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ロストアタッチメント  作者: ガル
軍生活
20/20

2章


 軍隊というのは、非常に朝が早い。

 その事実を、シュエは入隊翌日に思い知った。



 その日の朝、シュエを叩き起こしたのは、突然城内に鳴り響いた鐘の音だった。

「!? っ、なに!?」

 よく通る高い音に飛び起きたシュエは、混乱したまま辺りを見渡した。隣のベッドで寝ていたトールがもぞもぞと身じろぎするのが分かる。

「……ん……うるさい……なんのおと……」

 低血圧らしく、ぼんやりした声が布団の中から問いかけてくる。

「さ、さぁ……? なんだろ?」

「……ねむい……」

「って、こらこら!二度寝しない」

 よくこんな状況で寝れるなと感心しつつ、シュエはベッドから出た。

 火事とかだったら洒落にならないし、とりあえず外の様子だけでも確認しておいたほうがいいかもしれない。

 そう思って扉を開けようとしたが、シュエが手を伸ばすより先にそれは開いた。いきなり開いたドアにびっくりしてしまう。

 慌ただしい様子でドアを開けたのは、ルピアだった。

「あ、シュエさん。あの、おはようございます」

 おはよ、と返したシュエは、未だ鳴り響く鐘の音に眉をひそめた。

「ね、ルピア。この音は?」

「これは時間を知らせる鐘なんです。もう少ししたら朝礼が始まりますから、とりあえずこれに着替えてください」

 そう言ってルピアが差し出してきたのは、深い青色の軍服だった。新しい物なのか、糊が利いていて固い手触りだ。

「へ?着替えるんですか?今すぐ?」

「はい。トールさんの着替えもここにあります。……? トールさん?」

 ルピアはきょろきょろと室内を見渡している。

「あの、シュエさん。トールさんは……?」

「まだ寝てる」

 シュエは息をついて部屋を横切ると、トールのベッドの布団をめくりあげた。胎児のように身体を丸めていたトールが、光を嫌がるかのように顔をそむけた。

「……ねむい……」

「ほら、トールー。朝礼だって。起きてください」

「やだ……ねむい」

「眠いじゃない。ほら、起きる」

「やだ」

「置いてっちゃいますよ」

 ぼそっと呟くと、置いて行かれるのは嫌だったのか、トールがのそりと起きあがった。不機嫌そうな顔でこちらを睨んでくるが、寝癖のせいであまり怖くはない。

「トールさん。これ、着替えです」

 ルピアがトールに渡したのは、シュエとは違う服だった。ゆったりとした白い衣は、堅苦しい軍服とは似ても似つかない。

 どこかでみたことがあるデザインだと思ったら、答えは目の前にあった。ルピアと同じ服装なのだ。

 そういえばフロールも似たような服を着ていた気がするので、これが天使の軍装なのかもしれない。

 やたら多い留め具をひとつひとつ留めながら、シュエはふっと内心で苦笑した。

 朝から慌ただしくて忘れていたが、今日から軍での生活が始まるのだ。とりあえず着替えから慣れないといけないかもしれない。





 そのまま慌ただしく身支度を整えた後、ルピアに連れられて向かったのは、訓練場と呼ばれる所だった。朝礼はいつもここで行われるのだとルピアが説明してくれる。

 広さだけなら、シュエの家がいくつも入りそうなだだっ広いそこには、既に大勢の兵士たちが整列していた。

 一切の私語もなく直立するその姿に若干気圧されていると、ルピアが「わたしたちはこちらです」と促した。

 その後を追っていると、兵士たちの視線が痛いほど突き刺さってくるのが感じられた。無言の中の凝視というのは、なかなか耐えがたいものがある。

 ルピアがふたりを誘導したのは、中央にある大きな演壇の真正面だった。

 そこにも既に兵士たちが整列していたが、後ろの方に並んでいる兵士とは軍服の色が違う。

 後ろに並ぶ兵士が薄茶を基調とした軍服なのに対し、前に並ぶのは濃い青色、もしくはゆったりした白色ばかり。つまりは今のシュエやトールと同じ色合いだった。

 きょろきょろと周りを伺うシュエに小さく笑って、ルピアが説明してくれた。

「ここでは所属で軍服が決められているんですよ。濃紺が天使の親、白色が天使。薄茶が一般兵の方々で、更に一般兵の方は肩の腕章で所属が分かります」

「え……、ってことは」

 シュエはまばたきを繰り返しながら、目の前に広がる濃紺や白を見つめた。

 ここにいる彼らもまた、天使やその親ということか。

 数からすると、本当に少ない。薄茶を纏う兵士の何分の一なのだろう。

「あ。ってことは、今ここにルピアの親もいるんですか?」

 思いつきで尋ねると、ふっとルピアの表情が陰った。あれ、と思う。

「ルピア?」

「……あ、すみません。……ええ、そうですね。そちらに」

 いらっしゃいます、というルピアの言葉は声にならず、途中で途切れた。

 代わりに高い足音が場内に響く。

 堂々とした足取りで入ってきたのは、五人の男たちだった。着込んでいるのは深い赤色の軍服を金糸の刺繍などで装っていて、やたらきらびやかだ。

 立ち振る舞いからして、軍でも偉い部類なのだろう。演壇に上がる彼らを何となく見つめていたシュエは、その内の一人に気づいて、そっと眉を寄せた。

 レッカだ。

 年輩ばかりの男たちに混じっている彼は、ひとりだけどうも存在感が違う。

 そういえば本当に今更だが、彼が何者なのか、まだシュエは知らない。偉い奴なんだろうな、と想像する程度だ。

 どっしりした中年の男が演壇に立ち、どこどこの情勢やらを事細かに話してくれるが、シュエにはさっぱり訳が分からない。

 けれどルピアは真面目に耳を傾けているし、他の兵士たちも彫像のように直立したまま動かない。

 トールはと横を見れば、トールは無表情のまま、レッカにガンを飛ばしていた。



 やたら長ったらしい話が終わり、ようやく解散か、と思ったのも束の間、今度はレッカが演壇に立った。まだ続くのかと内心辟易していたら、不意にレッカがこちらを向く。

「!」

 目が合うと、彼はにこりと笑った。相変わらず、型にはめたような笑顔である。綺麗だが、作り物めいているせいか薄気味悪い。

 思わず身構えたシュエから目をそらすと、レッカは整列する兵士たちを見渡した。

「もう一騒動起こした後だから、知っている者も多いと思うけれど、昨日付けで新たに軍属入りした者がいる。丁度いいから、この場で紹介しておこうか」

 反射的に逃げ出さなかった自分を誉めてやりたいとシュエは思う。そう感じるくらいには、嫌な前置きだった。

「シュエ、トール。前へおいで」

 再び、レッカの視線が向けられる。

 それにつられたのか、前にいた天使やその親がちらりと振り返った。背中にも痛いほどの視線を感じる。

「シュエさん……?」

 動かないシュエに不安を覚えたのか、ルピアが顔をのぞきこんできた。それに「大丈夫」と笑みを浮かべて答えたシュエは、深呼吸をひとつして、トールを見る。

 トールはというと、目が合うと、どこか芝居がかった仕草で首をすくめた。全く緊張していない飄々とした様子に、自然とシュエの肩の力も抜ける。

「……だってさ、トール」

「面倒くさ」

 うんざりしたように文句を言いながらも、大人しくトールはついてきた。

 幾つもの視線を浴びながら歩き、レッカの前に行く。

 目の前に立ったレッカを軽く睨むが、彼は全く気にした様子もない。

 ふたりの側に立つと、レッカは再び兵士たちを見渡した。

「新たに同士となったシュエとトール。見ての通り、天使とその親だ。皆も歓迎するように」

 レッカの言葉に追従するような形で拍手が起こる。けれど歓迎しようという言葉の割に、見渡した兵士たちの表情は固かった。







 朝礼の締めくくりは何故か礼拝だった。礼拝など、地元の協会ですら滅多に行かないシュエには初体験のことで、戸惑っているうちに終了した。

 その場で全員解散になり、ほっとしたのも束の間、またしてもレッカに呼び止められる。

「シュエ、トール」

「……なんですかー」

 嫌そうな顔で応じると、レッカはくすりと笑った。

「変な顔だね」

「すみませんね」

「元気そうでよかったよ。……ついておいで。紹介しておきたい相手がいる」

 そう言うと、レッカは返事も待たずに歩きだした。無視してやろうかと思ったが、さすがにそういうわけにもいかない。仕方なくついていく。

 彼に連れられていった先には、ルピアともうひとり。細身の青年がいた。肩まである黒褐色の髪を一つに束ねている。

 どこかぼんやりとした表情で立つその姿に、あれ、とシュエは思った。

 どこかで見たような。っていうか、その青年は濃紺の軍服を着込んでいる。ということは、まさか。

 青年とルピアの前で立ち止まると、レッカは振り返った。

「シュエ、トール。紹介しておくよ。ローファだ」

 その名前には聞き覚えがあった。

 昨日、ここに初めて訪れた時、ルピアが呼び止めていた名前だ。

 ローファの横に立つルピアに視線を向けると、彼女はどこか緊張した顔つきをしていた。

「えっと……もしかしてルピアの」

「そう。親だよ」

 軽い口調でレッカが肯定した。

 ルピアの親。シュエはまじまじとローファを見つめた。この人がルピアの卵を孵した人間ということか。

「ローファ、彼女がシュエ。その隣が天使のトールだ」

「……はぁ」

 ローファは宙を見つめていた目を、シュエとトールに向けた。どこか眠たげなその目は、どうでもよさそうな色を浮かべている。

 困惑するシュエに小さく笑うと、レッカが思わぬことを言った。

「シュエ。しばらくの間、ローファがきみの指導係になる。分からないことがあったら、何でも聞くといい」

「はい?指導係?」

 シュエはびっくりして、レッカを見つめた。

「この人が?」

「ああ」

 当然のようにレッカは頷いた。

 ローファはというと、まるで他人事のような顔をしていたので、あらかじめ先に聞いていたのかもしれない。

 驚いたものの、よく考えれば確かに直接の上官というのは必要のはずだ。そう割り切って、シュエは改めてローファと向き合った。

「えっと……これからよろしくお願いします」

 ローファはちらりとシュエを見ると、なぜかため息をついて言った。

「嫌がってくれればよかったのに」

「はい?」

「そうすればぼくだって堂々と拒否できたんですよ。きみ、空気読めませんね」

「……はぁぁ?」

 言われている意味が分からない。分からないが、なんだか貶されているのだけは分かる。なんだ、この人。

 ぐるぐると混乱するシュエの横で、レッカが面白そうに口を挟んだ。

「二人が嫌がったって無駄だよ。もう決定事項だ」

「決定したのはきみでしょう、レッカ」

「まぁ、そうなんだけど」

 二人の話についていけず、シュエは眉をひそめてトールを見やった。トールはレッカが側にいるせいか、不機嫌丸だしの顔でそっぽを向いている。

 ちなみにルピアはおろおろと四人を見比べているだけだったが、不意にレッカが振り返ったせいで、飛び上がらんばかりに驚いていた。

「ルピア」

「は、は、はい!!」

「トールのことはルピアに任せる。頼んだよ」

「は……はい」

 従順な様子でルピアは応じている。が、それまで黙り込んでいたトールが「ちょっと待って」と不機嫌そのままの声で割って入ってきた。

「ルピアに任せるって、どういうこと?シュエと一緒じゃないの?」

「天使とその親の訓練は全く違うんだ。だからいつもは別々で訓練することが多い。もちろん、遠征する時とかはペアを組むけれど」

「冗談じゃないよ」

 苛立った様子で腕を組むと、トールが吐き捨てた。

「シュエが一緒ならともかく、自分ひとりでこの人と組むとか有り得ない」

 トールに睨みつけられたルピアは、一瞬顔を強ばらせると、それを隠すように俯いてしまった。

 ふっとローファが嘆息する。

「だそうですよ、レッカ。トールもこう言っているんですし、ふたり一緒にルピアに面倒みさせればいいんじゃないですか?」

「ふたり一緒にローファに面倒みてもらってもいいんだよ?」

「冗談じゃないです」

 ローファは憮然とした様子で拒否すると、ちらりとルピアを一瞥した。

「そもそもこの人たちを連れてきたのはルピアでしょう?それなら責任とって面倒みるのは当然だと思いますが。ルピアもそう思いませんか」

「は、はい、あの。……でも」

「でも、なんです?」

「…………」

 冷ややかに切り返され、ルピアは黙り込んでしまう。そのやりとりを見ていて、シュエは軽く首を傾げた。

 ーー何というか、あまり雰囲気がよろしくない。

 とてもじゃないが、和やかとはいいがたかった。ローファの声はそっけないし、ルピアもおどおどと視線をさまよわせている。まともに目を合わせようともしない。

 これはまさか……。

「仲、悪そうだね」

 ぼそりと呟いたトールの足を、シュエは慌てて踏んだ。痛い、とトールが文句を言ったが、とりあえずは無視だ。

 どうしてこう思ったことを馬鹿正直に言ってしまうのだろうと(あまり人のことは言えないのだが)冷や冷やしていたら、レッカと目があった。彼は笑みを浮かべたまま、面白そうにこちらを見ている。

「……なんですか」

「いや?何でも」

 ならこっちを見るな、というシュエの心境が伝わったのかどうかは分からないが、レッカは視線を外すと、トールとローファを交互に見やった。

「とにかく、これは決定事項だ。きみたちがどれだけ不満だろうが、従ってもらうよ。いいね?」

「…………」

 ローファはそれはそれは長いため息をついた後、分かりました、と答えた。レッカの視線がトールへと移る。

「トール、」

「……」

 トールはそっぽを向いたまま、黙り込んでいる。まるきりふてくされた子供だ。

 シュエは肩をすくめて、トールの腕を軽く叩いた。

 郷に入っては郷に従えである。そう目で訴えると、トールは顔をしかめ、こちらを睨んできた。

 だから無駄に凄みを効かせるのはやめてくれないだろうか。慣れてきたとはいえ、やっぱり心臓に悪いのだ。

 長い沈黙が続いた後、天使の子供はようやく、渋々、いかにも仕方なくといった風で頷いた。





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