第九章 食えない海苔、役立つ海苔
川辺に設置された竹の枠に、直樹はその“まずい海苔”を張り付けていった。
触った瞬間、指にまとわりつくほどの粘性に驚く。
「……うわ、なんだこれ、ネバネバすぎだろ」
彼は顔をしかめながらも、必死に枠へ固定した。
背後でハリムが淡々と言う。
「ウニに食べられないよう改良した結果だ。だが人も魚も口にしない。廃棄されるばかりだった」
アユが通訳しながら微笑む。
「博士、この海苔は、誰も食べない“失敗作”なんです」
枠を沈めると、水中で海苔がひらりと揺れ、薄い幕のように広がった。
流れてきた小さなプラスチック片が次々と張り付き、離れなくなる。
ブディが目を丸くし、声を張り上げる。
「見ろ!白い破片が……くっついてる!」
「博士!本当に効果がある!」
村人たちがどよめき、歓声が広がる。
直樹は内心ガッツポーズをしながら、表情だけは冷静を装った。
(……マジで効いてる。こんな“まずい海苔”が救世主になるなんて……!)
――
笑いが落ち着いた頃、ハリムが計測を始めた。
水を採取して検査器材を覗き込み、短く言う。
「……設置前より二割減だ」
アユが訳す。
「博士、マイクロプラスチック濃度が二割減少しています!」
歓声が再び巻き起こり、直樹の肩をブディがどんと叩いた。
「博士、やはり本物だ!」
直樹(心の声):(いやいや、俺じゃなくて海苔と研究所がすごいんだって……!)
だがハリムは冷静に続けた。
「博士。この方法だけでは足りない。沈んでいる粒子は取れない」
「じゃあ、どうすれば……?」直樹が思わず問う。
「研究所にマイクロバブル発生装置がある。微細な泡で底を撹拌し、粒子を浮かせられる」
アユが通訳する。
「博士、つまり……泡でごみを持ち上げる方法です」
村人たちがざわめき、期待の視線を直樹に向ける。
直樹は胃の奥を押さえながら、苦笑いを浮かべた。
(……また俺の出番かよ。でも、もう逃げられないな)
ハリムは道具を片付けると、短く言った。
「次回、装置を持ってくる。博士、準備しておけ」
夕暮れの川辺に、新たな実験の気配が漂っていた。