妖花、咲く21
リーシル子爵は、思った通りにメアリの策謀だと信じたらしい。
反メアリ連合として、ダドリー・リッチモンドから事情を問いただす文書が、メアリの手元に届けられた。
また、神等教からも、どうして我が神官が処刑されたのか、抗議の文書が届いた。
どちらも、頭からメアリが悪いと決めつけている内容であったので、メアリの返事は丁寧だった。
事情も何も、貴族の義務として、侮辱罪への刑を速やかに執行しただけである。
レジン・マルケスなる自称神官は、村人にも振る舞われていた宴席料理を見て興奮してしまい、これだけのものをリーシル領では奴隷を死ぬまで酷使しなければ手に入らないと大声で言ってしまった。余り物を振る舞った一夜の宴がそれほど大したものであるはずもなく、だとすればリーシル子爵はこの程度の食料も確保できないお粗末な手腕だと非難している以外に解釈のしようがない。
多数の村人の前であったために内密に治めることも困難であり、これを侮辱罪と認定する他なく、リーシル子爵の名誉のためにこれを処刑したものである。
当家の見解に疑義があるならば、当地の代官や村長に確認を取られたし。
ところで、こちらとしても確認を取りたいのだが、どうして神等教の神官が子爵の代理人として調査の同行に来たのか、理解に苦しんでいる。
子爵の代理として来たからには相応の振る舞いが必要なはずだが、レジンなる自称神官は終始酔ったように興奮してばかりで、全く不適格な振る舞いであった。
子爵家にあの程度の人材以外がいなかったとは思えないので、自称神官による騙りか、その神官をあえて失脚させるための企みがあったのではないかと懸念している。
リーシル子爵へ確認を求めたが満足のいく返答はない。近隣諸侯や神等教のまとめ役におかれては、情報の提供を依頼する。
なお、この一件は貴族の義務として当然のことながら、宮廷へ記録文書も送付してある。
王家へ誓って、嘘偽りのない報告であることをメアリ・ウェールズの名において宣言する。
以上が、レジン・マルケスの処刑に対する文書への返答の概要である。
さらにまとめると――あんな質の悪い人材を寄越したんだから合法的に処刑されるのも当たり前じゃない。
そっちで処刑されやすいように、わざとそんな人材を寄越したんでしょ? 仲間割れでもしてるの?
メアリが一番言いたい内容はそうなる。
この文書の受け取り方は様々あるので、それぞれの立ち位置から内容を見て、メアリを憎んだり、リーシル子爵を疑ったり、神等教を見直したりすることだろう。
これと同時に、ダドリー及び反メアリ連合の諸侯には、今回メアリが行った各領地の調査結果が送付された。
今回の調査地点では、いずれも農業生産量が我がウェールズ領より三割以上低いという結果が出た。
今回は急な要請でもあったためか狭い範囲の調査となったが、その他の地域でもこれと同じような結果であれば、由々しき事態である。
知っての通り、王国最西部として最も後発の開拓地がウェールズ領である。
そんな我が領より三割以上も生産量が劣るような事態は、西部貴族として伝統と格式を誇る諸侯の手腕からすれば考えられない事態である。
恐らく、たまたま、今回の調査地点の生産量が少ないだけと承知しているが、諸侯には念のため情報の確認を求める。
万が一にも、全体として農業生産量が我がウェールズ領より少ないのであれば、諸侯の貴族として、民の上に立つ者としての手腕への疑義を、宮廷へ提出しなければならない。
もちろん、これまで王国西部を支えてきた諸侯のこと、全くの杞憂であるものと確信しているが、今回の調査結果がこのように出てしまったため、確認が必要となってしまったことを承知されたし。
なお、こちらについても宮廷へ記録文書を送付した。
今回の調査は貴族として公的な業務であるため、宮廷への報告義務があることは、諸侯も常にこの義務へ従っている通りである。
以上、概要である。
さらにまとめると――うわ、本当にこの程度の能力しかないの? 嘘でしょ、驚くどころか引くレベルだわ。今のうちに弁解があるならしておいて。
……まあ、無駄でしょうけど。
メアリの本音である。
「この程度の実績で、貴族とは我等だ、という顔をされると反応に困るものね。同じ貴族だって名乗りづらくなるもの」
バロミ領とリーシル領の境にある川の音を聞きながら、メアリは書類を次々と確認して呟く。
内容は、今回の敵対領の調査結果を踏まえて、それと隣接する友好領で「見せつけ用の農村」の開発計画と、敵対領での友好人物への工作計画である。
大体の書類は、やってしまいなさい、と返事をするだけで済む。それだけで済まないところは、わたしが行く、と付け足すだけだ。
今メアリがいるバロミ領も、「わたしが行く」と付け足した地点だ。言葉通り、やって来て、見せつけ用農村の開発を直卒している。
理由は色々とあるが、川向こうのリーシル領にある農村を管理している代官ルイを、メアリが気に入ったことが大きい。カミラやアンナ、それに結社で長年の功績があるバロミ男爵も、メアリの意見を支持した。
他のところならば、工作するにしても替えの利く人物は用意できる見込みだが、ルイほど有用な人物はそういない。それが一同の見解だった。
その有用な人物が、いつもの魔術でメアリが作った椅子とテーブルに腰かけて、畑が新規開拓されていく様子を眺めている。
「すごいですねぇ」
農作業なんて自分でやったことはないが、それでもルイは感心できた。
動きやすいパンツ姿の女性達が、邪魔な木を切り倒し、クワを振るって土を掘り返していく。
もちろん、女性の細腕で簡単にできることではない。
野太いというわけではないが、それでも木は斧を何十回と叩きつけねば切れないし、その根はクワを跳ね返す障害物として残る。
元々、耕作が大変だから手つかずで残されていた土地だ。土も木も硬い。
それが、冗談のように耕されていく。
木は斧を五回くらい入れれば倒れるし、根を含んだ土にクワが深々と突き刺さる。
今、ルイの視線の先では、大の大人が三人くらいで抱えこむような大岩が、たった一人の女性の足で蹴りよけられた。
しかも、彼女達は少しも休まない。
「ああして魔術を使えば、農地開拓なんてそれほど苦労ではないわ」
メアリが口にした通り、彼女等は全員が、一般的には魔術使いと呼ばれる存在だ。現在は身体強化によって、人力というより馬力で量るべき能力を発揮している。
人の器用さを持った農耕馬である。便利なことこの上ない。
本来魔術とは、貴族社会が構成できる程度の少人数しか使えない特殊技能なので、こんな小さな村の農地開拓に組織だった規模で投入されることはない。
だが、メアリはできる。引き取った奴隷を、全て魔術使いにしているからだ。
魔術の習得は難しいのだが、寄生した魔法植物を支配していれば、魔法植物に命令して使わせることは難しくない。
なので、外から見ると「魔術使い」だが、その実態は魔物使いと言うべき存在だ。
いずれにせよ、魔術(ないし魔法)を使える配下の数は、メアリは図抜けて多い。
他の貴族が戦闘分野にだけ魔術使いを抱えている中で、メアリは非戦闘分野にこの特殊技能者を配置できる。
例えば、今メアリが直卒しているのは農作業に特化した訓練を受けた者達、美食を追求する結社大幹部カミラが教え鍛えたウェールズ家の土いじり精鋭――金花園芸団である。
名前だけだと、立派なんだか牧歌的なんだかわからないが、ルイの目の前で繰り広げられる耕作速度は驚異の一言だ。
精鋭騎士団が農民野盗を蹴散らすように無駄なく動く。
「これ、うちの方でもやって頂けませんかね?」
人前でなければ指を咥えていそうな声で、ルイはうらやむ。こんな短期間で楽々と収入源が増える様を見れば、十本の指全てをしゃぶりたくもなろう。
「わたしの支配下になれば、これくらいは簡単にやってあげるわよ」
「あたし個人としては今すぐにでもひざまずいてお願いしますって言うんですけどねぇ」
「それは残念ね」
目の前にぶら下げた美味しい餌を、メアリはひょいっと引き上げてしまう。だが、さほど美味しくない餌は放り投げて与えた。
「水路の整備の時は、そちらの村のことも考えて調整しなければいけないから、まとめてやってあげても良いわよ」
その代わり、とはわざわざメアリは口にしなかった。
金勘定に敏感なルイは、自分がバロミ領の農村拡張の様子を見せられた意味をよく理解していた。
「そいつは元気が出る話ですな。この後の事情聴取がちょっと気楽になりました」
ルイはこの後、子爵領内家臣団と神等教の上位神官、それからダドリー派諸侯を集めた会議へ、レジン神官処刑の件であの農村の村長ともども説明のために呼ばれているのだ。
ダドリー派の面々からしてみれば、メアリへ有利な報告をしたルイを締め上げたいのだろう。他の領地でもメアリ派へすり寄る勢力がいることから、自勢力の引き締めとともに、今回の件で本当はメアリが悪かったと結論づける目論見が透けて見える。
メアリもそれを承知しているから、自分についていればこんな良いことがある、と見せつけたのだ。
それにしても、ここまで相手の反応が良いと、気前も良くなる。
「あとで良いお酒を贈っておくから、がんばってくるのよ」
「あたし、ウェールズ領の蒸留酒が大好物です」
「ブドウ? 麦?」
ウェールズ領のものならどちらも、とルイは笑った。




