第106話 「会長、プール事件を思い出して眠れない」
プール清掃の翌日。
ミレイは朝から落ち着かなかった。
黒瀬くんに助けられたことを、何度も思い出してしまう。
落ちそうになった瞬間。
後ろから支えられた腕。
「大丈夫ですか」と必死に呼ぶ声。
安全な場所へ移動するまで離さずにいてくれたこと。
思い出すたび、顔が熱くなる。
(事故。救助。事故。救助)
何度も心の中で繰り返す。
けれど、それだけでは説明できない気持ちがあった。
黒瀬くんに助けられて、安心した。
それは間違いない。
そして、その安心がとても嬉しかった。
リコにメッセージで相談すると、すぐ返信が来た。
会長、それ恋愛イベントです。
ミレイはすぐに返す。
事故です。
リコ。
事故でも恋愛イベントは発生します。
ミレイはスマホを伏せた。
否定しきれない。
黒瀬くんにお礼を送る。
昨日は本当にありがとう。怪我もなくて大丈夫です。黒瀬くんは大丈夫?
返信はすぐ来た。
僕は大丈夫です。ミレイ先輩が無事で本当によかったです。
ミレイはスマホを胸に抱いた。
無事で本当によかった。
その一文が、真っ直ぐすぎた。
自分を本気で心配してくれたことが伝わってくる。
返信する。
黒瀬くんが助けてくれたからよ。ありがとう。
送ってから、また顔が熱くなる。
その日一日、ミレイは何をしていても黒瀬くんを思い出してしまった。
お茶を飲んでいても。
本を読んでいても。
夏休みの課題を開いても。
プールサイドの光と、黒瀬くんの腕の感触がよみがえる。
夜になっても眠れなかった。
枕を抱きしめ、天井を見つめる。
(私、黒瀬くんのことが……)
そこまで考えて、布団をかぶる。
言葉にしたら、もう戻れない気がした。
でも、もう戻れないところまで来ている気もした。
◆オチ
翌朝、リコからメッセージが来る。
眠れました?
ミレイは正直に返した。
あまり。
すぐ返信。
プール事件後遺症ですね。
ミレイは少し考えて返した。
救助後遺症よ。
リコからの返事。
恋です。
ミレイはスマホを枕の下に隠した。




