妖花、咲く20
その後も、お互いの状況や今後の連絡方法などを打ち合わせているうちに、カミラ主導の宴席の準備が整った。
調理する量が多いため、村人にも手伝わせた。これで、バロミ領で増産予定のジャガイモや豚について、ここの村人は利用方法がわかったことになる。
この場の最上位者で、食料の所有者でもあるメアリが、広場に集まった村人達に、宴の挨拶を行う。
「さて、こんな野外では礼儀も何もないわ。わたし達の分は取り分けてあるから、皿や鍋の中の物は好きに食べなさい」
豚の丸焼きやらソーセージとジャガイモのスープやら、樽で用意された酒を前に、メアリは簡潔だった。
調理を手伝った村人を中心に、味の評判はすでに広まっている。
「さあ! 遠慮はいらないわ。食べきれない量を持って来たつもりだから、食べきってわたしを驚かせてごらんなさい!」
「よっしゃ、飲むぞー!」
メアリの宣言に、先頭を切ったのはカミラだ。樽に向かって突進する。
初めての貴人を相手に、どうして良いのか躊躇のあった村人も、カミラに続いて料理と酒に群がる。
「こういう時は、カミラのああいう態度も役に立つわ」
メアリが細く溜息を漏らして、自分の魔術で用意したテーブルにつく。
こういうお祭り騒ぎを引っ張るのは、あまり得意ではない自覚がメアリにはある。
気持ちのままにはしゃぐ、ということに、どうしても抵抗を覚えるためだろう。屈託のない笑顔を浮かべた自分などという物体、考えただけで鳥肌が立つ。
恐らくは、幼少期の頃、気持ちのままに動かせる自由が、物理的にも存在しなかったせいだ。
ふと考え込んだメアリに、冷えたワインを注ぐお気に入りの侍女が視界に入る。
「ジャンヌ、そう言えば……」
カミラから聞いたこの侍女の事情を思い出して、メアリの口から何かが漏れかける。
が、それは途中でメアリの舌先から失われた。それを尋ねるのは、あまりにメアリらしくないと、彼女には思えたからだ。
『メアリ様?』
「ええ、そのワインの銘柄はなんだったかしら?」
舌に別な言葉を乗せて、自分らしさをまとい直すと、ジャンヌの表情が緊張した。
『…………忘れました』
「ん、そう」
『次は、きちんと覚えられるようにします』
「ええ、期待しているわ」
きっとこのせいね。メアリは、ワインに口をつけながら自覚する。
わたしが、ジャンヌを特別気に入ったのはこのせい。
だからといって、メアリがすることに変わりはなかった。
侍女っぽいムーブを失敗したことに、激しく落ち込んでいる少女に、自分の皿のソーセージをフォークで刺して差し出す。
「次に聞いた時にきちんと応えられたら、一食分食べさせてあげるわ」
『がんばります……!』
多分、酒に詳しいカミラが長時間拘束されるだろう熱意を、ジャンヌはみなぎらせる。
酒を手に入れて戻って来たカミラの引きつった顔に、メアリが心安らかな微笑みを浮かべていると、アンナが耳打ちをした。
「メアリ様、神等教の神官が来たようですわ。現在ルイ殿が足止めしていますが、どうやらリーシル子爵から調査への同行を命じられたようで、ルイ殿が拒否するのは難しそうです」
「あら、それで向こうが少し騒がしかったのね」
メアリの表情が、鞘から抜かれた刃のように冷たさを帯びる。
「昼の話し合いが楽しかったのに、夜の宴席の方が不愉快だなんて……良い夢を見られそうね」
ワインに口をつけて待っていると、肩を落としたルイと、ルイより上等な衣装の男がやって来る。
「えー、メアリ様、お食事中に申し訳ないんですけど……」
ここまで順調だったのになぁ、と落胆激しいルイが、恨めしそうな声で紹介する。
「こちらリーシル子爵から今回の調査に同行するよう命じられた神等教の神官さんです」
「レジン・マルケス、神に仕える者として参った」
メアリは軽く首肯しただけで挨拶を返し、早速用向きをたずねる。
「それで? 調査に同行とのことだけれど、もうわたしから確認することは済んでしまったわ。明日には帰る予定だけれど」
「それは結構。あなたは神の怒りを買うような人物と聞いている。リーシル領に神罰が降る前に去って頂きたい」
「それは大変ね。わたし一人のためにその他大勢の民を巻きこむなんて、よほど狭量なのか、加減がきかないのか。どちらにしろ、残念な神もいたものだわ」
遠回しに改宗を勧めたら、神官の顔が真っ赤になった。
「貴様がそれだけ罪深いのだ! 多少の犠牲が出ても、将来のために取り除かねばならぬほど!」
どちらにしろ、とメアリは思う。
周囲を巻きこむほど派手な神罰なら、メアリの本拠たるウェールズ領にいる時に下せば良いのに。きっと、そういうことができないほど不器用な神なのだろう。
それを神とあがめる信者が、かわいそうなほど低能な神だ。罰を与える対象を絞るくらい、人間の裁判官や刑吏にさえできるというのに。
メアリが哀れな信者の代表である神官を見つめると、神官が勝ち誇ったように指さしてくる。
「黙るということは貴様の罪を認めるのだな!」
「認めるも何も、わたしは神等教の信者ではないわ。どうやって神等教の神とやらの罪を犯すのかしら」
「我等の神は至高の神、全ての神々の頂点である! すなわち貴様がどこの何者であれ、神の御意志に背くことはできん!」
「ずいぶんと罪の押し売りが上手そうな神ね。ちなみに、私はどんな罪を犯したことになっているのかしら」
隣人を虐げたことだ。神官は声高に告げた。
「偉大な神の下に、我々人間は全て平等である。にもかかわらず、貴様は同じ人を奴隷として扱っている! それは自らが神に近い存在であるという増長であり、隣人に対する愛情に欠けた悪魔の所業!」
「ふうん……」
そうなの、とメアリは軽く頷き、ジャンヌにグラスを差し出してお代わりを注がせる。
「貴様、罪人の分際でその態度はなんだ!」
「それはあなたが勝手に言っていることで、わたしは自分を罪人とは認めていないもの。我が領では奴隷は合法、王国法でも禁止されていない。わたしが罪を犯したと言っているのは、あなただけよ」
「今はそうかもしれぬ! だが、じきに全ての者が貴様の罪を責め立てるだろう!」
「では、お話はその時に聞くわ。用件はそれだけ?」
生産性のない会話はこれで終われるか、とメアリはわずかに心に明るさを感じたが、
「いや、まだだ!」
まだだった。
「今が、その時だ! 聞け、善良なる村人達よ! 私は神等教の神官レジン・マルケスである!」
お酒を飲んで美味しい物をたらふく食べていた村人達は、呼びかける前から聞いていた。神官がやたら大声なため、嫌でも聞こえてくるのだから仕方ない。
「諸君のことは我が神が必ずや守る! だから恐れることはない! 諸君が苦労の末に手に入れた食料を、このような虚飾の宴で奪って行った悪魔の名を叫ぶのだ!」
拳を突き上げて叫んだ神官の後ろで、ルイがべっと舌を出して見せた。
メアリは、その仕草に眉を持ち上げた。あの男、やってくれたわね。
メアリが察した通り、ルイはやった。
盛大に催されている宴が、さもメアリが命じて、村人に無理矢理歓待させたように誤魔化して説明したのだ。
かなり豪勢な宴だと強調し、メアリが村人に手伝わせたと説明し、こんな量の食料を持ちだしてやったら冬に困るだろうと予測を述べた。
嘘はついていない。ただ、メアリが自領から持って来た物資だという部分を話さなかっただけである。
神の敵を前に、偏見のかかった神官にはそれで十分だった。
結果として、村人達からの冷めた視線――何言ってんだこいつ――は、神官にこそ殺到した。
実際、村人達には、神官のなんだか長ったらしい台詞がよくわからなかった。
神等教? ああ、たまに領都から来た偉そうなのが、なんか言ってたな。
苦労の末って何のこと? 今食ってるのは、あのえらいべっぴんさんが持って来てくれたもんだよな。
虚飾の宴ってなんだ? 無駄とか、嘘とか、なんかそういう悪いことだったと思う。
つまり……何言ってんだ、あいつ?
さあ、さっぱりわからんが……。
予想外の反応を受けて硬直した神官に、メアリは毒が滴るような笑みを浮かべる。
「どうやら、何か勘違いしているようね。わたし達は、この村の食料には麦一粒たりとも手をつけていないわ」
「そ、それは……」
神官がルイに視線を向けると、ルイは自分で頷いてから、そばの村長にも頷かせる。本当のことなので、簡単なことだ。
「いやぁ、この村から持ち出しになったら大変なことになる量を、村人全員で楽しめと無造作にくださるなんて、メアリ様の度量には圧倒される思いです。ねえ、村長」
「へえ、まったくでございます。まったく、ありがたいことでございます」
村長が拝むように礼を言うと、他の村人達も村長に習う。実際、こんな楽しい宴は秋の収穫後でもまずできないので、示す礼はいくらでもあった。
困ったのは神官である。神の敵メアリは、やはり奸計に長けていた。この村の善良な人々は、すっかり悪魔の手管に毒されている。
「騙されるな、村人達よ! この者が出した食料は、奴隷を使ったもの! 諸君と同じ人々を鞭打って手に入れた、おぞましいものなのだ!」
神官の言葉に、メアリは眉根を寄せて頬に手を当てる。
「あら、そんなことを言ってはいけないわ」
「貴様などに我が神から授かった言葉を止められるものか!」
「でも、本当にそんなことを言うと、大変なことになるわよ?」
「大変なことになるのは貴様だ! 貴様に酷使されて死んだ奴隷の苦しみを、今度は貴様が受ける番だぞ!」
ふぅ、とメアリは溜息を吐き出す。口の端に、かすかな笑みを隠しながら。
「そう。では残念だけれど、リーシル子爵への侮辱罪を確認したわ」
メアリの宣告に、神官は勢いよく出ていた言葉を空ぶった。
「な、に……なんだと? 私はリーシル子爵を侮辱など……」
「したわよ。だって、たったこれくらいの食料を用意するのに、我が領では奴隷を酷使するなんて考えられないもの」
この村の一夜の宴に使った食料など、ウェールズ家にとってはその程度のものだ。所詮は、バロミ男爵の領内にばらまいた後の余り物に過ぎない。
「でも、あなたにとってはそうではないみたいね。これくらいの食料を用意するのに、奴隷を死ぬほど酷使しないとできない……一体どこの貧乏領地のお話をあなたはしているのかしら」
「リーシル領のことでしょうなぁ。そうとしか受け取れませんから」
ルイの残念そうな相槌に、メアリも同意の頷きを返す。
「つまり、リーシル子爵の手腕がその程度の、我がウェールズ家に全く及ばない、ひどくお粗末で取るに足らないものだって、大声で言ってしまったでしょう?」
これは大変な侮辱だわ、とメアリは首を振る。
「それとも……まさか、わたしを侮辱したの? この程度の食料を用意するために、奴隷を殺さなければならないほどにわたしが無能だと、そういう侮辱だったのかしら?」
「ちがっ」
「では、リーシル子爵を侮辱したのね」
「そ、それも違う!」
「ああ、ひょっとしてあなた、わたしとリーシル子爵……いえ、王国の全貴族を侮辱したいのかしら」
頷けば侮辱罪。
頷かなければ侮辱罪。
逃げ道を残さぬ問いかけで神官を黙らせて、メアリはルイに確認する。
「ルイ殿、このリジン・マルケスは、騎士身分だったりするのかしら? 姓があるようだけれど」
「元は騎士家の出身ですね。マルケス家はあたしも聞いたことがあります。ただ、神等教の神官には貴族じゃ入れない決まりですよ。なにせ人は皆平等ですから」
「ああ、民の上に立つ貴族は、教義上存在してはいけないものね」
メアリは、かわいそうなものを見るように、平民レジンを眺める。
「平民が貴族を侮辱したのだから、領内法ではなく王国法によって、死刑が適用されるわ。リーシル子爵の名誉を守るため、メアリ・ウェールズが執行しましょう」
さり気なく、メアリは神官の侮辱罪をリーシル子爵へのそれで押し切った。
これから執行される刑罰によって、神官の口から説明はできなくなるので、ルイにそのように報告しておけという指示だ。
よくわかっていない村人にも、この神官を派遣したリーシル子爵にも。
前者は素直に信じるだろう。今日一日の振る舞いで、美しいウェールズ辺境伯家の令嬢は大人気だ。
後者は無論信じないだろう。メアリの奸計だと神託でも受けるかもしれない。それも織り込み済みだ。
今回の件に関わらず、敵対しているのだから、精々面倒の種を蒔いてやろう。
神等教の神官が処刑された。処刑したのはメアリだが、罪状はリーシル子爵への侮辱罪。傍目にはそれがどう映ることか。
神等教とリーシル子爵の間で、たっぷりと話し合ってもらおう。
メアリは薔薇槍を作りながら、処刑の記録文書の文面を考え始めた。





