表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラッディ・メアリは支配する  作者: 雨川水海


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

95/95

蠢く種子22

 かすかに意識に触れるものを感じて、マルガレータは跳ね起きた。

 混乱していた。記憶が断絶しているのだ。

 こうした記憶の途切れ方は、戦闘時によく起こる。

 経験的にそう判断したマルガレータは、心身を戦闘態勢に移行しながら周囲を観察する。


 自分はベッドに寝かされていたらしい。簡素だが清潔なシーツと温かい毛布から、即座に命の危険はないように思われた。

 室内の闇に混じる、朝の気配はわずかなもの、時刻は夜明けの直前くらいのようだ。

 少しだけ人狼化の魔術を使い、夜目が効く状態にすると、石造りの広くない一室だ。窓はない。換気のための小さな穴があるだけだ。

 こうした武骨な建物に、思い当たる節がある。


「この感じ、砦の部屋か」


 そこまで考えが進むと、マルガレータは一気に思い出した。


「そうか。王国のカレー砦に襲撃をかけて、あの少女に敗れたのだったか。とすると、今この身は虜囚で、ここはカレー砦の一室と言ったところか……」


 そう考えて匂いを嗅ぐと、カレー砦の外周に見たあの花の香りが漂っている気がした。

 マルガレータが左手首を見れば咲いている、この花と同じ香りだ。


「この花も無事か。あの少女になにかされてひどく痛んだから、無理矢理に引き抜かれたかとも思ったのだが」


 失神する前の一番強烈な記憶は、左手首から心臓まで伸びてくる激痛だ。

 まるで体の中を直接まさぐられるような痛みに、耐え切れずに意識を手放したのだとマルガレータは思い出す。


 自分がなにをされたのかさっぱりわからないのは、少々不気味だ。

 マルガレータは目元に不安を滲ませるが、今さらかと思い直す。

 あの激痛を与えられる前に、自分は完全に捕縛されていた。生殺与奪の権利はあの少女にあったのだ。なにをされても文句は言うまい。


「確か、メアリ・ウェールズ殿と言ったか。そういえば、耳を触らせる約束だったな……」


 呟いて頭を撫でるが、もう狼耳はない。失神した時点で、人狼化の魔術は解けてしまったはずだ。

 だとすれば、あの約束を自分は守っていない。それはよくない。シュタウフェンの王族として、約束を違えるなんて恥だ。


「ここが王国軍の砦なら、メアリ殿にお会いする機会もあるだろうか。朝になったら見張りの兵に事情を聞いて、メアリ殿と連絡を……ふむ、この身の振り方も考えねばな」


 ベッドの上にあぐらをかいて、マルガレータは頭をかく。

 なんとも面倒なことをしてしまった。気の強そうなツリ目が、目尻を下げてしょんぼりとする。


 王女が捕虜になるなど、一族にとんでもない不利をもたらしてしまった。

 自分が援護できなかった以上、天狼様も無事ではないだろう。怪我を負いながらも逃げられていればいいが、それは楽観的に過ぎるか。

 キャステリア王族と天狼様は、相性が悪い。

 天狼様も倒されてしまった可能性は、かなり高い。


 まずいことになった。一族は苦境に立たされることだろう。

 一族の顔を思い浮かべると、胸が苦しくなる。しかし、甘んじて受けるしかない。

 シュタウフェンが仕掛けた戦だ。勝者が栄え、敗者が奪われるは自然の摂理。

 誇り高きシュタウフェンは、勝者に敬意を払う。


 とはいえ、勝者本人に血肉を貪られるのはともかく、横から寄って来た死肉漁りに集られるのは御免被る。

 なんとか一族の誇りを守らなければ……。

 連合国でシュタウフェン一族に牙を剥く連中、王国が一族に取る処遇。

 両方を思い浮かべて、一体どうなるのが一番マシかを腕を組んで検討する。


「個人的なことなら、この身はメアリ殿に好きにしてもらうのが本望だとすぐに言えるのだが……」


 なにしろ、自分を打倒した本人である。戦士として勝者に従うことに否はない。

 しかし、故国にいる一族の処遇も考えると、やはりキャステリア王家に身を渡した方がよい気がする。


 和平を結ぶ時に、その時の大王の血族を人質として王国に嫁がせるのは、連合国の習慣みたいなものである。

 大抵、その後しばらくして人質の実家は(内乱で)没落するので、一族の血を残すための避難にもなる。

 王国に嫁いだ王族を頼って、一族や臣民を匿うこともできる。


「メアリ殿に事情を話して謝罪し、キャステリア王家と繋ぎを取る方向で……」


 不確定なことが多すぎて、最善など行方不明だが、まず損はないだろうという案を抱く。

 後は、夜が明けて、王国側の接触を受けてから考えるしかない。

 所詮は敗残の身だ、マルガレータに取れる選択肢はひどく少ない。


 徐々に、夜の中に朝の気配が増えてくる。

 そろそろ炊事担当の兵が起き出して、朝食の支度を始める頃合いだろう。

 食事が済めば、捕虜のことをどうするのか、王国側も本格的な対応を始めるはずだ。


「捕虜だから、この身の食事も出るよね? 大丈夫だよね? 王国軍は補給に困っているという話を聞いたことはないし。天狼様と後方を襲ったとはいえ、農村や街を襲ったわけではないものね? 王国軍の食料は十分だよね?」


 薄暮の奇襲を行うため、昨日の昼からろくに食べていないマルガレータは、よく引き締まったお腹を抑えて、王国側からの接触を待ちわびる。



****



 マルガレータが待ちわびたノックの音は、予想外の来客を連れて来た。


「ご無事な様子を見られてなによりでございます、マルガレータ王女殿下」


 礼儀正しい挨拶に、マルガレータはマナーを全て忘れたように目を見開いた。


「一体どうしてこんなところに神等教の人間が?」


 マルガレータの認識では、ここは王国軍の砦の、恐らくは捕虜を軟禁しておくために都合の良い奥まった部屋だ。

 神等教の人間がこんなところまでやって来るなど、普通のことではない。

 それも、捕虜への朝食やら尋問やらの前、夜明けが来るかどうかの時間帯に、砦の部外者がいるべき場所ではない。


「昨夜、天狼が堕ちたという話を聞きましたので、今日は急いでこちらの砦へ参りました。そうしたら、王女殿下もおられると聞きましたので、お怪我があればその治療をと」

「怪我? 怪我なら平気だが……」


 そんなことより、と困惑が一杯の顔で、マルガレータは入室者達を見渡す。

 格好からして、神等教の人間であるのは間違いないだろう。その教義から、彼等が戦場の敵味方両方に人員を派遣して、負傷者の世話をするのはいつものことだ。


 今回も、神等教は連合国にも通達した上で、聖女を代表者として王国に人員を派遣したと、マルガレータも聞いている。

 そのことに、マルガレータも、シュタウフェン一族も不満はない。

 戦士としての気質が強いシュタウフェン一族は、戦闘終了後ならば敵であろうと戦士に友好を示す風習を持つ。

 戦闘後の負傷兵の世話ならばと、シュタウフェン大王として正式に活動許可も出してある。


 そこまで理解できても、目の前に彼女達いることに、マルガレータは理解が追いつかない。

 それに対し、聖女クランマは、胸の前で腕を組んで微笑んだ。


「わたくしが王女殿下を案じていることをお話したら、この砦の方もわかってくださいました。神の下にわたくし達は平等ですから、こうしてわかりあえるのです」


 ドアから入ってすぐのところに、王国軍の兵が立っている。恐らく彼等が、見張りなのだろう。

 しかし、それにしたって非常識すぎないか?

 マルガレータの脳裏に、あまりよくない考えが思い浮かぶ。


 あの見張りの兵より、自分は聖女達に近い。

 ここで彼女を人質にでもして、砦から脱出することはできないだろうか。

 いや、聖女を人質にしたところで、王国軍の将兵に対した効果はないか。


 マルガレータが見張りの兵を見ていることに気づいて、聖女は全てわかったという風に頷いた。


「それでは、殿下のお怪我を治療させて頂きます。申し訳ございません、王女殿下が殿方にお肌を見せるのは障りがあるかと。ここはわたくしどもにお任せ頂けませんか?」


 そんな言い分が通るわけがない。マルガレータはごく普通に、そう思った。

 王女としても、戦士としても、指揮官としても、どこのどんな軍が捕虜と面会者を密室に残すものか。


 マルガレータの思考は常識的だ。

 だというのに、他ならぬ王国軍が、捕虜と面会者を密室に残して去って行った。

 マルガレータがぎょっとした顔になる。


 どう考えてもおかしい。一兵卒はまだしも、その監督をする騎士や貴族が許すはずがない。

 まさか、監督役が廊下にもいないのか。

 だとすればそれは、マルガレータが人狼化しても対抗できる戦力がそこにいないことになる。


「なにを考えている」


 囚われの王女に、あまりに都合がよすぎる。

 マルガレータは、背筋をなぞる気味悪さを感じて、声を低く問いかける。


「神等教は、全ての人の平等を考えております。まず、今はマルガレータ王女殿下のお怪我が、健常であるわたくしと平等になりますようにと」

「怪我の心配は不要だ」


 メアリの槍で突き倒された右肩を叩いて示す。

 人狼化できるシュタウフェン一族は大概頑丈なことで知られるが、王国側の治療も実に丁寧だ。

 もはや痛みもない。戦闘に支障がないほどだ。


「聖女殿、あなたはこの状況を正確に理解しているだろうか? 非常に危険な場所にあなたは立っている」

「どのような危険でしょうか? わたくしはただ、王女殿下のお手伝いができればとこちらに参っただけです」

「この身は敗北して囚われている。戦士としてそのことに納得はしているが、シュタウフェン王族としては、そうはいかない。一族の不利になることがわかっている以上、できるだけ手を尽くして覆さなければならない」

「はい。シュタウフェン王族は、皆様思いやりが深いですものね。神等教の理念に近いと、常々思っております」


 穏やかに微笑む聖女に、マルガレータは心の表面がざらついたように感じる。

 まるでなにもわかっていないようであり、なにもかもをわかっているような態度が、いっそ不気味だ。


「はっきりと言おう。今のあなたは、この身がここから脱出するために都合の良い人質にしか見えない。わかったか?」


 それがわかったら、さっさとここから出て行け。

 マルガレータは睨みつけるが、聖女の微笑みは変わらない。


「承知しました。それがマルガレータ王女殿下のお望みでしたら、わたくしも等しく望みましょう。誰か、予備のローブを出してください」


 マルガレータの顔に、はっきりと嫌悪感が浮かんだ。

 不気味なものを見て、理解が及ばない人間の表情だ。


「さあ、王女殿下。こちらのローブを身に着けてください。その姿でわたくしと一緒に行動すれば、いくらか人目は誤魔化せます。後は、そうですね、中庭に天狼のご遺体があると聞きました。そこまで行けば、殿下を脱出させることもできるでしょう」

「……お前、一体なにを考えている?」


 差し出されたローブが、実は首輪つきではないかと疑る視線で、聖女に問う。

 聖女の微笑みは変わらず、絵画の中の花のように咲いたままだ。


「ただただ、マルガレータ王女殿下の望みを叶えることを、考えております。他人の自由を奪うことは悪いこと。困っている人を助けることは、正しいこと。誰もが等しく悪いことを遠ざけ、正しいことを施せば、神はそこに幸福を恵んでくださるのです」

「この砦の王国人にとっては、敵を逃して困らせる、悪いことのはずだろう」

「大丈夫です。話し合えば、王国の方もわかってくださいます。わたくし達は、皆等しいのですから、必ずわかりあるのです」


 そうか、とマルガレータは吐き捨てた。

 とてもではないが、この聖女の言っていることをわかる日は来そうにない。

 この聖女の言っていることは信用できないが、目の前に垂らされた餌は魅力的だ。

 中庭で聖女がなにをするつもりかは知らないが、少なくともそこまで出られれば、人狼化して逃げ出す可能性は作れる。


「いいだろう。聖女殿には、この身が脱出するための人質になってもらう」

「はい。恐れ入りますが、そのようにお願いします。わたくし共は脅されて、やむを得ず協力した。そうしないと、殿下が脱出した後にわたくし共の身が危険ですから」


 そこは話せばわかるとは言わないのか。マルガレータは皮肉を言いそうになるが、時間が惜しい。

 完全に夜が明けて砦の将兵が動き出せば、砦を脱出できたとしても追手を振り切るのは難しくなる。


「中庭に、天狼様の遺骸があると言ったな?」

「はい。兵の話を聞きましたら、ご遺体は中庭に安置してあるとのことです」

「そうか。天狼様には、我々の戦に付き合わせてしまったな」


 その可能性が高いとは思っていたが、実際に死んだと聞くと胸が痛む。

 意思疎通ができることを利用して、人の戦に駆り出していたのはマルガレータだ。

 身勝手な感傷だと自覚しながらも、それでも共に戦場を駆けた頼もしい同胞だと思っていた。


「中庭に行くのなら、天狼様に弔いの一つくらいはできるか。聖女殿は、中庭でなにをするつもりだ?」

「王女殿下の望みはわたくしの望みに等しいと、そう申し上げた通りです。救える命を救いに行く。それは、正しいことでしょう?」


 綺麗な聖女の笑みには、一滴の毒もない。

 昨夜対峙した少女のあの致死毒をちらつかせる笑顔とは、まるで違う。

 しかし、それが正しいことだと同意を求められた時、頷くことに危険を覚えるなにかがあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 次も楽しみにしています。 王女様、あっさり脱出に同意しましたね。 なんというか、少し意外でした
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ