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第44話 暗号を考えろ!

 今日一日の仕事を終え、僕は保管小屋の天井を眺めた。

 

 暗号を考える。

 決意を固めたのはいいけど、そう簡単に思い浮かばない。

 ど素人の僕が思いつく程度なら、とっくに本職の暗号師がジェロの納得するものを作成している。

 

 無謀《むぼう》だったかも。

 つい弱気になる。

 暗号を作ってジェロに披露《ひろう》。

 それが採用されて、僕はめでたく商人の仲間入り。

 ……なんて夢みたいな筋書きにはなりそうもない。


 無理かもしれない。

 いや、無理だ。

 僕みたいな凡人に暗号なんて作れるはずがない。

 たとえ完成したとしても、書き方と解読方法を伝えたらお払い箱にされる可能性がある。

 商人になれる保証などない。

 僕は話せないし、体が小さいから。

 弱気に磨きがかかり、やらない理由を探しだす。


 だったら、今後はどうする?

 教会を出てしまったら寝床を失い、食糧も得られなくなる。

 この世界には僕を養ってくれる両親はいない。

 頼れるのは自分だけ。

 自らの手で生活する必要がある。

 そのためには仕事だ。

 

 やるしかない。

 僕は無能だけど、この世界にはない知識を持っている。

 それを使って暗号を作るしかない。

 商人になるんだ。

 そうすれば、今後につながる。


 商人になれば——。

 生きるために必要な寝食の問題が見事解決。

 そのうえ、商人たちと交流して情報収集ができる。

 目的はもちろん——。

 チーロと覆面男を探す。

 もとの世界に戻る方法を見つける。


 やろう。

 保管小屋の天井にあった視線を真正面に戻した。

 ジェロが望む暗号について頭を整理していく。


 一見して暗号だとわからないもの。

 これまでにない暗号であること。

 

 つまり、従来ある暗号文書とは明らかに違うものが必要だ。

 どこに暗号を情報として入れこむか?

 商人が日常的に持っていて不思議ではないものがいい。

 それはなんだろう?

 腕を組み考えているさなか、ドアが開いた。


「おい、これはなんだ?」

 カリファが怒鳴りながら、机にネウマ譜を叩きつけた。

 それは今日、僕が書きあげたネウマ譜だ。

 仕上げたネウマ譜は、確認のためカリファに渡していた。

 それが机にある。

 なんだろうと顔を近づけていく。

 ネウマ譜に目を通していると、はたと気づいた。

 あっ、しまった。

 ミスってる。


「間違えている、ここっ!」

 カリファがネウマ譜を指差す。

 左から右に向かって書く記号——現代の五線譜では音符にあたる。

 それを同じ場所に二音書いてしまった。

 五線譜なら和音——ハモリとして認識される。

 だけど、保管小屋にあるネウマ譜は、どれもハモリがない単旋律《たんせんりつ》で書かれている。

 実際は複数の旋律で歌っているけど、記譜方法がまだ確立していない。

 それがこの世界では当たり前なのか、それともこの教会だけなのかはわからない。


「同じ箇所にふたつの記号があるじゃないか」

 和音を記したネウマ譜を見たことがないから、カリファはそれを間違いと認識したのだ。

 普段の僕なら間違いに気づいて、最初からネウマ譜を書き直しただろう。

 でも、今日は暗号を作ることに気を取られ、集中力が欠けていた。 

「こんな初歩的な間違いをするなんて……信じられない」

 カリファの鼻息が荒い。

 僕のミスをここぞとばかりに責めたてる。

 おそらく、それだけではすまないだろう。

 ダレッツォに話を盛りまくり、僕の失態を報告するはずだ。

 

 はぁっ。

 ため息をつきながらネウマ譜を見た。

 なんで重音を書いてしまったんだろう。

 長年親しんできた五線譜の書き方を覚えている手が、無意識に動いてしまったのかもしれない。

 全ては集中力を欠いた結果。

 自業自得。

 カリファの仕打ちを甘んじて受けいれるしかなさそうだ。

 謝ろうと頭を下げる。


「ダレッツォ修道士長さまに報告するから覚悟しろ」

 僕が顔を上げると当時に、カリファがにんまりと笑った。

 もう勝手にしてくれ。いまはそれどころじゃない。

 カリファにされた仕打ちより、暗号のことで頭がいっぱいだ。

「明日までに書き直せ」

 カリファが重音になっている部分を指した。

 決して間違いじゃないんだけどなぁ。

 そう思った瞬間、頭のなかでなにかが弾けた。

「わかったな」

 念押しをし、カリファは机からネウマ譜を回収して出ていった。

 

 これだ!

 僕は手に拳を作った。

 

 商人が日常的に持っていても不思議ではないもの。

 それに暗号とわからないように伝達事項を仕込む。

 このふたつのことが盛りこめるものを見つけた。


 ネウマ譜だ。

 商人は売買でネウマ譜を運んでいる。

 だから、持っていても誰もなにも思わない。

 おまけにカモフラージュになる。

 ネウマ譜にはほとんど文字が記されていないから、暗号文書だとは想像しないだろう。


 暗号を仕込む場所は決まった。

 ネウマ譜——。

 あとは、どのように情報を入れるかだ。

 伝える情報は日時、時間帯と場所。

 それを文字でななく、譜面に記す。

 頭がフル回転しはじめる。

 もとの世界で読んだ本や見た映画、蓄積された知識を探っていく。

 

 できる。

 必ず!

毎日更新。

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています(毎日更新)。


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