「はぁ…なんでもいいけどそうだよ。


 ホウ統を仲間にしたいんだけど、出来そうか?」


 いろいろ考えたい事がある時にヘルプのテンションは正直きつい。


「まぁ、待て待てって…

 

 お、いけそうじゃん!


 珍しいな、おい!こんだけ理想的に条件整ってるのはよ」


「そっか、良かった。


 じゃあ、早く手続を頼む。


 関羽達も休ませたいし…」


 関羽は何も言わずに平然としているが、背中の矢傷は結構重傷のはずだ。


 一緒にいる孫仁は誤魔化せても、大きく減少しているライフゲージは誤魔化せない。


「はいよ~!


 ただ、一応説明はしておくぜ。


 配下になった将は、特技、必殺技はもう使えない。


 ライフゲージは半分。


 そして武力値に至っては3分の1だ。


 武力値が減ったからといって武術が使えなくなる訳じゃないが、変化装備は原則装備できない。


 この辺は説明が難しいんだが…あえて言葉にするなら攻撃が軽くなる…かな?


 あと、戦闘時の動きも若干鈍るな…向かい風に向かって歩くみたいなもんか?」


 ヘルプの話は一応前に聞いてあったことだが、再度確認という意味ではありがたい。


 たまにはちゃんと仕事もするんだなと玄は変な感心をする。


「わかった、それでいい」


「オッケー。


 じゃあ、関の雲長ちゃん♪


 ホウ統の口から降伏の言葉を引き出してくれい!」


「っ!ヘルプ!」


「…」


 関羽に対してあまりにもふざけた呼びかけをするヘルプの口を思わず塞ごうとするが当然その身体をすり抜けてしまい塞ぐことなど出来ない。


(馬鹿ヘルプ!)


 内心で叫んだ玄は、関羽の雷が落ちることを覚悟する。


「…ふん!まぁいい。


 お前ごときの相手をしてはいられん」


「え?」


 関羽は忌々しそうに吐き捨てるとホウ統へと向き直る。


「関羽も短い付き合いだけど、ヘルプの相手をまともにしても仕方がないって思ってるんだな」


 関羽が自分と同じように感じていたと分かって玄はなんとなく嬉しくなる。


 まぁ、ヘルプを相手にすれば関羽や玄でなくても皆同じ感想を抱くのかもしれないが…


「士元よ。


 既についた勝負で更に追い撃ちをするようで気に喰わぬが…必要なことらしい」


 我に降伏する旨を告げよ」


 確かに、出会った当初から関羽はホウ統に敵対の意思は無かったように思う。


 つまり、勝敗は最初から問題ではなかった。


 それなのにあえて決着の言葉を言わせるのは関羽の美学からは外れるのだろう。


「は、はい。


 わわたしは、か、関羽将軍とおお奥方様にくく降ります」

 

 ぱぁっ


 ホウ統がそう継げた瞬間、ホウ統の身体が淡く光る。


「オッケー!


 じゃあ、やるぜ」


 ヘルプはどっからか取り出した金属バットを握りしめ空中を飛んだ。

「どっせい!!」


「おい!何するつもりだよヘルプ!」

 

 玄が叫ぶのも無理はない。


 金属バットを振りかぶったヘルプはそれを力いっぱいホウ統の頭上に振り

下ろそうとしているのだ。


「だまぁって、見てなぁ!!


 そりゃぁああああ!!!」



 ペコっ



 …………


「へ?」

「ふぃ~いい仕事したぜ」


 振り返って、額を拭うしぐさをしながら1人天を仰ぐヘルプの後ろでは、金

属バットに顔の正面から後頭部までを覆われたホウ統が呆然としている。


「どんだけ柔らかい金属バットやねん!」

 思わずインチキ関西弁で突っ込む玄。


「あ、でも玄見て」


 同じく呆然としていた茜がホウ統を指差している。


 玄がホウ統を見ると、折れ曲がった金属バットが溶け込むようにホウ統に吸い込まれていく。


 それと同時に玄達の目にホウ統のライフゲージが見えるようになる。


「おぉ、ちゃんと変わってる」


 ホウ統の名前もゲージと共に表示されその脇に『玄秋同盟』の勢力名も表

示されている。


 そして、ホウ統の手続が終わったことによって関羽と孫仁の戦闘状態も解除。


 待機モードへのボタンが灰色から白へと変わる。


「当たり前だったっつ~の!


 このヘルプ様の仕事に不備はねぇ!!


 いぇい!いぇい!」


 相変わらず疲れる奴である。


「そういえば…


 この前ヘルプシステム使ったら私の方でもこの麻雀牌が出てきたんだけど…」


 茜がヘルプに苦笑しながら呟く・


「え!マジで?


 ヘルプ!どういうことだよ」


「あ?同盟して勢力1本化されたんだから、別々のヘルプ出す必要はネェだ

ろうが!」


 言ってることはもっともだが、何故か逆切れするヘルプ。


「…だったら妖精が残っても良かったんだよな?」


 冷たく言い返す玄。


「へ?


 ああぁ!そうだった!洗濯物干しっぱなしだったよ。


 急いで帰らなきゃ、じゃあな玄!」


 ドロンと煙を出し、忍者が消えるようにヘルプが消える。


「逃げやがった…お前に洗濯物なんてあるかっつ~の」


「あははは!


 まあ、いいじゃない玄。


 私は嫌いじゃないわよ」


 茜が笑いながら玄の肩を叩く。


「…俺だって嫌いな訳じゃないけどな」


 玄も茜に微笑み返して頷く。


「さて、と。


 ホウ統、今度は聞こえるかな?」


「はははい!


 あな、あなたが、げ玄様でですか」


「士元。


 あやつに様などつける必要などないぞ」


「ちょ、関羽…まあ、確かに様なんて柄じゃないか」


 苦笑しつつも関羽の言葉に異を唱えるつもりは全く無い。


「玄殿、細かい話は…」


「っと、そうだった。


 ありがとう孫仁」

 

 玄は孫仁に礼を言うと、手元のVSを操作。


 次の瞬間には周囲の風景は消え、茜の部屋の風景が戻ってくる。


 そして、玄達の目の前に関羽、孫仁、ホウ統、悪来が徐々に現れる。


「ふぃぃ、助かったぜ…ぐけ!」


 真っ先に口を開いてのんきな声を出した悪来の後頭部を関羽が偃月刀の石突で突く。


 哀れな悪来はその一撃で意識を刈り取られて沈む。


「ふん!おまえはそこで反省していろ」


 悪来にしてみれば、何故そこまで怒られるのか分からないだろう。


 理由の半分以上は影の漢にいっぱい喰わされたことによる八つ当たりなのだから当然である。

「と、それはさておき」


「って、さておいちゃう玄も、何気に結構酷いよね」


 何事もなかったように話し始める玄を見て、笑いながら茜が孫仁に囁く。


「ふふふ、そうですわね」


 孫仁も待機状態に戻り安心したのか柔らかい表情を取り戻している。


「始めましてホウ統。


 俺が玄、こっちが茜。


 一応、関羽と孫仁のプレイヤー、操者をやらせてもらってる。


 関羽も言ってたけど様とかいらないから」


「いいいえ、そんな、わ、訳には…」


「ホウ統軍師、それならばわたくしが玄殿を呼ぶように呼べばよろしいでしょう」


 なんとなく、ホウ統の扱いに慣れてきたような孫仁が微笑みながら告げ

る。


「は、はい!


 では、げ、玄殿。あ、ああ茜殿と、お、お呼びびします。


 よ、よろしくお願い、しします」


 孫仁の提案に笑顔で頷くとそう言って頭を下げるホウ統。


「そっか、別に呼び方には拘らないからそれでいいなら…


 こちらこそよろしく」


「よろしくね。


 私達相手に緊張しなくてもいいからね」


「は、はい!」


「じゃあ、俺はホウ統に今までに分かってることをなるべく詳しく説明していくけど…


 関羽と孫仁、茜はどうする?」


「あ、はい。私はホウ統さんと一緒に話聞いてるわよ」


 茜が手をあげる。


「ふむ…奥方の手が癒えるまでは訓練も」


「あら、わたくしは構いません。


 あの影の漢…


 今度もう一度1対1でぶつかったら決して生き残れないと思います。


 少しでも腕をあげておかなくては…」


 孫仁の身体が束の間恐怖に震える。


 一方的に押していたかのようなあの短いぶつかり合いは孫仁にとっては薄

氷の上で舞を踊るようなぎりぎりの戦いだったのだ。


「承知いたした。


 では、手が癒えるまでは衣を使った攻防に重点をおいて訓練をしましょう」


「はい。


 それと関将軍…女のつまらない感傷だとは思うのですが…」


「なんでしょうか奥方」


「私の衣と関将軍の偃月刀に名前をつけたいのです」


 孫仁がわが身を抱くようにして目を閉じる。


 その衣も関羽の偃月刀も孫仁の大事な人たちが変化したものである。


「…よい、考えだと思いますが…私には良い名が思いつきませぬ」


 関羽が少し困ったように眉を顰め、顎鬚をしごく。


「比翼連理…という言葉があります」


 ホウ統がその言葉を聴いて口を開く。


「し、雌雄が一体とな、なった、で伝説の鳥、比翼の鳥と、べ、別々に生えた、に、2本の木がくっついいて1本のき木になっている、連理の枝…

 ど、どちらもわ、分かち難いこ、ことからだ、男女のふふ、ふ深い、じょ、情愛を現すこ、言葉です」


「ありがとう、ホウ統軍師。


 その言葉から私の衣を『比翼』関将軍の偃月刀を『連理』と…」


 二組の悲しい夫婦達を二度と引き裂かせないという孫仁の決意の命名なのだろう。


  

 ふわっ  キンッ


 孫仁がその名を命名した瞬間、孫仁の衣が風もないのに揺れ、関羽の偃月刀が甲高い金属音を立てる。


「ふ、どうやら気に入ったようですな」


「ええ…」


 嬉しそうに微笑む孫仁に関羽は偃月刀を向ける。


「では、『比翼』の使い方を、この『連理』でみっちりと教えてさしあげましょう」


「はい!」


 傷が癒えるのも待たず、訓練を始める二人を見て溜息をついた玄は、おどおどとしているホウ統へと向き直る。


「さ、あっちはあっちだ。


 俺達も始めよう」


「ああああの!、わわたしなんかでほ、ほんとうに?」


 あたふたと玄へ訴えかけるホウ統に玄は真剣な目を向ける。


「ホウ統、一つだけ言わせて。


 自らに自信がないのは良い。これから自信をつけていけばいいんだから。


 それだけの力があると俺は思う。


 でも『私なんか』はやめよう」


「え、えぇ?」


「俺みたいな、何も知らない子供が言えるようなことじゃないかもしれない

けど…


 それは、あなたを認めてくれている人たちを侮辱することだと思うから」


 玄の言葉にホウ統の目が見開かれる。


「わかる?よね。


 『あなたなんか』を軍師として薦めた孔明軍師、それを受け登用した劉備、共に荊州を守ろうとしていた関羽…彼らを侮辱してる。


 彼らは『あなただから』こそ信頼し役職を与え、助言を求めたんだと思うから」


「…はい、わ、わかりました。


 き、気をつけます。わ、忘れてました」


 ホウ統の目が何かを思い出すように虚空を見て微笑む。


「あ、あなたと同じような、こ、ことを玄徳様に言われたことがあ、あります。

 あ、あの時は…よ、よくわ、かりませんでしたが…


 な、なんとなく、い、いいまなら、わ分かる気がし、します」


 ホウ統の言葉に思わず玄の胸が高鳴る。


「…俺が、劉備玄徳と同じようなことを?」


 三国志好きな玄が、自分の名前のこともあって一番ひいきにしているのが劉備である。


 その人物と偶然にも同じようなことを言ったなんて玄にとってはテストで

満点を取ったようなものである。


「凄いじゃない玄。


 玄も劉備玄徳並に徳があるのかもよ」


 茜が笑いながら玄の肩を叩く。


「ちゃかすなよ。


 一応真面目な話なんだから」


「はいはい、じゃあとっとと始めましょ」


 茜の言ってるような徳など自分には全くあるとは思えないが、当時のこと

をリアルに確認出来る今の状況はやはり異常なのだろう。


 だが、これほど胸が躍ることはない。


 そして、これほど怖いことはない…


 玄は自分の中で漠然とした期待、興奮、不安、恐怖…それらが渦巻いているのを自覚していた。


 しかし、今はそれらと向き合うべきではない。


 小さく首を振って雑念を追い払った玄はホウ統へと笑いかける。


「では、はじめよう」





 その日の深夜…

 

 暗くなった玄の部屋でホウ統は1人座し、目を閉じて瞑想していた。


 瞑想というよりは、読書と言うべきか…


 不意にホウ統が目を開けて、振り返る。


 背後のベットに寝ていた玄が寝返りをうったようだ。


 結局あの後、説明はお互いに質疑を交えたものとなり、最後は関羽や孫仁、悪来までを加えて情報の整理に追われた。


 そこでもやはり知的モードのホウ統は活躍し、断片的だった情報を見事に繋ぎ合わせ、いくつかの可能性を示唆してみせた。


 しかし、情報全てを説明しきれる時間はなく玄は自宅へと戻った。


 関羽は茜宅のVS端末で孫仁と訓練を続け、ホウ統は更なる情報を求め玄と共に帰ってきた。


 そこで最後まで情報を聞いたホウ統は、玄としばらく話し合った末、自らに現代の知識が乏しいことでいくつかの可能性が見えてこないと指摘した。


 玄は、それならばと部屋にあった本をホウ統に見せた。


 言葉と同じく文字も理解出来るように設定されていたようだったホウ統はそれらのあらゆる本を読みたがった。


 しかし、ホウ統は現実世界の本に触れられない。


 玄がページをめくるにしてもそれでは効率が悪いと頭を悩ませていたところ、ホウ統が驚くべき提案をする。


 本をぱらぱら漫画のようにざぁぁとめくってくれと言うのだ。


 それですべて暗記できる…と。


 後は頭の中でページを繰ることが出来るとホウ統は言う。


 試して見ると、分厚い本の何ページの何行目と言うだけで確かにその場所をホウ統は諳んじることが出来た。 


 玄は驚嘆するも、それならばと家にあった三国志関連の本、国語辞典、PC

入門書、果ては学校の教科書まであらん限りの本のページをめくって見せた。


 それが、深夜まで及び、玄は疲れ果てて眠っている。


 ホウ統はそんな玄の様子をみて、微笑むと再び目を閉じる。


「士元、お主の智謀は空駆ける龍の如く遥か高みにある。


 それを仰ぎ見る地上の者にはその全貌は分からぬ。


 なればこそ、馬鹿にする者もあるやも知れぬ。


 だが、我らはその遥か高みに龍がいることを知っている。


 信じているのではないぞ、『知っている』のだ。



 …ははは、わからぬか?

 今はわからぬともよい。


 共に蜀を平定し、成都で再会した時にはきっとわかるはずだ」


 ホウ統は、劉備に言われた言葉を思い返していた。


 しかし、すぐに違和感を抱く。


(私は声を出していない!)

 

 はっとして目を開けたホウ統が立ち上がり周囲を見回す。


「結局、お前は落鳳破で討たれ、再会することは叶わなかったんだっけな」


「…な、なぜ、玄徳様のここ言葉をし、知っているのです」


 振り向いた先に声の主を見つけたホウ統が厳しく問い詰める。


「あ、あの時、ああの場所に、いいいたのは…!!」


「手を貸してくれるな。鳳凰の雛よ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同時連載中です。
スキルを交換する能力を持った主人公のお話です。
転生物ではないですが転生要素はあります。ケモミミの幼馴染やエルフ奴隷もでます^^
もしよければ読んでみてください
スキルトレーダー【技能交換】 ~辺境でわらしべ長者やってます~
http://ncode.syosetu.com/n3671de/
この文字をクリックで飛びます
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ