第48話「限界を越えた魔物」
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南水路へ戻ったのは、翌朝だった。
昨日のうちにギルドへ報告を終え、今回は調査ではなく救出を前提に準備している。同行するのは昨日の二人に加え、治療道具を扱える冒険者が一人。入口の外にも二人が残り、異変があればすぐ町へ知らせる手筈になっていた。
「奥まで追うな。目的は閉じ込められている魔物の確認と、可能なら救出。それだけだ」
ギルド職員の言葉を、ルークはもう一度頭の中で繰り返した。
犯人探しを優先しない。
昨日とは違う。
中に苦しんでいる魔物がいると分かった以上、まず助ける。
「行こう」
「ぷる!」
プルが跳ねる。
レイは先頭。
イズナがその少し前を、姿を薄くしながら進む。
ソラだけは水路の外で待機だった。
地下では翼を広げられる場所が少なく、ソラの強みを潰してしまう。代わりに入口と周辺の監視を任せている。
本人はかなり不満そうだったが。
「ピィッ!」
背後から強い鳴き声が飛んできた。
「分かってるって。何かあったらすぐ戻るから」
もう一度鳴く。
どうやら信用されていないらしい。
レイが横目で見る。
「お前は前科がある」
「最近はちゃんと戻ってるよ」
「昨日も止めなければ入っていた」
否定できなかった。
横穴から南水路へ入る。
内部は想像以上に広かった。
大人二人が並んで歩ける程度の通路。その脇を、黒く濁った水がゆっくり流れている。
天井には古い排水管。
壁にはところどころ苔。
しかし自然に朽ちただけの場所ではない。
「これ、新しいですよね」
ルークが壁を見る。
鉄製の留め具。
そこへ通された革紐。
表面がほとんど傷んでいない。
同行者が触れずに確認する。
「半年も経ってないな」
やはり誰かが使っている。
古い水路を。
古い施設と同じように。
再利用している。
「匂いが多い」
レイが低く言う。
「人間?」
「人間もいる。魔物も」
「今?」
「古いものが大半だ」
つまり一度や二度ではない。
ここを通った魔物が何匹いるのか。
捕まえられ。
どこかへ運ばれたのか。
ルークは考えかけて止めた。
まず目の前だ。
昨日聞いた金属音の場所は、入口からそれほど遠くなかった。
分岐を二つ。
崩れた壁を一つ越える。
そこでイズナが止まった。
耳が伏せられる。
低い唸り声。
昨日と同じだ。
ただし今日は近い。
レイが前へ出る。
「いる」
ルークも息を整える。
奥には小さな空間があった。
元々は水路の管理室だったのだろう。
今は違う。
鉄柵。
鎖。
床へ打ち込まれた杭。
中央に。
巨大な蜥蜴が横たわっていた。
「……マッドリザード?」
知っている魔物だった。
西湿地で何度も戦った。
泥へ潜り、硬い鱗と尾を使う。
強敵ではある。
だが。
こんな大きさではない。
普通の個体の倍近い。
腹部から背中にかけて黒い筋が走り、右前脚だけが異様に太く膨らんでいる。
鑑定する。
【種族:マッドリザード】
【Lv:31】
【状態:変異進行/衰弱】
【特殊状態:進化限界突破】
ルークは唇を結んだ。
種族は変わっていない。
マッドリザードのまま。
それなのに。
「Lv31……」
昨日の依頼書を思い出す。
求められていたのはLv20以上。
進化しやすい特徴を持つ個体。
「この個体も、集められた一匹……?」
答える者はいない。
マッドリザードの首には太い革帯。
そこから三本の鎖が床へ伸びている。
そして。
背中。
黒い鱗の間から、一本。
棘が突き出ていた。
以前見た物より大きい。
「触るな」
レイが言う。
「うん」
双尾狐の時は抜いたことで変異が緩慢になった。
だが同じ結果になる保証はない。
この個体は、もっと進行している。
ルークは近づかず、周囲を見る。
「誰かいる?」
イズナが先に動く。
柵の外側。
部屋の隅。
奥の扉。
【気配遮断 Lv.2】
しばらくして戻り、首を横へ振る。
人はいない。
レイも匂いを確認する。
「新しい人間の匂いはある。だが今はいない」
「じゃあ今のうちに――」
鎖が激しく鳴った。
全員が構える。
マッドリザードの目が開いた。
黒く濁っている。
ルークたちを見た瞬間、巨大な身体が起き上がった。
「待って!」
当然、言葉は届かない。
鎖を引きずりながら突進する。
鉄柵が歪んだ。
一度。
二度。
三度目。
留め具が外れる。
「来るぞ!」
同行者の一人が剣を抜く。
「殺さないでください!」
「なら止めろ!」
その通りだった。
ルークは杖を構える。
「プル、前! ただし頭は押さえない!」
「ぷる!」
プルの身体から六本の触手が伸びた。
二本が前脚。
二本が後脚。
残り二本が鎖へ絡む。
マッドリザードが暴れる。
プルの身体が一気に引かれた。
「ぷるっ!」
力が強い。
以前のマッドリザードとは比べものにならない。
「レイ、右から!」
「分かった」
レイが走る。
攻撃ではない。
巨大な蜥蜴の視界を横切り、注意を引く。
マッドリザードが頭を振る。
狙いが変わる。
そこへイズナ。
姿が二つ。
一匹が左。
一匹が奥。
【幻惑 Lv.2】
マッドリザードの動きが鈍った。
だが完全には騙せない。
鼻を動かす。
本体を探している。
「イズナ、近づきすぎない!」
耳が動く。
幻だけが前へ出る。
本体は下がった。
昨日までなら、一匹で敵を引きつけようとしていたかもしれない。
今は違う。
役割を理解し始めている。
それでもマッドリザードは止まらない。
尾が横薙ぎに振られた。
プルの触手が二本弾かれる。
そのまま尾がルークへ向かう。
危険察知。
右。
ルークは杖を立てた。
受けるのではない。
尾へ斜めに当てる。
軌道をずらす。
衝撃が腕を抜ける。
「ぐっ……!」
完全には流せない。
身体ごと二歩下がる。
それでも倒れなかった。
「ルーク!」
レイが声を上げる。
「大丈夫!」
マッドリザードが再び向く。
今度はルークを狙っている。
石を取り出す。
投石紐へ入れる。
回す。
狙うのは頭ではない。
背中。
黒い棘の少し横。
石を放つ。
当たった。
鱗へ弾かれる。
威力は足りない。
だが。
マッドリザードの身体が一瞬だけ強張った。
「そこ、痛いんだ」
棘の周囲。
明らかに反応が違う。
ルークは目を凝らす。
黒い変色が、そこから広がっている。
なら。
「プル! 倒すんじゃなくて、左へ引いて!」
「ぷる!」
触手の方向が変わる。
力比べでは勝てない。
だから全員で向きを変える。
レイが右から追い立てる。
イズナの幻が正面を塞ぐ。
マッドリザードが避ける。
一歩。
二歩。
自然に左へ寄る。
そこには。
水路。
深さは腰ほどしかない。
「今!」
プルが鎖を引く。
マッドリザードの前脚が滑った。
巨大な身体が水へ落ちる。
泥水が跳ねる。
その一瞬。
「レイ、押さえて!」
レイが背中へ飛び乗る。
爪は立てない。
首の革帯を前脚で押さえる。
プルの六本の触手が一気に伸び、四肢と尾、口元を固定する。
「ぷるるるるっ!」
全身が震える。
それでも離さない。
マッドリザードが暴れる。
徐々に。
少しずつ。
動きが弱くなっていった。
攻撃を諦めたのではない。
体力が尽きている。
「……もう十分だよ」
ルークは近づく。
目の前の蜥蜴は強い。
Lv31。
だが、その身体は強さについていけていない。
鱗の隙間から血。
膨れた右前脚。
荒い呼吸。
強くなったのではない。
壊れながら、力だけ増やされている。
「これを進化とは呼べない」
思わず口から出た。
祖先と同じ言葉だった。
治療役の冒険者が棘を確認した。
「抜けば楽になるかもしれん。だが場所が悪い」
「どこですか?」
「背骨に近すぎる。無理に抜けば動けなくなる可能性がある」
双尾狐の時と同じことはできない。
ルークは拳を握る。
「じゃあどうすれば……」
「ここじゃ無理だ。町へ運ぶ」
同行者が鎖を見る。
「先に拘束を外すぞ」
革帯。
脚の鎖。
床の杭。
一つずつ外していく。
その間、ルークは部屋を調べた。
机。
空の薬瓶。
細い鉄棒。
そして壁に貼られた一枚の紙。
ほとんど文字は消えている。
読めるのは一部だけ。
『対象 二十三』
『限界到達後――』
『棘による刺激――』
そして最後。
『進化せず、出力のみ上昇』
ルークの指が止まった。
答えがあった。
完全ではない。
誰がやったのかも。
何のためかも分からない。
だが一つだけ。
黒い棘の役割。
少なくともこの個体では。
「進化させてるんじゃない」
レイが隣へ来る。
「何が違う」
「進化したら種族が変わる。身体も、その力を使える形になる」
ルークはマッドリザードを見る。
「でもこれは違う。身体を変えないまま、無理やり限界の先へ押してる」
だから壊れる。
だから暴走する。
『進化とは呼べない』
祖先は、これを見ていたのかもしれない。
その時。
イズナが低く唸った。
部屋の奥。
閉じた扉。
レイもすぐ顔を上げる。
「音がする」
全員が止まる。
小さな音。
かり。
かり。
何かが扉の向こうを引っ掻いている。
一匹ではない。
複数。
ルークは扉へ近づかなかった。
今日は救出。
目的を忘れない。
だが。
壁際に落ちた札だけが目に入った。
濃紺の布が巻かれている。
中央の円から枝分かれする印。
その下に。
短い文字。
『適合個体 残り四』
ルークは扉を見た。
マッドリザードだけではなかった。
この水路にはまだ。
限界を越えさせられた魔物が残されている。
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PVが増えているのを見るたびに、続きを書く励みになっています。
これからもプルたちの進化を一緒に見届けていただけたら嬉しいです!




