蠢く種子30
ひとまず、和平交渉は時間切れでまた明日、ということで解散となった。
そうなるまで、メアリはわがままを言い続けたのだ。
「流石に疲れたわ……」
うんざりした表情で、メアリは髪をかきあげた。
流石のメアリお嬢様でも、日が暮れるまでわがままを言い続けるのは大変なことだった。
場所は、国王フィリップの個室である。
今後についての話し合いのため、ひとまず最上位者の意見をまとめるために、急遽夕食の一席が設けられた。
「ウェールズ卿には大変な苦労をかけたな。おかげで助かった」
メアリが、王国側の代表者のような顔で問答をしていたが、もちろんそんな権限はない。
これは東部諸侯の戦争であり、国王の責任下での戦争だ。
派遣要請に応じただけの西部貴族であるメアリ・ウェールズの立場は、援軍以上のものではない。
だから、メアリが矢面に立ってあれこれ言っても、その権限がない、とフィリップが覆せる。
メアリが、身軽な立場を活かして事前交渉役をこなしていた、というわけだ。
なにしろ相手は、いつもと違う神等教だ。
いつもの神等教であるならば、東部諸侯の方が相手のことを知っていた。
だが、いつもと違う神等教については、メアリ・ウェールズの方が詳しいだろう。そういう判断もあり、メアリが前に出ていた。
それは活かされたと言って良い。
「大分予定が狂った。よもやマルガレータ王女が行方不明……というのは、まあ、向こうにとっての大戦力だ。隠すよう動くのも、わからんでもないが」
「それにしても、非常識なまでに賠償が薄いですよ」
フィリップのぼやきに、マクシミリアンも同意する。
「連合国は大王を名乗っていても、さして裕福とは言えない一族も多いのは確かですが、ここまで賠償をケチるのは初めてではありませんか?」
「前代未聞だろうな。大王にモノがなくても、敗戦で没落した一族から分捕ればいい。大王にその力がないなら、停戦を申し込んで来た別の王族が、大王一族のモノを分捕って渡してくる。十分というほどではなくとも、王国も停戦してやってもいいかと納得できるくらいは、かき集めてくるものだ」
クランマが持って来た案では、とても納得できない。
「シュタウフェン王族はそこまで非常識なのか? 宣戦布告の時は、慣例通りだったのだがな……」
「別な可能性も考えた方がいいかもしれないわ」
思惑が外れた、と言いたげなフィリップに、メアリが口を挟む。
どういうことかと王族二人から見つめられ、メアリは肩をすくめる。
「専門外の人間が、自分勝手な基準で作り上げた賠償案、という風に見えるのよね、これ」
「それは……まあ、そうだな」
マクシミリアンが、反射的に否定しようとして、否定できないことに口ごもる。
「シュタウフェン王族は、まだ大王としての権限を握っているかしら。彼等の権勢を支えていたのは、天狼という魔物を操ることによって得られた臨時の戦力よ。先の戦いで、王国軍はそれを倒した」
「しかし、それが蘇生したがゆえに、マルガレータ王女が脱走を……いや、そうか。その蘇生に神等教が噛んでいるのか」
「そういうこと。天狼の抵抗力が激減していたことは間違いないし、導師グレイが干渉しやすい状態だったはず。シュタウフェン王族だって、頼みの天狼が敗れたことに慌てたでしょう。倒すことはもちろん、色々と悪だくみもできるでしょうね」
シュタウフェン大王連合国という名称が、今もなお実権を表しているかどうか怪しいものだ。
「ウェールズ卿は、神等教がシュタウフェン王族を乗っ取った、と考えているのか」
「わたしとしては、その場合が一番面倒そうだもの」
それに珍しいことではない、とメアリは付け足す。
「特定の宗教に、貴族や王族がのめりこんでしまうだなんて、ある話でしょう? 先の飢饉で、西部でもいたわよ、そういう貴族が」
つい最近の具体例を挙げると、王家の二人は腕を組んでそっくりの仕草で呻いた。
確かに、宗教によって扇動される貴族という話も、聞かないわけではない。
今回のメアリの指摘は、それよりももっと力づくのように聞こえるが、警戒すべき可能性として納得できる。
「向こうの状況を探らんといかんな。通り一遍の報告では、変わりないようだった……というか、これだけ負けている状況だから、異常があっても普通、というだけかもしれんが」
「ですが、停戦は早くまとめなければ、東部諸侯もうんざりしているところですよ」
「しかし、この賠償案では納得も得られないだろう。特に宰相に、これで停戦したと言ってみろ……下手をすると反乱を起こされるぞ」
「戦費、大赤字ですからね……」
どっちの言い分も正しい、という親子の言い合いを、大変ねえ、とメアリはお茶を飲みながら眺める。
「ウェールズ卿は、なにか妙案はないか?」
「ないわねぇ……。ああ、支払いはなるべく一括でさせた方がいいわよ。一括は無理でも、なるべく近い期限を切っておかないと、前の王権が倒れたから無効だ、なんて踏み倒されるかもしれないわ」
「あの聖女の全く譲歩する気のない態度からすると、心配のし過ぎとは言えんな」
吹っかけておいて狙ったところまで譲歩する、というのは基本的な交渉術だ。
しかし、引く気がないのでは、交渉ではなく、自分の都合の押し付けになる。
話が通じないとなれば、後は殴って言うことを聞かせるしかない――となるのだが、肝心の引かない相手が、戦争で負けた側の交渉役なのだ。
殴り倒しても聞かないとは、厄介極まりない。
「聖女を人質として受け入れることについては、どう考える?」
「自分から毒を飲むようなものね。それも仕留めたはずの天狼が動き出すような厄毒」
即答だった。表情には嘲笑が浮かんでいる。
「ただし、その毒は自分で動くから、今回叩き落としたとしても、うぞうぞと地べたを張っていつの間にかグラスの中に入っているかも」
現在の第二王妃は、連合国出身で神等教の信者である。
人質を拒んでも、その方面から王国の政治中枢に入り込んで来ることは、十分に予想される。
そう暗に告げるメアリの表現には、不気味さと説得力が絶妙にブレンドされていたため、王族二人も嫌そうな顔をする。
やはり、そっくりである。
「人質にすると言って、毒を入れたグラスを把握しておいてしっかり監視する、というのも手よね」
「気楽に言ってくれるな、ウェールズ卿」
「わたしに預けるなら、その日のうちに処分しておいてあげるわよ」
「東部の戦勝で奪い取った戦利品を、西部には渡せぬよ」
そうでしょうね、とメアリは笑う。
メアリの独断で処理できないから、好きにしろと国王に選択肢を押しつけているのだ。
なにかあった時に責任を取るのは自分ではないし、影響も……まあ余波くらいはあるか。
いずれにせよ、ここで決断するのは国王フィリップだ。
メアリは、請われれば手伝いはするが、それ以上をする旨味もなければ、権限もない。
それをしろと言うなら、王権を渡してもらわねば困る。
「まあ、安心なさって」
優しい言葉を使いながら、メアリ・ウェールズらしい笑みを向ける。
毒をもつからこそ美しい花の笑みだ。
「もし、キャステリア王家が相応しからぬことをしたら、わたしが面倒を見て差し上げるわ」
国を支配するに能わなければ、代わりに自分が支配してやる。
挑発的な台詞に、マクシミリアンは緊張した。
一方で、フィリップは声を上げて笑った。
肩の荷を下ろした者の笑いだった。
「ノアがここまで肩入れするわけだ。そうか、そうか。我がキャステリア王家に瑕疵があれば、ウェールズ家が国の面倒を見てくれるか」
「流石にその反応はどうかと思いますよ、父上」
「お前も、王になればわかる。真面目に王をやるとなればな、いざという時にこの首を跳ねに来る誰かがいるというのは、悪くないものだぞ」
椅子にもたれかかって、王は長い綱渡りを終えたような吐息を漏らす。
「なにしろ、握っている権力が大きい。無理押しすることもある。ふと、これはやり過ぎてしまったか、と自分で冷や汗をかくこともあるのだ。たとえば、宰相のノア・クリストファー公爵などが止めに入った時などは、腹が立つ反面、ハッとする時がある」
「真面目ねえ」
苦労が耐えなさそうな王を、メアリがからかう。
「そうだぞ。これでも歴代キャステリア王の中でも、屈指の真面目な王だと言われている」
「自称?」
「ノアの評価だぞ」
あらまあ、とメアリは目を見開いて驚いて見せた。
あの男が言うならば、あながち間違いではないのかもしれない。
「それなら、後は真面目な国王陛下にお任せするわ。わたしはそろそろ引き上げるけど、問題はあるかしら?」
すでに、停戦交渉の第一段階で手を貸して、時間を稼いでやった。これ以上手伝う必要はあるまい。
戦力的にも、メアリの一団が抜けたところでどうこうなるような状況ではない。
「問題はないが、少し頼みがある」
「ふぅん? 場合によっては相応の見返りを求めるけど、それでもよければ、まずは聞かせてもらうわ」
どうぞ、とメアリが微笑むと、国王が悪友を遊びに誘う笑みで返す。
「うちの息子と婚約しないか」
それは見事な奇襲だった。
血染めのメアリが、大きく目を見開いてパチパチと瞬きをするほどに。
メアリ・ウェールズ、花も恥じらう――ことは絶対にないが、紛れもなく乙女の盛り、十七歳の夏である。





