第82話 「会長、名前呼び二回目で一日分の体力を使う」
黒瀬くんに、また名前で呼ばれた。
「ミレイ先輩」
一回目より、少し声が裏返っていた。
それがまた黒瀬くんらしくて、ミレイは胸がきゅっとなった。
(黒瀬くん、頑張って呼んでくれたのね)
嬉しい。
とても嬉しい。
けれど、平静でいるのが難しい。
リコはすぐに言った。
「会長、今の顔、完全に保存したいくらいでした」
「保存しないで」
「心のアルバムには保存しました」
「削除して」
「無理です」
黒瀬くんが職員室へ行った後、ミレイは椅子に座り込む。
名前を呼ばれただけ。
本当にそれだけ。
なのに、なぜこんなに疲れるのだろう。
(嬉しいことにも体力が必要なのね)
リコが言う。
「会長、まだ二回目ですからね。これから毎回呼ばれたらどうするんですか?」
ミレイは想像する。
朝、廊下で。
「ミレイ先輩、おはようございます」
生徒会室で。
「ミレイ先輩、この資料ですが」
メッセージで。
ミレイ先輩、今日はありがとうございました。
ミレイは両手で顔を覆った。
「リコ、毎回は危険だわ」
「危険じゃなくて幸せですよ」
「幸せにも限度があるのね」
「名言っぽいこと言ってますけど、ただの照れです」
黒瀬くんが戻ってくる。
ミレイは平静を装おうとする。
「ありがとう、黒瀬くん」
黒瀬くんは少し照れながら言う。
「いえ、ミレイ先輩」
三回目。
不意打ちだった。
ミレイは完全に固まる。
黒瀬くんも言った後で固まる。
リコは机に突っ伏して笑っている。
「会長、二回目どころか三回目入りましたね」
ミレイは何とか返事をする。
「……ありがとう」
黒瀬くんは真っ赤になって、書類整理を始めた。
でも手元が明らかにぎこちない。
ミレイも同じだった。
書類の上下を逆にして読んでいた。
リコが言う。
「名前呼びで業務効率が落ちてます」
ミレイは小さく答える。
「慣れれば大丈夫よ」
リコはにやりと笑う。
「本当に慣れたいんですね」
ミレイは反論できなかった。
◆オチ
その日の生徒会日誌。
黒瀬くんにミレイ先輩と二回、いえ三回呼ばれた。
追記。
嬉しいが、業務効率への影響あり。要慣れ。
リコが読んで言う。
「会長、名前呼びを業務改善課題にしないでください」




