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第68話 犯人が犯したミス

 僕とカリファの睨みあいは続いた。

 そのそばでヴィヴィとダンテがおろおろとしている。

 止めに入るべきかどうか悩んでいるのだろう。

 下手に割って入ったら、カリファの機嫌がもっと悪くなる。

 ふたり共、そう考えているのだと思う。

 懸命な判断だ。


 カリファの機嫌を損ねず、かつ僕の意見を聞き入れてくる——。

 それができる人物はただひとり。

 迷惑だろうけど、その人物を巻きこむ。

 これが僕に残された一手。


 僕はカリファから視線を逸らし、ダレッツォを見た。

『助けて』

 思いを視線に乗せた。

 ダレッツォならきっと気づいてくれる。


「……わかりました。全面的に協力しましょう」

 ダレッツォが静かな声で言った。

 とても冷たい感じがする。

 脅すようなことを言った僕に腹を立てたのかもしれない。

 悲しいけど仕方ないと割り切る。

 

「ダレッツォ修道士長さま、いけません」

 カリファが必死の形相でダレッツォの真正面に立った。

「なぜですか? やましいことがないなら協力すればいいだけのこと」

「ですが、商団の責任を我々に押しつける気かもしれません」

 カリファが説得を試みる。

 でも、ダレッツォは前言を撤回する様子はない。

「こいつらの言うことなど信用してはいけません」

 それでもカリファは続ける。

 拒否すればするほどあやしく感じるのは僕だけだろうか?


「カリファ修道士副長。協力してください、いいですね」

 有無を言わさぬ様子のダレッツォに対し、カリファは歯軋《はぎし》りをした。

 とても悔しそうだ。


 よし。

 これで遠慮なく教会を調べられる。

「レオ、やったな」

 小声でヴィヴィが言った。

 僕は小さくうなずく。


 よい手とは思えない。

 でも、いまはそんなことは言ってられない状況だ。

 一刻も早く偽物のネウマ譜を書いた犯人を捕まえないといけない。

 とはいえ、気になる。

 僕はちらりとダレッツォの様子をうかがった。

 ダレッツォはいつもと同じ様子で立っている。


「レオ。ネウマ譜の数が合わない問題は重大です。しっかり調べてください」

 僕の視線に気づいたのか、ダレッツォがこちらを向いた。

『はい』

「結果がわかったら私にも報告してください」

『もちろんです』

「では、カリファ修道士副長。みなさんをネウマ譜の保管小屋に案内してください」

 ダレッツォにうながされ、カリファは数秒遅れてから返事をした。


 カリファに案内され、敷地内にある保管小屋に足を踏みいれた。

 僕がいた頃と特に変わりはない。

「へぇ、ここで保管されているのかぁ」

 興味津々にヴィヴィが小屋の内部を見渡している。

 一方、ダンテの目は鋭い。

 まるで事件現場を探る刑事のようだ。

「カリファ修道士副長さま。とりあえず、教会で保管している帳簿を見せてください」

 ダンテが声をかけた。

「……帳簿をどうするつもりだ」

 不機嫌そうにカリファが尋ねる。

「商団側の帳簿と付き合わせて差異がないか調べます」

 言いながらダンテは持参した帳簿を机に置いた。

 カリファの視線が机に向かっていく。

 それを確認し、僕はヴィヴィに目配せした。

『いまのうちに調べよう』

 視線と場の空気で察したのか、ヴィヴィはウィンクした。

 

 ダンテとカリファが帳簿を調べている。

 それを横目にしながら、僕は保管されたネウマ譜の一部を手に取った。

 僕が採譜した以外のネウマ譜もここに置いてある。

 でも、いずれも偽物——暗号ネウマ譜の記法で書かれた物ではない。


 保管段階では偽物にすり替わっていない?

 そうなると、教会から商人に引き渡す過程に問題がある可能性が高くなる。

 でも、荷運びの商人はいずれもジェロが自ら選んだ信用できる者ばかり。

 じゃあ、いつどこですり替えたんだろう?


「レオ」

 小声でヴィヴィが話しかけてきた

『なに?』

「ここにあるネウマ譜を荷運びの商人に引き渡すときだけど……」

 耳元でヴィヴィが囁く。

『うん』

「教会側の誰とどんな手続きをするの?」

『カリファと商人が受け取りの数を確認しあって、問題がなければ納品書にサインをするんだ』

「そっか」

 ヴィヴィは納得したようにうなずく。

「ところでさ、確認するのは数だけ?」

『えっ? そうだけど……ほかになにか確認する必要がある?』

「偽物かどうか確認したのかなぁって」

『まさか偽物が紛れているなんて誰も思ってないだろうから確認……』

 

 あっ!

 

 閃いた。

 ネウマ譜をすり替えたのは、保管するときじゃない。

 荷運びに引き渡す寸前にやったんだ。


 保管しているさなかにすり替えるとなると、リスクが伴う。

 勉強のため、誰かが棚にあるネウマ譜を見るかもしれない。

 教会にいた当時、僕はそうやって独学した。

 僕だけじゃなく、いまいる修道士たちもやっていると思う。


 危険はできるだけ少ないほうがいいに決まってる。

 それならば、商人に引き渡す少し前、人目のつかない前日の夜間にすり替えればいい。

 どうぜ、引き渡し時に数しか確認しないのだから——。


 それができるのは、引き渡しを行うカリファだ。

 

 僕はそっと移動し、カリファの背後に立った。

 ダンテと帳簿を見比べている。


 すり替えの犯人はカリファ。

 じゃあ、僕の筆跡を真似て偽物を書いた犯人は?


 視線を教会側の帳簿に向けた。

 注目すべきは、帳簿に書かれた文字。

 形の整った美しい数字が並んでいる。

 もっとしっかりと文字を見た。

 確認するのは筆跡じゃない。

 ペン跡だ。

 偽物に使われたペンは、僕が愛用しているものじゃない。

 犯人が使ったペンは盗んだ物なのか、それとも偽物を書くために別途用意したのか。

 それはわからない。

 でも、念のためにペン跡に注目。

 帳簿に記載された数字を目で追っていく。 


 えっ、まさか。

 僕はきょとんとした。


 帳簿に記された文字と偽ネウマ譜が書かれたペン跡。

 それを脳裏で見比べていく。

 偽物ネウマ譜で使われたペンの跡を覚えているから、すぐに結論が出た。


 同じ……。

 カリファは自分が愛用しているペンで偽物を書いている。

 どうして証拠を残すようなことをしたんだ。

 頭が悪いのか、それとも誰もペン跡に注目しないと高《たか》を括《くく》ったのか。

 どちらにせよ詰めが甘い。

 でも、そのおかげで謎が解けた。


 偽ネウマ譜をすり替えた者。

 僕に罪を被せようと筆跡を真似て偽物を書いた者。

 どちらも同じ人物だった。


 カリファ!

毎日更新。

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています(毎日更新)。


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