正義のゆくえ
勇者の話
愚王を引きずり下ろすための革命の旗印にされ、最前線で命を懸け続けた俺はいつしか「勇者」と呼ばれていた。雇い主である先王の御落胤に玉座を渡し、報酬の内容をたずねられたとき、俺は「美人と名高いこの国の王女を妻に」と望んた。
すると、御落胤改め新たな王は少し困った顔をした。彼が王族から身を隠している間に、王女は魔王への生贄にされてしまったというのだ。魔の森で魔王に捧げられてから生死不明だが、もし生きて連れ帰れるのならば結婚を認める、と。
自分の力がどこまで通用するかを試したくなった俺は、魔王が住むという魔の森へ向かうことにした。腕試しと人助けが同時にできるなんて一石二鳥じゃないかと、この時の俺は本気で思っていた。
魔の森は瘴気が濃く、魔物が多く生息している危険な場所だ。しかし、不気味な程静かで魔王城へたどり着くのは簡単だった。確実に招かれている。
城に入ると、道案内をするかのように扉が開いていく。素直に導かれるまま進んでいくと玉座のある部屋にたどり着いた。部屋の奥に鎮座する玉座には男が足を組んで座っていた。座っていても背が高いのがよくわかった。氷の髪と金色の瞳。
間違いない。魔王その人だ。
「生贄にされたガブリエラ姫を探しに来たのだが、ここにいるのか」
「……勇者とやらはまともに挨拶もできんのか」
やれやれと肩をすくめた。仕草一つひとつにどこか気品があり優雅だ。
「質問に答えろ」
「ガブリエラという者はここにはいない。いるのは我の麗しき花だけだ」
「姫は一度はここに来たはずだ! 彼女をどうした?」
「煩い騒ぐな。差し出したのはそちらだぞ。我は献上品を受け取ったにすぎん」
「そうか」
やはりここに姫はいるんじゃないか。
「強い欲望が視える。そなたは姫の事よりも力比べがしたいのだろう? 我の気配を感じたときからそう考えているはずだ。己の欲求に素直になってみよ。そなたは何を真に望む?」
「お前を殺して俺の強さを証明してやる! 姫は生きていれば連れて帰って抱く。一度、高貴な女を抱いてみたかったんだ。俺は“勇者”だぞ! それくらい許されるはずだ!!」
「はははは! それでいい。何人たりとも我の前で偽りを言うことは赦さん。つまらぬからな。勇者よ、褒美に相手をしてやろう」
どれだけ戦い続けたか、分からない。互いに力を出し切り、ボロボロになった。だが、全く敵わない相手ではなかった。俺は強い。その事実が己を奮起する。最後の力を振り絞って魔王の腹部に剣を突き立てた。同じ瞬間には振りかぶられた魔王の剣は、俺の脇腹を掠めて落ちた。ガシャン。冷たい金属の音が鈍く響く。次いで、ドサリと魔王の身体が崩れ落ちた。腹部から黒い霧のようなものが漏れ出している。魔王の金色に輝く不気味な瞳がこちらを見据えた。命尽きようとしているというのに、瞳の輝きは少しも弱まっていないことにぞわりと鳥肌がたった。やはり只者ではない。
「成る程、これが人の子の力か。勇者よ、よき余興であった……」
言葉が尽きると魔王の腹から漏れていた黒い霧がザッと一気に弾けた。近くにいた俺に霧がまとわりつくような感覚が一瞬だけあって、それは消えた。
魔王がいた場所には俺の突き立てた剣だけが落ちている。
倒した。ついに魔王を倒したのだ!
魔王城内は主たる魔王を失ったからなのか、なんの気配もしなくなっていた。しかし、姫がどこかにいる以上探索する必要がある。虱潰しに部屋を開けていると、明らかに奥まった位置にある部屋を見つけた。なんの仕掛けも施されていないことを確認して、扉を開く。ようやく人の気配を感じた。窓際の天蓋付きベッドからだ。きっと姫に違いない。そっと息を殺して近寄っていく。天蓋を開けると、そこには女神と見紛うほどの美女が眠っていた。俺の気配を感じたのだろうか。まぶたが震え、目を覚ます。宝石のように高貴な青い瞳だった。
「だれ……?」
「姫、私はあなたを助けにきた勇者です。ご安心ください。魔王は既に討ちました」
とたんに王女の目が大きく見開かれたかと思うと、次の瞬間には気を失ってしまった。
王女を城へ連れ帰ってから二ヶ月。精神的に衰弱している王女は微睡みのなかにいることが多いが、俺との結婚を受け入れてくれた。ようやく手続きも終わり、今日は結婚式だ。
純白のウェディングドレスを纏う王女は女神よのように美しい。やっと、やっとこの女を汚せる。俺のものにできる。
そう、思っていたはずなのに。
熱い、あつい、胸が、いたい。
そうか。俺の左胸に、ナイフが刺さっている。血が流れていく。命が流れていく。
どうして。
俺を見つめる王女の目には憎悪が浮かんでいる。なぜ?
俺は、お前を助けただろう。なのに、なぜ。
そして、すべてが真っ暗になった。




