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第84話 事件をなかったことに

 過ぎ去った時は戻せない。

 起きてしまった事件もなかったことにはできない。

 でも、解釈を変えられたら……。


『ヴィヴィ、ダンテ』

 ふたりの注目を集めようと、僕は大きく手を振った。

「どうした?」

 ダンテが何事かと聞いてくる。

『カリファを突きだすでもなく、誰かが罪を被るでもない方法があるかもしれない』

 必死に僕はヴィヴィに伝えた。

「えっ!?」

 ヴィヴィは驚きながらも、冷静な口調でダンテに説明した。


「それ、本当か?」

『断言できないけど、可能性はある』

 そう答えたものの、正直なところ不安だ。

 100%できると言い切れないから……。


「どんな方法?」

 身を乗りだしてヴィヴィが聞いてくる。

『商売人たちの事件に関する認識を変えるんだ』

「認識って、偽ネウマ譜事件についてか?」

 ダンテは顎に手を置き、小首を傾げた。

『うん。そもそも事件などなかったと思わせればいい』

 僕の考えにヴィヴィもダンテも納得できないようだ。

 その証拠にうなずきもしなければ、肯定的な言葉もない。

『事件がなければ犯人も存在しない』

 僕は続けて意見を伝えた。


「……理屈はそうかもしれないけどさ」

 ようやくヴィヴィが口を開いた。

「でも、実際に事件は起きたんだ。だから、商売人たちを丸めこむのは無理だ」

 ダンテの意見は正しい。


 事件は起きた。

 その通りだ。

 商売人たちを丸めこめない。

 僕も同意見だ。

 商団と取引きのある商売人たちは、みんなプライドを持って仕事をしている。

 大金を積んだとしても、事件をなかったことにするのは難しい。


『丸めこむんじゃなくて、そもそも事件はなかったと証明するんだ』

 思いを伝え終えたところで、ヴィヴィが腕組みをした。

「うーん」

 ダンテもなにやら考えこんでいる。

 僕の策に納得していない雰囲気だ。

 でも、無理だと完全否定もしない。


「……約束の三日まで時間がないけど、証明できそうか?」

 確認するようにダンテが聞いてくる。

 僕は少し間を置き、それからうなずく。

 ここでできないと答えれば、全てが終わる。

 誰かが罪を背負わなければならない。

 それを避けるため、僕は全力で取り組む。


『できると思う……ううん、やってみせる。ヴィヴィがいればできるよ』

「あたし?」

 名指しされてヴィヴィが驚いている。 

『うん。商売人たちを納得させる必要があるんだけど、話せない僕には無理だ』

「いや、でも、あたし、なにを言えばいいのか……」

『伝える内容は僕が考える。ヴィヴィはそれを要約して、商売人たちを納得させてほしいんだ』

「レオが内容を考えて、あたしが商売人たちに伝える?」

 明らかにヴィヴィは動揺している。

「うん、ヴィヴィなら安心だ」

 ダンテがヴィヴィの肩を叩いた。

「で、でも、あたし……」

「ヴィヴィは話し上手だし、おじさんウケがいいから適任だ」

『それに、臨機応変に対応できるしね』

 僕とダンテは説得するようにヴィヴィを持ちあげた。

 それで気を良くするとは思えない。

 けど、少しでも自信を持ってくれたら……。


「うん、あたし、頑張る」

 思いのほか、あっさりと受けいれてくれた。 

「じゃあ、決まりだな。レオとヴィヴィは商売人たちのことを頼むよ」

「ダンテはどうするの?」

 ヴィヴィが質問した。

「俺はいまから隣の荘園へ行って、ジェロに事情を伝えてくる」

「ジェロに?」

「ああ。いざというときに備えて、少しでも早くジェロに報告しようと思って」

「わかった。修道士長さまへの報告は後回しにして、二手に分かれよう」

 ヴィヴィが片手を上げた。

 そこに向かってダンテがハイタッチするように手を打つ。

 僕も同じようにやった。

 行動開始だ。

 僕とヴィヴィは小屋に残り、ダンテはジェロがいる隣の荘園に向かった。


 僕は大きく息を吐き、気持ちを落ちつかせようとした。

 事件は起きていないと説明する道筋は、ある程度考えている。

 そもそも偽ネウマ譜はなかった——。

 そう商売人たちが納得すれば事件の認識が変わる。

 事件は起きていない、起きたと勘違いしただけだ、と。


 この方法には問題がふたつある。

 ひとつは、商売人たちが僕の話に聞く耳を持つかどうかだ。

 客からの信用を失い、怒り心頭の商売人たち。

 そんな彼らが、発端となった僕たちの話を素直に聞くはずがない。


 犯人はこいつだ——。

 そう言って名探偵よろしく謎解きをすれば注目するだろう。

 でも、僕がやろうとしているのは犯人探しじゃない。

 事件は起きていないと納得してもらうための説明だ。

 そんな話を聞いてくれるほど、商売人たちはお人好しでも暇人でもない。

 だから、ヴィヴィの力が重要になってくる。

 僕の主張をどう要約し、商売人たちにどう訴えかけるか、そこにかかっている。

 

 僕は所在なげに棚にあるネウマ譜を眺めているヴィヴィを見つめた。

 大きな重責をになってもらう。

 そのプレッシャーをヴィヴィからは感じない。

 事細かに説明しなくても、きっと気づいている。

 話術が僕たちの商団の運命を左右するって。

 それでも平然としている。

 大物だ。

 ひとつ目の問題はヴィヴィがきっと解決してくれる。

 

 残る問題は、偽ネウマ譜は偽物ではないと証明する方法だ。

 これが最難関。

 商売人たちが話を聞いてくれたとしても、証明できなければどうしようもない。

 頑張ってヴィヴィが商売人たちに訴えかけたとしてもダメだ。

 証明しなければ……。


 包み隠さず全部話せたらどんなに楽だろう。

 言えないことを飲みこみ、言えることだけで証明しなければならない。

 そう考えただけで頭が痛くなる。

 そんな都合のいいことができるのだろうか?


「大丈夫だよ」

 ヴィヴィがとても優しい目で僕を見ている。

『なにが?』

「レオなら大丈夫。うまくできるって」

 これでもかというくらい、ヴィヴィが笑顔を浮かべた。


 うん。

 大丈夫だよね。

 ヴィヴィが言うなら間違いない。

 きっとできる。 

毎日更新。

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています(毎日更新)。


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