第68話 「会長、名前で呼ばれそうになって一日そわそわする」
黒瀬くんが、自分の呼び方を変えようとした。
たぶん。
「はい、し……」
彼はそこで止まった。
白鳥先輩と言いかけたのかもしれない。
でもミレイには、別の可能性が浮かんでしまった。
ミレイ。
そう呼ぼうとしたのではないか。
考えた瞬間、顔が熱くなる。
リコはすぐに気づいた。
「会長、今の絶対名前呼び未遂ですよ」
「名前呼び……」
「黒瀬くん、頑張ろうとして失敗しましたね」
ミレイは手元の書類を見つめる。
黒瀬くんに、名前で呼ばれる。
想像するだけで落ち着かない。
(黒瀬くんの声で、ミレイ先輩……)
ミレイはペンを落とす。
リコが言う。
「はい、想像しましたね」
「していないわ」
「じゃあ、今のペン落下は何ですか」
「重力よ」
「最近、重力が便利に使われすぎです」
その後、ミレイは一日中そわそわしてしまう。
黒瀬くんが話しかけるたびに、次こそ名前で呼ばれるのではないかと思う。
「白鳥先輩、この資料ですが」
普通に白鳥先輩だった。
少し安心して、少し残念だった。
自分でも複雑だった。
放課後、リコに言われる。
「会長、名前で呼ばれたいんですか?」
ミレイは慌てる。
「呼ばれたいというか……黒瀬くんが呼びたいなら、構わないわ」
「その言い方、ほぼ呼ばれたいです」
「違うわ」
「じゃあ、黒瀬くんに『ミレイ先輩って呼んでもいいわよ』って言えます?」
ミレイは固まる。
言えない。
そんなことを言ったら、心臓がもたない。
その日の帰り際、黒瀬くんが言う。
「白鳥先輩」
いつもの呼び方だった。
でも、その後に少し間があった。
「……いつか、呼び方を変えてもいいですか」
ミレイは息を止める。
「ええ。黒瀬くんがそうしたいなら」
黒瀬くんは真っ赤になって頷く。
ミレイも真っ赤になった。
◆オチ
その日の生徒会日誌。
黒瀬くん、呼び方変更の可能性あり。
追記。
心の準備が必要。
リコが読んで言う。
「会長、名前で呼ばれるだけで防災訓練みたいになってますね」




