第83話 教会の光となる者
「言い残したことがある」
小屋のドアの前でカリファが振り向き、僕をじっと見つめた。
『なに?』
僕は首を傾げた。
「さっきの質問だが……」
カリファがゆっくりと話しはじめた。
『待って。さっきの質問って?』
僕は話そうとするカリファを手で制した。
次にヴィヴィを見て通訳を頼む。
「さっきの質問ってなにかって聞いてるよ」
ヴィヴィが代理質問してくれた。
「教会の陰について話してくれたのはなぜかって聞いただろう?」
カリファの答えに僕はうなずく。
聞いた。
ちゃんと覚えている。
そのあと、カリファが答えてくれた。
——ダレッツォ修道士長さまには教会の光であってほしいから。
加えて、陰は私ひとりで背負うとも言っていた。
「あの質問の答えだが、続きがある」
いつの間にか、カリファの顔がもとに戻っている。
意地悪で狡猾な表情。
でも、それはほんのいっとき。
すぐに引っこんだ。
寂しげな雰囲気をまとい、深いため息をつく。
『なに?』
僕はカリファをじっと見つめた。
「私は長年、ダレッツォ修道士長さまを見てきた。だから、わかるんだ」
カリファの目が最初は僕を睨み、それから次第に悲しみを帯びはじめる。
「教会の光となるのは、レオ——おまえだと考えているんだってな」
カリファの唇がわずかに震えた。
僕が教会の光?
想像だにしなかった言葉に僕は戸惑い、視線を左右に走らせた。
「教会の光になるのはダレッツォ修道士長さまなんだ!」
カリファが強い口調で叫んだ。
「おまえであるはずがない!」
怒り任せに叫び、僕を睨みつける。
でも、すぐさま全身の力が抜けたのか肩を落とした。
「私が光と信じる修道士長さまがおまえを……」
力なくカリファが小屋のドアに手を置いた。
「腹立たしいが、ダレッツォ修道士長さまを信じる」
ゆっくりとドアを開け、カリファは視線を落とした。
「だから、おまえに教会の陰を話した」
「どうしてレオに話す必要があるんだ?」
ダンテが割って入ってきた。
少し間を置き、カリファが視線を上げた。
僕と視線ががっちりと合ったところで、ほんの一瞬、微笑んだ。
「陰を知らずして光にはなれない」
言い終えたカリファが僕から視線を外した。
『待って。教会の光ってなに?』
急いで質問をしようとヴィヴィの腕をつかんだ。
「光ってどういう意味なの?」
カリファや小屋から出るより先にヴィヴィが声をかけた。
「……そのうちわかるさ」
カリファは僕を見ずに答え、そのまま小屋から出ていってしまった。
「なんなんだ、あいつは」
不満げにヴィヴィが言った。
教会の光——。
よくわからない。
でも、教会や孤児たちを救う存在なのだろう。
だとするなら、ダレッツォが光であるはず。
それなのにカリファは妙なことを言っていた。
僕が光だとダレッツォが考えていると……。
そんな訳ない。
きっとカリファの思い違いだ。
「じゃあ、ダレッツォ修道士長さまに会ってくる」
ダンテが不安そうな表情で言った。
ダレッツォに全てを話すと決めたものの、決心が揺らいでいるのかもしれない。
最終決断をダレッツォに委ねる罪悪感。
どのような決断を下すのかという不安感。
様々な思いが渦巻いているのだと思う。
『待って』
僕はダンテの二の腕をつかんだ。
「なんだ、レオ?」
ダンテは首を傾げた。
『修道士長さまに話すのを待ってもらえないかな』
「ダレッツォ修道士長さまに会うのを待ってほしいって」
ヴィヴィが僕の気持ちを代弁してくれた。
「待つ?」
『うん。全て話せば、修道士長さまが罪を被ろうとすると思う』
僕の意見がヴィヴィの口から伝えられると、ダンテははっとした顔をした。
「……そうかもしれない」
ヴィヴィが難しい顔をしながら言った。
『だから、待ってほしいんだ』
「待ってほしいって……でも、待ってどうにかなるもなの?」
ヴィヴィが通訳しながら質問をしてきた。
『偽ネウマ譜の事件さえ丸くおさめれば、教会の陰は表沙汰にせずにすむと思うんだ』
僕の発言内容が伝わったところで、ヴィヴィとダンテが無言で顔を見合わせた。
「それはそうだけど……犯人を突きださない限り、この件はおさまらないだろう」
ダンテがため息をつく。
「うんうん」
ヴィヴィも力なくうなずく。
『もし、犯人を突きださずに丸くおさめる方法があるなら?』
「そんな方法、あるの!?」
嬉しそうにヴィヴィが身を乗りだす。
慌てて僕は首を横に振った。
「なぁんだ……」
落胆するヴィヴィ。
「そんな方法があるなら、ダレッツォ修道士長さまに今後のことを一任せずにすむな」
「うん、報告だけでいいよね」
ふたりの反応を見て僕は確信した。
犯人を突きださず、偽ネウマ譜の一件を丸くおさめるのがベスト。
でも、事件には犯人がつきもの。
犯人はいませんでした……では通用しない。
「いっそのこと、商売人たちを買収するとか」
冗談まじりにヴィヴィがつぶやいた。
「俺らを悪徳商人にするつもりか?」
ダンテが苦笑いを浮かべている。
「冗談だってば」
「わかってるよ」
ふたりは同じタイミングで深く、大きなため息をついた。
良い策が浮かばず、煮詰まっているようだ。
「事件が起こる前に時を巻き戻して、偽ネウマ譜を全部回収するとか」
S F的な発想でヴィヴィは絶対不可能な策を提案した。
「……それができたら一番だな。ついでに、俺は奴隷商人に売られる前に戻してほしい」
ヴィヴィの策を頭から否定せず、ダンテは遠くを見つめた。
「なかったことにはできないよね」
ヴィヴィは頭を抱えた。
なかったことに?
できるわけがない。
僕の身に異世界転生という常識では考えられないことが起きた。
でも、さすがに時間を戻すのは無理だ。
いや、待てよ。
時間は戻せないけど……。
ひとつの可能性が思い浮かんだ。
いまはまだ形になっていないおぼろげなもの。
だけど……。
考えてみる価値はある。
よし、やろう。
僕は拳を固めた。
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