第43話 ジェロの悩み
「あっ、そろそろ戻らないと親方に叱られる。じゃあね」
ヴィヴィは慌てて去っていった。
「またな」
ジェロがヴィヴィに向かって手を振った。
『じゃあね』
僕も手を振る。
教会を出ていくヴィヴィを見送っていると、視界に別の人物が入ってきた。
猛スピードで教会にやってくる。
背が高くて痩身の少年だ。
一目散にジェロのもとへ駆けつけた。
全速力で走ったにも関わらず、少年は少しも息を切らしていない。
ジェロはじっと少年を見つめている。
「初めまして。僕、ダンテと言います。商人になりたいので、弟子入りさせてください」
ジェロよりも高い身長のダンテが、腰を深く折って頭を下げた。
「えっ?」
突然のことにジェロが驚いている。
「ダンテだっけ? 頭、上げてくれないか?」
「はい」
元気よく返事をしたダンテが、ゆっくりと頭を上げていく。
そのさなか、ちらりと僕に視線を送ってきた。
えっ、なに?
僕を警戒しているのだろうか。
特に敵意は感じないけど、意味ありげな視線が気になる。
「ダンテ、誰かの紹介でここに来たのか?」
「紹介というかなんというか……」
ダンテが後ろを向いた。
教会の敷地外に数人の男が立っている。
服装や体格、人相からしておそらくは商人。
「あちらの商人の方々に弟子入り志願をしたら、ジェロに頼めと言われて」
ダンテは真正面に向き直った。
「そうか……。ダンテ、きみは俺たちの商団でなにができる?」
就職の面接のようにジェロが問いかけた。
少しは考えると思いきや、ダンテは即座に自身の足を指した。
「急ぎの荷物を誰よりも早く運ぶ自信があります」
ダンテの答えにジェロは大きくうなずき、ちらりと僕を見た。
意味ありげな視線。
その意図を即座に察した。
僕には商人として採用されるだけの能力がない。
あるのはマイナスポイントだけ。
「よし、採用だ」
ジェロはダンテに手を差しだした。
その手をダンテがしっかりと握る。
「ありがとうございます」
ダンテは手を離し、深々と頭を下げた。
「じゃあ、一緒に来てくれ」
「はい」
「……レオ、話の続きはまた今度な。心配するな、ちゃんと考えているから」
ジェロは僕の不安感を包みこむような笑みを浮かべた。
僕は大丈夫、そう伝えようと微笑んでみせる。
どこまで伝わったか疑問だけど、ジェロは軽くうなずいた。
「ジェロ!」
教会の敷地外で待機していた商人たちのひとりが、険しい顔をして走ってきた。
「どうした?」
「さっき仲間から連絡があって、商隊のひとつが盗賊に襲われたって」
「なんだって⁉︎」
ジェロが悔しさを滲ませている。
「経路は極秘にしておいたのに……」
「やはり、商団内にスパイがいるのかもしれないな」
ジェロの意見に商人がうなずく。
「早くスパイを探さないと、また商隊が襲われてしまう」
悲痛な声を上げる商人に対し、ジェロは冷静さを保っている。
「そうだな。やはり暗号が必要だ」
暗号?
僕は首を傾げた。
映画でよく聞く単語だ。
仲間だけに情報が伝えられることを目的とした手段。
現代日本で暮らしてきた僕にはなじみがない。
物語を面白くするアイテム的存在だ。
「何人かの暗号師をあたっているけど、これといった収穫はまだ……」
「値段で折りあいがつかないのか?」
ジェロがため息をつく。
「それもあるけど、問題はそこじゃない」
「……というと?」
「試しに暗号を書いてもらったんだけど」
「解読方法をあっさり見破ってしまった?」
ジェロが先回りして答えた。
商人が悩ましげな表情でうなずく。
「既存の暗号はもちろん、新規で作ってもらっても誰かが解いてしまう」
「それじゃ、だめだな」
「まぁ、そういうことだ」
ジェロと商人が黙ってしまった。
打つ手なしといった風にふたりは肩を落とす。
「暗号以外に、極秘に日時と場所を仲間だけに伝える手段を考えるしかないな」
ジェロがため息混じりにつぶやく。
「それって、これまでと同じく口頭で伝えるってことだよな」
商人が困惑気味に答える。
「そうなったら、伝達ミスが起きたり、情報が漏洩したりして……」
「また盗賊に襲われる」
「……振りだしに戻ったな」
今度はふたり同時に大きなため息をついた。
これだ!
ジェロたちを悩ませる問題を解決できれば、商人になれるかもしれない。
できるか、できないかは横に置いておいてやってみよう。
ダンテには俊足がある。
僕にはなにもない。
でも、これから作りだす。
それが暗号だ。
「ああ、一見して暗号だとわからないうえ、解読が難しい伝達方法がほしいよ」
いらだち混じりにジェロが言った。
「それができれば、商売は楽になるし、商人たちの危険度も下がる」
商人の声から苛立ちを感じる。。
僕は教会の敷地内にずっといるので、外の世界を知らない。
盗賊の存在はなんとなく聞いたことがある。
でも、具体的になにをして、どんな影響をおよぼしているのかまではわからない。
ただ、ジェロたちの深刻な顔を見ていると、相当ひどい状況なのは想像できる。
だから、盗賊にばれずに安全に荷物を運ぶための暗号が欲しいのだろう。
「欲しいものがわかっているのに、手に入らない……」
ジェロが頭を抱えた。
「もどかしいよな」
「そうだな。でも、簡単にはあきらめられない。仲間たちの命と商売がかかっているからな」
「同感だ」
「忙しいだろうけど、なんとしても暗号師を探してくれ」
「わかった」
商人はジェロと握手を交わし、教会から去っていった。
ジェロが苦悶の表情を浮かべている。
僕はそれをじっと見つめた。
暗号を作る。
それは、僕だけでなくジェロの今後に影響をおよぼす。
僕は自立後の生活。
ジェロは商売と仲間たちの安全。
暗号作りに成功すれば、ふたつの利益を生む。
一石二鳥とはこのこと。
なにより、ジェロへの恩を返すチャンスだ。
作ろう。
暗号を!
毎日更新。
*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています(毎日更新)。




