第111話 「花火大会に誘う、それは夏のラスボス戦」
花火大会まで、あと一日。
アキラは朝から妙に早く起きた。
目覚ましより三十分早い。
普段なら、
(睡眠ログが不足している)
と言って二度寝するところだ。
しかし今日は違う。
今日は、ミレイを花火大会に誘う日である。
つまり、夏休み最大級の会話イベントである。
アキラは鏡の前に立った。
髪は整えた。
コンタクトも入れた。
服装は学校に行くだけなので普通だが、なぜか襟元まで確認した。
(落ち着け。これは告白ではない。花火大会への同行申請だ。申請。そう、申請なら生徒会長にも通じるはず)
姉のマドカが後ろを通りかかる。
「今日、会長誘う日?」
アキラはびくっとする。
「なぜ知っている」
「昨日から顔が『花火大会に誘います』って書いてある」
「僕の顔面掲示板、情報漏洩がひどい」
マドカは笑いながら言う。
「大丈夫。変にかっこつけないで、あんたらしく言いな」
「僕らしく言うと、花火クエストになる」
「会長なら通じるでしょ」
それは、たぶん通じる。
いや、通じてしまうのがミレイのすごいところだった。
学校へ向かう道中、アキラは何度も練習した。
「ミレイ先輩、花火大会に一緒に行きませんか」
直球。
心臓が痛い。
「ミレイ先輩、明日の花火大会、予定がなければ……」
途中で止まりそう。
「ミレイ先輩、花火クエストを一緒に……」
自分らしいが、さすがに逃げすぎかもしれない。
生徒会室に着く。
ミレイはすでに来ていた。
リコはいない。
まるで舞台が整えられているかのようだった。
(今だ。今しかない。リコ先輩が来る前。二人きり。静かな生徒会室。条件はそろっている)
ミレイが微笑む。
「おはよう、黒瀬くん」
「お、おはようございます、ミレイ先輩」
声が少し硬い。
ミレイも、少し緊張しているように見えた。
作業机には、前回の続きの掲示物が並んでいる。
アキラは椅子に座ったが、心はまったく座っていなかった。
(言え。今言え。紙を切る前に言え。ハサミを持ってからでは危険だ)
アキラは深呼吸した。
「ミレイ先輩」
「何かしら」
ミレイがこちらを見る。
その目が、いつもより少し期待しているように見えた。
いや、そう見えただけかもしれない。
でも、アキラは逃げなかった。
「明日の花火大会なんですが」
言えた。
第一段階突破。
ミレイの肩がわずかに動いた。
「ええ」
「その……予定がなければ」
言葉が喉につかえる。
しかし、ここで止まったら前回と同じだ。
アキラは机の下で拳を握る。
「僕と一緒に、行ってくれませんか」
言った。
言ってしまった。
生徒会室が静かになる。
扇風機の音だけが聞こえる。
ミレイは一瞬、目を見開いた。
それから、頬を赤く染めた。
「……はい」
アキラは息を止める。
「はい?」
「予定、空いたの。だから……私でよければ、一緒に行きたいわ」
アキラの脳内で、何かが爆発した。
(成功!? 花火大会イベント、受注成功!?)
声が出ない。
ミレイも赤い顔で視線を落としている。
「黒瀬くん?」
「あ、はい。ありがとうございます。同行申請、承認されました」
ミレイは少し笑った。
「申請だったの?」
「心の中では、かなり重要な申請でした」
言ってから、アキラはまた自爆したことに気づく。
ミレイも固まった。
その時、ドアが開いた。
リコが入ってくる。
「おはようございまーす……あ、成立しました?」
アキラとミレイは同時に赤くなった。
「何がですか」
「何がかしら」
リコはにっこり笑った。
「その反応で全部成立してます」
◆オチ
その日の帰り道。
アキラはトオルにメッセージを送った。
花火大会クエスト、受注成功。
すぐに返事が来る。
日本語で言うと?
アキラは少し悩んでから返した。
ミレイ先輩と花火大会に行くことになった。
トオルからの返信。
よくやった。ついに青春高校の生徒になったな。
アキラはスマホを見つめて呟いた。
「僕は今まで何高校の生徒だったんだ」




