12.若藤色のゆめ
雑貨屋のイメージは、「大草原の小さな家」とか「シェーン」とか。
店内には、所狭しと売り物が積み上げられていた。
野良着や反物、薬草に岩塩。迂闊に触ると荷が崩れてくるのでは無いかと思われた。足元ばかりに気を取られていると頭上にぶら下がる鍋に額をぶつけることになる。かといって足元をお留守にすると、間違いなく雪崩を引き起こすだろう。
雑多さに驚いたわけではなく、ぶつからぬ為に辺りを見回しながら恐る恐る店内に踏み込んだヴァニタスに、老爺は背を向けたまま訊いた。
「お前さん、モリア婆さんの親戚か何かだったかね?」
「え? いいや。先刻遇ったばかりだが、どうして?」
即座に否定し、逆に訊き返す。
老爺は答えなかった。その背中と肩が、急に歳を取ったようだった。
ヴァニタスは鼻を鳴らした。
「爺さん、我は答えたが?」
訊く一方だけでは不公平だろうと言外に匂わす。老爺は骨ばった肩越しにちらりと此方を見遣り、更に深く肩を落とした。
「もしかしたら、あんたがモリアの孫じゃないかと思ったのさ。
うん、判っていたよ。彼女を訪ねる者なんて居ないって」
呟くように老爺は言った。実際、声に出す心算などなかったろう。
「可哀想なモリア婆さん。孫娘だけでも生きていれば」
どういうことだ?
「どういうことだよ、それ?」
つい声を荒らげ、しかし老爺の様子にヴァニタスはすぐさま声を潜めた。
「孫娘は染織都市でお針子してるって、さっき」
雑貨屋の老主人は書き付けを抽斗に仕舞い込むと、老婆が戻ってきていないのを確かめるように戸口に視線を向けた。
その目を、微かに伏せる。
もう居ない。
老爺は溜息とともに語った。
「たった一人の孫娘、その子が馬車に巻き込まれて亡くなった。そんな便りが染織都市の知人から届いたのは、十年も前の丁度今時分だったよ。
前の冬にシオナが、娘が風邪をこじらせて亡くなったばかりだった」
「そ、んな」
呻くように呟き、ヴァニタスは頭を振った。
若藤色の肩掛けに、孫娘が送ってくれたと嬉しげに頬擦りしていた老女。最近便りが来ないと言った彼女の様子は、けれど嘘をついているようには見えなかった。遠くに移り住んだ娘と孫を、本気で案じ、愛していた。
「彼女には辛過ぎた。早くに夫を亡くした上に、愛する娘と孫に先立たれるなんて。
そのせいだろう、娘たちが亡くなったことを、モリアは忘れてしまったのさ」
老人は指先で目頭を押さえ、鼻声で続けた。
「幸か不幸か、二人の墓は遠い空の下だ。だから彼女は、来るはずのない便りを心待ちにしている。
今日でも」
老人が鼻をかむ音を他所に、フェイクは開きっぱなしの店の戸口を、その先に見える古い家を見遣った。
耳を澄ませば、老婆に追われたのか雌鳥の慌てた鳴き声まで聞こえてくる。もうすぐ卵の籠を手に、彼女もここへ着くだろう。




