第84話 「会長、夏服を褒められて一日ふわふわする」
衣替えの日。
黒瀬くんに夏服を褒められた。
「似合っています」
たった一言。
でも、その一言が朝からずっと胸の中に残っている。
ミレイは生徒会室で書類を読んでいたが、内容が頭に入ってこない。
(黒瀬くんが、似合っているって……)
リコが言う。
「会長、今日ずっとふわふわしてますね」
「していないわ」
「書類に判子じゃなくて、付箋を押してましたよ」
ミレイは手元を見る。
本当だった。
「これは……新しい承認方法よ」
「前にも似た言い訳聞きました」
ミレイは咳払いする。
黒瀬くんは、意外とまっすぐ褒める時がある。
普段はオタク用語やゲームの例えで遠回りするのに、時々、逃げ場のない言葉をくれる。
似合っています。
その声が、何度も再生される。
(黒瀬くんは、他の女子にもああいうことを言うのかしら)
考えた瞬間、少し胸がざわついた。
リコがすぐ気づく。
「会長、今度は何を嫉妬しました?」
「何もしていないわ」
「黒瀬くんが他の女子の夏服を褒める想像ですか?」
ミレイは黙る。
リコはにやりと笑う。
「図星ですね」
「……黒瀬くんが誰を褒めるかは、黒瀬くんの自由よ」
「会長、心が広いふりをしていますけど、顔が狭いです」
「顔が狭い?」
「嫉妬が顔面に出てます」
放課後、黒瀬くんが生徒会室に来る。
「ミレイ先輩、これ、職員室から預かりました」
名前呼び。
さらに夏服を褒められた後の顔。
ミレイは動揺する。
「ありがとう、黒瀬くん」
黒瀬くんは少し視線を逸らす。
リコが言う。
「黒瀬くん、会長の夏服、まだ直視できません?」
彼は真顔で答える。
「はい。処理落ちします」
ミレイは顔が熱くなる。
「そんなに……?」
黒瀬くんは慌てて言う。
「変という意味ではなく、その、似合っているので」
二回目。
今日二回目の「似合っている」。
ミレイは完全に黙ってしまった。
リコが拍手する。
「黒瀬くん、今日攻撃力高いですね」
黒瀬くんは困惑する。
「僕は攻撃していません」
ミレイは小さく言う。
「攻撃ではないけれど、威力はあるわ」
黒瀬くんも赤くなった。
◆オチ
その日の生徒会日誌。
衣替え。黒瀬くんに夏服が似合うと言われた。二回。
追記。
嬉しかった。かなり。
リコが読んで言う。
「会長、最近『かなり』多用してますね」
ミレイは日誌を閉じる。
「程度を正確に記録しているだけよ」




