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第72話 カリファの動機

「すり替えただけ?」

 怒りを含んだ声でダンテが言った。

「そ、そうだ」

「そんなわけない。偽ネウマ譜を書いてレオに罪を着せようとしただろう」

 ヴィヴィが腹を立てている。

「知らない」

 頑として認めない。

「嘘つくなよ」

 ヴィヴィの怒りが増していく。

「証拠は? 私がやったという証拠はどこにある?」

 得意げにカリファが言った。


 すり替えに関しては、現場を目撃したから言い逃れできない。

 でも、偽ネウマ譜に関しては違う。

 物的証拠はない。

 だから、現場を取り押さえて自白を引きだそうと考えた。

 それがわかっているだけに、ヴィヴィは反論できない。


「それは……」

「証拠もないのに私を疑っ……はっ、わかったぞ」

 カリファがヴィヴィをめつけた。

「偽物を書いたのはこいつだ!」

 言い放つと同時にカリファが僕を見た。

「それを知って罪を隠そうと私に濡れ衣を着せた」

 今度はヴィヴィを見て、カリファはにぃっと不気味な笑みを浮かべた。

「ち、違う」

 即座にヴィヴィが否定する。

「だったら、私がやったと指摘した理由はなんだ? レオを助けたいからだろう」

「それはそうだけど、でも……」

「ほら、みろ。やっぱりレオを助けたいためにやったんだ」

 思い通りの言質げんちが取れたのか、カリファは高笑いした。


「……じゃあ、誰にすり替えを命じられたんだ?」

 ダンテがぼそりと言った。

 その言葉に驚きを隠せないカリファ。

 目を見開き、視線を左右に走らせている。


 知っていたけど、やはりカリファはあまり頭が良くない。

 というか、後先を考えない性格だ。

 言い逃れようとしたはいいけど、とっさの思いつきで反論したのが運の尽き。


「誰だ?」

 念押しするようにダンテが言った。

 カリファは明らかに困っている。


 僕にはカリファの思考が手に取るようにわかる。

 罪を着せる相手を探しているのだろう。

 間違ってもダレッツォの名前を出したりしない。

 尊敬しているうえに、次の修道士に指名してもらうため恨みを買えない。

 だったら、他の修道士たちは?

 これもないだろう思う。

 外面そとづらの良いカリファは、他の修道士たちから尊敬を一心に受けたいはず。

 だから、修道士たちに濡れ衣を着せないだろう。

 そう、罪をなすりつけたい相手はひとり。

 でも……。


「それはレオ……」

「レオって言うつもりか?」

 ほぼ同時にカリファとダンテが言った。

「どんだけ馬鹿なんだか」

 呆れたようにヴィヴィがつぶやく。

 僕は激しく賛同した。


「レオなわけないだろう。話せないんだからな」

 ダンテも呆れている。

「いや、そこのパン焼き職人と意思疎通がはかれているじゃないか」

 苦しすぎる言い訳しかカリファの口からは出てこない。

「あんたが毛嫌いしているレオと、どうやって意思疎通をはかるっていうんだよ」

「……文字を使って」

「レオは字が書けないし、読めない。あんた、そんなことも知らなかったのか?」 

 ダンテがため息をつく。


 次はどんな言い逃れをしてくるのだろうかと僕は待った。

 でも、カリファは口をパクパクさせるだけで言葉を発しない。

 完全に打ち止め。


「もういいよ。早く白状して楽になれ」

 冷たくダンテが言い放つ。

 それを聞いてあきらめたのか、カリファから挑発的な空気が消えた。


「……私がやった。偽物を書いて、それを本物とすり替えたんだ」

 抑揚のない声でカリファが語った。

「やっぱりな」

 勝ち誇ったようにヴィヴィが言った。

「動機は?」

「金のためだ」

 ダンテの問いにカリファが素直に答えた。

「すり替えた本物のネウマ譜を闇ルートで売りさばいたんだな」

 一段強い口調でダンテが尋ねる。

「そうだ」

「自分の私腹を肥やすためにやったのか。聖職者のくせに」

 認めるカリファに対し、ヴィヴィは怒り心頭だ。


「違う」

 これまで淡々と語っていたカリファが突然豹変(ひょうへん)した。

 力のこもった声で反論。

「違う?」

 疑うようでもあり、探るようでもある口調でダンテが聞きかえす。

「すべて教会のためだ」

 少しずついつものカリファに戻りはじめる。

「孤児たちを養う教会がどれほど大変か……おまえらにはわからんだろうな」

「なんの話だよ」

 ヴィヴィがいぶかしむ。


「支援金だけでは孤児たちの命は救えない。だから、独自のルートで金を稼ぐ必要がある」

「それが偽物と本物をすり替えるっことか?」

 ダンテの問いにカリファが黙ってうなずく。

「信じがたいよ、そんなこと」

 ヴィヴィが困惑している。

「信じようが信じまいがどうでもいい。これが教会の現実だ」

「……それが本当だとして」

 ダンテが言葉を発し、その途中で口を閉ざした。

 それからなぜか僕を見る。

 なにか言いたそうに——。


「他にも教会が金を稼ぐためにやったことがあるんだろう?」

 ダンテが大きな声で言った。

 それは問いではなく、確認をとっているような言い方だ。

「……それは」

 言い淀むカリファ。

「ネウマ譜のすり替えだけじゃないだろう? 他にも悪事を働いたんだろう?」

 ダンテは決めつけている。

 間違いない、だから話せ——。

 ダンテの詰問からそんな思いが伝わってくる。


「知らん」

 カリファは微妙な言い回しをしている。

 やってない、ではなく、知らない、と。

 つまり、余罪はある。

 だけど、言えない。

 そんな風に僕には感じられた。


「だったら、代わりに俺が言ってやるよ」

 ダンテがカリファの両腕を強く引っ張った。

 カリファが悲鳴をあげる。


「教会で起きた孤児の行方不明事件。あれに関与しているだろう?」

 この一言がこの場にいるダンテ以外のみんなに衝撃を与えた。

 カリファは目をひん剥き、ヴィヴィは口を大きくあけている。


 孤児の行方不明事件——。


 ずっと気になっていたけど、少しも情報が得られなかった事件。

 まさか、その件がここで出てくるとは……。

 しかもダンテの口から。


 一体、どうなっているの?

毎日更新。

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています(毎日更新)。


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